姫騎士(肉食)共から貞操を守りつつ、僕の騎士道がハードモードすぎる   作:お庭屋さん

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第29話:灰の少女

 灌漑路の開通から一夜明けたマドゥワス家の屋敷は、いつも通りの静寂……ではなく、早朝から戦場のような喧騒に包まれていた。

 

「待ちなさい! そっちは厨房です!」

「ああっ、ダメです! その壺は……キャーッ!!」

「 ヤメロ! ソレ、キライ!」

 

 ドタドタドタッ! という激しい足音と、何かが砕ける音。

 そして、王都仕込みの使用人たちの悲鳴と、野生丸出しの咆哮が入り混じっている。

 僕は自室の寝台の上で、重たい瞼を擦りながら上半身を起こした。

 

「んッ……だいぶキてるな……。」

 

 全身の筋肉が、心地よい悲鳴を上げている。

 昨日の重労働の代償だ。

 特に肩と背中の張りが酷いが、不思議と不快ではない。むしろ、この痛みが昨日成し遂げた「再生」の証であるようで、誇らしくさえあった。

 

「……それにしても、朝から元気だな。」

 

 僕は苦笑しながらベッドを降り、クローゼットから平服を取り出して、袖を通した。

 騒ぎの主は、十中八九、カステ高原からついてきたあの亜人の少女だろう。

 

 ダンテ市についてから、ルイーズと、屋敷の使用人たちに「教育」を受けて大人しくなっていたはずだが、一晩寝て野生の本能が復活したらしい。

 顔を洗い、部屋を出ようとドアノブに手をかけた、その瞬間だった。

 

 扉の向こうから、屋敷が揺れるような振動と、複数の足音が近づいてくるのが聞こえてくる。

 

「逃がすな! 挟み撃ちにするぞ!」

「了解! ……もう逃げられませんよ!」

 

 聞き慣れた、しかし屋敷の中ではあまり聞きたくない勇ましい声。

 ルイーズとネリーだ。どうやら彼女たちも参戦しているらしい。これじゃあただの鬼ごっこじゃなくて、捕獲作戦だな。

 

 僕は溜息をつきつつ、騒ぎを収めるために廊下へと出た。

 

「おいおい、朝からどうしたん……グッ!?」

 

 言いかけた言葉は、物理的な衝撃によって肺から押し出された。

 廊下の角を曲がってきた灰色の弾丸――亜人の少女が、トップスピードのまま僕の腹部に頭から突っ込んできたのだ。

 

「ガウッ!? ……ア、アグリム!!」

 

 少女は僕の姿を見るなり、地獄で仏、いや、狩猟で獲物を見つけたような顔で目を輝かせた。

 だが、勢いは止まらない。

 彼女はブレーキをかけるどころか、僕の体を「安全地帯」だと認識したのか、ガシッと僕の腰に抱きつき、そのまま勢い余って――。

 

 ビリィッ!!!

 盛大な布の裂ける音が、廊下に響き渡った。

 少女の鋭い爪が、僕の着ていた服に食い込み、薄く柔らかい生地を一気に引き裂いたのだ。

 胸元から腹部にかけて、無残にも布地が左右に分かれる。

 

「あ。」

 

 僕の間抜けな声と同時に、廊下の空気が凍りついた。

 角を曲がってなだれ込んできた追跡者たち――ばあやを含む五名の精鋭メイドたち、そして武装したルイーズとネリーが、ピタリと足を止める。

 そこに現れたのは、朝日を浴び、寝汗が照らされた状態の無防備な、僕の半裸の上半身だった。

 

 厚く盛り上がった大胸筋。

 洗濯板のように割れた腹直筋。

 そして、脇腹から下腹部へと走る、外腹斜筋の鋭いライン。

 帝国での過酷な肉体労働と、昨日の泥掻きによってパンプアップされた筋肉たちが、破れた服の隙間から「おはよう」と挨拶をしている。挨拶できてえらいぞォ?

