姫騎士(肉食)共から貞操を守りつつ、僕の騎士道がハードモードすぎる   作:お庭屋さん

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第31話:舐められ領主、逆転商談

 ダンテ市の再生に向けた熱気が高まる中、マドゥワス屋敷の前に一台の豪奢な馬車が止まった。

 車体には金箔で縁取られた鷲の紋章――大陸全土にネットワークを持つ大手、『金鷲商会』のエンブレムが輝いている。

 その後ろには様々な交易品を積んだ荷馬車が続く。

 

 本来なら、このような辺境の貧乏領地には縁のない相手だが、彼らは「臭い」を嗅ぎつけてやってきたのだ。

 死に体の獲物が放つ、甘美な腐肉の臭いを。

 

「……若様。お招きいたしました。」

 

 ガーベラの案内で応接室に入ってきた人物を見て、僕は一瞬、記憶に新しいある不快な光景を思い出した。

 巨躯。

 豪奢なドレスの生地が悲鳴を上げそうなほど肉付きの良い、褐色の肌。

 そして、ジャラジャラと身につけた悪趣味なほどの貴金属。種族はオーク。

 

 その顔立ちは、かつてスリヒ台地で遭遇し、僕たちが「お仕置き」をしたあの悪徳商人に瓜二つだった。

 

「お初にお目にかかりますぅ。金鷲商会、中部エリア支店長のジョーゼットと申しますわぁ。」

 

 彼女はソファーにどっかりと腰を下ろすと、扇子で口元を隠しながら、ねっとりとした視線を僕に向けた。

 その目は、商談相手を見る目ではない。

 ショーケースの中の珍しい動物、あるいは値踏みされる「商品」を見る目だ。

 

「マドゥワス領主代行、エヴァンだ。……遠路はるばる、よく来てくれた。」

 

 僕は努めて冷静に、対面のソファーに座った。

 背後にはルイーズとネリーが護衛として控えているが、彼女たちもこの商人の顔を見て、ピクリと眉を動かしている。この商人の風貌に気づいたらしい。

 

「あらあら、まあまあ……。噂には聞いておりましたけれど。」

 

 ジョーゼットは扇子をパチリと閉じ、僕の体を下から上へと舐めるように視線を這わせた。

 

「随分と……『野趣』溢れるお姿ですこと。マドゥワスの若様といえば、深窓の可憐な令息だと聞いておりましたのに。これではまるで、野良犬……いえ、闘犬かしら?」

 

 彼女は侮蔑と、そして隠しきれない好奇心を滲ませて笑った。

 この世界において、筋肉質で傷だらけの男は「醜い」とされる。だが、彼女のような特異な嗜好を持つ者にとっては、それは「希少な愛玩動物」として映るらしい。

 ゾワリ、と背筋に悪寒が走る。

 

「……単刀直入に言おう。我が領地は今、物資を必要としている。特に小麦と種籾、そして農具だ。君たちの商会なら、それらを調達できると聞いているが。」

「ええ、ええ。もちろんご用意できますわぁ。当商会のネットワークにかかれば、この程度の寒村を潤すなど造作もないことです。」

 

 ジョーゼットは懐から一枚の羊皮紙を取り出し、テーブルの上に滑らせた。

 ことある事に侮辱の色を隠せないのはこういういかにもな悪徳商人の特権か何かか?

 窮地でなければ即刻叩き切っているところだ。

 

「こちらが、今回ご提示させていただく契約書になりますぅ。」

 

 僕はそれを手に取り、目を通した。

 そして、数秒で眉間に皺が寄るのを止められなかった。

 

「……これは、どういうことだ?」

 

 そこに記されていた金額は、事前の調査で把握していた市場価格の、優に五倍を超えていた。

 足元を見るにしても限度がある。これは商売ではない。略奪だ。

 

「高い、と仰りたいのですかぁ? ですが若様、現状を理解しておいでかしら? この領地は今、孤立無援。他所から物資を運ぶには、魔物が出る危険な街道を通らねばなりません。その『リスク代』を含めれば、妥当な金額かと存じますが?」

