姫騎士(肉食)共から貞操を守りつつ、僕の騎士道がハードモードすぎる   作:お庭屋さん

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第30話:エヴァンズ・ブートキャンプ

 灌漑路の開通から数日。

 マドゥワス領の朝は、かつての重苦しい静寂を脱し、微かながらも活気の兆しを見せ始めていた。水路には清らかな水が流れ、それを頼りに女性たちが畑の手入れを始めている。

 

 僕はいつものように作業着に着替え、スコップを担いで屋敷の門を開けた。

 今日は屋敷の裏手にある荒地の開墾を進める予定だ。

 アグニも「アナ、ホル! ミミズ、トル!」と張り切っている。

 

「……ん?」

 

 門の外に出たところで、僕は足を止めた。

 そこには、十名ほどの「人影」があった。

 早朝の冷気の中、彼らは身を寄せ合い、モジモジと視線を彷徨わせている。

 

 全員が、男性だった。

 年齢はバラバラだ。まだあどけなさの残る少年から、家庭に入って久しいであろう中年まで。

 共通しているのは、皆一様に線が細く、肌が白く、そして何より――酷く緊張しているということだ。

 

「……あ、あの……エヴァン様……。」

 

 先頭にいた、エプロン姿の青年がおずおずと進み出てきた。

 彼は僕の傷跡の残る顔を見て一瞬怯んだ様だが、意を決したように声を張り上げた。

 

「お、俺たちも……手伝わせて、ください!」

 

 その言葉に、僕は目を丸くした。

 後ろに控える男性たちも、コクコクと必死に頷いている。

 

「手伝うって……畑仕事のことか?」

「は、はい! 先日の……広場での演説を聞きました。若様が、そのお身体を張って私たちを守ろうとしてくださっていること、痛いほど伝わりました。」

「俺たちも、この領地に住む男です。……女房や母ちゃんたちが外で泥まみれになっているのに、俺たちだけ家で温かいスープを啜っているのが、どうにも……その、情けなくて……。」

 

 彼らの言葉は、拙く、震えていた。

 無理もない。この世界で男が「働きたい」と口にすることは、自身の「守られる価値」を否定するようなものだ。

 だが、その瞳には確かな熱があった。僕の行動が、彼らの中にある「何か」に火をつけたのだ。

 

「……嬉しいよ。その気持ち、よく伝わったとも。」

 

 僕は心からの感謝を込めて微笑んだ。

 労働力が喉から手が出るほど欲しい今、彼らの申し出は渡りに船だ。

 

「よし。じゃあ、早速現場に来てくれ。ちょうど人手が足りなかったんだ。」

「は、はい! お任せください!」

 

 彼らはパァッと表情を輝かせ、意気揚々と僕の後についてきた。

 

 ――しかし。

 その「意気」が「悲鳴」に変わるまで、十分とかからなかった。

 場所は屋敷の裏手、長年放置されて土が固まった荒地。僕は倉庫から予備の鍬やスコップを取り出し、彼らに配る。

 

「まずはこの区画の土を掘り返してくれ。石があったら取り除くんだ。」

「は、はいっ! ……んぐっ!?」

 

 最初に鍬を受け取った青年が、それを受け取った瞬間にガクッと腰を落とした。

 

「お、重い……!?」

「え?」

 

 僕は自分の持っているスコップを見直した。

 確かに鉄製で丈夫な作りだが、片手で振り回せる程度の重さだ。

 

「あ、あの……若様。これ、本当に道具ですか? 凶器では?」

「持ち上げるだけで……腕が、プルプルします……。」

 

 見れば、他の男性たちも同様だった。

 鍬を持ち上げようとしてよろめく者。スコップの柄を握っただけで掌が痛いと涙目になる者。

 誰一人として、まともに道具を構えることすらできていない。

 

「…………。」

 

 僕は呆然とした。

 忘れていた。この世界の男性は、幼い頃から「深窓の令息」として育てられる。重いものを持つ機会など皆無に等しく、運動といえばダンスや散歩程度。

 基礎体力が、絶望的なまでに欠如しているのだ。

 

「せ、せいやぁ……っ!」

 

 一人が渾身の力を込めて鍬を振り下ろした。

 カチン、と地面に当たった音がしたが、刃は土に数センチ食い込んだだけで止まった。

 そして、その反動で彼は「ひぎっ」と悲鳴を上げ、尻餅をついた。

 

「だ、大丈夫か!?」

「こ、腰が……腰が抜けました……。」

 

 開始五分。

 作業進捗、ほぼゼロ。

 現場には、荒い息切れと、情けない呻き声だけが響き渡っていた。

 

