姫騎士(肉食)共から貞操を守りつつ、僕の騎士道がハードモードすぎる   作:お庭屋さん

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地下水路とか旧下水道とかは必須ですよね。ファンタジー的に。


第42話:汚泥の迷宮

 王都ベルリネの夜は、二つの顔を持っている。

 一つは、魔導街灯が煌々と輝き、貴族たちの夜会が繰り広げられる「光の顔」。

 そしてもう一つは、その光が届かない場所で、貧困と犯罪が静かに蠢く「闇の顔」だ。

 僕たちは今、その最も深い闇の中にいた。

 

「……ここですね。」

 

 先頭を歩くネリーが、廃墟と化した建物の陰で足を止めた。

 ここは王都の北端、スラム街の中でも特に荒廃が進んだ廃棄区画だ。

 かつては工房などが並んでいたらしいが、今は崩れた瓦礫の山と、鼻をつく異臭が漂うだけのゴーストタウンと化している。

 人通りはなく、野良犬さえも寄り付かないような、死んだ場所。

 

「ギルダさんの地図によれば、この瓦礫の下に『旧地下水路』への入り口があるはずです。」

 

 ネリーが手元の羊皮紙――元近衛兵ギルダから託された古びた地図を、魔導ランタンの微かな光で照らし出す。

 そこには、数百年前の王都の地下構造が、震える線で記されていた。

 

「……しかし、酷い臭いですね。地上でこれなら、中はどれほどか……。」

 

 ルイーズが顔をしかめ、袖口で鼻を覆った。

 彼女は隠密行動のために軽装の革鎧に着替えているが、その背中には布に巻いた愛剣ツヴァイハンダーをしっかりと背負っている。どんな場所でも、主君を守るための剣は手放さないという意思表示か?

 頼もしいことこの上ない。

 

「文句を言っても始まらないよ。……ここが、母上を助けるための唯一の道なんだ。」

 

 僕は瓦礫の山に近づき、手をかけた。

 身体強化の魔力を練り上げる。

 筋肉が熱を帯び、血管が浮き上がる。

 

「ふんっ……!」

 

 ズズズ……。

 大人が数人がかりでも動かないような巨大な石材を、僕は音を立てないように慎重に、かつ強引に持ち上げた。

 石材の下から現れたのは、地面に埋め込まれた錆びついた鉄格子だった。

 太い鉄の棒は赤錆に覆われ、鎖と南京錠で厳重に封印されている。だが、その封印も数百年という歳月には勝てず、触れれば崩れ落ちそうなほど朽ちていた。

 

「……開けるぞ。」

 

 僕は鎖を掴み、指先に力を込めた。

 バキンッ、という乾いた音がして、鎖が砕け散る。

 続いて、重い鉄格子を持ち上げ、横へとずらした。

 

 その瞬間、地底から噴き出したのは、暴力的なまでの「腐敗」の風だった。

 

「ぐっ……!?」

「ケホッ、ケホッ……!」

 

 鼻が曲がる、という表現が生ぬるく感じるほどの悪臭。

 腐った水、カビ、そして生物の死骸が長い時間をかけて熟成されたような、濃密な死の臭いだ。

 あまりの強烈さに、ネリーやルイーズが涙目で後ずさる。

 

「ガウッ……! クサイ!! ハナ、イタイ!!」

 

 アグニが悲鳴を上げ、両手で鼻を抑えてのたうち回った。

 嗅覚が鋭い彼女にとっては、この臭気は毒ガスにも等しい攻撃だろう。

 

「大丈夫か、アグニ。……無理なら、外で待っていてもいいんだぞ?」

 

 僕が背中をさすってやると、アグニは涙目で首を横に振った。

 

「イヤ! ……イク! アグリムト、イッショナラ、ヘイキ! ……鼻、ツメル!」

 

 彼女は落ちていた布切れを丸め、自分の鼻の穴にギュウギュウと詰め込んだ。

 見た目はかなりシュールだが、彼女なりの覚悟の表れだと思う事にする。

 その健気さに、僕も腹を括ろう。

 