 

 彼女は悪びれもせず、ニタニタと笑っている。

 完全にこちらを舐めている。僕が無知な若造で、他に頼る当てがないと踏んで、吹っかけてきているのだ。

 

「……払えないと言ったら?」

「あら、残念。……でも、ご安心なさいませ。」

 

 ジョーゼットは身を乗り出し、甘ったるい香水の匂いを漂わせながら囁いた。

 

「お金がないのなら、別の支払い方法もご用意しておりますわ。……例えば、この屋敷の権利書。あるいは……」

 

 彼女の太い指先が、僕の手の甲に触れた。

 

「貴方ご自身を、『担保』にするというのも悪くありませんわねぇ。……私、貴方のような珍しいタイプのオス、嫌いじゃありませんの。私の屋敷の檻は広くて快適ですわよ? 領主代行なんて重荷を下ろして、私のペットとして可愛がられるのも、幸せな人生だと思いませんこと?」

 

 背後で、ルイーズが剣の柄に手をかける音がした。

 ガーベラの表情が、能面のように凍りついている。

 このままでは、商談の前に流血沙汰になりかねない。

 僕はゆっくりと自分の手を引き抜き、溜息をついた。

 

「……随分と、安く見られたものだ。」

 

 怒りはない。あるのは、呆れと、そして確信だ。

 この手合いには、言葉で情に訴えても無駄だ。

 力(カネ)と、力(ブツ)と、そして力(チカラ)で分からせるしかない。

 ソッチがその気ならコッチも殴るんだよ。オラ。

 札束パンチだ喰らえ。

 

「残念だが、僕はペットになる気はないし、領地を売り渡す気もない。……だが、取引はしたい。対等な条件でね。」

「対等? ブブッ……若様、寝言は寝て仰ってくださいなぁ。金のない人間に、商人と対等に話す資格などありはしませんのよ?」

 

 ジョーゼットが嘲笑う。

 僕は静かに、ルイーズに合図を送った。

 

「金はない。……だが、『現物』ならある。」

 

 ルイーズが頷き、部屋の隅に置かれていた大きな木箱の蓋を開けた。

 そこから漏れ出したのは、部屋の空気を一変させるほどの、濃密な魔力の気配だった。

 

「……な、なんですの、それは?」

 ジョーゼットの目が、商人のそれへと変わる。

 僕たちの反撃は、ここからだ。

 

 

 ☆

 

 

 応接室の空気が、ピリリと変わった。

 ルイーズが部屋の隅に置かれた木箱の留め金を外し、重々しい蓋をゆっくりと持ち上げる。

 その瞬間、まるで密閉されていた香水瓶を開けたかのように、濃密で清冽な水の魔力が室内へと溢れ出した。

 

「……な、なんですの? この気配は……。」

 

 ジョーゼットが扇子を揺らす手を止め、怪訝な顔で木箱を覗き込む。

 そこには、丁寧に畳まれた一枚の毛皮と、大人の腕ほどもある二本の巨大な牙、そして拳大の青い魔石が収められていた。

 窓から差し込む陽光を受け、その毛皮が濡れたように艶めく。

 深い蒼黒色。一本一本が鋼のように強靭でありながら、全体としてはシルクのように滑らかな光沢を放っている。

 

「……っ!?」

 

 ジョーゼットの目が、カッと見開かれる。

 彼女は商売人だ。それも、大陸全土にネットワークを持つ大手商会の支店長。その眼力は、本物と偽物を瞬時に見分ける。なるほど、商人としてはかなりやり手なのだろう。目利きは確かなようだ。

 彼女は無意識のうちにソファーから腰を浮かせ、吸い寄せられるように木箱へと身を乗り出した。

 

「こ、これは……まさか……『クリークボア』!?」

 

 その声は、先ほどまでの猫撫で声とは違う、驚愕に震えた素の声だった。

 

「ご明察だ。この裏山に住み着いていた『主』でね。……先日、僕たちが駆除した。」

 

