姫騎士(肉食)共から貞操を守りつつ、僕の騎士道がハードモードすぎる   作:お庭屋さん

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第48話:雪原の光明

 重厚な黒塗りの馬車が、マドゥワス屋敷の車寄せに静かに停止した。

 馬車の扉には、アウグス家の紋章である「双頭の竜」が、雪の中でも鮮烈な赤色を主張している。

 護衛の騎士たちが展開する中、扉が開き、一人の人物が降り立つ。

 全身を黒鉄の鎧で固めた、巨躯のドラゴニュート。

 以前、野盗襲撃の急報を届けてくれた、あの空挺兵の隊長だ。

 彼女は兜を脇に抱え、厳しい表情で僕たちの前に歩み寄った。

 

「……マドゥワス卿。この度の凶事、心中お察しする。」

 

 彼女は深く頭を下げた。

 その態度に、敵意はない。だが、張り詰めた緊張感は消えない。

 彼女の手には、豪奢な装飾が施された二通の書状が握られていた。

 

「……遠路、感謝します。して、ゾーラ伯爵からの用向きとは?」

 

 僕が問うと、隊長は書状を恭しく差し出した。

 

「我が主、ゾーラ・フォン・アウグス伯爵からの『盟約書』、ならびに『援軍派遣の確約書』である。」

「盟約……? それに、援軍?」

 

 僕は震える手で封を切り、羊皮紙を広げた。

 そこに記されていたのは、単なるお悔やみの言葉でも、僕達を『逆賊』と糾弾する言葉でもない。

 それは、王国の歴史を覆すほどの、強烈な意思表示だった。

 

『――王都での茶番劇、耳に入った。

 ラウラが国王を殺しただと? 笑わせるな。あの堅物がそのような不義を働くはずがない。

 グルーゲルごときの三文芝居に騙されるほど、私は老いてはおらん。』

 

 冒頭から、荒々しい伯爵の筆致が目に飛び込んでくる。

 読み上げる僕の声に、広間の空気が揺れた。ガーベラが、堪えきれずに口元を覆う。

 世界中が僕たちを「逆賊」と罵る中で、かつて母上と敵対していたゾーラ伯爵だけが、母上の無実を信じてくれている。

 

『よって、アウグス家はマドゥワス家に対し、正式な同盟を申し入れる。

 目的は二つ。

 一つ、盟友ブレスダンの窮地を救うこと。

 二つ、国王マリア・ドゥ・べレイン陛下を暗殺し、国を売ろうとする逆賊「徹底抗戦派」を誅殺し、王国に平和を齎すことである。』

「なッ……!?」

 

 ルイーズが絶句する。

 これは、ただの助力ではない。

 マドゥワス家と共に、王都を支配したグルーゲル子爵ら新政府軍に対して、明確な反旗を翻すという「宣戦布告」だ。

 

「……本気、なのですか?」

「無論だ。」

 

 隊長は力強く頷き、背後の雪原を指差した。

 

「この馬車の後ろには、我が伯爵家の正規騎士団、歩兵隊が続いている。……さらに、我が主と志を同じくする保守派の諸侯たちも、各々の私兵を率いてこちらへ向かっている最中だ。」

「諸侯……? 一体、どれほどの数が……。」

「カステ領から千。諸侯連合から四千。……総勢、五千の兵力が集結する。」

「ご、五千……!?」

 

 バルバラが目を剥いた。

 敵の討伐隊と同等、あるいはそれ以上の数だ。それを、このブレスダンのために、全て投入するというのか。

 

「まだ全軍は到着していないが、四日以内にはブレスダン近郊へ集結する手筈となっている。……我が主は仰った。『あの若造は、我が夫と娘の魂を救ってくれた。ならば今度は、私がその恩を返す番だ』と。」

 

 隊長の言葉が、熱く胸に響く。

 北の塔での一夜。僕が行った弔いを、伯爵はずっと覚えていてくれたのだ。

 騎士としての義理を、領主としての覚悟を、最大の形で返してくれた。

 

「……勝てる。」

 

