姫騎士(肉食)共から貞操を守りつつ、僕の騎士道がハードモードすぎる   作:お庭屋さん

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短めです。


第26話:ダンテの誓い

 夜明け前の低い雲が、ダンテ市の空を重く押し潰していた。

 朝霧に包まれた広場へ足を踏み入れると、刺すような冷気と共に、澱んだ不安の気配が肌にまとわりつく。

 そこには緊急布告を聞きつけた大勢の領民が集まっていたが、聞こえてくるのは再会を祝う声ではなく、冷え切った囁きばかりだ。

 この一年、働き手として街を支え続けてきた女性たちの逞しい視線が、容赦なく僕の存在を値踏みしているのが分かる。

 

「……本当に、若様が帰ってこられたのかい?」

 

 誰かの呟きが、冷たい風に乗って僕の耳を叩く。

 

「ああ。だが、聞いた話じゃあ一年前とは似ても似つかない姿だっていうじゃないか。男の身でありながら、帝国で戦場を駆け回っていたなんて、にわかには信じられないね。」 

「まったくだ。男は屋敷の中で守られるのが当たり前だろうに。そんな『男騎士』様に、この荒れ果てた領地の何が立て直せるっていうんだい? 私たちが欲しいのは、明日を生きるためのパンであって、お飾りの代行様じゃないんだ。」

 

 向けられるのは、切実な「疑念」。

 彼女たちが求めているのは守られるべき象徴などではなく、自分たちを明日へ導く確かな「力」なのだ。

 それを理解しているからこそ、僕の胸には鉛のような重圧がのしかかる。

 

「あんたたち、何も知らないくせに勝手なことを言わないで!」

 

 突然、鋭い罵声が響き、僕は思わず視線を向けた。

 声の主は、昨夜から街に入っていたココノ村の女性たちだ。彼女たちは街の住人を真っ向から睨みつけ、顔を赤くして叫んでいる。

 

「エヴァン様は、あんたたちが屋根の下で震えていた頃から、私たちと一緒に泥にまみれて灌漑を直してくれたんだ! あの方ほど、この地のことを、私たちのことを考えてくれている人はいないよ!」

「村の連中はこれだから……。昔の情けを今の危機に持ち出されても困るんだよ。私たちが聞きたいのは、本当に明日から食べていけるのかどうかだ。それを男に約束されたって、不安になるのは当然だろう?」

「なんだと! 若様を侮辱する気か!」

 

 罵り合いが激しさを増し、今にも掴み合いが始まりそうな殺伐とした空気が広場を支配していく。

 僕のために、愛すべき領民たちが傷つけ合っている。

 その事実に、僕は奥歯を噛み締めた。

 もう、隠れているわけにはいかない。

 僕は横に立つルイーズとネリーに目配せをし、屋敷の大階段から一歩、前へと踏み出した。

 カツン、と軍靴が石畳を叩く音が、喧騒の中で不自然に響く。

 演壇に上がった僕の目に、驚愕に染まる群衆の顔が飛び込んでくる。

 

 彼女たちの記憶にある「マドゥワスの嫡男」は、もうどこにもいない。

 180センチを超える巨躯、この世界の男としては異様なまでの発達した体格。軍服越しにも隠しきれない、死線を潜り抜けて鍛え上げた鋼の筋肉。

 

「……あれが、エヴァン様……?」

「なんて、異様な姿なんだ……。あれは本当に、男なのか……?」

 

 懐疑派の女性たちが、恐れにも似た困惑に声を震わせる。

 僕は彼女たちの視線を逃げることなく、正面から受け止めた。

 帝国での地獄、蛮族との死闘、そして背負わされた無数の屈辱。

 それらすべてを飲み込んで、僕は腹の底から声を出す。

 

「そこまでにしてくれ。……僕のために、大切な領民同士が争うのは本意じゃない」

 

 低く、だが広場の隅々まで通るように。

 その一言で、一触即発だった空気はピタリと止まった。何百という女性たちの視線が、今、演壇の上の「僕」という一点に釘付けになっているのを感じた。

 

 

 ☆

 

 

  静まり返った広場に、自分の心臓の音だけがうるさく響いている気がする。

 何百もの冷ややかな、あるいは縋るような視線が僕に突き刺さり、壇上から見渡す景色は僕が知っている活気に満ちたダンテ市とはほど遠い。

 人々の頬はこけ、着古した服はあちこちが綻んでいる。

 僕は一度だけ深く息を吸い込み、冷たい空気を肺に満たした。

 

「……皆、聞いてほしい。まずは、一年の間、この地を離れてしまったことを謝らせてくれ。僕が、領主代行である僕が不在だったせいで、皆にこれほどの苦労を強いてしまった。本当に、申し訳ない。」

 

 僕は深く頭を下げた。

 広場にどよめきが広がる。高位の者が平民の前でこれほど率直に非を認めるのは、この世界では稀なことだからだろう。

 顔を上げると、最前列にいた年配の女性が、苦々しい表情で口を開いた。

 

「謝罪なんていいんだよ、若様。知りたいのは、これからどうするかってことだ。あんたがどれだけ真面目な男だろうが、男の細腕でこの荒れ果てた畑が耕せるのかい? 冬を越す蓄えもないこの街で、あんたに何ができるっていうんだ!」

 

 その言葉は、刃のように鋭く僕の胸に刺さった。嘘偽りのない、生存への危機感だ。

 僕は震えそうになる拳を握り締め、努めて冷静に言葉を紡いだ。

 

「確かに、現状は最悪だ。収穫は例年の三割。蓄えも底を突きかけている。……だが、だからこそ僕は帰ってきた。母上の言葉に、『領主は民あってこそ。その青い血は、民のために流すものだ』という教えがある。僕はその言葉を、一刻たりとも忘れたことはない。」

