姫騎士(肉食)共から貞操を守りつつ、僕の騎士道がハードモードすぎる   作:お庭屋さん

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第38話:王都へ

 野盗連合の襲撃から、数週間が経過した。

 ブレスダンは今、一年で最も厳しい寒さの中にある。

 連日のように降り続く雪は、屋敷の庭を白く染め上げ、ダンテ市の通りを厚い氷で覆い尽くしていた。

 カステ高原から吹き下ろす風は、肌を刺す刃のように鋭い。

 だが、今のこの街には、その寒さをものともしない「熱」があった。

 

「おーい! 屋根の雪下ろし、こっちは終わったぞ!」

「おう! 次は水路の氷を割るぞ! 固まる前にやるんだ!」

 

 早朝の通りに、男たちの威勢のいい掛け声が響く。

 分厚い冬服を着込み、頑丈なスコップやツルハシを担いだ彼らは、ブートキャンプを卒業し、さらに先日の防衛戦で「家族を守る」という誇りを手に入れた、ダンテ市の頼もしき働き手たちだ。

 

 かつては寒さに震え、女性の背中に隠れていた彼らが、今では自ら進んで過酷な冬の仕事に従事している。その顔つきは精悍で、白い息を吐く口元には笑みさえ浮かんでいた。

 

「……いい光景だ。」

 

 僕はいつものように執務室の窓からその様子を眺め、温かい紅茶で手を温めた。

 室内では、暖炉の火がパチパチと爆ぜている。燃料は薪ではなく、『金鷲商会』から仕入れている燃える魔石、『炎晶』だ。

 魔力を通してやれば勝手に火を起こす便利な代物だ。

 これのおかげで、今年の冬は薪の残量を気にせず、凍える夜を過ごさずに済んでいる。

 

「ええ。……本当に、見違えるようです。」

 

 傍らに控えるガーベラが、書類の束を整理しながら目を細めた。

 

「物資は潤沢、燃料も十分。さらに、バルバラ殿たちが領内を巡回してくださっているおかげで、魔獣の被害も激減しております。……これほど穏やかで、満ち足りた冬は、ブレスダン始まって以来かもしれません。」

「ああ。……ここまでは、順調だ。」

 

 僕は頷きつつ、視線を窓の外、鉛色の空の向こうへと向けた。

 北の空ではない。南だ。

 僕たちの背中側にある、王都へと続く空。

 

「……だが、便りがない。」

 

 僕の呟きに、ガーベラの表情が曇った。

 そう。ブレスダンへ帰還してからというもの。王都にいる母上――ラウラ・マドゥワスからの連絡が、全くないのだ。

 それだけではない。

 

「……南の街道からの行商人も、ピタリと止まりましたね。」

 

 ネリーが、重苦しい声で補足した。

 彼女の手元にある帳簿には、直近の物流記録が記されているが、そこにあるのは『金鷲商会』による北の帝国方面ルートからの入荷ばかりだ。

 王都や、南の他領からの商人は、この一ヶ月、一人として関所を越えてきていない。

 

「グルーゲル子爵、か。」

 

 野盗の捕虜が吐いた、黒幕の名。

 僕たちの隣人であり、マドゥワス家を敵視する保守派の貴族。

 彼女が野盗を使って失敗した後、今度は権力を使って「経済封鎖」を仕掛けてきているのは明白だった。

 物理的な攻撃ではない。真綿で首を絞めるような、陰湿な兵糧攻めだ。

 

「幸い、ジョーゼットとの契約のおかげで生活必需品は足りていますが……。このまま孤立が続けば、春以降の復興計画に支障が出ます。」

「ああ。それに、母上の身に何かあったのではないかと、それが一番気がかりだ。」

 

 終戦手続きのために王都へ残った母上。

 もし、グルーゲル子爵のような輩が、王都の中枢で母上を陥れようとしているのだとしたら。

 そして、そのせいで手紙一つ出せない状況に追い込まれているとしたら。

 

