姫騎士(肉食)共から貞操を守りつつ、僕の騎士道がハードモードすぎる   作:お庭屋さん

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第41話:王都ベルリネの仮面

 王都ベルリネの朝は、驚くほど静かに、そして華やかに明けた。

 隠れ家として借りている『金鷲商会』の倉庫。

 その埃っぽい窓の隙間から、白々とした陽光が差し込んでくる。

 僕は硬い床の上で目を覚まし、凝り固まった体を軽くほぐした。

 

「……ん…………朝か。」

 

 目を擦りつつ、辺りを見渡せば、ルイーズとネリーは既に準備を終えている様だった。

 なるほど、一番の寝坊助は僕だったというわけか。

 恥ずかしい。

 僕が起き上がると同時に、隣で寝ていたアグニも元気よく飛び起きた。流石は野生児。反応が早い。

 

「おはよう、皆。よく寝れた……?」

「ええ、快適でした。ジョーゼット殿の配慮に感謝ですね。」

 

 流石はネリー。

 とっくに日は昇っているとはいえまだ早い時間だが、武装と変装も完璧に準備を終えている様子。

 見習いたいものだな。

 

「さて、作戦の確認です。まずは情報収集。ラウラ様が軟禁されている場所の特定と、王都内の『敵』の配置を探りましょう。」

「ああ。……目立つ行動は避けて、裏通りを中心に回ろう。」

 

 僕は用意しておいた変装用の服を手に取った。

 ブレスダンで着ていた作業着や、マドゥワス家の紋章が入ったものは目立ちすぎる。ジョーゼットが用意してくれたのは、王都の下町でよく見かける、使い古されたチュニックと厚手の外套だ。

 素材は安っぽいが、今の僕たちには好都合。

 

「……どうですか? 似合いますか?」

 

 着替えを終えたルイーズが、くるりと回って見せた。

 彼女の派手な金髪は、地味な布で覆って隠している。180センチ近い長身と、隠しきれないナイスバディは平民の服でも目立ってしまうが、フードを目深に被れば多少は誤魔化せるだろう。

 

「ああ、似合っているよ。……ただ、その大剣はどうする?」

「これは……商売道具、大工道具か何かだと言い張ります。」

「……無理があるんじゃないかな。」

 

 まあ、護衛が必要なほどの治安の悪さだと思わせればいいか。

 僕も着替えを済ませ、アグニを呼んだ。

 彼女にはフード付きの子供服を着せ、目立つ灰色の肌と耳を隠させる。

 

「ガウッ! コレ、アツイ! ミミ、カユイ!」

「我慢してくれ、アグニ。……外に出たら、美味しいものを食べさせてやるから。」

「ウマイモノ!? ……ヨシ、ガマンスル!」

 

 ちょれェや。現金だな……。

 準備を整えた僕たちは、王都の現状を肌で感じるために、倉庫の外へと足を踏み出した。

 

 

 ☆

 

 

 表通りに出た瞬間、僕たちを包んだのは予想を大きく裏切る圧倒的な「活気」だった。

 

「安いよ安いよ! 今朝獲れたての川魚だよ!」

「奥さん、いい布が入ったんだ! 見ていってくれ!」

 

 石畳の大通りには、数え切れないほどの屋台が並び、商人たちの威勢のいい声が飛び交っている。

 行き交う人々の服装は色とりどりで、ブレスダンのような「生きるのに必死」な悲壮感は感じられない。

 馬車が行き交い、笑い声が響き、どこからか音楽さえ聞こえてくる。

 

「……これが、敗戦国の王都ですか?」

 

 隣を歩くネリーが、信じられないといった声で呟いた。

 彼女は商人風の服に着替え、手には帳簿のようなものを持っている。その目は、周囲の様子を冷徹に観察していた。

 

「ええ。……ブレスダンやカステ領の惨状が嘘のようです。」

 

 ルイーズも、フードの下で眉をひそめている。

 国境付近では、人々は飢え、寒さに震え、明日の命さえ知れない状況だった。野盗が跋扈し、生きるために略奪が行われていた。

 だが、ここには「日常」がある。

 戦争など、遠い国の出来事だったかのような、平和で満ち足りた日常が。

 

「……情報が、遮断されているんだ。」

 

 僕は雑踏の中を歩きながら、背筋が寒くなるのを感じた。人々は笑っている。だが、それは真実を知らないが故の笑顔だ。

 北の国境が崩壊寸前であることも、自分たちの国が今まさに売られようとしていることも、彼らは何も知らない。

 