 僕は顔を上げ、震える声で呟いた。

 バルバラの傭兵団と合わせれば、こちらの戦力は五千を超える。

 数千の討伐隊相手に、防戦どころか、正面から叩き潰すことさえ可能な数だ。

 

「逃げる必要はない。……ここで、勝てるんだ!」

 

 僕の言葉に、広間の全員が顔を上げた。

 そこにはもう、死を待つだけの絶望はない。燃え上がるような戦意と、希望の光が宿っている。

 

「バルバラ! ……逃げるのはナシだ! ここで迎え撃つぞ!」

「へッ! そうこなくっちゃなぁ! アタシらの斧が錆びつかなくて済むってもんだ!」

 

 バルバラが獰猛な笑みを浮かべ、斧を肩に担ぎ直した。

 

「ルイーズ。……君の剣が必要だ。もう一度、力を貸してくれるか?」

「愚問です、エヴ様! 貴方が戦うというなら、私は最後の一兵になっても剣を振るいます! ……ラウラ様の仇、必ずや討ち果たしましょう!」

 

 ルイーズの瞳に、復讐と忠義の炎が戻る。

 

「使者殿。……ゾーラ伯爵に伝えてくれ。」

 

 僕はドラゴニュートの隊長に、真っ直ぐな視線で告げた。

 

「『感謝します。……この御恩は、必ずや逆賊の首と、勝利をもってお返しします』と。」

「承知いたしました。……我が軍は到着次第、ブレスダン南部に布陣し、マドゥワス卿の指揮下に入ります。ご命令を。」

 

 隊長は兜を被り直し、最敬礼を送った。 

 僕は、喪章を巻いた左腕を強く握りしめる。

 母上。

 貴女が遺してくれた縁が、今、最強の盾となって僕たちを支えてくれています。

 泣くのは終わりだ。

 ここからは、マドゥワスの反撃の時間だ。

 我らを貶め、母を殺し、領地、領民まで踏み潰そうとする彼らに誅する時。

 

「……総員、戦闘配置!」

 

 僕の号令が、屋敷を震わせた。

 

「アウグス軍と連携し、領内の防衛線を構築せよ! 敵は我々を孤立無援の弱者だと思って油断している。……その慢心を、喉元から食い破ってやるぞ!」

「「「オオオォォォッ!!」」」

 

 鬨の声が上がる。

 外の吹雪は激しさを増しているが、それはもはや、僕たちを閉ざす壁ではない。

 敵を阻み、僕たちを守る「白銀の城壁」だ。

 こうして、絶望の淵にあったマドゥワス領は、北の盟友を得て蘇った。

 ただ耐えるだけの冬は終わった。

 これより始まるのは、奪われたものを取り戻し、国を蝕む毒牙を砕くための、正義の戦争だ。

 

 愚かなる反逆者共に死を。

 不義理な者共に鉄槌を。

 我ら真に王国を愛する騎士なり。

 

 

 ☆

 

 

 

 雪を踏みしめる蹄の音が、重く、鈍く響き渡る。

 ブレスダン領の南部。タラル村へと続く街道は、降り積もった新雪に覆われ、進軍を阻む白い泥沼と化していた。

 

「……寒いな。」

 

 僕は愛馬オニキスの首筋を撫でながら、吐く息を白く濁らせた。

 寒さのせいだけではない。体の芯から震えが来るのは、これから向かう先に待つ「未来」への緊張からだ。

 僕の背後に続くのは、マドゥワス騎士団と、バルバラ率いる『赤錆の風』傭兵団。

 頼もしい騎士団の双璧、その片割れたるネリーは未だ昏睡状態から回復せず、マドゥワスの屋敷にいるが……。

 

 総勢、およそ百三十名。

 個々の武勇は一騎当千だが、軍隊として見ればあまりに心許ない数だ。

 対して、王都から迫りくる討伐隊は、正規軍を含めた数千の規模と予想されている。

 

「エヴ様。……顔色が優れませんね。」

 

 隣を並走するルイーズが、心配そうに覗き込んでくる。

 彼女もまた、包帯を巻いた痛々しい姿だが、その瞳に宿る闘志は衰えていない。

 

「大丈夫だ。……ただ、少し考え事をしていただけだよ。」

 

 僕は強がって見せた。

 ゾーラ伯爵からの書状には、『援軍を送る』とあった。

 カステ領の全戦力、そして近隣諸侯との連合軍。

 総勢五千。

 文字で見れば圧倒的な数字だ。

 だが、本当に来るのだろうか?