 クソッ……。

 ――ガタンッ。

 悪い想像を振り払うように、僕はカップを強めにソーサーへ置いた。

 焦りは禁物だ。僕が動揺すれば、領民たちに不安が伝染する。

 今は、この場所を守ることが最優先だ。

 

「……信じて待とう。あの母上が、そう簡単に後れを取るとは思えない。」

 

 自分に言い聞かせるように、僕は言った。

 だが、窓の外で吹き荒れる風の音は、僕の不安を煽るように、ヒュウヒュウと不気味な唸りを上げていた。

 

 

 ☆

 

 

 その日の夜は、近年稀に見る猛吹雪となった。

 視界は白一色に塗り潰され、風雪が屋敷の壁を叩きつける音が、獣の咆哮のように響き渡る。

 とてもじゃないが、外を出歩ける天候ではない。

 傭兵たちも、今夜ばかりは大人しく屋内の詰め所で暖を取り、サイコロ遊びに興じているようだ。

 

 屋敷の暖炉の前。

 僕とルイーズ、ネリー、そしてバルバラは、火を囲んで今後の警備計画について話し合っていた。……といっても、バルバラが持ち込んだ酒を飲みながらの、半ば雑談のようなものだったが。

 

「……ヒック。だーかーら! アタシはあの時、右から攻めようって言ったんだよ!」

「結果論ですね。あの地形なら中央突破が定石です。」

「固いねぇ、ネリーちゃんは。……旦那、どう思う?」

 

 酔っ払ったバルバラが僕に絡んでくるのを、ルイーズが無言で引き剥がす。いつもの平和な光景だ。

 そんな中、暖炉の前の絨毯で丸くなっていたアグニが、不意にガバッと顔を上げた。

 

「……ん?」

 

 彼女の大きな耳が、ピクリと動く。

 そして、鼻をヒクつかせながら、窓の方へと這い寄っていった。

 

「どうした、アグニ。腹でも減ったか?」

 

 僕が声をかけると、アグニは振り返り、真剣な顔で首を横に振った。

 

「チガウ。……ニオイ、。」

「匂い? この吹雪の中でか?」

「ウン。……ヨワッテル。……デモ、 チガウ、テキノ、ニオイジャナイ。」

 

 アグニの野生の勘は、時としてネリーの魔法探知よりも鋭い。

 彼女が敵では無いと言うなら、それは敵ではない可能性が高い。だが、「弱っている」という言葉が引っかかる。

 

「……ソト!」

 

 アグニが窓ガラスに張り付き、吹雪の向こうを指差した。

 僕はバルバラたちと顔を見合わせ、頷いた。

 

「行こう。……何かある。」

 

 僕たちは厚手のマントを羽織り、武器を携えて玄関へと向かった。

 重厚な扉を開けた瞬間、暴力的な冷気が屋内に雪崩れ込んでくる。

 視界は最悪だ。ランタンの灯りなど、数メートル先までしか届かない。

 

「ガウッ! コッチ!」

 

 アグニが雪の中に飛び出し、門の方へと走っていく。

 僕たちもそれに続く。

 膝まで埋まる新雪をかき分け、門の前に辿り着くと、そこには――。

 

「……おい、誰かいるぞ!」

 

 バルバラが叫んだ。

 門柱の影、雪に埋もれるようにして、ひとつの「影」が倒れていた。

 ボロボロの外套。凍りついた髪。

 それは、かろうじて人の形をしていたが、既にピクリとも動いていない。

 

「しっかりしろ!」

 

 僕は駆け寄り、その体を抱き起こした。

 軽い。そして、冷たい。

 生きているのが不思議なくらいに衰弱している。

 顔にかかったフードを払うと、そこには青白く変色した、若い女の顔があった。

 唇は切れ、頬はこけ、長い旅路の過酷さを物語っている。

 

「……こ、ここは……マドゥワス……。」

 

 女が、うわ言のように微かに口を動かした。

 

「ああ、そうだ。マドゥワスの屋敷だ。もう大丈夫だ。」

 

 僕が答えると、女は震える手で、懐の中から何かを取り出そうとした。

 それは、革で厳重に包まれた、一通の手紙だった。

 

