姫騎士(肉食)共から貞操を守りつつ、僕の騎士道がハードモードすぎる   作:お庭屋さん

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第37話:忍び寄る毒牙

 野盗連合による襲撃から、三日が過ぎた。

 ダンテ市の北に広がる雪原には、未だに黒い煙が立ち昇っている。

 それは、戦場に散らばった二百近い野盗たちの遺体を弔う、巨大な火葬の煙だった。

 

「……南無。」

 

 僕は作業着の襟を立て、冷たい風の中で静かに手を合わせた。

 前世の習慣が抜けない。この世界に「南無」という概念はないけれど、死者への最低限の敬意として、心の中で冥福を祈る。

 彼女たちは敵だった。欲に駆られ、僕の故郷を奪おうとした略奪者だ。

 だが、彼女たちもまた、時代の歪みが生んだ犠牲者なのかもしれない――などという感傷は、領主代行としては甘いだろうか。

 

「おいおい旦那。そんな辛気臭い顔してると、幸せが逃げちまうよ?」

 

 背後から、豪快な声と共に背中をバンと叩かれた。

 振り返ると、バルバラがニカっと白い歯を見せて笑っていた。彼女はいつもの軽装鎧の上から、厚手の毛皮を羽織っている。その手には、作業指示書らしき羊皮紙が握られていた。

 

「バルバラか。……作業の進み具合はどうだ?」

「上々さ。ウチの若いのが手際よくやってるよ。死体の扱いは慣れてるからね。」

 

 彼女が顎でしゃくった先では、マドゥワス騎士団と『赤錆の風』の傭兵たちが入り混じって作業を進めていた。

 荒くれ者の傭兵たちだが、仕事は驚くほど丁寧だ。遺体から装備や金目のものを剥ぎ取る手際は早いが、遺体そのものを粗末に扱うことはない。雪を掘り、薪を組み、整然と並べて火に付している。

 疫病を防ぐための衛生処理としても、完璧な仕事ぶりだった。

 

「それにしても、あんたのトコの騎士様たちは真面目だねぇ。ウチの連中がサボろうとすると、すぐにすっ飛んできて説教しやがる。」

「はは……。ルイーズもネリーも皆、根が真面目だからね。」

「ま、おかげで作業は予定より早く終わりそうだ。……で、旦那。相談なんだがね。」

 

 バルバラは表情を引き締め、地図を広げた。

 

「この後片付けが終わったら、ウチの連中を少し散らそうと思うんだ。」

「散らす?」

「ああ。ここダンテ市はもう安全だが、周辺の村はそうじゃない。今回叩き潰したのは主力だが、逃げ延びた木っ端共や、ドサクサに紛れて悪さをしようとする小悪党がいないとも限らないだろ?」

 

 確かにその通りだ。

 二百人の大部隊が瓦解したのだ。散り散りになった敗残兵が、食糧を求めて弱い村を襲う可能性は十分にある。

 残念ながら、30人構成の我が騎士団ではせいぜい1つの村に2、3人常駐させるのが関の山だ。

 しかも、3分の2が未だ修行中の従騎士なのだ。

 彼女たちの腕も選りすぐりなのは間違いないが、少ない戦力をさらに分散させるような真似はしたくない。

 そういう背景から、バルバラの提案はかなり魅力的に見えた。

 

「だから、ウチの部隊を数名ずつの小隊に分けて、領内各地の村へ派遣する。警備と、ついでに雪かきや力仕事の手伝いもさせるよ。」

「……それは助かるが、いいのか? 契約以上の働きになるぞ。」

「構わないさ。どうせここに全員いても、屋敷の食い扶持を減らすだけだしね。各村で厄介になれば、その分の食費も浮く。それに……。」

 

 バルバラはウインクをした。

 

「アタシらが『役に立つ』ってところを領民に見せつければ、あんたの顔も立つだろ? 『領主様が雇った傭兵は頼りになる』ってな。」

 