「……見てください、あそこ。」

 

 ネリーが顎でしゃくった先。

 広場の中央にある掲示板の前に、人だかりができていた。

 僕たちは何食わぬ顔で近づき、貼り出されている羊皮紙の内容を盗み見た。

 

『――朗報。帝国との講和会議、順調に進む。』

『――英雌ラウラ、領地にて静養中。王国の平和は盤石なり。』

 

 躍る文字。

 そして、それを読んだ市民たちの安堵の声。

 

「よかったわねぇ。これでやっと、本当の平和が来るわ。」

「ラウラ様もお疲れだったんだろう。ゆっくり休んでいただきたいものだ。」

 

 嘘だ。

 全てが、真っ赤な嘘だ。

 講和は進んでなどいない。母上は静養などしていないし、ブレスダンへ帰郷すらしていない。軟禁されているのだ。

 だが、ここにいる誰もそれを疑っていない。

 徹底抗戦派――グルーゲル子爵を含む保守派の貴族たちが、情報を完全にコントロールしているのだろう。

 

「……上手くやりましたね。民衆に不安を与えず、裏で着々と国を売る準備を進める。」

「ええ。もし今、私たちが『これは嘘だ!』と叫んだとしても、誰も信じないでしょう。……狂人扱いされて終わりです。」

 

 ネリーの分析は的確だ。

 平和に浸っている人々に、残酷な真実を突きつけるのは難しい。彼らは「信じたいもの」を信じるからだ。

 この巨大な「無知なる安寧」こそが、敵が築き上げた最強の防壁だった。

 

「……行くぞ。ここにいても、真実は見つからない。」

 

 僕はフードを深く被り直し、その場を離れた。

 背後から聞こえる市民たちの笑い声が、今は酷く空虚に、そして不気味に響いた。

 大通りを抜け、王城が見える広場へと出る。

 そこには、白亜の巨城が、冬の青空を突くように聳え立っていた。

 美しい城だ。

 だが、今の僕には、それが巨大な「檻」にしか見えなかった。

 

「アグリム……。ココ、ニオイ、チガウ。」

 

 僕のコートの裾を掴んで歩いていたアグニが、不意に足を止めた。

 彼女は鼻をヒクつかせ、王城の方角ではなく、路地裏の方を睨んでいる。

 

「どうした、アグニ?」

「……オモテ、イイニオイ。……ウラ、クサイ。……腐ッタ、ニオイ、スル。」

 

 腐った匂い。

 それは物理的な腐臭か、それともこの街の澱んだ空気のことか。

 どちらにせよ、彼女の勘は鋭い。

 表通りの華やかさの裏に、隠しきれない「腐敗」が進行しているのだ。

 

「……ん? ……アッ! イイニオイ!!」

 

 突然、アグニの表情が一変した。

 彼女の視線が釘付けになったのは、路地の入り口に出ている屋台だ。

 香ばしいタレの焦げる匂いと、脂の焼ける音。

 串焼きの屋台だ。

 

「ニク! ニクゥゥゥッ!!」

 

 アグニの野生が覚醒した。

 彼女は僕の手を振りほどき、弾丸のように屋台へと突進していく。

 

「あっ、おい! 待てアグニ!」

 

 僕が叫ぶ間もなく、彼女は屋台の前に到達し、並べられた串焼きに手を伸ば――。

 

「こらァ! 何しやがる、このガキ!」

 

 店主の怒鳴り声が響いた。

 

 

 ☆

 

 

 

 王都の散策を終え、僕たちは『金鷲商会』の倉庫へと戻った。

 表通りの喧騒が嘘のように、裏通りは静まり返っている。

 重い鉄の扉を押し開け、埃っぽい空気の中に足を踏み入れると、張り詰めていた気が少しだけ緩んだ。

 

「……収穫なしか。」

 

 僕はフードを外し、溜息をついた。

 街の人々の笑顔。活気ある市場。

 それらは全て、平和を演じるための舞台装置に過ぎなかった。誰も真実を知らず、誰も疑っていない。

 この巨大な「無知」の壁を前にしては、僕たちのような少数の異分子が声を上げたところで、波紋すら広がらないだろう。

 

「悔しいですが、手出しできませんね。……下手に騒ぎ立てれば、私たちが『平和を乱す賊』として排除されるだけです。」

 

 ルイーズが忌々しげに布巻きの大剣を床に置く。

 ネリーも無言で首を振った。

 

「ガウッ! アグリム、ハラヘッタ! ……アノ、ニク、クワセロ!」

 