「……これを……エヴァン、様に……。」 

「僕がエヴァンだ。確かに受け取った。」

 

 女は僕の顔を見ると、安堵したようにふっと力を抜き、そのまま意識を失った。

 

「おい死ぬなよ!?急げ! 屋敷へ運ぶんだ! ばあや、お湯と毛布を!」

 

 僕の叫び声に、屋敷の奥からガーベラたちが飛び出してきた。使用人たちに女を任せ、僕は手の中にある手紙を見つめた。

 革の包みを開くと、中から出てきたのは、上質な羊皮紙の封筒。

 そして、その封蝋に押されていた紋章を見て、僕の心臓が早鐘を打った。

 盾と若木ではない。

 月を背に、孤高に吠える狼の姿。

 

「……これは……。」

 

 後ろから覗き込んだガーベラが、息を呑んだ。

 いつも冷静な彼女の瞳が、大きく見開かれ、そして瞬く間に涙で潤んでいく。

 

「……間違い、ございません……。」

 

 ガーベラは、震える手で口元を覆い、絞り出すように言った。

 

「『月下の雌狼』……。ご当主様、ラウラ様の個人紋章でございます……!」

 

 母上からの手紙。

 それも、正規のルートではなく、命がけの密使によって届けられたもの。

 ただ事ではない。

 僕は手紙を握りしめ、屋敷の暖炉の前へと急いだ。

 この封筒の中に、王都の真実が――そして、僕たちが進むべき道が記されているのだ。

 

 

 ☆

 

 

 

 暖炉の火が爆ぜる音だけが、静まり返った応接室に響いていた。

 中央のテーブルには、密使が命がけで届けた一通の手紙が置かれている。

 深紅の封蝋に刻まれた「月下の雌狼」。

 それは、戦場において母上――ラウラ・クロード・マドゥワスが使用する、武人としての紋章だ。

 部屋には、僕とガーベラ、ルイーズ、ネリー、そしてバルバラが集まっている。

 

 しかし、誰も口を開かない。開けないのだ。この手紙がもたらすものが、単なる近況報告でないことは、密使の惨状を見れば明らかだったからだ。

 

「……開けるぞ。」

 

 僕は意を決して、ペーパーナイフを封蝋に突き立てた。

 乾いた音がして封が解かれ、折り畳まれた羊皮紙が姿を現す。

 僕はそれを広げ、走り書きのような、けれど力強い母上の筆跡を目で追った。

 

『――我が愛しき息子、エヴァンへ。

 この手紙が無事に届いていることを、女神に祈ります。』

 

 冒頭は、母からの慈愛に満ちた言葉だった。

 だが、すぐに文面は冷徹な報告へと変わる。

 

『時間がありません。単刀直入に伝えます。

 現在、王都における帝国との終戦手続きは、事実上の凍結状態にあります。』

 

「凍結……?」

 

 僕の呟きに、ネリーが瞳を鋭くした。

 本来であれば、敗戦から一年が経過した今、正式な講和条約が結ばれ、国交が正常化しているはずだ。僕が解放されたのも、そのプロセスの一環だったはずなのに。

 

『原因は、国内の「徹底抗戦派」による妨害です。彼らは敗戦の事実を認めず、その責任の全てを国王陛下と、前線指揮官であった私に押し付けようと画策しています。』

 

 徹底抗戦派。

 聞こえはいいが、要するに現実が見えていない保守派の貴族たちだ。安全な王都から「戦え」と叫び、泥を被った者たちを「腰抜け」と罵る。

 その筆頭が、あのグルーゲル子爵なのだろう。

 

『ですが、事態はもっと深刻です。

 彼らの目的は、単なる政争ではありません。彼らは裏で、帝国の一部過激派と通じています。』

 

「なっ……!?」

 

 ルイーズが息を呑んだ。

 抗戦を叫ぶ彼らが、敵国と通じている? 矛盾しているじゃないか。

 

『彼らは、国王陛下と私を「売国奴」として処刑し、その混乱に乗じて国を帝国に売り渡すつもりです。自らが帝国の貴族として取り立てられることを条件に。』

 