 なるほど。

 彼女の提案は、軍事的にも政治的にも理に適っている。

 傭兵団の食糧問題を分散させつつ、領内の治安を維持し、さらに領主への信頼度も上げる。

 どうやらこの頭領は頭も回るらしい。

 豪快に見えて、彼女は極めて聡明な指揮官だ。

 

「ありがとう、バルバラ。その案で頼む。……村長たちへの紹介状は、すぐにガーベラに用意させるよ。」

「話が早くて助かるねぇ! ……よし、女郎ども! 片付けが終わったら移動だ! 各村で美味い飯と、あったかい寝床を確保してきなッ!」

 

 バルバラの号令に、傭兵たちが「オウッ!」と応える。

 その光景を見ていた街の女性たちが、大きな鍋を持って近づいてきた。

 

「傭兵さんたち、お疲れ様! 炊き出しのスープだよ、温まりな!」

「あっちの雪かきも手伝ってくれてありがとねぇ。これ、差し入れのパンだよ。」

 

 かつては「武装した余所者」として警戒されていた傭兵たちが、今では街の人々に受け入れられ、笑顔で言葉を交わしている。

 マドゥワス領に、新しい「力」が馴染み始めているのを感じた。

 

「……さて。外の憂いはこれで一安心か。」

 

 僕は一つ息を吐き、屋敷の方へと視線を向けた。

 戦後処理は順調だ。

 だが、まだ終わっていない仕事がある。

 

 今回の襲撃。

 単なる飢えた野盗の暴走にしては、あまりにも不可解な点が多すぎた。

 二百という数。

 そして、カステ領を迂回し、迷うことなくこのブレスダンへ直行してきた手際の良さ。

 身体強化まで使ったガンドラと名乗るあの頭目。

 どうにもキナ臭い。

  

「エヴ様。」

 

 背後から、冷ややかな声がかかった。

 振り返ると、そこには書類の束を抱えたネリーが立っていた。

 彼女の瞳は、雪原の寒風よりも冷たく、鋭い。

 

「……地下牢の準備が整いました。捕虜の意識も戻ったようです。」

「そうか。……まずは着替えてくるよ。」

 

 僕は作業着の袖を払い、屋敷へと歩き出した。

 野盗の生き残り。

 彼女たちの口から語られる「真実」を聞き出すために。

 屋敷の地下。

 普段は使われることのない冷たい石造りの牢獄へ向かう足取りは、雪原での行軍よりも重く感じられた。

 

 

 ☆

 

 

 マドゥワス屋敷の地下。

 そこは本来、食糧やワインを保管するための貯蔵庫として作られた場所だ。

 だが、その一角には、有事の際に備えて鉄格子が嵌められた部屋――牢獄が存在する。

 

 普段は使われることのないその場所は、今は鼻をつく黴と、血と汗の臭いが入り混じった澱んだ空気に満たされていた。

  カツン、カツン。

 石畳を叩く足音が、静寂に反響する。

 

「……ここだな。」

 

 鉄格子の向こう。薄暗い松明の灯りに照らされて、一人の女が椅子に縛り付けられていた。

 昨日、雪原での戦いで捕縛した野盗の一人だ。ガンドラの側近を務めていたと思われる、体格の良い女戦士。今は武器も鎧も剥ぎ取られ、粗末な麻服一枚で震えている。

 

「準備は整っております、エヴ様。」

 

 牢の前で待っていたネリーが、氷のような無表情で一礼した。

 その手には、尋問用の道具……ではなく、分厚い記録帳とペンが握られている。だが、彼女が放つ冷気は、どんな拷問器具よりも雄弁に「嘘は許さない」と語っていた。

 

「よォ、旦那。遅かったじゃないか。」

 

 牢の中には、既に先客がいた。

 バルバラだ。彼女は木箱に腰掛け、リンゴを齧りながら、まるで猛獣が獲物を弄ぶような目つきで捕虜を見下ろしていた。

 

「バルバラ、君も同席してくれるのか?」

「ああ。裏社会の事情なら、アタシの方が詳しいからね。コイツらの嘘を見抜く『検閲役』が必要だろ?」

 