 

「…………!!」

 

 沈黙。

 しかし、その質は二種類に分かれた。

 

「ひゃっ、ぁ……!?」

「わ、若様!? お、お召し物が……!」

 

 使用人たちが、顔を真っ赤にして悲鳴を上げ、バッと両手で顔を覆った。

 この世界において、男性の肌、それも上半身を晒すなどというのは、極めて「はしたない」行為だ。

 異性受けの良くない体つきとはいえ、主人が朝から半裸で立っているなど、彼女たちにとっては刺激が強すぎるアクシデントに他ならない。

 

 指の隙間からチラチラと見ている気配はするが、基本的には「見てはいけないものを見てしまった」という羞恥の反応だ。

 うん、そうやって恥じらってくれる分にはいいんだ。

 それがこの世界の正常な反応なのだろうからね?

 

 だが。

 僕の幼馴染である二人の騎士は違った。

 

「…………ッ!!」

 

 ルイーズが、獲物を見つけた肉食獣のように瞳孔を開いた。

 彼女の手から、持っていた捕獲用の網がポトリと落ちる。 顔を覆うどころか、その視線は僕の胸筋から腹筋のラインを、舐めるように這い回っている。

 

「……素晴らしい。朝一番で、このような眼福に預かれるとは……。」

「……ええ。昨日の労働による筋肉の張り、そして浮き出た血管。……芸術点が高いですね。えっちです。」

 

 ネリーがンンッと咳払いをしつつ、僕の大胸筋を評価してくれる。冷静な口調とは裏腹に、鼻血が出そうなほど熱っぽい視線を送ってはいるけれど。

 二人の顔には「羞恥」など欠片もない。あるのは、純度100%の「興奮」と「欲望」だ。

 うーん、清々しい程欲望に忠実!

 

「……ガウゥゥ……! アグリム、スゴイ! デカイ! カタイ!!」

 

 そして、僕の腰にしがみついたままの元凶、亜人の少女に至っては、興奮のあまり鼻息を荒くして僕の腹筋をペタペタと触っている。

 

 使用人たちの「キャーッ!」という悲鳴と、騎士たちの「はぁはぁ」という荒い鼻息、そして少女の「スゴイ!」という賛美。

 カオスだ。朝からカオスすぎる。

 

「……こら。そこを触るな、くすぐったい。……あと二人とも、そんな目で見ないでくれ。」

 

 僕は少女の頭を軽く押し返しつつ、破れた服の前を必死にかき合わせた。

 

「大体なぁ……男の半裸なんて見ても何も面白くないだろう。」

「何をおっしゃるのですかエヴ様!」

「そうですよ!相変わらずご自身の評価が低すぎます。」

 

 ルイーズもネリーも大興奮!

 本当に朝から何をやってるんだろうね?

 確かに、昨日の泥かきのおかげで、多少胸筋がムッチリしている自覚はあるけど、そんなもの見たっておも「男性の乳首ってやっぱり、えっちだな。」何言ってんだマジで。

 

「エェ……?どの辺が?」

「エヴ様は相変わらずお分かりでないのですね?」

「ネリーまで……。いやさっぱりだよ、意味がわからないもの。」

 

 ルイーズは況や、ネリーまでも深々とため息をついた。額に手を当て、「やれやれ。」という心の声が聞こえるようである。

 

「いいですか?女には子を育てるという目的があって存在しますよね?乳首。」

「あ、あぁ。その……あんまり連呼しないで……。」

「ですが!!!」

「ハイッ!」

 

 あっついぜ。

 ルイーズの解説に熱が籠ってきた……!

 嫌な予感する〜!!!