 あの雪深いカステ高原を越え、こんな辺境の地まで、それだけの大軍が間に合うのだろうか?

 

 もし、到着が遅れれば。あるいは、途中で帝国軍の妨害に遭っていれば。

 僕たちはこの百三十名だけで、討伐隊の波に飲み込まれることになる。

 

「……旦那。ビビってんのかい?」

 

 反対側から、バルバラがニカっと笑いかけてきた。

 彼女は雪の中だというのに、相変わらず露出度の高い軽装鎧で、巨大な戦斧を肩に担いでいる。

 

「まさか。……武者震いさ。」

「ハッ! 言うようになったねぇ。……ま、安心しな。もしアウグスの援軍が来なくても、アタシらが死ぬ気で暴れて、あんただけは逃がしてやるよ。」

「それは困るな。……僕は、勝つためにここにいるんだ。」

 

 軽口を叩き合いながらも、バルバラの目も油断なく周囲を警戒しているのが分かる。

 彼女もまた、プロの傭兵だ。援軍という不確定要素をアテにしすぎることの危うさを理解している。

 

「ガウッ! ……アグリム! ニオイ、スル!」

 

 懐のアグニが、不意に顔を出して叫んだ。

 彼女の鼻が、風上――進行方向の丘の向こうを捉えている。

 

「敵か?」

「 ……テツ、ウマ、ヒト……イッパイ、イル!!」

 

 いっぱい。

 その言葉に、全軍に緊張が走った。

 敵の先遣隊か、それとも――。

 

「……丘を越えるぞ。総員、警戒せよ!」

 

 僕はオニキスの腹を蹴った。

 雪煙を上げ、なだらかな丘陵を駆け上がる。

 視界が開ける。

 タラル村近郊の平原が、眼下に広がる。

 そして、僕たちは息を呑んだ。

 

「…………こ、これは……。」

 

 言葉が出なかった。

 そこにあったのは、雪原を埋め尽くす「鉄の海」だった。

 整然と並ぶ無数の天幕。

 焚き火の煙が、幾筋もの柱となって空へ立ち昇っている。

 雪を踏みしめる数千の兵士たちが蟻のように蠢き、陣地を構築し、槍の穂先が冬の弱い陽光を反射して、星の海のように煌めいている。

 

 五千。

 いや、それ以上かもしれない。

 僕が想像していた「援軍」の規模を、遥かに超える光景がそこにあった。

 

「……ハハッ見ろよ、旦那。」

 

 バルバラが、呆れたような、それでいて歓喜に震える声で指差した。

 陣地の中央。最も巨大な天幕の上に翻る、巨大な旗印。

 黒地に描かれた、咆哮する二つの頭を持つ竜。

 アウグス家の紋章――『双頭の竜』だ。

 さらにその周囲には、見たことのない紋章旗が無数にはためいている。

 

 剣と盾、獅子、大鷲……。

 それは、ブレスダンやカステ領にほど近い、保守派の諸侯たちの旗印。

 

「……本当だったんだ。」

 

 目頭が熱くなるのを感じた。

 ゾーラ伯爵の言葉に嘘はなかった。

 彼女は本当に、カステ領の全力を、そして彼女の人脈で動かせる全ての力を動員して、この地に駆けつけてくれたのだ。

 

「すげぇ数だ……。これなら、王都の軍とも正面から殴り合えるぜ。」

「ええ。……これほどの軍勢、壮観ですね。」

 

 バルバラとルイーズも、安堵と興奮を隠せない様子だ。

 孤立無援の戦いではなかった。

 僕たちの背後には、これほど頼もしい「壁」があったとは。

 