「よし。……行こう。」

 

 僕は暗黒の口を開けた竪穴に、縄梯子を下ろした。

 梯子が軋む音だけが、静寂に響く。

 その先にあるのは、光の届かない奈落。

 だが、その闇の底だけが、囚われの母上へと繋がっているのだ。

 僕は先頭を切って、梯子に足をかけた。

 一段、また一段と降りるごとに、空気が湿り気を帯び、肌にまとわりつくような不快感が増していく。

 

 地下数メートル。

 石造りの床に足がついた時、靴底が「グチャリ」と嫌な音を立てた。

 

「……灯りを。」

 

 僕の合図で、ネリーが魔法を行使する。

 

「『ライト』」

 

 彼女の掌に浮かんだ青白い光の球が、周囲の闇を切り裂いた。

 照らし出されたのは、想像を絶する光景だった。

 

 半円形の天井を持つ、石造りの水路。

 壁一面には見たこともない蛍光色の苔がびっしりと張り付き、脈打つように微かな光を放っている。

 足元には、黒いヘドロのような汚水が、緩やかな流れを作っていた。水面には油膜が浮き、正体不明の気泡がポコポコと弾けている。

 

「……これが、旧王都の地下……。」

 

 降りてきたルイーズが、絶句して辺りを見回した。

 かつては王都の排水を支えていた水脈。だが、廃棄されて数百年。ここはもう、人の領域ではない。独自の生態系を持った、異界の迷宮だ。

 

「地図によれば、この水路を北へ進み、三つの分岐を超えた先に、王城の地下へと続く跳ね橋があるはずです。」

 

 ネリーが地図とコンパスを確認する。

 方向感覚が狂いそうな閉塞感だ。地図がなければ、数分で遭難していただろう。

 

「道なりに進もう。……足元に気をつけて。何が沈んでいるか分からない。」

 

 僕たちは隊列を組んだ。

 先頭は僕。中央にアグニとネリー。殿にルイーズ。

 狭い通路だ。横幅は二人並ぶのがやっと。

 

 ペタ、ペタ、という粘着質な足音が響く。

 進むにつれ、悪臭にも少しずつ鼻が慣れてくる……ということはなく、むしろ濃くなっている気がする。

 

「アグリム……。ナニカ、イル。」

 

 鼻に詰め物をしたアグニが、僕のコートの裾を引っ張った。

 

「前方か?」

「ウン。……ベトベト、スル、オト。」

 

 ベトベトする音。

 嫌な予感しかしない擬音だ。

 僕は魔導ランタンの光量を上げ、前方の闇を照らした瞬間。

 

 ――ボタッ。

 

 天井から、何かが落ちてきた。

 それは水面に落ちると、跳ねることなく「広がり」、そして「盛り上がった」。

 

「……ッ! 上だ!」

 

 僕が叫ぶと同時に、天井の闇からボタボタと雨のように「それ」が降り注いだ。

 緑色の、半透明な粘液の塊。

 それらは地面に落ちると、互いに融合し、震えながら形を成していく。

 

「スライム……!? いえ、色が違います!」

 

 ネリーが叫ぶ。

 通常のスライムは青や透明だが、こいつらはドブのような焦げ茶色をしており、体内には消化されなかった骨やゴミが浮いている。

 そして何より、その体表からは湯気のような酸の煙が立ち上っていた。

 

『モルダースライム』

 汚水と魔力が化学反応を起こして生まれた、地下水路特有の変異種。

 物理攻撃を無効化し、触れたものを腐食させる、極めて厄介な掃除屋だ。

 

「グルルゥ……!」

 

 それだけではない。

 通路の奥から、無数の赤い目が光った。

 キーキーという耳障りな鳴き声と共に現れたのは、犬ほどの大きさがある巨大なネズミの群れ。だが、その手には粗末な石器が握られ、腰には布切れを巻いている。

 『ラットゴブリン』

 知能を持ち、病原菌を武器に集団で狩りをする、地下の暴徒たち。

 