 アグニだけは通常運転だ。

 彼女は屋台の串焼きを食べ損ねたことを根に持っているらしく、僕の足に噛み付く真似をして抗議している。

 

「分かった、分かったよ。後でジョーゼットに頼んで……」

「あら。私の名前が出ましたかしら?」

 

 倉庫の奥、事務所として使われている小部屋から、ジョーゼットが姿を現した。

 彼女はいつもの派手な扇子を揺らしながら、意味ありげな笑みを浮かべている。

 

「おかえりなさいませ。……浮かない顔ですわねぇ。王都の観光は楽しめませんでしたの?」

「皮肉を言わないでくれ。……状況は最悪だ。街全体が、巨大な鳥籠の中にいるみたいだよ。」

「でしょうねぇ。……ですが、そう悲観したものでもありませんわよ?」

 

 ジョーゼットは扇子を閉じ、奥の部屋を顎でしゃくった。

 

「貴方たちに、会わせたい人がいますの。……正直、探すのに骨が折れましたわ。」

「会わせたい人?」

 

 僕たちが顔を見合わせていると、部屋の奥から、コツ、コツ、と杖をつく音が響いてきた。

 現れたのは、一人の老婆……いや、老女だった。

 年齢は六十を超えているだろうか。白髪交じりの髪を無造作に束ね、体には古びた、しかし手入れの行き届いた革鎧を纏っている。

 

 そして何より目を引くのは、その顔だ。

 左目には黒い眼帯。そして頬には、刃物で切り裂かれたような深い古傷が走っている。

 ただの老婆ではない。

 その立ち姿、隙のない足運び。

 歴戦の戦士だけが纏う、静かで鋭い覇気が漂っていた。

 

「……お前さんが、ラウラ様の息子かね?」

 

 彼女の残った右目が、ギロリと僕を射抜いた。

 その視線に込められた圧力に、ルイーズとネリーが反射的に身構える。

 隠密に動かねばならない身としては、ここで名乗るのは正直悪手なのだろうが……。

 

「……そうだ。エヴァン・クロード・マドゥワスだ。貴女は?」

 

 僕は一歩前に出て名乗った。

 ジョーゼットを信じるしかあるまい。

 老女は僕の全身を――特に、作業着の上からでも分かる筋肉の隆起と、首筋の傷跡を、じっくりと値踏みするように見つめ、、ふっ、と口元を緩めた。

 

「……いい面構えだ。それに、その傷。……飾り物の人形じゃないことは、一目で分かるよ。」

 

 彼女は杖を脇に置き、背筋を伸ばして敬礼した。

 その動作の美しさに、僕は息を呑む。それは、王宮の近衛兵だけが許される、格式高い礼だったからだ。

 

「元ベレイン王国近衛騎士団、第三隊長。……ギルダ・フォン・ベルンと申します。かつて、ラウラ様と共に戦場を駆けた老いぼれです。」

「近衛……! 母上の戦友だったのか?」

「ええ。……もう十年も前の話ですがね。この左目と引き換えに引退し、今は市井で隠居の身です。」

 

 ギルダは眼帯に触れ、自嘲気味に笑った。

 かつての近衛隊長。

 母上が「国王の懐刀」と呼ばれていた頃、その背中を預けていた猛者の一人だということか。

 

「ジョーゼットから話は聞きました。……ラウラ様を、助けに来たと。」

「ああ。母上は軟禁されている。……この国を売ろうとする奴らに。」

「……腐ったものですね、この国も。」

 

 ギルダは吐き捨てるように言った。

 その瞳には、かつて守ろうとした国が内側から腐敗していくことへの、深い憤りと悲しみが宿っているようだ。

 

「私のような老いぼれが、今の王都でできることなど限られています。ですが……ラウラ様の息子が、これほどの『騎士』になって帰ってきたとなれば、話は別だ。」

 

 彼女はゴツゴツとした手で、僕の二の腕に触れた。

 硬い筋肉と、その上にある傷跡を確かめるように。

 普通なら、女性たちはこの感触に顔をしかめる。だが、彼女の指先は震えていた。

 

「……立派になられましたね。」

 

 その声が、湿り気を帯びる。

 

「あの頃、ラウラ様はよく嘆いておられました。『この国では、息子をただ守ることしかできない』と。……ですが、貴方はご自分の力で、その檻を破られたのですね。」

「……母上のおかげです。僕に、剣を握らせてくれたから。」

「ええ。……その目、その立ち姿。若き日のラウラ様にそっくりだ。」

 