 

 僕はゆっくりと、着ていたサーコートを解いて足元に置いた。そして、軍服の袖を捲り上げ、首元のベルトを外す。

 

「…………っ!」

「な……なんだい、ありゃ……。」

 

 悲鳴に近い息を呑む音が、さざ波のように広がった。

 僕の腕、そして首筋を這う、無数の、生々しい傷跡。

 帝国の最前線で蛮族の刃を浴び、大森林でルティエルの剣に切り裂かれた、死闘の証。

 朝日を浴びて、歪な形で盛り上がった古傷が赤黒く浮かび上がる。

 

「この傷は、僕が帝国で、戦場で駆け抜けてきた中で刻まれたものだ。……男は屋敷で守られるべき存在だと言う。だが、僕は皆の元へ帰るために、この地を守る力を得るために、その『常識』を捨てた。騎士として、この身体を盾にする道を選んだんだ。」

 

 僕は一歩、演壇の端まで歩み出た。より多くの人々に、僕の「現実」を見せるために。

 

「僕は、軟な男には戻れない。皆の言う美しい男には……見ての通り、傷だらけで、野暮ったい筋肉ばかりの醜い男になった。だが、この腕は、この力は、これからの再生のためにある! 皆が鍬を握るなら、僕も共に泥にまみれよう。皆が腹を空かせるなら、僕の食い扶持から出そう。マドゥワスの名に掛けて誓おう!我が家はただ飾られるためにあるんじゃない。皆と共に生き、皆を守り抜くためにあるんだ!」

 

 語るうちに、自分の声が熱を帯びていくのが分かった。

 高潔な騎士道精神なんて、そんな小難しいことはどうでもいい。ただ、この人たちの明日を守りたい。その一心だけを、剥き出しの言葉に乗せて放つ。

 広場を支配していた「男騎士への疑念」が、僕の傷だらけの肉体と言葉を前にして、少しずつ形を変えていく。

 懐疑的だった女性たちが、言葉を失って僕を見上げている。

 その瞳の中に、ただの困惑ではない、何かが灯り始めているのを感じた。

 

 

 ☆

 

 

 僕が言葉を止め、剥き出しにした腕を下ろすと、広場を支配していたのは耳が痛くなるほどの静寂だった。

 やりすぎた、だろうか。男が傷を晒し、声高に理想を叫ぶなんて、彼女たちの目には異様で、あるいは不快に映ったかもしれない。

 不安が背中を這い、思わず息を詰めかけたその時――。

 

「……若様。」

 

 静寂を破ったのは、さっきまで僕に厳しい言葉を投げかけていた、あの最前列の女性だった。

 彼女は、まるで初めて僕という人間を見たかのように、その濁りのない瞳で僕を見つめていた。そして、ゆっくりとその場に膝をつく。

 

「疑って、すまなかった。……あんたのその身体、その傷。それが、守られるだけの男のものじゃないってことくらい、私たちにだって分かる。……あんたは、本物の騎士様だ。」

 

 彼女の声に呼応するように、周囲の女性たちが一人、また一人と頭を下げていく。

 懐疑的な視線を向けていた街の住人も、僕を庇い続けてくれた村の人々も、今は区別なく、一つの大きなうねりとなって僕の足元に集まっていた。

 

「若様! アタシも……いや、アタシたちも一緒にやります!」

「何をすればいいか言ってくれ! このブレスダンを、あんたに任せて死なせやしないよ!」

 

 広場に響き渡ったのは、絶望を打ち消すような力強い咆哮だった。

 地を揺らすような彼女たちの声が、僕の身体に刻まれた古傷の痛みを、誇りへと変えてくれる気がした。

 ああ、これだ。僕が求めていたのは、跪かれることでも、崇められることでもない。こうして、共に前を向くための「信頼」だったんだ。

 

「……ありがとう。みんな、顔を上げてくれ。」

 

 僕は震える声を抑え、集まった人々に深く、一度だけ頭を下げた。

 横に控えていたルイーズとネリーが、誇らしげに、そして少しだけ涙ぐんでいるように見えるのは気のせいだろうか。

 喧騒の向こう側。

 屋敷へと続く階段の影に、静かに佇む一人の老婦人の姿を見つけた。

 

 ばあやだ。

 彼女は広場を埋め尽くす熱気と、その中心に立つ僕の姿を、まるで慈しむように見守っていた。

 目が合うと、ばあやは優しく、けれどこれ以上ないほど晴れやかに微笑んだ。

 その笑みは、「よくぞ、マドゥワスの灯火を繋ぎました。」と言ってくれているようで、僕の張り詰めていた緊張を、スッと解いてくれた。

 再生への道は、まだ始まったばかりだ。

 明日にはまた、泥にまみれ、厳しい現実に頭を悩ませる日々が来るだろう。

 けれど、僕の背中を押してくれるのは、もう母上の名前だけじゃない。この広場で共に叫んだ、愛すべき領民たちの熱量だ。

 

「……よし。」

 

 僕は、朝日が昇り始めたブレスダンの空を仰いだ。

 この傷だらけの腕で、僕は必ず、この地をもう一度再生させてみせる。

 ダンテ市の空に響く歓声は、新しい時代の幕開けを告げるかのように、いつまでも鳴り止まなかった。

 

メインキャラが増えてきたので....みんなの好きなキャラを教えてくれぇ!!!書くわよ〜!!!!

  • ルイーズ・ロンズデール
  • ネリー
  • サーシャ、クロエ、ミリア他騎士団
  • アンドレア殿下
  • ガーベラ
  • アグニ
  • バルバラ
  • 上記以外のキャラクターは感想等で教えてね
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