 彼女はニヤリと笑い、齧りかけのリンゴを放り投げた。

 頼もしい。ネリーの知性と、バルバラの経験。この二人がいれば、どんな堅牢な口も開くだろう。

 僕は牢に入り、捕虜の前に立った。

 彼女は顔を上げ、僕を見るなりビクリと肩を震わせた。

 昨日、雪原でガンドラを一撃で葬った「男」。その恐怖が、未だに彼女の心に焼き付いているのだろう。

 

「回りくどい尋問というのは苦手でね。……単刀直入に聞く。」

 

 僕は静かに告げた。

 

「君たちは、どこから来た? そして、なぜこれほどの数を集めて、このブレスダンを襲った?」

 

 捕虜の女は唇を噛み、視線を逸らした。

 沈黙。

 だが、ネリーが眼鏡の位置を直し、カチリとペンを鳴らした瞬間、彼女の肩が跳ねた。

 

「……言わなければ、どうなるか分かっているな?」

 

 バルバラが低く唸る。

 脅しではない。事実の提示だ。

 捕虜は観念したように息を吐き、ポツリポツリと語り始めた。

 

「……帝国だ。」

「帝国?」

「あたしたちは……グラディウス帝国の南端、国境付近で活動していた。……だが、戦争が終わってから、帝国の締め付けが厳しくなったんだ。」

 

 彼女の話によれば、こういうことだった。

 戦争中、帝国の正規軍は前線に出払っており、国内の治安維持は手薄になっていた。彼女たちはその隙をついて、村や隊商を襲い、甘い汁を吸っていたらしい。

 だが、戦争が終わり、軍が帰還したことで状況は一変した。

 

「討伐隊だよ……。黒い鎧の、精鋭部隊だ。奴らはあたしたちのような野良犬を、害虫駆除みたいに狩り立てた。隠れ家を焼かれ、仲間を殺され……逃げる場所なんて、どこにもなかった。あんな奴ら、それまでの正規兵じゃ見なかった……。」

 

 帝国の治安維持能力は高い。本気を出した正規軍に、野盗ごときが敵うはずもない。

 追い詰められた彼女たちに残された道は、南へ――つまり、国境を越えて他国へ逃げることだけだった。

 

「冬が来る。食い物もない。……このままじゃ野垂れ死ぬだけだ。だから、あたしたちは手を組んだ。生き残るために、大きな獲物を狩るしかなかったんだよ……!」

 

 彼女の声が震える。

 同情はしない。だが、その背景にある「飢え」という動機は、理解できなくもなかった。

 彼女たちもまた、時代の歪みに弾き出された敗残者なのだ。

 

「……なるほどな。帝国の掃除が行き届いた結果、ゴミがこっちに流れてきたってわけか。」

 

 バルバラが呆れたように吐き捨てた。

 

「で? あの頭目……ガンドラとか言ったか。あいつは何者だ? あのハルバードの腕前、ただのゴロツキじゃなかったぜ。」

 

 僕も気になっていた点だ。

 ガンドラの身体能力と、洗練された武技。そして何より、身体強化魔術を使えていたこと。

 

 魔術は才能だけでなく、体系的な教育が必要であり、尚且つ、その魔術の加護を授ける精霊からの祝福が必要だ。

 

 例えば、僕の場合は身体強化と農業の魔術が行使できる。身体強化魔術と言えば聞こえはいいが、厳密には『時間』を操作する魔術なのだ。

 体内の時間を早め、()()()()()()を圧縮する事で爆発的な筋力を生み出す魔術。それが身体強化魔術の本質なのだ。

 故に、反動も大きい。

 無理して筋肉動かしてるんだから当然だよね。

 そして、その祝福を与える精霊は『時間の精霊』である。

 

 精霊は気まぐれだ。自身の気に入った魂にのみその加護を授ける。

 しかし、時間というのは万物に等しく流れる物である為、時間を司る精霊から加護を受けるのは比較的簡単だ。

 正しい祝福を受けられるのは一部の人間、貴族や上位の正規兵に限られるが。

 

