姫騎士(肉食)共から貞操を守りつつ、僕の騎士道がハードモードすぎる 作:お庭屋さん
夜明け前のタラル平原は、底冷えするような深い霧に包まれていた。
視界は悪く、十メートル先さえも白い闇に溶けている。だが、その霧の中に潜む数千の気配と、肌を刺すような熱気は隠しようもない。
僕の前には、整列した北部諸侯連合軍――総勢五千の兵たちが並んでいる。
ゾーラ・フォン・アウグス伯爵率いる『竜騎士団』の重装歩兵。
近隣諸侯から集まった精鋭部隊。
そして、我がマドゥワス騎士団と、バルバラの傭兵団。
本来なら混成部隊特有の不協和音があってもおかしくないはずだが、今の彼らを支配しているのは、ただ一つの明確な意思だった。
――逆賊討伐。
国を憂い、正義を貫こうとした英雌ラウラを謀殺し、国王陛下を殺し、あまつさえその罪を彼女の息子になすりつけた卑劣姦どもへの、正当なる怒りだ。
「……静粛に!」
霧を切り裂くような鋭い声が響く。
本陣の中央、一段高い演説台の上にゾーラ伯爵が立っている。
彼女は黒鉄のフルプレートメイルに身を包み、兜を脇に抱えている。その顔に刻まれた歴戦の傷跡と、燃えるような黄金の瞳が、松明の明かりを受けて厳かに輝いていた。
「これより我々は、王都より差し向けられた『討伐軍』と激突する!」
彼女の声は、魔法による拡張などなくとも、平原の端まで届くほどの覇気を帯びていた。
「奴らはブレスダンの民を『反乱分子』と呼び、逆賊として処断しに来た。……笑止千万! 真の逆賊はどちらか、この場にいる全員が知っているはずだ!」
伯爵が拳を振り上げる。
「我らが友、ラウラ・マドゥワス卿は、国を守るために戦い、そして散った。彼女が守ろうとしたのは、腐敗した貴族の既得権益ではない! この国の未来と、民の安寧だ! ……その高潔な志を、欲に塗れた豚どもが踏みにじろうとしている!」
オオオォォッ……と、地鳴りのような唸りが兵たちの間から漏れる。
北部の人間にとって、ラウラ母上の名は特別だ。
かつての戦争で王国を支え続けた彼女は、多くの武人にとって憧れであり、誇りだったのだ。
「奴らは数に驕り、油断している。我々を烏合の衆と侮り、まともな偵察すら出していない。……ならば教えてやろう。北の冬がどれほど厳しいか! 誇りを傷つけられた竜の牙が、どれほど深く食い込むか!北部の誇りを!王国の尖兵たる我々の矜恃を!」
伯爵の視線が、演説台の脇に控えていた僕に向けられた。
「……エヴァン・クロード・マドゥワス卿。前へ。」
呼ばれて、僕は一歩進み出た。
五千の視線が一斉に僕に突き刺さる。
かつてなら、その重圧に足が震えていたかもしれない。男である自分が、歴戦の女戦士たちの前に立つことへの引け目もあっただろう。
だが、今は違う。
僕は胸を張り、マドゥワスの……盾と若木の紋章が入ったサーコートを風になびかせて演説台に上がった。
「見よ! 彼こそがラウラ卿の忘れ形見! 母の遺志を継ぎ、泥にまみれて民を救った若き領主だ!」
伯爵が僕の肩に手を置き、力強く宣言する。
「彼は男だ。剣を振るうよりも、愛でられることが良しとされる体だ。……だが! 彼は逃げなかった! 母の死に涙する暇もなく、剣を取り、我々の先頭に立って戦うことを選んだ! この覚悟に、我ら北の武人が応えずして何とする!」
「「「応ッ!!」」」
兵士たちが一斉に槍の石突で地面を叩いた。
ドンッ! という重い音が、心臓を直接叩く。
「マドゥワス卿。……貴公に、一番槍を任せる。」
伯爵が、僕の目を見て静かに、しかし熱く告げた。
「我ら本隊が敵の側面を食い破るための、最初の『穴』を穿て。……貴公のその剣で、復讐の狼煙を上げるのだ。」
「……承知いたしました。」
僕は短く答え、腰の剣に手を添えた。
武者震いが止まらない。恐怖ではない。全身の血液が沸騰するような、高揚感だ。
「総員、抜剣!!」