「……行こう。味方が待っている。」

 

 僕は手綱を引き、丘を下り始めた。

 恐怖は消えた。

 あるのは、これから始まる反撃への、静かな闘志だけ。

 僕たち百三十名の小隊は、五千の大軍が待つ平原へと、ゆっくりと吸い込まれていった。

 

 

 ☆

 

 

 アウグス家の陣地へと足を踏み入れた僕たちを包んだのは、濃密な戦場の空気だった。

 焚き火の爆ぜる音、鎧が擦れ合う金属音、そして数千の兵士たちが放つ熱気。

 雪原の寒さなど微塵も感じさせない、ピリついた、しかし頼もしい空気がそこにはあった。

 

「……すげぇ数だ。こいつら全員、味方なのかい?」

 

 バルバラが口笛を吹き、周囲を見回す。

 彼女の部下である傭兵たちも、正規軍の規律正しさと装備の良さに圧倒されつつも、「へっ、負けてらんねえな」と闘志を燃やしている。

 

 僕たちが進む先、兵士たちの壁が左右に割れ、一本の道が出来ていた。

 その道を、愛馬オニキスと共に進む。

 突き刺さるような視線の雨。

 カステ領の騎士、近隣諸侯の私兵、そして徴集された民兵たち。彼女たちの視線は、全て僕――エヴァン・クロード・マドゥワスに注がれていた。

 

「おい、見ろよ。あれが噂の……」

「マドゥワス家の若様か? 男だっていうのに、なんて体だ……」

「顔も腕も傷だらけじゃないか。……野盗の頭を一騎打ちで倒したってのも嘘じゃなさそうだな?」

 

 囁き声が波紋のように広がる。

 そこにあるのは、かつて僕に向けられていた「侮蔑」や「憐れみ」ではない。

 異質なものを見る驚きと、そして「ラウラの息子」という血統への期待、あるいは一人の戦士に対する畏敬の念だ。

 僕は背筋を伸ばし、堂々とその視線を受け止めた。

 ここで目を逸らせば、マドゥワスの名折れだ。

 

「ガウッ! アグリム! ……ココ、ツヨイ奴、イッパイ!」

 

 懐のアグニが、興奮した様子で鼻をヒクつかせた。

 彼女にとって、この張り詰めた空気は心地よいものらしい。

 

「ああ。……みんな、僕たちの味方だ。」

「ミカタ! ……ヨシ! ワタシ、マケナイ!」

 

 アグニが虚空に向かってシャドーボクシングを始め、周囲の兵士たちが「な、なんだあの生き物は……?」とどよめく。

 ………………まあ、和んだから良しとしよう。

 

 ☆

 

 

 陣地の中央。

 一際巨大な、黒い天幕が見えてきた。

 入り口には『双頭の竜』の紋章旗が掲げられ、完全武装した近衛騎士たちが警護を固めている。

 あそこが、本陣だ。

 

「……バルバラ、ルイーズ」

 

 僕は馬を止め、振り返った。

 

「君たちは部隊を率いて、指定された場所に野営地を作ってくれ。兵を休ませ、食事を摂らせるんだ」

「旦那は?」

「僕は挨拶に行ってくる。……総大将を、待たせるわけにはいかないからね。」

「承知いたしました、エヴ様。……くれぐれも、お気をつけて。」

 

 ルイーズが不安げに、しかし信頼を込めて敬礼する。

 ネリーとアグニを連れ、僕は天幕の入り口へと向かった。

 

 

 ☆

 

 

 警護の騎士が、無言で天幕の入り口を開ける。

 中に入った瞬間、むせ返るような熱気と、重厚な威圧感が肌を叩いた。

 広い天幕の中央には、巨大な作戦机が置かれ、その上には周辺地域の地図が広げられている。

 そして、それを囲むようにして座る、数名の人物たち。

 上座に座るのは、黒鉄の鎧を纏った巨躯の女傑――ゾーラ・フォン・アウグス伯爵。

 その鋭い黄金色の瞳が、入ってきた僕を射抜く。

 彼女の周囲には、それぞれ異なる紋章を身につけた貴族たちが並んでいた。

 右手に座る、白髪の老騎士。

 左手に座る、神経質そうな眼鏡の女性。

 さらにその奥に、歴戦の傷を持つオーク族の偉丈婦。

 彼女たちの視線が一斉に僕に集中する。

 