 僕は湯気の立つ紅茶を一口啜り、何でもないことのように告げた。

 クリークボア。清流を好み、その水を魔力に変えて巨体を維持する特殊な魔獣。その素材は、武具や防具、さらには魔導具の材料として極めて高い価値を持つ。

 だが、その希少性を高めているのは、何よりその討伐難易度だ。

 巨体に似合わぬ俊敏さと、鋼の剛毛による防御力。生半可な騎士団では返り討ちに遭うのが関の山で、市場に出回る素材も、大抵は激戦の末にボロボロになったものばかりだ。

 僕らは割とアッサリ狩ってしまったけれど、そこはそれ。阿吽の呼吸と言っていいほど上手く連携が出来る騎士が揃えば造作もない。

 

「……信じられない……。」

 

 ジョーゼットは震える手で、箱の中の毛皮に触れた。

 指先が滑るような感触。そして、そこに宿る魔力の残滓。

 

「傷が……傷が一つもない……!? 一体どうやって……毒殺? いえ、それなら毛艶が曇るはず……。魔法で焼き殺した? いえ、焦げ跡ひとつないわ……。」

 

 彼女の独り言が漏れ聞こえてくる。

 無理もない。この毛皮は、ルイーズが正面から打撃で体勢を崩し、僕が狩猟刀の一撃で急所を貫いて仕留めたものだ。

 毛皮としての価値を損なう外傷は、ほぼ皆無と言っていい。

 所謂、「完品」だ。

 

「……どうかな、支店長。君たちの商会なら、これの価値が分かるはずだ。」

 

 僕が声をかけると、ジョーゼットはハッとして我に返った。

 彼女は慌てて扇子で口元を隠し、咳払いをして平静を装う。だが、その瞳の奥にある欲望の炎は、隠しきれるものではない。

 

「……え、ええ。悪くはありませんわね。田舎の山で獲れたにしては、そこそこの品質ですわ。」

 

 白々しい。

 さっきまで喉から手が出るほど欲しそうな顔をしておきながら、商談となれば即座に評価を下げる。これだから商人は油断ならない。

 

「『そこそこ』か。……残念だな。王都のオークションなら、この牙一本で小さな屋敷が建つと聞いていたんだが。」

 

 僕はわざとらしく肩を竦めた。

 

「ルイーズ。どうやら金鷲商会のお眼鏡には適わなかったようだ。……仕方がない、この素材は王都へ送る手配をしてくれ。多少時間はかかるが、適正な価格で買い取ってくれる相手を探そう。」

「畏まりました、エヴ様。……では、直ちに梱包し直します。」

 

 ルイーズが心得たように頷き、箱の蓋に手をかける。

 パタン、と閉まりかけたその瞬間。

 

「お、お待ちなさい!!」

 

 ジョーゼットが悲鳴のような声を上げて、テーブルに身を乗り出した。

 その額には脂汗が滲み、厚化粧が少し浮いている。

 へへっ、釣れる釣れる。大物だ。

  

「な、何も……王都まで運ぶ必要はありませんでしょう? 輸送費も馬鹿になりませんし、道中で盗賊に襲われるリスクもございますわ。……手前どもが、その手間を省いて差し上げようと申し上げているのです。」

「リスクなら問題ない。……見ての通り、ウチには優秀な騎士が揃っているからね。」

 

 僕は背後に控えるルイーズとネリーに視線をやった。

 二人は無言で、しかし雄弁な殺気を漂わせている。盗賊など、彼女たちの前では準備運動にもならないだろう。

 

「うぐっ……。」

 

 ジョーゼットが言葉に詰まる。

 彼女も馬鹿ではない。この素材の価値を正確に理解しているからこそ、ここで逃すわけにはいかないのだ。

 無傷のクリークボアの毛皮。しかも、ここまでの大きさ。これを王都の貴族や、あるいは軍部へ流せば、彼女が得る利益と名声は計り知れない。新たなコネクションを作る土台にすらなるだろう。

