姫騎士(肉食)共から貞操を守りつつ、僕の騎士道がハードモードすぎる 作:お庭屋さん
玉の間は、死のような静寂に包まれていた。
広い空間を照らすのは、窓から差し込む青白い月光のみ。その寒々しい光が、玉座に座る人物の影を床に長く伸ばしていた。
僕は剣を握りしめたまま、その光景に足が縫い付けられたように動けなかった。
視線の先にあるのは、この国の頂点。
ベレイン王国国王、マリア・ドゥ・べレイン陛下。
だが、その姿に生気はない。
豪奢なドレスの腹部は鮮血に濡れ、そこには宝石で飾られた短剣が深々と突き刺さっている。
頭上の王冠は傾き、虚空を見つめる瞳からは、既に光が失われていた。
「……陛下……?」
震える声で呼びかけるが、答えはない。
遅かった。
母上が懸念していた最悪のシナリオ――『王殺し』は、僕が辿り着くよりも早く、既に遂行されていたのだ。
不意に、背後の闇で硬質な音がした。
……鎧が擦れる音だ。
ハッとして振り返るよりも早く、部屋の四隅にある柱の陰から、一斉に松明の明かりが灯された。
「――かかったな、逆賊め!!」
嘲笑うような怒号と共に、武装した衛兵たちが雪崩れ込んできた。
その数、およそ五十。
槍を構えた兵士たちが、扇状に展開して僕を取り囲む。逃げ場はない。
そして、兵士たちの壁が割れ、派手な衣装を纏った貴族たちが、醜悪な笑みを浮かべて姿を現した。
その中心にいたのは、神経質そうな痩せ型の女。
グルーゲル子爵だ。
野盗を使い、僕の領地を襲わせた張本人。そして今、この国を売ろうとしている売国奴の筆頭。
「見ろ! マドゥワスの倅が、陛下を殺害したぞ!」
グルーゲルが大げさな身振りで叫んだ。
その目は、獲物を罠に嵌めた狩人のように、残酷な喜びに歪んでいる。
「なんと惨い! 薄汚い男め、身の程を知れ!」
「出会え! 国王殺しの大罪人を捕らえよ! 生かして帰すな!」
取り巻きの貴族たちが口々に罵倒を浴びせる。
罠だ。
この静寂は、僕を誘い込み、陛下の遺体の前に立たせ、濡れ衣を着せるための舞台装置だったのだ。
僕がここに来ることさえ、奴らの計算通りだったというのか。
「違う! 僕は……!」
「問答無用! やれッ!」
弁解する間もなく、グルーゲルの号令で槍の穂先が殺到する。
殺気。
奴らは僕を生け捕りにする気などない。ここで「抵抗した逆賊」として始末し、死人に口なしにするつもりだ。
「くっ……!」
僕は歯を食いしばり、剣を振るった。
身体強化。
まだだ。まだ終わらせない。ここで死ねば、母上はどうなる? ネリーの犠牲は?
ガキンッ!
数本の槍を剣の腹で弾き返し、踏み込んで一人を蹴り飛ばす。
兵士が吹き飛び、包囲網に一瞬の隙間ができる。
「させるか!」
だが、多勢に無勢だ。
しかも、相手は野盗のような烏合の衆ではない。手練れの近衛兵たちだ。
地下水路での悪戦苦闘、階段での死闘。連戦で消耗した僕の体は、思考に対して反応がコンマ数秒遅れ始めていた。
背後からの衝撃。
死角から盾で背中を殴打され、たたらを踏んだところを、膝裏を蹴り砕かれた。
ガクン、と膝が落ちる。
「ぐっ……!」
床に崩れ落ちた僕の上に、数人の兵士が覆いかぶさる。
冷たい石床に顔を押し付けられ、腕を背中にねじ上げられた。
関節が悲鳴を上げ、剣が手から滑り落ちる。
カラン、と乾いた音を立てて、僕の武器が遠ざかっていく。
「離せ! 貴様ら……!」
必死にもがくが、大人数人の体重と、拘束用の鎖には抗えない。
僕は完全に、無力化された。
「黙れ、下郎が!」
カツ、カツ、と足音が近づいてくる。
グルーゲル子爵が歩み寄り、僕の頭を革靴の底で踏みつけた。
グリグリと、泥と傷にまみれた頬が床に擦り付けられる。
「フン。ラウラの息子と聞いて警戒していたが、所詮は男か。……見ろ、この無様な姿を。」
彼女は兵士から剣を奪い取り、切っ先を僕の鼻先に突きつけた。
「母親と同じく、国を売った大罪人として処刑してやる。……安心しろ、ラウラもすぐに同じ場所へ送ってやるからな。」
「……母上は……。」
恐怖よりも先に、母上の安否が口をついて出た。
まさか、階段で全滅したのか? あの最強の母上が?
