姫騎士(肉食)共から貞操を守りつつ、僕の騎士道がハードモードすぎる   作:お庭屋さん

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第45話:母と子

 玉の間は、死のような静寂に包まれていた。

 広い空間を照らすのは、窓から差し込む青白い月光のみ。その寒々しい光が、玉座に座る人物の影を床に長く伸ばしていた。

 僕は剣を握りしめたまま、その光景に足が縫い付けられたように動けなかった。

 視線の先にあるのは、この国の頂点。

 ベレイン王国国王、マリア・ドゥ・べレイン陛下。

 だが、その姿に生気はない。

 

 豪奢なドレスの腹部は鮮血に濡れ、そこには宝石で飾られた短剣が深々と突き刺さっている。

 頭上の王冠は傾き、虚空を見つめる瞳からは、既に光が失われていた。

 

「……陛下……?」

 

 震える声で呼びかけるが、答えはない。

 遅かった。

 母上が懸念していた最悪のシナリオ――『王殺し』は、僕が辿り着くよりも早く、既に遂行されていたのだ。

 

 不意に、背後の闇で硬質な音がした。

 ……鎧が擦れる音だ。

 ハッとして振り返るよりも早く、部屋の四隅にある柱の陰から、一斉に松明の明かりが灯された。

 

「――かかったな、逆賊め!!」

 

 嘲笑うような怒号と共に、武装した衛兵たちが雪崩れ込んできた。

 その数、およそ五十。

 槍を構えた兵士たちが、扇状に展開して僕を取り囲む。逃げ場はない。

 そして、兵士たちの壁が割れ、派手な衣装を纏った貴族たちが、醜悪な笑みを浮かべて姿を現した。

 

 その中心にいたのは、神経質そうな痩せ型の女。

 グルーゲル子爵だ。

 野盗を使い、僕の領地を襲わせた張本人。そして今、この国を売ろうとしている売国奴の筆頭。

 

「見ろ! マドゥワスの倅が、陛下を殺害したぞ!」

 

 グルーゲルが大げさな身振りで叫んだ。

 その目は、獲物を罠に嵌めた狩人のように、残酷な喜びに歪んでいる。

 

「なんと惨い! 薄汚い男め、身の程を知れ!」

「出会え! 国王殺しの大罪人を捕らえよ! 生かして帰すな!」

 

 取り巻きの貴族たちが口々に罵倒を浴びせる。

 罠だ。

 この静寂は、僕を誘い込み、陛下の遺体の前に立たせ、濡れ衣を着せるための舞台装置だったのだ。

 僕がここに来ることさえ、奴らの計算通りだったというのか。

 

「違う! 僕は……!」

「問答無用! やれッ!」

 

 弁解する間もなく、グルーゲルの号令で槍の穂先が殺到する。

 殺気。

 奴らは僕を生け捕りにする気などない。ここで「抵抗した逆賊」として始末し、死人に口なしにするつもりだ。

 

「くっ……!」

 

 僕は歯を食いしばり、剣を振るった。

 身体強化。

 まだだ。まだ終わらせない。ここで死ねば、母上はどうなる? ネリーの犠牲は?

 ガキンッ!

 数本の槍を剣の腹で弾き返し、踏み込んで一人を蹴り飛ばす。

 兵士が吹き飛び、包囲網に一瞬の隙間ができる。

 

「させるか!」

 

 だが、多勢に無勢だ。

 しかも、相手は野盗のような烏合の衆ではない。手練れの近衛兵たちだ。

 地下水路での悪戦苦闘、階段での死闘。連戦で消耗した僕の体は、思考に対して反応がコンマ数秒遅れ始めていた。

 

 背後からの衝撃。

 死角から盾で背中を殴打され、たたらを踏んだところを、膝裏を蹴り砕かれた。

 ガクン、と膝が落ちる。

 

「ぐっ……!」

 

 床に崩れ落ちた僕の上に、数人の兵士が覆いかぶさる。

 冷たい石床に顔を押し付けられ、腕を背中にねじ上げられた。

 関節が悲鳴を上げ、剣が手から滑り落ちる。

 カラン、と乾いた音を立てて、僕の武器が遠ざかっていく。

 

「離せ! 貴様ら……!」

 