 胸が悪くなるような裏切り。

 自分たちの保身と栄達のために、国そのものを生贄に捧げようというのか。

 恐らく野盗を使ってブレスダンを襲わせたのも、その布石だったのだ。マドゥワス家の地盤を崩し、母上の足元を掬うための。

 

『私はこの動きを察知しましたが、先手を打たれました。現在、私は王都の屋敷にて軟禁状態にあります。外部との接触は断たれ、この手紙を託した密使も、無事に辿り着ける保証はありません。』

 

 母上は、囚われている。

 あの「国王の懐刀」と恐れられた母上が、身動き一つ取れない状況に追い込まれている。

 王都の闇は、僕が想像していたよりも遥かに深く、腐っていた。

 

 手紙を持つ手が震える。

 怒りで視界が赤く染まりそうになるのを、僕は必死に堪えて続きを読む。

 そこで、文体が変わった。

 公的な報告から、一人の「母」としての、震えるような文字に。

 

『エヴァン。……愚かな母を許してください。貴方を人質として帝国へ送り出し、あのような過酷な労役を強いたこと。そして、帰還した後も、傷ついた貴方を守ってやれないこと。母として、領主として……貴方にばかり重荷を背負わせてしまった私を、どうか許してほしい。』

 

 紙面に、滲んだ跡があった。

 涙だ。

 あの母上が、泣きながらこれを書いたのだ。

 

 僕の脳裏に、幼い頃の記憶が蘇る。

 「男は守られるもの」という世間の風潮の中で、母上だけは僕に剣を握らせてくれた。

 

 「自分の身は自分で守りなさい。でも、本当に辛い時は、母が必ず守ります。」

 

 そう言って、僕の頭を撫でてくれた、大きくて温かい手。

 その母が今、自分を責め、謝罪している。

 不憫な息子を、守ってやれなかったと。

 

「……謝ることなんて、ないのに。」

 

 僕は唇を噛み締めた。

 帝国での一年間。確かに地獄だった。体には消えない傷が残ったし、心もすり減った。

 でも、そのおかげで僕は強くなれた。

 こうして領地を守り、仲間たちと笑い合える「力」を手に入れたんだ。

 母上の選択は、間違ってなんかいなかった。

 手紙は、最後の一文で結ばれていた。

 

『――ですが、エヴァン。今だけは、「母」としてではなく、マドゥワス領ブレスダン領主、「戦友」として貴方に頼みます。』

 

 そこには、凛とした意思が宿っていた。

 

『王都の闇を払い、この国が売られるのを阻止するために。貴方の力を、私に貸してください。……待っています。』

 

 読み終えた僕は、ゆっくりと手紙を畳んだ。

 静寂が戻る。

 だが、それは重苦しい沈黙ではなかった。

 火花が散る直前の、張り詰めた熱気だった。

 

「……ご当主様が、若様の助けを……。」

 

 ガーベラが、ハンカチで目元を抑えながら声を震わせた。

 彼女は知っているのだ。母上がどれほどのプライドを持って生きてきたかを。その彼女が、息子に「助けてほしい」と懇願することが、どれほどの覚悟の上なのかを。

 

「……ふん。腐った話だねぇ。」

 

 バルバラが、不快そうにワインを煽った。

 

「国を守るフリをして国を売る。……野盗の方がまだマシな連中だ。そんな奴らにデカい顔をさせておくのは、アタシの美学に反するね。」

「同感です。……マドゥワス家に弓引く愚か者どもには、相応の報いが必要です。」

 

 ネリーが冷徹に告げ、ルイーズが無言で頷く。

 彼女たちの瞳には、既に戦いの炎が灯っていた。

 僕は立ち上がり、暖炉の火を見つめた。

 傷だらけの腕を握りしめる。

 この傷は、誰かを守るためのものだ。

 今までは、領民を守るための盾だった。

 だが、今度は違う。

 

「……行くよ。」

 

 僕は皆に向き直り、はっきりと言った。

 