「……ガウ。アグリム。コイツラ、ナニ?」

 

 いつの間にか横に来ていたアグニが、不思議そうな顔で彼らを見下ろしている。

 彼女の手には、遊びで引っこ抜いたと思われる木の根っこが握られている。

 

「コイツラ、ヨワスギル。……ウサギヨリ、ヨワイ。」

 

 子供からの辛辣な評価。

 男性たちは恥ずかしさに顔を真っ赤にし、地面に突っ伏して泣き出してしまった。

 大の大人、しかも男が声を上げて泣く様子は、前世の記憶を持つ僕にとっては異様な光景に見える。

 まぁ、その世界では普通のことなのだろうけれど、未だに慣れないな……。

 

「うぅ……すみません、若様……! 気持ちばかり先走って……俺たちは、やっぱり役立たずです……。」

「鍬一本満足に振れないなんて……。」

 

 絶望的な空気が流れる。

 ルイーズやネリーが遠巻きに見守っていたが、「あらあら……」と困ったように顔を見合わせている。

 だが。

 僕は、泣いている彼らを見て、不思議と落胆はしていなかった。

 むしろ、その悔し涙こそが「才能」だと思った。

 

「……顔を上げろ。」

 

 僕は静かに告げた。

 突っ伏して泣いている男性たちが一様に顔を上げて僕のことを見つめてくる。

 大丈夫だ。君たちは弱いままでいたくないと声を上げたのだ。その気概が有れば充分。何事も、最初の第一歩を踏み出せるかどうかが重要なのだから。

 

「役立たずなんかじゃない。君たちは今、自分の弱さを知った。それは、強くなるための第一歩だ。」

「わ、若様……?」

「鍬が振れないなら、振れる体を作ればいい。土が硬いなら、砕ける筋肉をつければいい。……簡単なことだ。」

 

 僕はニヤリと笑った。

 前世、父の道場で門下生たちを指導していた記憶が蘇る。

 体力がない? 大いに結構。

 根性がない? 上等だ。

 やる気があるなら、体なんて後から幾らでもついてくる。

 

「予定変更だ。今日の作業は中止。」

「そ、そんな……見捨てないでください!」

「違う。……今日から、君たちのメニューを変える。」

 

 僕は作業着の上着を脱ぎ捨て、その下に着ていたタンクトップ姿になる。

 朝日に輝く大胸筋を見せつけながら、僕は宣言した。

 

「マドゥワス式・肉体改造。名付けてエヴァンズ・ブートキャンプ……地獄を見る覚悟はあるか?」

 

 男性たちは、ポカンと口を開けた。

 その瞳に映っていたのは、恐怖か、それとも憧れか。

 どちらにせよ、彼らに逃げ場はもうなかった。

 

 

 

「――ブートキャンプ? なんだい、そりゃ。」

 

 呆気にとられる男性陣の背後から、野太い……いや、快活すぎる声が飛んできた。

 振り返ると、そこには宿から遊びに来ていたサーシャが、槍を肩に担いで立っていた。

 彼女の瞳は、新しい玩具を見つけた猫のように爛々と輝いている。

 

「サーシャか。ちょうどいいところに来た。」

「へぇ。若様が男連中を集めて何をしてるのかと思えば……『肉体改造』だって? 面白そうじゃないか。」

 

 サーシャは男性たちを値踏みするようにジロジロと眺め、ニヤリと口角を上げた。

 その迫力に、ただでさえ萎縮していた志願者たちが「ひぃっ」と身を寄せ合う。この世界の女性騎士は、彼らにとって「守ってくれる頼もしい存在」であると同時に、「逆らったら物理的に勝てない捕食者」でもあるのだ。

 

「彼らはやる気はあるんだが、体がついてこない。だから、まずは動ける体を作ろうと思ってね。……サーシャ、手伝ってくれるか?」

「おうよ! 任せときな! 若様直伝のトレーニングとあっちゃあ、アタシも興味津々だ。……おい、そこの軟弱共! 幸運だったな、マドゥワス騎士団の精鋭が直々にしごいてやるよ!」

 

 サーシャの参戦により、逃げ場は完全に塞がれた。

 男性たちは涙目で覚悟を決める……というより、諦めの境地に達したようだ。

 

「よし。まずは準備運動からだ。いきなり負荷をかければ怪我をするからな。」

 

 僕は男性たちの前に立ち、足を肩幅に開いた。

 前世の記憶が鮮明に蘇る。夏休みの朝、眠い目をこすりながら通った公園。スタンプカード。そして、あの独特なピアノの旋律。

 この世界にラジオはないが、動きだけなら再現できる。

 