 必死にもがくが、大人数人の体重と、拘束用の鎖には抗えない。

 僕は完全に、無力化された。

 

「黙れ、下郎が!」

 

 カツ、カツ、と足音が近づいてくる。

 グルーゲル子爵が歩み寄り、僕の頭を革靴の底で踏みつけた。

 グリグリと、泥と傷にまみれた頬が床に擦り付けられる。

 

「フン。ラウラの息子と聞いて警戒していたが、所詮は男か。……見ろ、この無様な姿を。」

 

 彼女は兵士から剣を奪い取り、切っ先を僕の鼻先に突きつけた。

 

「母親と同じく、国を売った大罪人として処刑してやる。……安心しろ、ラウラもすぐに同じ場所へ送ってやるからな。」

「……母上は……。」

 

 恐怖よりも先に、母上の安否が口をついて出た。

 まさか、階段で全滅したのか? あの最強の母上が?

 いや、そんなはずはない。

 だが、僕の首筋に当てられた冷たい刃の感触は、逃れようのない現実だ。

 ここで終わるのか。

 何も守れず、汚名を着せられたまま。

 領地で待つバルバラや、ガーベラたちに、合わせる顔もないまま。

 

「遺言はあるか? ……ああ、聞く必要もないな。男の戯言など、歴史には残らん。」

 

 グルーゲルが剣を高く振り上げた。

 その刃が、月光を反射して冷たく輝く。

 死ぬ。

 時間がスローモーションのように引き伸ばされる。

 僕は目を閉じなかった。

 せめて、敵の顔を睨みつけたまま、マドゥワスの騎士として死のうと思った。

 

「死ね、小僧!」

 

 刃が振り下ろされた、その刹那。

 玉の間の入り口が、落雷のような爆音と共に吹き飛んだ。

 分厚い樫の扉が紙切れのように舞い、瓦礫と共に数人の衛兵が部屋の奥へと吹き飛ばされる。

 

「なッ!?」

 

 グルーゲルの手が止まる。

 舞い上がる土煙。

 その向こうから響いたのは、僕の魂を震わせる、愛しき人の咆哮だった。

 

「――私の息子に、触れるなぁァァァッ!!!」

 

 空間が歪むほどの殺気。

 煙を切り裂いて飛び込んできたのは、全身を返り血で赤く染めた、銀色の鬼神――母上だった。

 

 

 ☆

 

 

 

「――私の息子に、触れるなぁァァァッ!!!」

 

 その咆哮は、物理的な衝撃波となって玉の間を揺るがした。

 土煙を突き破り、銀色の閃光が走る。

 母上だ。

 彼女は疾風の如く踏み込み、僕の首に刃を当てていたグルーゲル子爵へと肉薄した。

 

「ひぃっ!?」

 

 グルーゲルが情けない悲鳴を上げ、腰を抜かして後ずさる。

 母上は彼女には目もくれず、僕を取り囲んでいた衛兵たちを一閃した。 

 横薙ぎの一撃。

 鎧ごと胴を断たれた三人の兵士が、血飛沫を撒き散らして吹き飛ぶ。

 

 圧倒的な武威。

 全身傷だらけで、鎧は砕け、左目は血で塞がっている。満身創痍のはずだ。なのに、その背中から立ち昇る気迫は、全盛期の「王国の懐刀」そのものだった。

 

「エヴァン! 立てるか!」

「母上……ッ!」

 

 差し伸べられた手を取り、僕は立ち上がった。

 その直後、母上の背後から新たな影が飛び込んでくる。

 

「シィヤァッ!!」

 

 ルイーズだ。

 彼女は大剣で敵陣に切り込み、旋風のように暴れ回る。

 アグニも壁を蹴って跳躍し、敵の魔術師の顔面に張り付いて詠唱を阻害した。

 

「はぁ、はぁ……ッ! エヴ……様ァッ!」

 

 そして、入口の瓦礫を乗り越え、ネリーが姿を現した。

 左肩からは大量に出血し、足を引きずっている。だが、その右手にはしっかりとアーミングソードが握られ、左手には愛用の青銅の盾が構えられていた。

 ボロボロになりながらも、彼女は生き残っていた。

 