 

「でも男の人には目的がないでしょう!?じゃあ何のためにあるのって話じゃないですか!」

「意味がわからん!」

「どうして分かって頂けないのですか!?用途がないのにしっかり着いてるってことはもう開発して下さいと言ってるようなものですよ!」

 

 そんな解釈できるほど僕の精神はこの世界に染まっちゃいないわ。

 この状況を収められるのは、唯一の良心である彼女しかいない。

 

「ばあや、すまない。服が破れてしまって……」

「……エヴァン様。」

 

 ガーベラは、顔を覆う使用人たちを一歩下がらせ、いつもの冷静な表情……いや、僅かに頬を紅潮させつつ、咳払いをした。

 

「コホン。……皆様、取り乱してはなりませんよ。若様は昨日、泥にまみれて働かれたのです。そのお身体は、恥ずべきものではなく、誇るべきものですから。……とはいえ。」

 

 ガーベラは僕の前に立ち、素早く懐から取り出したショールを僕の肩にかけた。

 

「刺激が強すぎます。……これ以上は、ルイーズ様たちが理性を保てなくなる恐れがございますので、直ちにお着替えを。」

「……はい。ごもっともです。」

 

 ルイーズが「チッ」と舌打ちしたのが聞こえた気がしたが、聞かなかったことにしよう。

 

「フリフリ、イヤ! アグリム! ケガワ、イイ!!」

 

 少女が僕の破れた服を指差し、自分の着せられそうになっていたフリルのついたドレスを足で蹴飛ばした。

 どうやら彼女は、「壁画のような機能的な姿こそが至高であり、ヒラヒラした服など着ていられるか」と主張したいらしい。

……それが彼女たち亜人の文化であれば、特に否定するつもりはないが、洞窟で着させられた変態的な衣装はやめて欲しいな。

 

「……なるほど。彼女が暴れていた理由は分かったよ。」

 

 僕はショールを押さえながらしゃがみ込み、彼女と視線を合わせた。

 灰色の肌に、ボサボサの髪。瞳は野生動物のように澄んでいるが、屋敷という閉鎖空間に閉じ込められたストレスで、少し苛立っているようだ。

 

「君、服が嫌なのは分かった。でも、裸で歩き回るわけにはいかないだろう?」

「ケガワ、アル! サムクナイ!」

「そういう問題じゃないんだ。……それに、君も退屈しているんだろう? 昨日は一日中、屋敷の中にいたからね。」

 

 図星だったのか、少女は「ウッ」と言葉を詰まらせ、しょんぼりと耳を伏せた。

 

 僕はお腹をさすった。

 そういえば、朝食がまだだ。昨日の配給で備蓄を使ってしまったから、今日の食事はかなり質素なものになるだろう。

 

「……よし、決めた。」

 

 僕は立ち上がり、使用人たち、そして未だに僕の胸元を残念そうに見ている騎士たちに向き直る。

 

「ばあや。今日の予定を変更する。……少し、裏山へ行ってくるよ。」

「裏山へ、でございますか?」

「ああ。食糧庫の在庫を見たけど、このままじゃジリ貧だ。少しでも足しになるものを確保したい。……それに。」

 

 僕は足元で不満げに唸っている少女の頭を、ワシワシと撫でた。

 

「この子の『ガス抜き』も必要だからね。……どうだ? 屋敷の中で着せ替え人形にされるより、外で思いっきり走る方がいいだろう?」

 

 少女の耳がピクリと反応した。

 顔を上げると、そこには期待に満ちた輝きが戻っていた。

 

「ソト!? イク! ハシル! ……カリ、スル!?」

「ああ、狩りだ。君のその鼻と足が頼りだよ。……手伝ってくれるか?」

「ヤル! アグリム、テツダウ!!」

 

 少女は歓喜の声を上げ、その場で垂直に飛び跳ねた。そのバネの凄まじさに、使用人たちが「ひぇっ」と退く。

 やはり、彼女を屋敷に閉じ込めておくのは才能の無駄遣いだ。

 

「そういうわけだ、ばあや。……悪いけど、動きやすい服を用意してやってくれないか? フリルなしの、丈夫なやつを。」

「……承知いたしました。エヴァン様がそう仰るなら。」

 

 ガーベラは一瞬だけ残念そうにフリルのドレスを見たが、すぐに恭しく一礼した。

 

「エヴ様! 護衛はどうなさいますか!?」

「もちろん、私も同行しますよ。裏山とはいえ、何が出るか分かりませんから。」

 