いや、そんなはずはない。
だが、僕の首筋に当てられた冷たい刃の感触は、逃れようのない現実だ。
ここで終わるのか。
何も守れず、汚名を着せられたまま。
領地で待つバルバラや、ガーベラたちに、合わせる顔もないまま。
「遺言はあるか? ……ああ、聞く必要もないな。男の戯言など、歴史には残らん。」
グルーゲルが剣を高く振り上げた。
その刃が、月光を反射して冷たく輝く。
死ぬ。
時間がスローモーションのように引き伸ばされる。
僕は目を閉じなかった。
せめて、敵の顔を睨みつけたまま、マドゥワスの騎士として死のうと思った。
「死ね、小僧!」
刃が振り下ろされた、その刹那。
玉の間の入り口が、落雷のような爆音と共に吹き飛んだ。
分厚い樫の扉が紙切れのように舞い、瓦礫と共に数人の衛兵が部屋の奥へと吹き飛ばされる。
「なッ!?」
グルーゲルの手が止まる。
舞い上がる土煙。
その向こうから響いたのは、僕の魂を震わせる、愛しき人の咆哮だった。
「――私の息子に、触れるなぁァァァッ!!!」
空間が歪むほどの殺気。
煙を切り裂いて飛び込んできたのは、全身を返り血で赤く染めた、銀色の鬼神――母上だった。
☆
「――私の息子に、触れるなぁァァァッ!!!」
その咆哮は、物理的な衝撃波となって玉の間を揺るがした。
土煙を突き破り、銀色の閃光が走る。
母上だ。
彼女は疾風の如く踏み込み、僕の首に刃を当てていたグルーゲル子爵へと肉薄した。
「ひぃっ!?」
グルーゲルが情けない悲鳴を上げ、腰を抜かして後ずさる。
母上は彼女には目もくれず、僕を取り囲んでいた衛兵たちを一閃した。
横薙ぎの一撃。
鎧ごと胴を断たれた三人の兵士が、血飛沫を撒き散らして吹き飛ぶ。
圧倒的な武威。
全身傷だらけで、鎧は砕け、左目は血で塞がっている。満身創痍のはずだ。なのに、その背中から立ち昇る気迫は、全盛期の「王国の懐刀」そのものだった。
「エヴァン! 立てるか!」
「母上……ッ!」
差し伸べられた手を取り、僕は立ち上がった。
その直後、母上の背後から新たな影が飛び込んでくる。
「シィヤァッ!!」
ルイーズだ。
彼女は大剣で敵陣に切り込み、旋風のように暴れ回る。
アグニも壁を蹴って跳躍し、敵の魔術師の顔面に張り付いて詠唱を阻害した。
「はぁ、はぁ……ッ! エヴ……様ァッ!」
そして、入口の瓦礫を乗り越え、ネリーが姿を現した。
左肩からは大量に出血し、足を引きずっている。だが、その右手にはしっかりとアーミングソードが握られ、左手には愛用の青銅の盾が構えられていた。
ボロボロになりながらも、彼女は生き残っていた。
「ネリー! 無事だったか!」
「ええ。……あの程度の雑兵に、遅れはとりません!」
ネリーは盾で敵の槍を弾き返し、鋭い突きを喉元に見舞った。
役者は揃った。
僕たちは円陣を組み、周囲を取り囲む五十の兵士たちと対峙した。
「おのれ、ラウラ……! 往生際の悪い!」
安全圏まで退避したグルーゲルが、唾を飛ばして叫んだ。
「その怪我で何ができる! 貴様らは袋の鼠だ! やれ! 全員殺せ! 逆賊の首を刎ねろ!」
彼女の号令で、怯んでいた兵士たちが再び殺到する。
数は向こうが上だ。しかも、こちらは連戦で消耗しきっている。
だが、今の僕たちには「最強の指揮官」がいた。
「怯むな! 突破口は一点、王の座す玉座だ!」
母上が剣を掲げ、先陣を切る。
その剣技は、剛剣にして精緻。迫りくる刃を最小限の動きでいなし、カウンターで敵の急所を的確に貫いていく。