伯爵の号令と共に、五千の刃が天を突いた。
剣、槍、斧槍、弓、弩、鎚……ありとあらゆる武器が掲げられる。
「我らは逆賊にあらず! 我らこそが正義の剣なり! ……全軍、国を裏切った真の逆賊共を殲滅せよ!!」
「「「ウオオオオオオオオオオオオッ!!!!」」」
夜明け前の空気が、咆哮によって震えた。
霧が揺らぎ、巨大な竜が目覚めたかのように、軍勢が動き出す。
僕は演説台を降り、愛馬オニキスの元へ戻った。
そこには、既に戦闘態勢を整えたルイーズとバルバラたちが待っていた。
「……行こうか。」
僕が跨ると、オニキスはブルルッと鼻を鳴らし、やる気満々といった様子で前足を掻いた。
「エヴ様。……ご命令を。」
ルイーズが『黒鉄のクレイモア』を担ぎ、静かに問う。その碧眼は、凍てつくように冷たく澄んでいた。
「陣形は『蜂矢』。……僕が先頭だ。」
僕は手綱を握り締め、霧の向こう――敵軍がいる南の方角を見据えた。
「僕が道を切り開く。……君たちは、誰一人として僕の背中から遅れるな。」
「御意!!」
マドゥワス騎士団が、バルバラの傭兵団が、そして北部連合軍が動き出す。
静寂は終わった。
覚悟しろよクソッタレ共。
☆
ゾーラ伯爵の激昂の演説から、一刻程。
僕たちは本陣を離れ、タラル平原の深き霧の中へとその身を投じていた。
視界は白い闇に閉ざされている。
前後左右、数メートル先すら定かではない濃霧。
だが、その白濁した世界の底を、僕たちは疾走していた。
蹄が凍土を蹴る重低音だけが、腹の底に響く鼓動のように規則正しく刻まれている。
陣形は『蜂矢』。
鋭角的な三角形の陣。
その後方、矢羽となる部分はゾーラ伯爵率いる北部連合軍の主力部隊が固めている。
そして、敵の脇腹を食い破るための切っ先――最も危険で、最も鋭利な「鏃」の先端にいるのは、僕だ。
愛馬オニキスの背で、僕は手綱を短く握りしめた。
風を切る音が耳元で唸る。
怖いか? と自問。
否。
不思議と心は冷たく凪いでいた。
まるで、嵐の前の湖面のように。
「……重くは、ないかい。」
僕は視線を横に向けずに問いかけた。
並走するのは、副団長のルイーズだ。
彼女の背中には、以前のような優美な装飾が施された大剣はない。あるのは、無骨な鉄の塊だ。
ゾーラ伯爵から譲り受けたであろうその剣は、通常の騎士剣の三倍はある重量級の代物。女性の腕力に優れるこの世界でも、これを軽々と振り回せる者はそう多くはないはずだ。
「……いいえ。」
ルイーズの声は、霧の冷気よりも冷徹だった。
「心地よい重みです。……この重さこそが、今の私の罪の重さであり、そして敵を粉砕するための答えですから。」
チラリと見えた彼女の横顔に、表情はなかった。
かつて僕に向けてくれた、花が咲くような笑顔も、過保護なまでの心配性な顔もない。
ただ、障害物を排除するためだけに研ぎ澄まされた、精密機械のような美しさ。
彼女はこの戦いを、騎士としての誇り高い剣技で戦うつもりはないのだ。その重量に任せ、鎧ごと、盾ごと、敵を叩き潰す。
その悲壮な覚悟が、痛いほどに伝わってくる。
「……そうか。頼りにしているよ。」
「御意。……貴方様の行く手を阻むものは、塵一つ残しません。」
その時、反対側から豪快な笑い声が割って入った。
「ハハハ! 随分と物騒な愛の語らいだねぇ! 色男!」
バルバラだ。
彼女は愛用の戦斧を片手でくるくると回しながら、軽々と馬を寄せてきた。
『赤錆の風』の傭兵たちもまた、隊列の側面を固めるように展開している。彼女たちの装備は不揃いだが、放たれる殺気は歴戦のそれだ。
「悪いがね、一番槍の功名、騎士様たちだけに独占させる気はないよ? アタシらだって、売られた喧嘩は倍にして買わなきゃ商売あがったりなんでね。」
「はは、手厳しいな。……でも、助かるよ。君たちが横を抑えてくれれば、僕は前だけを見ていられる。」