「……歓迎されているようですね。」

 

 ルイーズが苦々しげに呟く。

 前方はスライムの壁。後方はネズミの軍勢。

 狭い通路での挟撃だ。

 

「総員、構えろ! ……この汚泥の海を、強行突破するぞ!」

 

 僕が剣を抜き放つと同時に、地下水路の静寂は、魔獣たちの咆哮によって破られた。

 王城への道は、やはり平坦ではない。

 泥と、酸と、病魔が蔓延る地獄の行軍が幕を開けた。

 

 

 ☆

 

 

「シィヤァッ!!」

 

 狭い通路に、ルイーズの気合が響き渡る。

 彼女は背中のツヴァイハンダーを抜き放ち、迫りくるモルダースライムの群れに向かって一閃した。

 

 だが。

 ガギィィィン!!

 鈍い金属音と共に、火花が散る。

 刀身の先端が、石造りの壁に深く食い込んで止まったのだ。

 

「くっ……! 狭い……!」

 

 ルイーズが忌々しげに舌打ちをする。

 彼女の武器は、広大な戦場でこそ真価を発揮する長大な刃だ。横幅が二人分しかないこの地下水路では、横薙ぎはおろか、斜めに振り下ろすことさえままならない。

 本来なら敵を両断しているはずの一撃が、壁に阻まれて勢いを殺される。

 

 その隙を、魔獣たちは見逃さなかった。

 壁に張り付いていたスライムたちが、ルイーズの剣を伝って、あるいは頭上から滴り落ちるようにして彼女に襲いかかる。

 汚物にも似た色の粘液が、ジュウウウ……と嫌な音を立てて彼女の革鎧を焦がす。

 

「ッ……! この、軟体生物風情が!」

 

 ルイーズは剣を強引に引き抜き、ポメルでスライムを殴りつける。

 だが、相手は流動体だ。衝撃は吸収され、殴った拳に粘液がまとわりつくだけ。

 

「離れてください、ルイーズ! 物理攻撃は相性が悪すぎます!」

 

 後方からネリーが叫んだ。

 彼女はすでに詠唱を終え、掌に冷気を収束させている。

 

「水路ごと凍てつけ――『フリージング・ウェイブ』!」

 

 ネリーが手をかざすと、猛烈な冷気が扇状に吹き荒れた。

 汚水が瞬時に凍りつき、迫りくるスライムたちが、その不定形のまま氷の彫像へと変わっていく。

 酸の煙さえも凍結し、キラキラとダイヤモンドダストのように舞い散った。

 

「……すまん、助かった。」

「礼には及びません。……エヴ様!」

 

 ネリーの指示で、僕は凍りついたスライムの群れに向かって踏み込んだ。

 カチコチに固まった粘液は、もはやただの氷塊だ。

 僕は剣の腹で、ゴルフのスイングのように思い切り叩く。

 

 パァァァンッ!!

 爽快な破砕音と共に、スライムたちは粉々に砕け散った。

 茶色の氷片が散弾のように飛び散り、後続のスライムたちを突き刺す。

 

「よし、前衛は崩した! ……次は奥だ!」

 

 スライムの壁が消えた向こう側。

 暗闇の奥から、キーキーという嘲笑うような鳴き声が響いている。

 

 ラットゴブリン共だ。

 奴らはスライムを盾にして距離を取り、安全圏から石礫や、病原菌を含んだ汚物を投げつけてきている。

 

「ガウッ! キタナイ! アグリム、アレ、トドカナイ!」

 

 アグニが飛んでくる汚物を避けながら喚く。

 直線的な通路では、飛び道具を持つ相手は厄介だ。こちらが間合いを詰めようとすれば、集中砲火を浴びる。盾を持つネリーは防げるが、攻め手に欠ける。

 

「……僕が行く。」

 