僕も身体強化を振り絞り、母上の死角を守るように剣を振るった。
火花が散り、金属音が絶え間なく響く。
僕と母上、ルイーズ、ネリー、アグニ。
五人の連携は、数倍の敵を相手にしても崩れなかった。
少しずつ、だが確実に、敵の包囲網を食い破っていく。
「ば、馬鹿な……! なぜ死なん! なぜ倒れんのだ!」
グルーゲルが狼狽え、ジリジリと玉座の後ろへ下がる。
行ける。
このままグルーゲルを確保し、陛下の死の真相を暴けば――!
「死ねェ、ラウラァッ!!」
死角から、魔術師が放った炎の槍が、母上の背中を狙った。
「母上、後ろッ!」
僕が叫び、剣で炎を弾き飛ばす。
その一瞬の隙だった。
――ヒュッ。
音もなく。
殺気さえ消して。
空間が歪んだかのように、母上の背後の「何もない空間」から、一人の暗殺者が現れた。
透明化の魔術。
それは王国の隠密を担う部隊のみが加護を受けると言われる秘術。
乱戦の混乱に乗じ、最初からこの瞬間だけを待っていたのだ。
狙いは、僕。
炎を防ぐために体勢を崩した、僕の心臓。
「――っ!?」
反応できない。
凶刃が、僕の胸へと迫る。
ドスッ。
鈍く、湿った音が響いた。
だが、僕に痛みはなかった。
代わりに、僕の目の前で、銀色の髪が舞った。
「……ぐ、ふッ……!?」
母上だった。
彼女は、振り返ることさえせず、本能だけで僕と暗殺者の間に割り込んでいた。
そして、僕に向けられていた漆黒の短剣が、母上の左胸――心臓の位置を、深々と貫いていた。
「……母……上……?」
時が止まった。
暗殺者が、役目を終えたように影へと溶けて消える。
支えを失った母上の体が、ゆっくりと、糸が切れた人形のように崩れ落ちていく。
「ラウラ様!!」
ルイーズの絶叫が響く。
僕は剣を投げ捨て、倒れ込む母上を抱き留めた。
重い。
そして、熱い。
胸の傷から、ドクドクと止めどなく溢れ出す鮮血が、僕の鎧を、手を、赤く染め上げていく。
「ラウラ様……! しっかり! しっかりしてください!」
「ネリー!止血薬を!はやく!」
僕の叫びに、ネリーが血相を変えて駆け寄る。
震える手で母上の傷口に触れ、薬瓶の蓋をあけて中身を注ぐ。
だが、薬は傷口に吸い込まれるだけで、血は止まらない。
「……だめ、です……。傷が、深すぎます……! 心臓に、達して……!」
「嘘だろ!? 諦めるな!」
「……無駄だ、エヴァン。」
母上が、血の泡を吐きながら、掠れた声で呟いた。
その顔色は、見る間に蝋のように白くなっていく。
「……助からない。……私が一番、よく分かっている。」
「嫌だ……! 嫌だ、母上! やっと会えたのに! これから、一緒にブレスダンへ帰るんでしょう!?」
涙が溢れて止まらない。
視界が滲み、母上の顔が歪む。
僕は、ただの無力な子供に戻って、泣き叫ぶことしかできなかった。
「……ハハッ! 見ろ! ラウラがくたばったぞ!」
グルーゲルの狂喜の声が響く。
好機と見た兵士たちが、包囲を狭め、一斉に槍を構える。
もう、戦える状態じゃない。
全員が満身創痍。そして、精神的支柱である母上が倒れた今、僕たちに勝ち目はない。
ここで、終わるのか。
何も守れず、全てを奪われて。
「……ふふ。泣くな、エヴァン。」
母上は、血に濡れた手で、僕の頬に触れた。
その手は冷たくなり始めていたが、眼差しだけは、あの日見送ってくれた時と同じ、温かい母の色をしていた。
「お前は……生きろ。」
「母上……?」
「この国は、まだ終わらせない。……お前が生きている限り、マドゥワスの牙は折れない。……私の愛したこの国を、頼みましたよ。」