 小麦や農具の代金など、端金に思えるほどの「大金星」が目の前にある。

 

「……分かりましたわ。認めましょう。」

 

 彼女は扇子を閉じ、先ほどまでの愛玩動物を見るような目は消え失せ、一人の「商売敵」を見る鋭い目で僕を睨みつけた。

 

「確かに、極上の品です。……で? 貴方はこれを、いくらで売りたいと仰るの?」

 

 ようやく、同じ土俵に上がってきた。

 僕は心の中でガッツポーズをしつつ、表情は崩さずに言った。

 

「金はいらない。」

「……は?」

「物々交換だ。……この素材一式と引き換えに、君が持ってきた小麦、種籾、農具、そして冬服。……その馬車に積んである在庫の『全て』を置いていってもらいたい。」

 

 ジョーゼットがポカンと口を開けた。

 彼女が提示した不当な契約書には、それらの物資に対して法外な値段がつけられていた。だが、このクリークボアの価値と天秤にかければ、それでもまだこちらが損をするくらいのレートだ。

 

「そ、そんな……! いくら何でも暴利ですわ! 馬車5台分の物資と、たかが猪一匹を交換だなんて!」

「へぇ?『たかが』猪じゃないことは、君が一番よく分かっているはずだ。」

 

 畳み掛ける。

 

「それに、これは君にとっても悪い話じゃないはずだ。……今ここで契約すれば、君はこの極上品を、輸送コストもかけずに手に入れられる。そして、君が本来売るつもりだった『足元を見た価格』の商品を、在庫処分できるんだ。」

 

 本来なら売れ残るかもしれなかった過剰在庫を、最高級の換金アイテムと交換できる。

 彼女の計算高い頭の中で、ソロバンが激しく弾かれている音が聞こえるようだった。

 

「……っ……。」

 

 ジョーゼットは唸り声を上げ、懐からハンカチを取り出して脂汗を拭った。

 迷っている。

 利益と、プライドと、そして僕という「小僧」に主導権を握られる屈辱の狭間で。

 だが、僕にはもう一つ、彼女を追い詰めるための「カード」があった。

 僕は静かに立ち上がり、窓の外へと視線を向けた。

 

「そういえば、支店長。……君によく似た顔立ちの商人に、以前会ったことがあるんだ。」

「……え?」

「スリヒ台地でね。……彼女も君と同じように、他人の弱みに付け込むのが得意なようだった。奴隷商人をしていたよ。」

 

 ジョーゼットの肩が、ビクリと跳ねた。

 その反応で確信した。やはり、あのオーク商人は彼女の身内――姉妹だ。

 

「奇遇ですわね……。世の中には、似た人がいるものですわ……。」

 

 彼女の声が、微かに震えている。

 スリヒ台地での一件。僕たちが奴隷を解放し、商人を「説得」したあの出来事。もし彼女が姉妹と連絡を取り合っているなら、その顛末を知らないはずがない。

 

『規格外の怪力を持つ男と、血に飢えた狂犬のような女騎士たち。』

『逆らえば、命はない。』

 

 そんな噂が、彼女の脳裏をよぎっているはずだ。

 

「彼女は『賢い選択』をしたよ。……無駄な抵抗をやめて、僕たちの要求を飲んだ。おかげで、今もどこかで五体満足で商売を続けられていると思う。」

 

 僕はゆっくりと彼女に向き直った。

 あえて、袖を捲ったままの腕を組む。

 そこに刻まれた無数の傷跡と、盛り上がった筋肉が、無言の圧力を放つ。

 

「君も、賢い商人だと信じているよ。……ジョーゼット支店長。」

 

 脅しではない。

 ただの事実確認だ。

 だが、今の彼女にとって、僕の笑顔はどんな魔物よりも恐ろしく映ったに違いない。

 

「ひっ……。」

 

 彼女は小さな悲鳴を上げ、ソファーの背もたれにへばりついた。

 その視界の端には、いつの間にか背後に回り込んでいたアグニの姿も映っていたのだろう。

 