「ネリー! 無事だったか!」

「ええ。……あの程度の雑兵に、遅れはとりません!」

 

 ネリーは盾で敵の槍を弾き返し、鋭い突きを喉元に見舞った。

 役者は揃った。

 僕たちは円陣を組み、周囲を取り囲む五十の兵士たちと対峙した。

 

「おのれ、ラウラ……! 往生際の悪い!」

 

 安全圏まで退避したグルーゲルが、唾を飛ばして叫んだ。

 

「その怪我で何ができる! 貴様らは袋の鼠だ! やれ! 全員殺せ! 逆賊の首を刎ねろ!」

 

 彼女の号令で、怯んでいた兵士たちが再び殺到する。

 数は向こうが上だ。しかも、こちらは連戦で消耗しきっている。

 だが、今の僕たちには「最強の指揮官」がいた。

 

「怯むな! 突破口は一点、王の座す玉座だ!」

 

 母上が剣を掲げ、先陣を切る。

 その剣技は、剛剣にして精緻。迫りくる刃を最小限の動きでいなし、カウンターで敵の急所を的確に貫いていく。

 僕も身体強化を振り絞り、母上の死角を守るように剣を振るった。

 火花が散り、金属音が絶え間なく響く。

 僕と母上、ルイーズ、ネリー、アグニ。

 五人の連携は、数倍の敵を相手にしても崩れなかった。

 少しずつ、だが確実に、敵の包囲網を食い破っていく。

 

「ば、馬鹿な……! なぜ死なん! なぜ倒れんのだ!」

 

 グルーゲルが狼狽え、ジリジリと玉座の後ろへ下がる。

 行ける。

 このままグルーゲルを確保し、陛下の死の真相を暴けば――!

 

「死ねェ、ラウラァッ!!」

 

 死角から、魔術師が放った炎の槍が、母上の背中を狙った。

 

「母上、後ろッ!」

 

 僕が叫び、剣で炎を弾き飛ばす。

 その一瞬の隙だった。

 ――ヒュッ。

 音もなく。

 殺気さえ消して。

 空間が歪んだかのように、母上の背後の「何もない空間」から、一人の暗殺者が現れた。

 

 透明化の魔術。

 それは王国の隠密を担う部隊のみが加護を受けると言われる秘術。

 乱戦の混乱に乗じ、最初からこの瞬間だけを待っていたのだ。

 狙いは、僕。

 炎を防ぐために体勢を崩した、僕の心臓。

 

「――っ!?」

 

 反応できない。

 凶刃が、僕の胸へと迫る。

 ドスッ。

 鈍く、湿った音が響いた。

 だが、僕に痛みはなかった。

 代わりに、僕の目の前で、銀色の髪が舞った。

 

「……ぐ、ふッ……!?」

 

 母上だった。

 彼女は、振り返ることさえせず、本能だけで僕と暗殺者の間に割り込んでいた。

 そして、僕に向けられていた漆黒の短剣が、母上の左胸――心臓の位置を、深々と貫いていた。

 

「……母……上……?」

 

 時が止まった。

 暗殺者が、役目を終えたように影へと溶けて消える。

 支えを失った母上の体が、ゆっくりと、糸が切れた人形のように崩れ落ちていく。

 

「ラウラ様!!」

 

 ルイーズの絶叫が響く。

 僕は剣を投げ捨て、倒れ込む母上を抱き留めた。

 重い。

 そして、熱い。

 胸の傷から、ドクドクと止めどなく溢れ出す鮮血が、僕の鎧を、手を、赤く染め上げていく。

 

「ラウラ様……! しっかり! しっかりしてください!」

「ネリー!止血薬を!はやく!」

 

 僕の叫びに、ネリーが血相を変えて駆け寄る。

 震える手で母上の傷口に触れ、薬瓶の蓋をあけて中身を注ぐ。

 だが、薬は傷口に吸い込まれるだけで、血は止まらない。

 

「……だめ、です……。傷が、深すぎます……! 心臓に、達して……!」

「嘘だろ!? 諦めるな!」

「……無駄だ、エヴァン。」

 

 母上が、血の泡を吐きながら、掠れた声で呟いた。

 その顔色は、見る間に蝋のように白くなっていく。

 