 値踏みするような目。懐かしむような目。そして、期待するような目。

 様々な思惑が渦巻く、古狸たちの円卓。

 だが、共通している意志が一つだけある。

 それは、今の王都――グルーゲル子爵たちが支配する新体制への、明確な「NO」だ。

 

「……到着したか。」

 

 ゾーラ伯爵が、重々しく口を開いた。

 彼女はゆっくりと椅子から立ち上がり、机に手をついて身を乗り出した。

 その口元が、凶悪なまでにニヤリと歪む。

 

「待っていたぞ。……王殺しの大罪人、『逆賊』エヴァン・クロード・マドゥワスよ。」

 

 逆賊。

 その言葉が、天幕の中に重く響いた。

 普通なら、罵倒と受け取るべき言葉だ。

 だが、彼女の声には、隠しきれない愉悦と、歓迎の響きが含まれていた。

 腐敗した国家に牙を剥くことを選んだ者同士の、歪んだ連帯感。

 僕は一歩前に進み出ると、不敵に笑い返した。

 今の僕に、恐れるものはない。

 

「お待たせしました、総大将閣下。マドゥワス領ブレスダンが当主、エヴァン・クロード・マドゥワス……その『逆賊』の汚名を雪ぎに参りました。」

「ハッ! 良い面構えだ。……北の塔でメソメソしていた小僧とは、別人のようだな。」

 

 ゾーラ伯爵が満足げに鼻を鳴らすと、周囲の貴族たちからも感嘆の声が漏れた。

 

「ほぅ……。あれがラウラの息子か。」

 

 白髪の老騎士が、しみじみと呟いた。

 彼女の胸には、古い従軍記章が輝いている。かつての戦争で、母上と共に戦った戦友なのだろう。

 

「噂以上の偉丈夫だ。……傷だらけの腕、鍛え上げられた肉体。……まさに、あの母親譲りの『武人』の魂を感じさせてくれる。」

「ええ。……それに、あのグルーゲルに喧嘩を売る度胸。気に入りましたわ。」

 

 眼鏡の女性、近隣の子爵だろうか?

 妙齢の女性は扇子で口元を隠しながら冷ややかに笑う。

 

「あのような成り上がりが、王都でデカい顔をしているのが我慢ならなかったのです。……ラウラ殿は尊敬できる方でしたわ。マドゥワス家が旗頭になるというのなら、喜んで力を貸しましょう。」

 

 ここにいるのは、正義の味方ではないかもしれない。

 ある者は過去の縁で。ある者は現在の不満で。ある者は政治的な計算で。

 それぞれの思惑を持って、ここに集った「反逆者」たちだ。

 だが、目的は一つ。

 腐った王都を叩き潰し、この国をあるべき姿に戻すこと。

 

「……感謝します、皆様。……母、ラウラ・マドゥワスに代わり、この場を借りて御礼申し上げます。」

 

 僕が深く頭を下げると、ゾーラ伯爵が手を振った。

 

「礼には及ばん。……我々は、我々の誇りのために戦うだけだ。」

 

 張り詰めた空気が少しだけ緩んだ、その時だった。

 

「ガウッ……。」

 

 僕の腰元から、アグニが顔を出した。

 彼女は物珍しそうにキョロキョロと周囲を見回していたが、その視線が一点に釘付けになった。

 ゾーラ伯爵の、背後だ。

 椅子に座った伯爵の腰から、太く、立派なドラゴニュートの尻尾が伸びており、それがゆらゆらと動いている。

 

「……トカゲ。」

 

 アグニが、あろうことか総大将に向かって声をかけた。

 天幕内が凍りつく。

 僕も冷や汗が止まらない。

 ダメだよアグニ。

 『トカゲ』は竜の血を引く者と自負するドラゴニュートにとって最悪の侮辱だよ。

 アグニ、相手を選んでくれ。

 アグニ?アグニさん?