 すかさずルイーズとネリーが名乗りを上げる。

 その目は「絶対に離れませんよ。」と言わんばかりの圧力に満ちていた。

 

「ああ、頼むよ。二人なら心強い。」

 

 僕は苦笑いで頷いた。

 こうして、マドゥワス屋敷の騒がしい朝は、新たな「狩り」の予感と共に幕を開けたのだった。

 

 

 ☆

 

 

 

 屋敷の裏手、鬱蒼と茂る山林を抜け、僕たちは沢沿いの獣道を進んでいた。

 目指すは、この山の主とも言われる魔獣『クリークボア』だ。清流を好み、その水を魔力に変えて巨体を維持する特殊な猪で、肉質は驚くほど臭みがなく、脂が甘いことで知られている。

 食糧難のマドゥワス領にとって、これ以上の獲物はない。

 

「……ニオイ。……コッチ。」

 

 先頭を行く灰色の影――亜人の少女が、鼻をヒクつかせながら立ち止まった。

 ばあやに見繕ってもらった簡素な子供服に身を包んだ彼女は、森に入った途端、水を得た魚のように俊敏な動きを見せている。

 

「近いですね。……水の流れる音が変わりました。」

 

 ネリーが現在地の位置を確認しつつ、青銅の盾を構える。

 隣ではルイーズが、身長ほどもあるツヴァイハンダーを軽々と抜き放ち、臨戦態勢に入っていた。

 

「エヴ様、油断なさらぬよう。クリークボアは巨体に似合わず俊敏です。突進をまともに受ければ、大木さえへし折られます。」

「ああ、分かってる。……頼りにしてるよ、二人とも。」

 

 僕も腰の『アグリムの牙』……は、呪いが発動しそうだから止めて、予備の狩猟刀に手を添えた。

 少女の案内に従い、藪をかき分けて進むこと数十メートル。

 開けた沢の先に、その影はあった。

 

「……デカイな。」

 

 そこにいたのは、岩と見紛うほどの巨躯を持つ猪だった。

 濡れたような蒼黒い毛並みは鋼のように硬く、口元からは凶悪な牙が二本、天に向かって突き出している。沢の水を飲みながら、時折鼻を鳴らして周囲を威圧していた。

 

「あの一頭で、屋敷全員の腹を十分に満たせますね。……やりますか、エヴ様。」

「ああ。……作戦通りに行こう。ルイーズが正面、ネリーが側面。僕は隙を見て首を狙う。」

 

 僕が指示を出そうとした、その時だった。

 

「ニクゥゥゥゥーーーッ!!!」

 

 我慢の限界を超えた灰色の弾丸が、飛び出した。

 少女だ。

 作戦もへったくれもない。彼女は真正面から、自分より数十倍も大きなクリークボアに向かって特攻をかけたのだ。

 

「ちょっ、待て! クソッ、合わせるぞ!」

 

 僕の制止も虚しく、クリークボアが敵意に気づいて振り向いた。

 少女の姿を認めると、ブフゥッ!と鼻息を荒げ、凄まじい水飛沫を上げながら突進を開始する。

 

「ッ!避けろッ!」

 

 激突する――そう思った瞬間。

 少女は「ギャウッ!」と鋭く吠え、目前に迫った牙を足場にして高く跳躍した。

 

「……え?」

 

 空中でくるりと回転し、クリークボアの背中へと着地する少女。

 魔猪は視界から敵が消えたことに混乱し、その場で暴れまわる。少女はロデオのように剛毛にしがみつきながら、魔猪の耳元でギャウギャウと吠え立てて挑発を繰り返した。

 その姿はまるで、燃え盛る小さな炎のように激しく、生命力に溢れている。

 

「……凄いな。あんな動き、僕らには無理だ。」

 

 身軽さだけではない。あの巨体を恐れない胆力と、燃えるような闘争心。

 彼女は生まれついての「狩人」だ。

 

「エヴ様! 感心している場合ではありません! 今です!」

 