「……助からない。……私が一番、よく分かっている。」

「嫌だ……! 嫌だ、母上! やっと会えたのに! これから、一緒にブレスダンへ帰るんでしょう!?」

 

 涙が溢れて止まらない。

 視界が滲み、母上の顔が歪む。

 僕は、ただの無力な子供に戻って、泣き叫ぶことしかできなかった。

 

「……ハハッ! 見ろ! ラウラがくたばったぞ!」

 

 グルーゲルの狂喜の声が響く。

 好機と見た兵士たちが、包囲を狭め、一斉に槍を構える。

 もう、戦える状態じゃない。

 全員が満身創痍。そして、精神的支柱である母上が倒れた今、僕たちに勝ち目はない。

 ここで、終わるのか。

 何も守れず、全てを奪われて。

 

「……ふふ。泣くな、エヴァン。」

 

 母上は、血に濡れた手で、僕の頬に触れた。

 その手は冷たくなり始めていたが、眼差しだけは、あの日見送ってくれた時と同じ、温かい母の色をしていた。

 

「お前は……生きろ。」

「母上……?」

「この国は、まだ終わらせない。……お前が生きている限り、マドゥワスの牙は折れない。……私の愛したこの国を、頼みましたよ。」

 

 母上の体が、淡く、青白い光を帯び始めた。

 それは、魔術ではない。

 ラウラ・クロード・マドゥワスのみが受けられた神秘の加護。

 ――月光の精霊の力。

 

「……我が命を糧に。月よ、道を拓け。」

 

 母上が、最後の生命力を振り絞り、詠唱する。

 光が強まり、円環となって僕たち――僕、ルイーズ、ネリー、アグニを包み込んでいく。

 大規模な強制転移。

 術者の命そのものを代償とする、禁断の秘術だ。

 

「なっ!? 逃がすな! 結界はどうした!?」

 

 グルーゲルが慌てて叫ぶが、精霊の干渉は王宮の魔導結界すらも透過する。

 僕たちの体が、浮き上がった。

 

「母上、止めてくれ! 一緒に行くんだ! 置いていかないでくれ!」

 

 僕は母上の手を掴もうとした。

 だが、僕の手は光をすり抜け、母上の体に触れることができない。

 転移が始まっている。世界が隔絶されていく。

 

「……駄目だ。私は、ここまでだ。」

 

 母上の体が、光の粒子となって崩れ始める。

 彼女は、迫りくる敵兵たちを見据え、最期に剣を握り直した。

 残る命の全てを、僕たちを逃がすための「壁」となるために使うつもりだ。

 

「エヴァン。……ルイーズ、ネリー、アグニ。……どうか、息災で。」

 

 光の中で、母上が振り返った。

 そこにあったのは、国を背負う「英雌」の顔ではなく、ただ息子を案じる「母」の顔だった。

 

「立派になりましたね。……愛していますよ、私の小さな騎士。」

「母上ェェェェェェェェッ!!!」

 

 僕の絶叫が、玉の間に響き渡る。

 伸ばした指先が、虚空を掴む。

 視界が真っ白に染まり、重力が消えた。

 最後に見たのは、無数の刃に貫かれながらも、決して倒れることなく仁王立ちで敵を阻む、銀色の背中だった。

 

 ――そして、世界は反転した。

 唐突な静寂。

 冷たい夜風。

 僕たちは、王城の外、遥か上空の夜闇へと放り出されていた。

 眼下には、輝く王都の夜景。そして、炎に包まれ始めた離宮が見える。

 あの中に、僕の全てを置いてきた。

 母上が、死んだ。

 僕を守って。

 

「あ……あああぁぁぁぁッ……!!!」

 

 慟哭は、夜風に掻き消される。

 月だけが、静かに、残酷なまでに美しく輝き、僕たちの敗走を照らしていた。

メインキャラが増えてきたので....みんなの好きなキャラを教えてくれぇ!!!書くわよ〜!!!!

  • ルイーズ・ロンズデール
  • ネリー
  • サーシャ、クロエ、ミリア他騎士団
  • アンドレア殿下
  • ガーベラ
  • アグニ
  • バルバラ
  • 上記以外のキャラクターは感想等で教えてね
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