 故に、魔術を行使できる者も限られてくる。

 野盗が独学で習得できるものではない。

 捕虜は一瞬躊躇ったが、僕の視線に射抜かれ、観念したように口を開いた。

 

「……あの方は、元貴族だ。」

「貴族?」

「ああ。グラディウス帝国の女爵家……『ガンドラ・フォン・ベルグ』。かつては騎士団の一員として、前線で戦っていたこともある本物の騎士様さ。」

 

 衝撃的な事実だった。

 あの野蛮な頭目が、帝国の貴族だったとは。

 だが、生憎と僕はその名前に覚えがない。

 たった1年とはいえ、帝国の心臓部である帝都を拠点に殿下の『お使い』に奔走していたのだ。

 ひょっとすると……。

 

「だが……あの方は、欲に溺れた。領民から搾取し、賭博に狂い、借金まみれになった挙句、領地を没収されて騎士の位を剥奪されたんだ。『堕ちた騎士』……それが、あの方の正体さ。」

 

 やはりか。

 没落貴族。

 力と地位を持ちながら、自らの欲望を御しきれず、道を踏み外した者。

 彼女が持っていた身体強化の技術も、かつて帝国騎士として受けた教育の残滓だったのだ。

 

「……皮肉なものですね。」

 

 ネリーが冷ややかに呟く。

 

「民を守るべき騎士が、民を襲う野盗の頭目に成り下がるとは。……力を持つ者が、その使い道を誤ればどうなるか。良い見本です。」

 

 僕の胸に、重い痛みが走った。

 ガンドラと僕。

 立場は違えど、同じ「騎士」としての教育を受け、力を持った人間だ。

 一歩間違えば、僕だって彼女のようになっていたかもしれない。

 力に溺れ、誰かを守るためではなく、自分の欲望のために剣を振るう怪物に。

 

「……彼女は、最期まで『奪うこと』に執着していた。」

 

 僕は雪原での一騎打ちを思い出した。

 彼女は僕に「愛人になれ」と言った。自分の欲を満たす道具として、他者を支配しようとした。

 その先に待っていたのは、孤独な死だけだ。

 

「……分かった。ガンドラについては理解した。」

 

 僕は思考を切り替え、次の質問へと移る。

 ここからが本題だ。

 単に食糧を求めて南下しただけなら、なぜ彼女たちは「カステ高原」を避けたのか。

 地理的に考えれば、帝国領から南下して最初にぶつかるのはアウグス領だ。そこにはまだ復興途中の村や、手薄な集落もあったはず。

 それなのに、彼女たちは険しい荒野を越え、わざわざこのブレスダンまで足を伸ばした。

 まるで、「ここが正解だ」と教えられたかのように。

 

「……答えろ。なぜ、カステ領を襲わなかった? 鉄壁の『竜の顎城』があるとはいえ、周辺の村なら襲えたはずだ。……それとも、誰かに『指示』されたのか?」

 

 僕の問いに、捕虜の女の顔色がサッと青ざめた。

 唇がわななき、視線が泳ぐ。

 図星だ。

 

「言え。」

 

 ネリーが一歩踏み出し、冷徹な圧力をかける。

 

「貴女たちがただの野盗連合なら、もっと手近な獲物を狙ったはずです。……誰が、貴女たちをここまで導いたのですか?」

「そ、それは……。」

 

 捕虜はガタガタと震えだし、何かに怯えるように首を振った。

 それは、僕たちへの恐怖ではない。もっと別の、得体の知れない「何か」への恐怖だ。

 

「……言えない。言ったら、殺される……!」

 

「今言わなければ、私が殺すかもしれないよ?」

 

 バルバラが脅しをかけるが、それでも彼女は口を割ろうとしない。

 相当な圧力、あるいは「呪い」のような強制力が働いているのかもしれない。

 

「……取引をしよう。」

 