「母上を助けに行く。……王都へ向かうぞ。舐め腐った貴族共めらを分からせに行こう。」

 

 もう、守られるだけの子供じゃない。

 泣いている母を、遠くから案じているだけの無力な存在じゃない。

 

「ブレスダンは……再生の途中だ。ここを離れるのは不安だけど、母上を失えば、この領地の未来もない。」

「御意に。」

 

 ルイーズとネリーが、即座に膝をついた。

 

「我ら騎士団、エヴ様の剣となり、王都の闇を切り裂きます!」

「手筈は整えます。……潜入ルートの確保、および装備の準備を。」

 

 二人の忠誠が、迷いを断ち切ってくれる。

 だが、問題はこの領地の守りだ。

 僕たちが抜ければ、ここが手薄になる。グルーゲル子爵が再び動き出すかもしれない。

 

「……バルバラ。」

 

 僕は赤髪の傭兵団長を見た。

 

「君に、頼みがある。」

「ハッ! 言われなくても分かってるよ。」

 

 バルバラはニカっと笑い、斧の柄を叩いた。

 

「留守番だろ? 任せときな。……あんたが母ちゃんを助けに行ってる間、この庭はアタシらが死守してやるよ。」

「……いいのか? 契約外の危険な任務になるかもしれない。」

「水臭いねぇ! アタシらはもう『家族』だろ? 旦那の帰る場所を守るのは、妻の務めさ!」

 

 彼女の言葉に、胸が熱くなる。

 傭兵という枠を超えた、絶対的な信頼。彼女たちがいれば、そして逞しくなった男性陣がいれば、ブレスダンは大丈夫だ。

 

「ありがとう、バルバラ。……信じてる。」

「おうよ! ……その代わり、帰ってきたらたっぷりと可愛がってやるからね!」

 

 彼女はウインクを飛ばした。

 よし。後顧の憂いは断った。

 

「ネリー。王都への移動手段はどうする? 大人数での行軍は目立ちすぎる。」

 

 敵は国内にいる。

 マドゥワス騎士団が動けば、すぐに察知されて妨害されるだろう。

 隠密裏に、かつ迅速に王都へ入る必要がある。

 

「……それでしたら、適任がおります。ちょうど昨日、定期便の荷下ろしを終えて、明日の朝に出発する予定の者が。」

 

 ああ、そうか。

 僕たちの強い味方であり、最大の「カモ」が、まだ近くにいた。

 

「『金鷲商会』のジョーゼット支店長か。」

 

 僕はニヤリと笑った。

 彼女の商隊なら、王都への通行手形も顔パスも持っているはずだ。荷物に紛れれば、誰にも怪しまれずに王都へ潜入できる。

 

「早速、おねがいに行こうか。」

 

 僕はマントを翻した。

 待っていてください、母上。

 貴方が育てた息子は、もう貴方の背中に隠れていた頃とは違う。

 

 今度は僕が、貴方を守りに行く番だ。

 

 

 ☆

 

 

 翌朝未明。

 まだ薄暗いマドゥワス屋敷の裏門に、一台の豪奢な馬車が停まっていた。

 御者台の横で、厚手の毛皮に包まったジョーゼットが、寒さと不満で顔を歪めている。

 

「……また、貴方たちですかぁ? わたくし、これでも忙しい身なんですのよ?」

 

 彼女はため息混じりに、僕とルイーズたちを睨みつけた。無理やり叩き起こされた上に、妙な頼み事をされたのだから、文句の一つも言いたくなるだろう。

 

「すまないね、ジョーゼット。君の商隊の荷馬車に、少し『壊れ物』を紛れ込ませてほしくてね。」

「へぇ?壊れ物? ……まさか、密輸ですの?」

「いや。……僕たちだ。」

 

 僕が指差すと、ジョーゼットは目を剥いた。

 

「はぁ!? 貴方様ご自身が、荷物になると!? 正気ですの!?」

「正気だよ。……王都まで、誰にも見つからずに移動したいんだ。君の商会の『顔』があれば、関所もフリーパスだろう?」

「お断りしますわ! もしバレたら、わたくしの商売に関わります!」

 