 僕は剣を逆手に持ち直し、深く腰を落とした。

 身体強化の魔力を練り上げる。

 足の裏、太もも、そして背筋へ。全身をバネに変えるイメージ。

 

「エヴ様!? 正面から突っ込んでは的になります!」

「正面からは行かないよ。……上下左右、使えるものは全部使う!」

 

 僕は地面を蹴った。

 ただし、前方へではない。

 斜め上方――壁に向かって。

 

 垂直に近い壁を駆け上がる。

 一歩、二歩。重力が仕事を始める前に、さらに反対側の壁へと跳躍する。

 ジグザグに、三角飛びの要領で高速移動。

 狭い通路だからこそ可能な、三次元的な機動だ。

 

「ギギッ!?」

 

 ラットゴブリンたちが、天井付近を高速で迫ってくる影に気づき、慌てて石を投げる。

 だが、遅い。

 僕は天井の梁を蹴り、弾丸のように群れの真ん中へと落下した。

 

「せーぇのぉ!!!」

 

 着地の衝撃を乗せ、剣を地面に叩きつける。

 衝撃波が汚水を巻き上げ、周囲のラットゴブリンたちを吹き飛ばした。

 陣形が崩れる。

 パニックに陥ったネズミどもが逃げ惑う。

 

「今だ! やってくれ!」

 

 僕が叫ぶと、待機していたルイーズとアグニが飛び込んできた。

 ルイーズは長剣を捨て、腰のダガーを二刀流で構えている。

 

「よくもエヴ様に汚物を……! 万死に値します!」

 

 大型武器が使えないなら、手数で勝負する。彼女は近接格闘の鬼となって、次々とラットゴブリンの首を刈り取っていく。

 アグニも負けていない。

 小柄な体躯を活かして敵の股下を潜り抜け、爪と牙で急所を食い破る。

 

「ヨワッチイ! アグリムノ、テキジャナイ!」

 

 戦況は一変した。

 数に物を言わせていた群れも、懐に入り込まれれば脆い。

 数分後。

 最後のラットゴブリンが水路に沈み、辺りに静寂が戻った。

 

「……ふぅ。片付いたか。」

 

 僕は剣についた体液を振り払い、息を整えた。

 周囲は死屍累々。悪臭がさらに酷くなった気がするが、今は気にしていられない。

 

「お見事です、エヴァン様。壁走りの機動……どこであの様な軽業を?」

「うーん、普段のアグニを参考にしてみたんだけど、なかなか疲れるしあんまり使うもんじゃないね。」

 

 ネリーが感心したように、しかし少し呆れたように言った。

 

「それにしても、この装備では限界があります。」

 

 ルイーズが、壁に傷をつけてしまったツヴァイハンダーを愛おしそうに撫でながら溜息をつく。

 確かに、彼女の武装はこの地形には不向きだ。

 だが、ここから先はさらに深部へ向かう。魔獣も強力になるだろう。

 

「……アグリム。……奥。」

 

 アグニが、進行方向の暗闇を睨みつけて唸った。

 彼女の鼻は、悪臭の奥にある、より濃密な「死」の気配を捉えているようだ。

 

「ああ。ここまでは前座ってことか。」

 

 僕は魔導ランタンを掲げ、先を照らした。

 水路の水位が、徐々に上がってきている。

 ここまでは足首程度だった汚水が、膝下まで迫ろうとしていた。

 水中戦、あるいは水陸両生の敵。

 

「……気を引き締めよう。母上の元へ辿り着くまで、泥水だろうが何だろうが泳ぎ切るぞ。」

 

 僕たちは隊列を組み直し、さらなる深淵へと足を踏み入れた。

 背後で、破壊されたスライムの残骸が、再び融合しようと蠢いているのを尻目に。

 

 

 ☆

 

 

 地下水路の深部へと進むにつれ、環境はさらに悪化していた。

 水深は膝上まで達し、泥を含んだ重い水流が足にまとわりつく。

 魔導ランタンの光が届かない水面下には、何が潜んでいるか分からない恐怖があった。

 