 僕は彼女の前にしゃがみ込み、目線を合わせた。

 

「正直に話せば、君の命は保証する。……この冬を越せるだけの食糧と、最低限の装備を持たせて、領外へ追放するだけで済ませよう。……どうだ?」

 

 甘い提案かもしれない。

 だが、今は情報が欲しい。この襲撃の裏にある「意図」を知らなければ、本当の意味でこの領地を守ることはできない。

 捕虜の瞳が揺れた。

 生への執着。それが、恐怖を上回る。

 

「……本当か? 本当に、助けてくれるのか?」

「ああ。マドゥワスの名にかけて誓おう。」

 

 彼女は大きく息を吸い込み、そして、震える声でその「真実」を口にした。

 

「……国境だ。帝国と王国の国境付近で、あたしたちはある男に会ったんだ」

「男?」

「ああ。……貴族の使いだと言っていた。そいつが、あたしたちに地図をくれたんだ。カステ領の監視網を抜ける隠しルートと……このブレスダンの防備の手薄さを記した地図を。」

 

 やはりか。

 何者かが、意図的に野盗を誘導したのだ。僕たちを潰すために。

 

「そいつは言ったよ。『ブレスダンに行けば、奪い放題だ。領主は不在、代行は小僧。……思う存分、食い散らかせ』ってな。」

 

 悪意。

 純粋な、煮えたぎるような悪意を感じた。

 誰だ。一体誰が、そんなことを。

 帝国の過激派か? それとも、アウグス家を陥れようとする勢力か?

 

「その貴族の名は?」

 

 僕の問いに、捕虜はゴクリと唾を飲み込み、その名を告げた。

 

「……『グルーゲル』。……ベレイン王国の、グルーゲル子爵の使いだと、そう言っていた。」

 

 その名を聞いた瞬間、僕の思考が凍りついた。

 グルーゲル。

 帝国ではない。

 敵国ではない。

 それは、紛れもなく――僕たちと同じ、ベレイン王国の貴族の名だった。

 

 

 ☆

 

 

「……『グルーゲル』だと? ……南の、グルーゲル子爵か?」

 

 僕の口から漏れた声は、地下牢の冷たい空気に触れて白く濁った。

 捕虜の女は、ガクガクと小刻みに震えながら頷いた。

 

「ああ……。その使いの男が、そう名乗ったんだ。『我が主、グルーゲル子爵は、身の程知らずな成り上がりが気に食わない』ってな……。」

 

 身の程知らずな成り上がり。

 その言葉が、僕の脳裏に突き刺さる。

 マドゥワス家は、母ラウラが一代で築き上げた新興の貴族だ。平民同然の身分から、武勲のみで女爵にまで登り詰めた「英雌」。

 その輝かしい経歴は、古くからの伝統を重んじる保守的な貴族たちにとっては、目の上の瘤でしかないことは知っていた。

 だが、だからと言って。

 同じベレイン王国の民を、他国の野盗を使って襲わせるなんて。

 

「……腐っていますね。」

 

 ネリーが怒りを隠しきれない様子で吐き捨てた。

 その瞳には、野盗に向けられていたものよりも深く、冷たい軽蔑の色が宿っている。

 

「グルーゲル子爵領は、我らが領地の南に接する土地です。代々続く名家を自負していますが、その実態は領民から重税を搾り取り、肥え太るだけの寄生虫。……ラウラ様が領主となられてから、事あるごとに嫌がらせをしてきていましたが、まさかここまでの凶行に及ぶとは。」

「……戦争が終わっていないこの時期に、国内で足の引っ張り合いか。呆れて物も言えねえな。」

 

 バルバラも不快そうに顔をしかめ、腰の斧を指で弾いた。

 

「帝国の騎士崩れに、腐った国内貴族。……どいつもこいつも、権力って奴に溺れてやがる。これだから貴族サマってのは嫌いなんだよ。」

「……全くだ。」

 

 僕は深く息を吐き、捕虜に向き直った。

 彼女は怯えた目で僕を見上げている。情報を吐いたことで、自分が用済みになり、殺されると思っているのかもしれない。

 