「コイツ……ニオウ。……ウソツキ。……クッテ、イイ?」

 

 アグニが喉を鳴らし、ジュルリと涎を垂らす。

 野生の本能が、目の前の商人を「敵」あるいは「餌」として認識している。

 詰みだ。

 ジョーゼットの顔から、商売人の余裕が完全に消え失せた。

 

「わ、分かりました……! 認めますわ! その条件で手を打ちましょう!!」

 

 彼女は叫ぶように言い放ち、震える手で契約書を取り出した。

 

 

 ☆

 

 

「わ、分かりました……! 認めますわ! その条件で手を打ちましょう!!」

 

 ジョーゼットは叫ぶように言い放ち、震える手で懐から契約書を取り出した。

 もはや彼女に、当初の余裕など欠片も残っていない。

 目の前には、伝説級の魔獣を無傷で狩る「規格外の男」。背後には、野生の殺気を放つ「謎の亜人」。そして、控えに立つのは、無言の圧力を放つ二人の騎士。

 商売人としての損得勘定以前に、生物としての生存本能が「ここで逆らえば終わる」と警鐘を鳴らしているのだ。

 

「……賢明な判断だね。」

 

 僕はニッコリと笑顔を浮かべ、彼女が差し出した新しい羊皮紙を受け取った。

 そこには、震える文字で『金鷲商会の在庫全て』と『クリークボア素材一式』の交換、そして今後の取引におけるマドゥワス家への優先供給権が記されている。

 市場価格で言えば、それでもまだこちらが有利な条件だ。だが、彼女が最初にふっかけてきた暴利に比べれば、可愛いものである。

 

「サインを。」

 

 僕がペンを差し出すと、ジョーゼットは脂汗をハンカチで抑えながら、素早くサインをした。

 その顔は屈辱に歪んでいるが、同時に「これでこの場から逃げられる」という安堵の色も浮かんでいる。

 

「……これで、よろしいですわね?」

「ああ。取引成立だ。」

 

 僕が契約書を確認し、頷いた瞬間。

 ジョーゼットは弾かれたように立ち上がった。

 

「荷下ろしは部下にさせますわ! ……ふんっ、今回は私の負けですけれど、勘違いなさいませんように!」

 

 彼女は捨て台詞を吐きながら、出口へと早足で向かう。

 だが、ドアノブに手をかけたところで、彼女は一度だけ振り返り、ねっとりとした視線を僕に残した。

 

「……あの素材、確かに素晴らしいものでしたわ。ですが、私が本当に欲しかったのは……。」

 

 彼女の舌が、赤い唇を舐める。

 

「次に会う時は、もっと()()()を用意しておいてくださる?……例えば、その傷だらけの身体とか、ね?」

 

 ゾワリ、と背筋が粟立つ。

 彼女は最後まで「商人」であり、そして「メス」だった。

 バタン! と荒々しく扉が閉められ、廊下をドスドスと歩き去る音が遠ざかっていく。

 

「……はぁぁぁ……。」

 

 その音が完全に聞こえなくなった瞬間、僕はソファーに深く沈み込み、長い長い溜息を吐いた。

 

「疲れた……。魔獣と戦うより、よっぽど神経を使うよ……。」

 

 前世でも営業職の経験なんてなかったし、今世でも剣ばかり振っていた。

 海千山千の悪徳商人を相手に、ハッタリと威圧だけで渡り合うなんて、心臓に悪すぎる。

 背中びっしょりだ。

 

「お見事でございました、エヴァン様。」

 

 それまで空気のように気配を消していたガーベラが、静かに進み出て、僕のカップに新しい紅茶を注いだ。

 その表情は、いつもの厳格なものではなく、慈愛に満ちた柔らかなものだ。

 

「あの強欲なオークを、言葉だけでやり込めるとは……。今は亡き奥方様譲りの度胸と、ラウラ様の気迫。……若様の中に、お二人の血が確かに流れていることを、誇らしく思います。」