「ガウッ……。ツメタイ。……毛、ヌレル。キライ。」

 

 アグニが不快そうに足を振り上げ、僕の背中におんぶをせがんでくる。

 普段なら甘やかすところだが、今は戦闘中だ。

 

「我慢してくれ、アグニ。……君の鼻だけが頼りなんだ。」

「ウゥ……。ワカッタ。アグリムノタメ、ガマンスル。」

 

 彼女はしぶしぶ水の中を進むが、その耳は常にピクリと動き、周囲の気配を探っている。

 

「……地図によれば、この先の広い貯水槽を抜ければ、王城の地下へと続くメンテナンス用の竪穴があるはずです。」

 

 ネリーが地図とコンパスを確認し、前方を指差した。

 その先には、少し開けた空間が見える。

 かつて汚水を一時的に貯めていた調整池のような場所だろうか。天井が高くなり、そこだけ異様なほどの静寂に包まれていた。

 

「……静かすぎる。」

 

 ルイーズが短剣を構え、周囲を警戒する。

 ラットゴブリンの鳴き声も、スライムの這う音もしない。

 それはつまり、ここが「他の魔獣が寄り付かない場所」であることを意味していた。

 

 ――ボコッ。

 突如、水面が大きく揺れ、巨大な気泡が弾けた。

 腐った卵のような強烈な硫黄臭が漂う。

 

「アグリム! ……シタ! シタカラ、クル!!」

 

 アグニが叫んだ瞬間、水面が爆発した。

 大量の汚水を撒き散らしながら、水中から巨体が躍り出た。

 全長五メートルはあろうかという、巨大な爬虫類。

 全身を覆う鱗は苔とヘドロで緑色に変色し、その隙間からは絶えず強力な酸が分泌され、触れた水を白濁させている。

 

 『アシッドアリゲーター』

 

 王都の地下で数百年、汚泥と魔力を喰らい続けて肥大化した、水路の主だ。

 

「グルルルァァッ!!」

 

 ワニが大きく口を開け、咆哮する。

 その口内には、鉄さえ噛み砕く鋭い牙がびっしりと並んでいた。

 

「デッケェな……!」

「酸の霧を吐いてきます! 触れれば火傷じゃ済みませんよ!」

 

 ネリーが叫び、即座に盾を展開する。

 ワニは巨体に似合わぬ敏捷さで尻尾を振るい、汚水の津波をこちらへ叩きつけてきた。

 

「散開ッ!!」

 

 僕たちは左右に飛び退いた。

 直撃を受けた壁が、酸でジュウウと音を立てて溶けていく。

 まともに食らえば骨まで溶かされる威力だ。

 

「おのれ、爬虫類風情が……! 私の剣の錆にしてくれます!」

 

 ルイーズが激昂し、背中のツヴァイハンダーを抜き放つ。

 ここは天井が高い。大剣を振るうスペースはある。

 彼女は水飛沫を上げて突進し、浑身の力で剣を振り下ろした。

 

 ガギィィンッ!!

 硬質な音が響き、剣が弾かれた。

 ワニの背中の鱗は、鋼鉄以上に硬い。刃が通らないどころか、衝撃でルイーズの手が痺れている。

 

「硬い……!? エヴ様、斬れません!」

「魔法も効きにくいです! 表面の粘液が魔力を中和しています!」

 

 ネリーの氷の矢も、ワニの体表で弾けて砕け散った。

 物理も魔法も通りにくい。その上、足場は最悪の水の中。

 ワニは僕たちを嘲笑うように水中へ潜り、死角からアグニに狙いを定めた。

 

「ガウッ!?」

 

 水中からの奇襲。アグニが反応するが、足を取られて回避が遅れる。

 巨大な顎が、彼女を噛み砕こうと迫り――。

 

「させるかッ!!」

 

 僕は身体強化を最大出力で発動させ、水面を蹴った。

 爆発的な加速で二人の間に割って入り、迫りくるワニの上顎と下顎を、両手でガシリと受け止める。

 