「……約束だ。君の命は取らない。」

 

 僕は彼女の縄を解くように、バルバラに目配せした。

 

「食糧と、最低限の防寒具を持たせてやれ。……ただし、二度とこの領地には近づくな。次は斬る。」

「あ、ありがとう……! ありがとう……!」

 

 女は涙を流して平伏し、バルバラの部下に連れられて牢を出て行った。

 地下牢に、重苦しい静寂が戻る。

 

「……どうしますか、エヴ様。」

 

 ネリーが静かに問うた。

 

「証言は得ましたが、物証はありません。あの捕虜の証言だけでグルーゲル子爵を告発しても、『野盗の戯言だ』としらを切られればそれまでです。」

「ああ。それに、下手に騒ぎ立てれば、向こうは僕たちを『帝国と通じている』と逆に告発してくるかもしれない。」

 

 僕は唇を噛んだ。

 こちらは人質帰りだ。帝国の傭兵団を引き入れていることも、見方によっては弱みになる。

 政治の世界は、剣で斬り合う戦場よりも遥かに複雑で、汚れている。

 

「……今は、耐えるしかない。この件は胸に留めておこう。」

「それが賢明ですね。……ですが、警戒は厳重にせねばなりません。今回の野盗が失敗したと知れば、次はもっと陰湿な手を使ってくる可能性があります。」

「ああ。……頼むよ、ネリー。」

 

 僕たちは重い足取りで地下牢を後にした。

 石階段を登り、地上の光が差し込む廊下に出る。

 そこでは、何も知らないアグニが、使用人たちと追いかけっこをして遊んでいた。

 

「ガウッ! アグリム! オカエリ!」

 

 僕の姿を見つけ、アグニが満面の笑みで抱きついてくる。

 その温かさと無邪気さが、冷え切った僕の心を少しだけ溶かしてくれた。

 この笑顔を、この平和な光景を、あんな下らない嫉妬や欲望の犠牲になんてさせてたまるか。

 

「……エヴァン。」

 

 バルバラが、珍しく真面目な顔で僕の肩に手を置いた。

 

「覚えときな。……敵は、目の前にいる奴だけじゃない。背中から刺してくる奴の方が、よっぽどタチが悪いんだ。」

「ああ、肝に銘じるよ。……バルバラ、君たちの力が、これからも必要だ。」

「任せな。……腐った貴族だろうが魔物だろうが、あんたの敵になるなら、アタシらが全部叩き潰してやるよ。」

 

 彼女はニカっと笑い、僕の背中をバシッと叩いた。

 その痛みと熱さが、僕に現実と向き合う活力をくれる。

 僕は窓の外へ視線を向けた。

 雪に覆われたダンテ市の街並み。その向こう、南の空には、どんよりとした厚い雲が垂れ込めている。

 その雲の下に、僕たちを狙う「隣人」がいる。

 野盗の襲撃は、終わりではなかった。

 それは、これから始まる、より深く、より暗い「マドゥワス領再生」の戦いの、ほんの序章に過ぎなかったのだ。

 

「……負けないさ。」

 

 僕は窓ガラスに映る自分の顔を見つめた。

 そこにある傷跡が、微かに疼いた気がした。

 

「母上が帰ってくるまで、この場所は僕が守る。……どんな敵が来ようとも、ね。」

 

 僕は拳を握りしめ、静か

 に、しかし確かな決意を込めて誓った。

 ブレスダンの冬は、まだ終わらない。

 だが、僕たちの心に灯った火もまた、決して消えはしないのだ。

メインキャラが増えてきたので....みんなの好きなキャラを教えてくれぇ!!!書くわよ〜!!!!

  • ルイーズ・ロンズデール
  • ネリー
  • サーシャ、クロエ、ミリア他騎士団
  • アンドレア殿下
  • ガーベラ
  • アグニ
  • バルバラ
  • 上記以外のキャラクターは感想等で教えてね
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