母上の体が、淡く、青白い光を帯び始めた。
それは、魔術ではない。
ラウラ・クロード・マドゥワスのみが受けられた神秘の加護。
――月光の精霊の力。
「……我が命を糧に。月よ、道を拓け。」
母上が、最後の生命力を振り絞り、詠唱する。
光が強まり、円環となって僕たち――僕、ルイーズ、ネリー、アグニを包み込んでいく。
大規模な強制転移。
術者の命そのものを代償とする、禁断の秘術だ。
「なっ!? 逃がすな! 結界はどうした!?」
グルーゲルが慌てて叫ぶが、精霊の干渉は王宮の魔導結界すらも透過する。
僕たちの体が、浮き上がった。
「母上、止めてくれ! 一緒に行くんだ! 置いていかないでくれ!」
僕は母上の手を掴もうとした。
だが、僕の手は光をすり抜け、母上の体に触れることができない。
転移が始まっている。世界が隔絶されていく。
「……駄目だ。私は、ここまでだ。」
母上の体が、光の粒子となって崩れ始める。
彼女は、迫りくる敵兵たちを見据え、最期に剣を握り直した。
残る命の全てを、僕たちを逃がすための「壁」となるために使うつもりだ。
「エヴァン。……ルイーズ、ネリー、アグニ。……どうか、息災で。」
光の中で、母上が振り返った。
そこにあったのは、国を背負う「英雌」の顔ではなく、ただ息子を案じる「母」の顔だった。
「立派になりましたね。……愛していますよ、私の小さな騎士。」
「母上ェェェェェェェェッ!!!」
僕の絶叫が、玉の間に響き渡る。
伸ばした指先が、虚空を掴む。
視界が真っ白に染まり、重力が消えた。
最後に見たのは、無数の刃に貫かれながらも、決して倒れることなく仁王立ちで敵を阻む、銀色の背中だった。
――そして、世界は反転した。
唐突な静寂。
冷たい夜風。
僕たちは、王城の外、遥か上空の夜闇へと放り出されていた。
眼下には、輝く王都の夜景。そして、炎に包まれ始めた離宮が見える。
あの中に、僕の全てを置いてきた。
母上が、死んだ。
僕を守って。
「あ……あああぁぁぁぁッ……!!!」
慟哭は、夜風に掻き消される。
月だけが、静かに、残酷なまでに美しく輝き、僕たちの敗走を照らしていた。
メインキャラが増えてきたので....みんなの好きなキャラを教えてくれぇ!!!書くわよ〜!!!!
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ルイーズ・ロンズデール
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ネリー
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サーシャ、クロエ、ミリア他騎士団
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アンドレア殿下
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ガーベラ
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アグニ
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バルバラ
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上記以外のキャラクターは感想等で教えてね