 ネリーの叫びで我に返る。

 少女が注意を引きつけている今、魔猪の側面はガラ空きだ。ルイーズが正面から大剣を叩きつけ、体勢を崩させる。

 

「シィヤァッ!!」

 

 ズガンッ!という重い衝撃音が響き、クリークボアがたたらを踏む。

 その隙を逃さず、僕は身体強化の魔力を足と腕に集中させ、一気に距離を詰めた。

 世界がスローモーションになり、魔猪の急所である首元の動脈が、皮膚の下で脈打つ熱源として感じ取れる。

 

「……そこだッ!」

 

 僕は狩猟刀を逆手に持ち、渾身の力で突き出した。

 刃は鋼のような剛毛と分厚い皮を貫通し、正確に急所へと到達する。

 クリークボアが断末魔の悲鳴を上げ、どうと沢の中に倒れ込んだ。

 水飛沫が高く舞い上がる中、僕は刀を引き抜き、残心をとる。

 

「……ふぅ。大物だったな。」

「アグリム! ヤッタ! ツヨイ!!」

 

 背中から飛び降りた少女が、僕の足元に駆け寄ってきて、泥だらけの顔で満面の笑みを向けた。

 そして、興奮冷めやらぬ様子で、倒れた獲物の周りを飛び跳ねている。

 その、灰色の肌。そして、燃え上がるような生命力。

 僕の脳裏に、前世の知識の片隅にあった言葉がふと浮かんだ。

 灰の中から蘇る炎。あるいは、火を司る古い神の名前。古代インド神話における火の神……。

 

「……おい、君。」

 

 僕は少女を呼び止めた。

 

「『アグニ』というのはどうだ?」

「……アグニ?」

 

 少女が動きを止めて、首を傾げる。

 

「ああ。君の肌は灰色、つまり『アッシュ』のような色をしているだろう? でも、君の中には激しい炎みたいな力がある。……僕の知っている古い言葉で、火の神様を『アグニ』って言うんだ。」

 

 灰の中から生まれた炎。

 この荒れ果てたブレスダンの地で、逞しく生きようとする彼女にぴったりの名前だと思った。

 少女は口の中で「アグニ、アグニ……」と何度か繰り返し、やがてハッとしたように目を見開いた。

 

「アグニ……アグリム……。ニテル! オト、ニテル!!」

「え? ああ、そういえば……。」

 

 言われてみれば、「アグリム」と「アグニ」。響きが似ている。

 少女はパァッと表情を輝かせ、僕の腰に抱きついた。

 

「アグニ! イイ! アグリムト、オナジ! スキ!」

 

 どうやら、僕への信仰心(?)とセットで気に入ってくれたらしい。

 恐る恐る後ろを振り返ると、ルイーズとネリーも「……まぁ、ポチよりは遥かにマシですね。」「意味合いも高貴ですし、響きも強そうで彼女に合っています。」と、及第点を出してくれている。

 

「よし。じゃあ、今日から君はアグニだ。……よろしくな、アグニ。」

「ガウッ! ヨロシク! ……ニク、クウ!!」

 

 アグニは早速、クリークボアの足にかぶりつこうとしている。

 僕は慌てて彼女の襟首を掴んで止めた。

 

「待て待て、生はダメだ。ちゃんと屋敷に持って帰って、ばあやに料理してもらうんだよ。」

「リョウリ? ……ウマイ?」

「ああ。飛びっ切り美味いやつさ」

 

 

 ☆

 

 

 巨大なクリークボアをルイーズが持ち前の怪力で引きずり、屋敷に戻った僕たちを出迎えたのは、使用人たちの驚嘆の声だった。

 早速、中庭で解体作業が始まり、新鮮な肉塊が厨房へと運び込まれていく。

 ――そして、数刻後。

 日が完全に落ち、冷え込みが厳しくなったマドゥワス屋敷の食堂は、かつてないほどの熱気と、暴力的なまでに食欲をそそる香りに包まれていた。

 

「……ゴクリ。」

 