「いいか、僕の真似をしてくれ。……『ラジオ体操第一』ィ!」

 

 僕は号令と共に、腕を大きく上に伸ばした。

 背筋を伸ばし、深呼吸をするように胸を開く。

 

「いーち、にー、さーん、しー!」

 

 リズミカルに声を出しながら、腕を回し、屈伸し、体をねじる。

 前世では誰もが知っている国民的体操だが、この世界の住人にとっては未知の儀式だ。

 

「……な、なんだこの動きは?」

「若様が、天に向かって祈りを捧げている……?」

「この奇妙なリズム……もしや、古の『豊穣の舞』か何かでは……?」

 

 男性たちがザワついている。

 無理もない。大の男が真顔で手足をブラブラさせたり、ジャンプして両手足を開いたり閉じたりしているのだ。異様極まりない光景だろう。

 

「口を動かすな、体を動かせ! これは祈りじゃない、筋肉への挨拶だ!」

 

 僕が叱咤すると、彼らは慌てて見よう見まねで動き始めた。

 しかし、その動きはあまりにぎこちない。

 腕を回せば隣の人にぶつかり、屈伸をすればバランスを崩してよろめき、体をねじれば「グキッ」と嫌な音が鳴る。

 

「おいおい、見てられないねぇ! ほら、もっと腕を伸ばす! 脇腹を意識して!」

 

 サーシャが列の間に入り込み、容赦なく姿勢を矯正していく。

 彼女自身も見よう見まねのはずだが、流石は騎士だ。数回見ただけで完璧にコピーし、しかも動きにキレがある。彼女がジャンプするたびに、ドスン、ドスンと地面が揺れるほどの躍動感だ。

 

「ガウッ! コレ、タノシイ!」

 

 そして、もう一人。

 アグニが僕の隣で、ラジオ体操を高速再生したような動きで跳ね回っていた。

 彼女の身体能力はずば抜けている。ジャンプの運動では僕の頭の高さを越えるほど飛び上がり、体を回す運動では軟体動物のようにグニャリと曲がる。

 

「オマエラ、オソイ! アグリム、ミロ! ワタシ、ウマイ!」

 

 アグニはドヤ顔で男性たちを煽り倒す。

 野生児とエリート騎士、そして筋肉質の領主代行。

 この三人に囲まれた一般男性たちの心労は計り知れない。

 一通りラジオ体操が終わる頃には、彼らはすでに肩で息をしていた。

 だが、本番はここからだ。

 

「よし、体は温まったな。……次は下半身を鍛える。すべての労働と武術の基本だ。」

 

 僕は両手を頭の後ろで組み、足を広げた。

 

「スクワットだ。……腰を落とせ。膝がつま先より前に出ないように、お尻を突き出すイメージで。」

 

 ゆっくりと腰を落とし、太ももが地面と平行になるまで下げる。そして、ゆっくりと上げる。

 単純だが、最も効果的で、最もキツイ運動。

 

「まずは50回。……始め!」

「ご、五十……!?」

 

 絶望の悲鳴が上がったが、サーシャの「声が小さい!」という怒号にかき消された。

 

「いーち!」

「い、いぃ……ち……。」

 

 彼らが腰を落とす。

 プルプルと生まれたての子鹿のように膝が震えている。自分の体重を支えることすら、彼らにとっては重労働なのだ。

 

「にーい!」

「に……ぐふっ……。」

 

 二回目で早くも一人が脱落し、地面に尻餅をついた。

 

「立て! 誰が休んでいいと言った!」

 

 サーシャが脱落者の目の前に槍を突きつける。

 男は「ひぃっ!」と悲鳴を上げ、生存本能だけで立ち上がった。スパルタだ。完全に軍隊のシゴキだよ可哀想に。

 けれど、僕も彼らに甘い顔をするつもりはない。

 立ち上がれ……!筋肉と共に!!! 

 

「腰が高い! もっと深く!」

「背中を丸めるな! 前を見ろ、未来を見ろ!」

 

 僕も列を回りながら檄を飛ばす。

 前世の道場で、父がよく言っていた言葉だ。「筋肉は裏切らない。裏切るのはいつも、お前の心だ。」と。

 今ならその言葉の意味がよく分かる。彼らの筋肉はまだ眠っているだけだ。叩き起こしてやれば、必ず応えてくれる。

 

「サーーン! ……ガウッ! ラクショウ!」

 

 アグニは皆と同じペースでは物足りないのか、片足立ちでスクワットを始めている。しかも、リズムに合わせて「ホッ! ホッ!」と掛け声を入れる余裕まである。

 その圧倒的な格差を見せつけられ、男性たちの目に涙が滲む。

 