「……買いかぶりすぎだよ、ばあや。アグニとルイーズたちがいてくれたからさ。」

 

 僕は苦笑いをして、紅茶を一口啜った。

 温かい香りが、張り詰めていた神経を解していく。

 

「ケッ! クサイ、オバサン、ニゲタ!」

 

 アグニが不満げに鼻を鳴らし、僕の膝に乗り上げてきた。

 彼女にとっては、美味しそうな獲物(?)が逃げたことが不服らしい。

 

「アグリム! アイツ、クワナイ? ニク、オオイゾ?」

「ダメだよ。商人は食べ物じゃない。……でも、ありがとうな、アグニ。君のおかげで助かったよ。」

 

 僕が頭を撫でてやると、アグニは「ガウッ!」と満更でもない顔で目を細めた。

 窓の外では、商会の従業員たちが大慌てで荷下ろしを始めている。

 倉庫へと次々に運び込まれる小麦の袋、新品の農具、そして暖かい冬服の山。

 それを見て、屋敷の使用人たちが歓声を上げているのが聞こえる。

 

「これだけの物資があれば、なんとか冬は越せそうですね。」

 

 ネリーが窓際で眼鏡の位置を直しながら、安堵の声を漏らした。

 

「ええ。それに、あの農具があれば、昨日鍛え始めた男性陣も、本格的に戦力になっていくでしょう。」

 

 ルイーズも満足げに頷く。

 これで、食糧と道具、そして労働力という「再生」のためのピースが揃ったわけだ。

 

「……エヴ様。」

 

 ふと、ルイーズが猫のような声で僕を呼んだ。

 振り返ると、彼女とネリーが、左右から音もなく忍び寄ってきている。

 

「随分と、お疲れのご様子ですね? ……肩、凝っていませんか?」

「え? ああ、まあ……少し?」

「それは大変です。……商談の緊張で、筋肉が強張っているに違いありません。放置すれば、怪我の元になります。」

 

 ネリーが真面目な顔で、もっともらしい理屈を並べる。

 だが、その目は笑っていない。いや、獲物を狙う肉食獣の目で笑っている。

 見たことあるなァ……。

 こういう時って大体、嫉妬で暴走してる時だもんなァ……。

 

「で、では! 私たちが責任を持って、ほぐさせていただきます!」

「ええ。疲労回復マッサージの出番ですね。」

「え、いや、ちょっと待っ――」

 

 僕が逃げようとするより早く、二人の手が僕の肩と腕をガシリと捕らえた。

 

「観念してください、エヴ様! これも領主代行の務めです!」

「さあ、力を抜いて……。ふふ、今日も素晴らしい上腕二頭筋ですね……。カチカチです♡」

「わ、わぁぁぁ!?」

 

 応接室に、僕の情けない悲鳴と、女性陣の楽しげな声が響き渡る。

 アグニも「アグリム、モム! ハラ、モム!」と便乗して腹筋にダイブしてくるし、ばあやは「あらあら」と微笑んで見ているだけだ。

 

 ……まあ、いいか。

 これもまた、マドゥワス領の平和な日常の一コマだ。

 こうして、僕たちは最大の懸念であった「物資不足」という壁を乗り越えた。

 倉庫に積まれた希望の山。

 そして、明日から始まる本格的な復興作業。

 窓の外、ダンテ市の空には、冬の訪れを告げる鉛色の雲が広がっていた。

 だが、僕たちの心に灯った火は、もう誰にも消せはしない。

 さあ、忙しくなるぞ。

 この傷だらけの腕で、泥と希望を掴み取る日々が、また始まるのだから。

メインキャラが増えてきたので....みんなの好きなキャラを教えてくれぇ!!!書くわよ〜!!!!

  • ルイーズ・ロンズデール
  • ネリー
  • サーシャ、クロエ、ミリア他騎士団
  • アンドレア殿下
  • ガーベラ
  • アグニ
  • バルバラ
  • 上記以外のキャラクターは感想等で教えてね
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