 誰かが喉を鳴らした音が、静寂の中で大きく響いた。

 テーブルの中央に鎮座しているのは、ぐらぐらと煮えたぎる大鍋だ。

 中身は、先ほど仕留めたクリークボアの肉。

 薄くスライスされた赤身と白身の肉が、まるで大輪の牡丹の花のように美しく並べられ、味噌仕立ての濃厚なスープの中で踊っている。周りを固めるのは、僕たちが山で見繕った根菜やキノコ、そしてアグニが見つけてきた薬草たちだ。

 いわゆる「牡丹鍋」。

 前世の記憶を頼りにばあやにレシピを伝えたところ、彼女は完璧に、いや、それ以上に昇華させて再現してみせた。

 

「……では、頂くとしよう。」

 

 僕が号令をかけると同時に、アグニが椅子の上に立ち上がった。

 

「ガウッ! ニクゥゥゥッ!!」

 

 素手で鍋に突っ込もうとするアグニの首根っこを、背後から伸びた手がガシリと掴む。

 

「アグニ様。……道具を使い、感謝を込めて、美しくいただく。それが出来ぬなら、お肉はお預けです。」

 

 そこに立っていたのは、慈愛に満ちた表情のガーベラだった。彼女はアグニをストンと座らせ、フォークを持たせる。

 

「ガウッ!? イヤ! アグリム、タスケテ!」

 

 助けを求めるアグニを諭しながら、僕は自分の器に取り分けた肉を口へと運んだ。

 熱々の脂が舌の上で溶け出し、濃厚な味噌の風味と肉の旨味が口いっぱいに広がる。噛めば噛むほど、クリークボア特有の清涼な脂の甘みが溢れ出してくる。

 

「……美味いッ!」

 

 思わず声が出た。

 連日の薄い粥で縮こまっていた胃袋が、歓喜の声を上げて動き出すのが分かる。

 

「んんっ……! 素晴らしいです、エヴ様! 全く臭みがありません!」

「脂身が甘いですね。……それに、体がポカポカしてきました。これは明日への活力になります。」

 

 ルイーズとネリーも、上品な所作ながら猛烈な勢いで箸を進めている。

 その光景を見せつけられたアグニは、震える手でフォークを握り、恐る恐る肉を口へ放り込んだ。

 

「アッッッツゥゥゥ!!? ……ンッ!?」

 

 熱さに涙目になった直後、彼女の目が皿のように丸くなった。

 

「ウマイ! アマイ! トロケル!!」

「ふふ。それは脂身の甘さですよ。……さあ、野菜も一緒に召し上がれ。」

 

 ばあやが甲斐甲斐しく、冷ました野菜をアグニの皿に入れてやる。

 アグニは頬を膨らませ、満面の笑みを浮かべて椅子の上でバタバタと足をさせた。その顔には、もう野生の険しさはない。ただの、美味しいものに感動する年相応の少女の顔だ。

 

「アグリム! バアヤ! コレ、スゴイ! 毎日、コレ、クウ!?」

「毎日は無理だけど……頑張って働けば、また食べられるよ。」

 

 僕は苦笑しながら、彼女の空になった皿に肉を追加してやった。

 

 食堂は、賑やかな声と湯気に満ちていた。

 厨房の方からは、お裾分けに預かった使用人たちの楽しげな笑い声も聞こえてくる。

 

 窓の外では冷たい夜風が吹いているが、この屋敷の灯火が消えることはないだろう。

 新しい家族と、温かい食事がある限り。

 

「さて、明日は早起きして畑の開墾だ。……アグニも叩き起こして連れて行くから、覚悟しておけよ」

 

 僕は肉を頬張るアグニの頭を撫で、自室へと向かった。その背中を、ばあやと幼馴染たちの温かな視線が見送っていた。

メインキャラが増えてきたので....みんなの好きなキャラを教えてくれぇ!!!書くわよ〜!!!!

  • ルイーズ・ロンズデール
  • ネリー
  • サーシャ、クロエ、ミリア他騎士団
  • アンドレア殿下
  • ガーベラ
  • アグニ
  • バルバラ
  • 上記以外のキャラクターは感想等で教えてね
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