 ギルダは涙を拭うと、表情を引き締めた。

 そこにはもう、感傷に浸る老婆の顔はない。現役の騎士の顔があった。

 

「現状をお話ししましょう。……私が独自に集めた情報と、かつての部下から仕入れたネタです。」

 

 彼女はテーブルの上に、王都の地図を広げた。

 そこには、王城を中心とした警備体制が、赤いインクで詳細に書き込まれている。

 

「現在、王城および貴族街は、グルーゲル子爵を中心とする『徹底抗戦派』……実質的な『売国派』の私兵によって完全に制圧されています。」

 

 ギルダの指が、地図上の王城の正門を指す。

 

「正規の近衛兵団は解体され、主要なポストは彼らが雇った傭兵や、帝国の息がかかった者にすげ替えられています。……その数、およそ三千。」

「三千……!?」

 

 ルイーズが絶句する。

 野盗の比ではない。完全武装した正規軍クラスの戦力だ。

 僕たち三人と一匹で正面から挑めば、門に辿り着く前に叩きのめされることだろう。

 

「さらに厄介なのは、魔法結界です。王宮魔導師団までもが彼らに掌握されており、城壁の周囲には常時、高密度の魔術障壁が張られています。……ネズミ一匹、アリ一匹通さない鉄壁の守りです。」

 

 空からの侵入も、透明化の魔法も通用しないということだ。

 物理的にも、魔術的にも、王城は完全に「要塞」と化している。

 

「……じゃあ、どうすればいい? 指をくわえて見ているしかないのか?」

 

 僕が拳を握りしめると、ギルダはニヤリと笑った。

 その笑みは、かつて戦場で死線を潜り抜けてきた者特有の、不敵で、頼もしいものだった。

 

「正面がダメなら、搦め手を使えばいい。……戦場の常識でしょう?」

「搦め手?」

「ええ。……奴らは空も陸も固めましたが、一つだけ、見落としている『穴』があります。」

 

 ギルダの指が、地図の上を滑り、王城の裏手――かつての内堀があった場所へと移動した。

 

「……『旧王都地下水路』。」

「地下水路?」

「数百年前に作られた、廃棄された排水システムです。現在の近代的な下水道とは別に、王都の地下深くに迷宮のように張り巡らされています。」

 

 彼女の声が低くなる。

 

「古すぎて地図にも載っておらず、魔物の巣窟となっているため封鎖されている禁足地。……ですが、私の記憶が確かならば、この水路の最奥は、王城の地下牢――ラウラ様が軟禁されている可能性が高い『離宮』の井戸へと繋がっているはずです。」

 

 地下からの潜入。

 確かに、そこなら結界の監視も緩いかもしれない。

 だが、数百年前の廃墟。魔物の巣窟。

 危険度は計り知れない。

 

「……賭けですね。」

 

 ネリーが呟いた。

 

「地図もない迷宮で、魔物を退けながら進む。……失敗すれば、誰にも知られずに地下の闇に葬られる。」

「ああ。……だが、可能性はゼロじゃない。」

 

 僕は顔を上げ、ギルダを見た。

 

「案内図は、ありますか?」

「……完全なものはありません。ですが、私の記憶にある限りのルートと、危険地帯の印は記しておきました。」

 

 ギルダは懐から、ボロボロになった羊皮紙を取り出した。震える手で描かれた、命の地図だ。

 

「これを持って行ってください。……ラウラ様を、どうか。」

「必ず。」

 

 僕はその地図を受け取り、強く握りしめた。

 道は開けた。

 険しく、暗く、汚れた道だが、母上の元へ続く唯一の道だ。

 

「ガウッ! ……クライ、トコロ? ……マカセロ。」

 

 足元で、アグニが鼻を鳴らした。

 彼女の夜目と嗅覚があれば、暗闇の迷宮も恐るるに足りない。

 

「よし。……行こう。」

 

 僕は仲間たちを見渡した。

 ルイーズが剣を構え直す。ネリーが頷く。

 覚悟は決まった。

 王都の地下。

 光の届かない闇の底から、僕たちの反撃が始まるのだ。

 

メインキャラが増えてきたので....みんなの好きなキャラを教えてくれぇ!!!書くわよ〜!!!!

  • ルイーズ・ロンズデール
  • ネリー
  • サーシャ、クロエ、ミリア他騎士団
  • アンドレア殿下
  • ガーベラ
  • アグニ
  • バルバラ
  • 上記以外のキャラクターは感想等で教えてね
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