 凄まじい衝撃が腕に走り、腕や肩からブチブチと筋繊維の千切れる嫌な音がする。

 だが、止めた。

 僕の腕の筋肉が悲鳴を上げ、血管が浮き出る。ワニの咬合力は数トンにも及ぶだろう。だが、僕の筋力はそれに負けない。

 

「ぬ、ううぅぅぅ……ッ!!」

「アグリム!?」

「手出しはさせない! ……ネリー! 足場を!」

「はいッ! 『フロストフロア』!」

 

 ネリーが剣を水面に突き立てると、僕の足元を中心に、水面が一瞬で凍結し、強固な氷のステージが形成された。

 足場さえあれば、こちらのものだ。

 

「ルイーズ! 腹だ! 腹を狙え!いくぞ!?」

 

 僕はワニの口をこじ開けたまま、その巨体を強引に持ち上げた。

 背負い投げの要領で、硬い背中を氷の床に叩きつける。

 ワニがひっくり返り、無防備な白い腹を晒した。

 

「承知いたしました! エヴ様への愛を込めて、死になさいッ!!」

 

 ルイーズが跳躍する。

 彼女は大剣を逆手に持ち、落下エネルギーと体重の全てを乗せて、ワニの心臓部分へと突き立てた。

 

 分厚い皮を貫き、刃が深々と埋まる。

 ワニが断末魔の悲鳴を上げ、激しくのたうち回るが、僕はその尾を押さえつけて逃さない。

 

「トドメだ、アグニ!」

「ガウッ! 任セロ!」

 

 アグニが氷の上を滑るように走り、ワニの開いた口の中へ飛び込んだ。

 そして、体内から脳天に向けて、黒曜石の短剣『アグリムの牙』を突き刺す。

 

 ――ビクンッ。

 巨体が大きく痙攣し、そして動かなくなった。

 

「……はぁ、はぁ……。やったか。」

 

 僕はワニから手を離し、氷の上に座り込んだ。

 腕がパンパンだ。酸の飛沫で作業着が所々溶けているが、肌までは達していないようだ。

 

「ナイス連携でしたね、皆様。」

 

 ネリーが氷の上を歩いて近づき、身を清める為の水を生成し、ルイーズは剣についた血糊を払い、「汚らわしいトカゲめ」と吐き捨てつつも、僕の無事を確認して安堵の表情を見せた。

 

「アグリム、ツヨイ! ワタシモ、ヤッタ!」

 

 アグニが泥だらけの顔でVサインをする。

 

「ああ。みんなのおかげだ。」

 

 僕は立ち上がり、貯水槽の奥を見つめた。

 ワニが守っていたその先。

 壁に埋め込まれるようにして、古びた鉄の梯子と、上へと続く竪穴があった。

 

「……あそこですね。」

 

 ネリーが地図と照らし合わせる。

 ギルダの情報通りだ。この竪穴は、王城の離宮へと直結している。

 僕たちは梯子の下まで進み、上を見上げた。

 遥か頭上、微かな風の流れを感じる。

 だが、それと同時に、肌を焼くようなピリついた気配も降りてきていた。

 

「……結界か。」

 

 王城を守る魔導障壁の余波だ。

 ここから先は、魔物の領域ではない。

 人の悪意と、高度な魔術が支配する敵地の中枢。

 

「行こう。……母上が待っている。」

 

 僕は梯子に手をかけた。

 冷たい鉄の感触。

 その冷たさが、僕の覚悟をより鋭く研ぎ澄ませていく。

 汚泥の迷宮を抜け、次なる舞台は白亜の檻。

 マドゥワス騎士団、王城潜入。

メインキャラが増えてきたので....みんなの好きなキャラを教えてくれぇ!!!書くわよ〜!!!!

  • ルイーズ・ロンズデール
  • ネリー
  • サーシャ、クロエ、ミリア他騎士団
  • アンドレア殿下
  • ガーベラ
  • アグニ
  • バルバラ
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