「あんな子供に……負けてたまるか……!」

「俺だって…………!」

 

 お、いい目になってきた。

 アグニの無自覚な煽りが、彼らのプライドを刺激しているようだ。

 恥をかきたくない、負けたくない。その感情は、時にどんな栄養剤よりも人を強くする。

 強い気持ちは時として、人の限界を越えさせるのだ。

 

「その意気だ! 残り半分! 歯を食いしばれ!」

 

 回数が進むにつれ、彼らの悲鳴はうめき声に変わり、汗が滝のように流れ落ちる。

 作業着は泥と汗で汚れ、髪は乱れ、顔は苦悶に歪んでいる。

 本来なら、この世界の美意識では「最も醜い」とされる姿だ。

 だが、僕の目には、今の彼らは輝いて見えた。

 自分の弱さと向き合い、必死に食らいつこうとするその姿は、どんな着飾った貴公子よりも美しい。

 

「よんじゅう……はち!」

「うぉぉぉぉ……!!」

「よんじゅう……きゅう!」

「あがれぇぇぇ……俺の足ィィィ!!」

「ごじゅう!!」

 

 最後の一回。

 全員が、声を枯らして立ち上がった。

 そして次の瞬間、糸が切れたように全員が地面に崩れ落ちた。

 荒い呼吸音だけが、朝の裏庭に響き渡る。

 土の匂いと、濃厚な男たちの汗の匂い。

 ……むさ苦しい。最高にむさ苦しい空間だ。

 だが、この熱気こそが、今のブレスダンに欠けていたものだ。

 

「……よくやった。全員、完走だ。」

 

 僕が声をかけると、地面に大の字になった青年の一人が、荒い息を吐きながら、震える手を空に突き上げた。

 

「や、やった……。俺、やりきった……。」

 

 その顔は泥だらけだったが、晴れやかな笑みが浮かんでいた。

 自分の限界を超えたという達成感。それは、守られているだけでは決して味わえない、極上の果実だ。

 こういった成功体験があれば、今後も頑張れるはず。

 

「へぇ。見直したよ。……最初は泣いて逃げ出すかと思ったけど、案外骨があるじゃないか。」

 

 サーシャも腕を組み、満足げに頷いている。

 彼女のような武人にとって、弱くても逃げない男というのは、好感度が高いらしい。

 

「ガウッ! オマエラ、マアマア。……デモ、マダマダ。アグリム、ツギ、ナニ?」

 

 アグニだけは涼しい顔で、早く次のメニューをよこせと尻尾を振っている。底知れないスタミナだ。

 

「よし。休憩終わり! 次は腹筋だ。……マドゥワス式は、全身をくまなくイジメ抜くぞ!」

「ひ、ひぃぃぃぃ……!!」

 

 悲鳴が上がる。

 だが、その声には、最初の頃のような絶望の色はもう混じっていなかった。

 

 こうして、ダンテ市の片隅で始まった奇妙なブートキャンプは、太陽が高く昇るまで続いた。

 筋肉痛という名の洗礼を受けた彼らが、真の「労働力」として覚醒するのは、そう遠い日のことではないだろう。

 ……たぶん。明日動ければの話だが。

 

 

 

 

 太陽が西の稜線に沈み、空が群青から茜色へと変わる頃。

 マドゥワス屋敷の裏庭には、屍の山……ではなく、全力を出し切って燃え尽きた男たちの山が築かれていた。

 

「はぁ……はぁ……。」

「し、死ぬかと思った……。」

 

 全員が地面に大の字になり、泥と汗にまみれている。

 髪は乱れ、服は汚れ、足は生まれたての仔馬のように痙攣している。

 本来なら、この世界の美意識では「見るに耐えない」姿だろう。だが、彼らの顔には不思議と悲壮感はなかった。

 あるのは、自分の限界を超えたという、これまでにない充実感だ。

 

「……よくやった。初日にしては上出来だ。」

 

 僕は彼らの間を歩き、一人一人の肩を叩いて労った。

 そして、その手には「報酬」が握られている。

 

「さあ、飯だ。働いた後は、食わなきゃ体は作れないぞ。」

 

 屋敷の裏手には、いつの間にか焚き火が組まれていた。

 その周りでは、宿から応援に駆けつけていた騎士団の面々が、手際よく肉を焼いている。

 

「おう、お疲れさん! 若様のしごきに耐え抜いた根性、見直したよ!」

 