 ジョーゼットは頑として首を縦に振らない。

 まあ、当然の反応だ。

 だが、僕には切り札がある。

 

「残念だな。……実は、帝都から連絡があってね。アンドレア殿下経由で『新しい商売のネタ』を見つけられそうだったんだが。」

「……ネタ?しかも殿下の?」

 

 商人の耳がピクリと動く。

 

「ああ。クリークボア以上の、極上の素材さ。……それを君に独占契約で卸そうと思っていたんだが、協力してくれないなら他を当たるしかないな。」

 

 もちろんハッタリだ。殿下からの連絡もないし、何があるかなんて分からない。

 だが、彼女の欲望を刺激するには十分だ。

 それに加えて。

 

「……それに、断るとアグニが悲しむかもしれないな。」

 

 僕の背後から、アグニがぬぅっと顔を出した。

 彼女はジョーゼットをじっと見つめ、鼻をヒクつかせた。

 

「オマエ……クサイ。……ウソツキ。……クウ?」

 

 ジュルリ、と涎を垂らす音。

 前回のトラウマが蘇ったのか、ジョーゼットの顔色が青から白へと変わる。

 

「ひぃっ!? わ、分かりました! 分かりましたから、その子を近づけないでくださいまし!」

 

 交渉成立だ。

 やはり、暴力と利益は万国共通の言語らしい。

 

「ガウッ! アグリム、ドコイク? ワタシモイク!」

 

 アグニが当然のように、僕の足元にまとわりついてくる。

 今回の旅は危険だ。置いていくつもりだったが、彼女の「鼻」と「戦闘力」は、未知の王都で大きな武器になる。

 それに、彼女を置いていけば、屋敷が物理的に破壊されるかもしれないし……。

 

「……分かった。アグニも一緒だ。ただし、絶対に勝手な行動はしないこと。いいな?」

「ガウ! ヤクソク! ……アグリムト、イッショ!」

 

 アグニは嬉しそうに荷台へと飛び乗った。

 こうして、王都へ向かうメンバーが決まった。

 僕、ルイーズ、ネリー、そしてアグニ。

 少数精鋭。隠密行動には最適な布陣だ。

 

「……行ってらっしゃいませ、エヴァン様。」

 

 見送りに立ったガーベラが、深々と頭を下げた。

 その手には、母上からの手紙が握りしめられている。

 

「ご当主様を……ラウラ様を、よろしくお願いいたします。」

「ああ、任せてくれ。……必ず、二人で帰ってくるよ。」

 

 僕はガーベラの手を握り返し、そしてバルバラに向き直った。

 

「留守は頼んだぞ、相棒。」

「おうよ。……安心しな。帰ってくるまで、この庭の草一本たりとも抜かせやしないよ。」

 

 バルバラはニカっと笑い、親指を立てた。

 その頼もしい笑顔を胸に刻み、僕は荷馬車の幌の中へと潜り込んだ。

 ガタン、と車輪が回り出す。

 住み慣れた屋敷が、そして愛すべきダンテ市の街並みが、朝霧の向こうへと遠ざかっていく。

 目指すは王都。

 この国の心臓部であり、今や腐敗と陰謀の渦巻く伏魔殿。

 

 待っていてください、母上。

 貴方が守ろうとしたこの国を、そして貴方自身を。

 僕が、僕たちの手で、必ず取り戻してみせます。

 マドゥワス領再生の物語は、ここから新たな局面へと突入する。

 舞台は雪の辺境から、権謀術数の都へ。

 傷だらけの騎士の、本当の戦いが始まろうとしていた。

メインキャラが増えてきたので....みんなの好きなキャラを教えてくれぇ!!!書くわよ〜!!!!

  • ルイーズ・ロンズデール
  • ネリー
  • サーシャ、クロエ、ミリア他騎士団
  • アンドレア殿下
  • ガーベラ
  • アグニ
  • バルバラ
  • 上記以外のキャラクターは感想等で教えてね
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