 

「……私か?」

 

 ゾーラ伯爵が怪訝な顔でアグニを見下ろす。

 アグニは恐れる様子もなく、伯爵の足元までトコトコと歩み寄ると、その尻尾をペタペタと触り始めた。

 

「ウロコ、キラキラ。……カタソウ。……ツヨイ?」

「……ほう。」

 

 伯爵は怒るどころか、面白そうに目を細めた。

 

「私の鱗に興味があるか、チビ。……これは歴戦の証だ。鋼の剣でも傷一つつかんぞ。」

「オオ! ……アグリムト、オナジ! ツヨイ奴ハ、イイ奴!」

 

 アグニは目を輝かせ、今度は尻尾に抱きついた。

 ゾーラ伯爵の尻尾が、迷惑そうに、しかしどこか優しくアグニをあやすように揺れる。

 

「……ふっ。……ミナも、小さい頃はよくこうして私の尻尾で遊んでいたな。」

 

 伯爵の表情が、ふと緩んだ。

 そこにあるのは、冷徹な武人ではなく、子を愛した一人の母親の顔だった。

 彼女は大きな手で、アグニの頭を不器用に撫でる。

 

「……悪くない。戦場には似合わぬ愛らしさだ。」

「ガウッ! トカゲ、スキ! アグリムノ次ニ、スキ!」

「ハッハッハ! 次点か! まあよい!」

 

 豪快な笑い声が上がり、天幕内の緊張が完全に解けた。

 アグニの無邪気さが、古狸たちの心の壁を取り払ったようだ。

 僕はもう少しでおしっこ漏らす所だった。勘弁してくれ。

 

「……さて。和んだところで、本題に入ろうか。」

 

 ゾーラ伯爵が表情を引き締め、地図を指差した。

 僕も緩みかけた膀胱と気持ちを引き締めて円卓へと歩み寄る。

 そこには、南から迫りくる討伐隊の予想進路が赤い矢印で記されていた。

 

「貴様が持ち帰った情報によれば、敵は正規軍と私兵を合わせて数千。……対する我らは、カステ領と諸侯連合を合わせて五千。数では互角、あるいは此方が上だ。」

「ええ。……相手は王都の装備を持った正規軍です。正面からの衝突は消耗が激しい。」

 

 僕は地図上の、ブレスダン領とカステ領の境界付近を指差した。

 

「しかし、地の利は我にあります。……この冬の寒さ、そして雪。王都の軟弱な兵士たちが、この環境でまともに動けるとは思えません。」

「ククッ……違いない。我らや他の北部諸侯と違い、奴らは雪中行軍の厳しさを知らんだろうからな。」

 

 ゾーラ伯爵が頷く。

 

「我々は、この雪原を味方につける。……ゲリラ戦で敵を疲弊させ、分断し、各個撃破する。バルバラの傭兵団と、土地勘のあるマドゥワス騎士団が鍵となるぞ。」

「お任せください。……このブレスダンの冬がどれほど厳しいか、骨の髄まで教えてやります。」

 

 僕の言葉に、周囲の諸侯たちも力強く頷いた。

 ここにあるのは、寄せ集めの脆さではない。

 共通の敵を前にして結束した、鋼の意志だ。

 

「よし。……始めようか、軍議を。」

 

 ゾーラ伯爵の言葉を合図に、僕たちは机を囲んだ。

 逆賊たちの宴。

 それは、国を救うための、最も危険で、最も熱い反撃の狼煙だった。

 

 外では雪が激しさを増している。

 だが、この天幕の中には、確かな希望の炎が燃え上がっていた。

メインキャラが増えてきたので....みんなの好きなキャラを教えてくれぇ!!!書くわよ〜!!!!

  • ルイーズ・ロンズデール
  • ネリー
  • サーシャ、クロエ、ミリア他騎士団
  • アンドレア殿下
  • ガーベラ
  • アグニ
  • バルバラ
  • 上記以外のキャラクターは感想等で教えてね
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