 サーシャが豪快に笑いながら、焼きたての肉串を彼らに配っていく。

 今日の糧は、彼女たち騎士団が近隣の森で狩ってきた野兎や鹿だ。本来なら従騎士たちが丁寧に下処理をしてスープにするところだが、今日は「女の野営飯」スタイルだ。

 固い黒パンと、直火で焼いただけの肉。

 シンプル極まりないが、今の彼らには何よりのご馳走だろう。

 

「い、いただきます……!」

 

 一人の青年が、震える手で黒パンを齧り、肉にかぶりついた。

 上品に一口サイズにちぎって食べるマナーなど、今の彼らには関係ない。

 ガツガツと、獣のように食らう。

 

「……う、美味い……ッ!」

「なんだこれ……ただの固いパンなのに、涙が出るほど美味いぞ……!」

 

 空腹は最高のスパイスと言うが、それだけではない。

 自らの体を酷使し、流した汗の対価として得る食事。その「重み」が、味覚を通して魂を震わせているのだ。

 

「クエ! アグリム、メシ!」

 

 アグニも彼らに混じり、自分の顔ほどもある鹿の腿肉を骨ごと齧っている。

 いつの間にか、彼女と男性たちの間には奇妙な連帯感が生まれていた。一緒に汗を流した(アグニは遊んでいただけだが……)仲間意識というやつかもしれない。

 

「若様……俺たち、明日もやっていいですか?」

 

 口の周りを煤だらけにした中年男性が、真剣な眼差しで僕を見つめてきた。

 

「今日は何も生産できませんでした。ただ体を動かしただけで……でも、なんとなく分かったんです。このままじゃいけないって。俺たちのこの細い腕じゃ、何も守れないって。」

「ああ。もちろん大歓迎だ。」

 

 僕は力強く頷いた。

 これほど嬉しい言葉もない。

 

「明日は今日よりキツイぞ。筋肉痛で起き上がれないかもしれない。」

「望むところです……! この痛みが、力に変わるなら!」

 

 彼らの瞳に宿る光は、もう「守られるだけの弱者」のものではなかった。

 

 ――そして、解散の時間。

 

 足を引きずり、互いに肩を貸し合いながら帰路につく男性たち。

 その姿を、ダンテ市の通りを行き交う女性たちが驚きの目で見つめていた。

 

「あら、あれはパン屋の旦那じゃないか? 泥だらけで……一体何を?」

「うちの息子もいるわ。……なんだろう、あの子。いつもより背筋が伸びているような……。」

 

 汗臭く、泥に汚れた男たち。

 眉をひそめる者もいたが、その中に混じる「異質な熱気」に、何かを感じ取った女性も少なくなかった。

 変化の種は、確かに蒔かれたのだ。

 

 

 ☆

 

 

 そんな、かつてない熱気に包まれつつあるダンテ市。

 その入り口にある街道の先に、一台の豪奢な馬車が近づいていた。その後ろからは荷運び用の馬車が5台ほど続いている。

 

 車輪が重々しい音を立てて止まる。

 御者台の横から顔を出したのは、恰幅の良い、脂ぎった顔の商人だった。

 身につけている装飾品は派手だが、その目は値踏みするように細められている。

 

「……ここが、噂のマドゥワス領か。」

 

 商人はハンカチで額の汗を拭いながら、薄汚れた街並みを見下ろして鼻で笑った。

 

「聞いていた通り、死に体の街だな。……領主は女狐のラウラではなく、人質帰りの青二才が代行をしているとか。」

 

 彼女は荷台を振り返る。そこには、足元を見るための「安い物資」と、不当な契約書が積まれているはずだ。

 

「カステ領での商売は期待外れだったが、ここでは骨までしゃぶり尽くせそうだ。……無知な若造相手なら、このクズ同然の小麦でも、金貨の山と交換できるだろうよ。」

 

 商人は下卑た笑みを浮かべ、御者に合図を送った。

 

「行くぞ。……マドゥワス家の『再生』とやらを、我々がお手伝いして差し上げようじゃないか。」

 

 馬車が動き出す。

 彼女らはまだ知らない。

 この街には今、彼らの想像を遥かに超える「規格外の男」と、飢えた狼のような騎士たちが待ち構えていることを。

 

 カモが葱ならぬ、金貨を背負ってやってきた。

 マドゥワス領の経済改革が、まもなく幕を開けようとしていた。

メインキャラが増えてきたので....みんなの好きなキャラを教えてくれぇ!!!書くわよ〜!!!!

  • ルイーズ・ロンズデール
  • ネリー
  • サーシャ、クロエ、ミリア他騎士団
  • アンドレア殿下
  • ガーベラ
  • アグニ
  • バルバラ
  • 上記以外のキャラクターは感想等で教えてね
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