「任せな! その代わり……終わったら、とびきりの酒と、熱い抱擁を期待してるよ?」
バルバラがウインクを飛ばす。
そのふざけた態度に、少しだけ肩の力が抜けた気がした。
「……エヴ様。そろそろです。」
ルイーズの低い声が届いた。
彼女の言葉通り、前方の霧が微かに揺らぎ始めている。
風向きが変わったのだ。
そして、その風に乗って、微かな、しかし確かな「人の気配」が漂ってくる。
油の匂い。馬の体臭。そして、弛緩しきった話し声。
敵だ。
討伐軍の先鋒部隊。
奴らはまだ、こちらの接近に気づいていない。
霧という天然の帳の中で、自分たちが狩られる側になったことすら知らずに、のうのうと行軍しているのだ。
僕は腰の剣をゆっくりと抜き放った。
母上から譲り受けた、形見のロングソード。
その刀身が、冷たい空気に触れて、キン……と微かな音を立てる。
それに呼応するように、ルイーズが黒鉄の剣を構える。
バルバラが斧を舐める。
アグニが、喉の奥で獣の唸り声を上げる。
マドゥワス騎士団、二十八騎。
赤錆の風傭兵団、百名。
そして、ゾーラ伯爵率いる北部連合軍、五千。
全ての殺意が、僕という一点に収束していく。
心臓が早鐘を打ち、全身の筋肉が熱く膨張する。
魔力が血管を駆け巡り、感覚が極限まで研ぎ澄まされていく。
霧の向こうに、敵の旗印がぼんやりと浮かび上がった。
距離、およそ三百メートル。
射程圏内。
僕は大きく息を吸い込み、そして――その時を待った。
静寂が終わる。
復讐の宴が、幕を開ける。
☆
タラル平原に立ち込める濃霧の中、王都から派遣された討伐軍の先鋒部隊は、気の抜けたような弛緩した空気に包まれていた。
焚き火を囲む兵士たちの手には、武器ではなく、温かいコーヒーの入ったマグカップや、朝食代わりの携帯口糧が握られている。
「あーあ。寒くて指が動かないよ。なんでアタシらがこんな田舎まで出張らなきゃなんないのかねぇ。」
一人の兵士が、カップから立ち上る湯気に顔を埋めながら愚痴をこぼした。
彼女が身につけているのは、真新しい王国の制式鎧。だが、その着こなしはだらしなく、兜は地面に放り出されている。
「違いない。相手はあの『お飾り領主』の反乱軍だろ? 女爵が死んで、ヒステリーを起こした息子が率いてるだけのカカシ集団じゃないか。」
「ハハッ! 聞いた話じゃ、その息子ってのがなかなかの美形らしいよ? ほら、以前帝都に人質に取られた時の……あのアンドレア殿下が目をかけていたっていう。」
「へぇ……そいつは楽しみだね。生け捕りにして、アタシらの慰み者にしてやろうか。」
「いいねぇ! 戦争の後の男は格別だからね!」
下卑た笑い声が霧の中に響く。
彼女たちにとって、この戦いは「戦争」ですらなかった。
圧倒的な兵力差。正規軍という権威。そして、相手は指揮官を失った烏合の衆。
負ける要素など万に一つもない――そう信じ込んでいた。
陣形は『長蛇』。
敵を包囲し、逃げ場をなくしてなぶり殺しにするための陣形だ。
だが、その隊列は横に間延びし、中央の守りはスカスカだった。偵察すら録に出していない彼女たちは、自分たちが狩られる側になる可能性など、微塵も考えていなかったのだ。
「……ん?」
ふと、談笑していた兵士の一人が眉をひそめた。
地面に置いてあったマグカップの中のコーヒーが、微かに波紋を描いていたからだ。
ゆらり。ゆらり。
「おい、地震か?」
「まさか。この辺りで地震なんて聞いたことないよ。」
「……いや、待て。」
小隊長格の兵士が立ち上がり、怪訝な顔で霧の向こう――北の方角を睨んだ。
ズズ……ズズズ……。
最初は、風の音かと思った。
あるいは、遠雷か。
だが、その重低音は不規則な自然音ではなく、明確なリズムを刻んで、急速に、そして確実にこちらへ近づいてきていた。
「……蹄の音?」
「味方の騎兵隊か? いや、本隊はまだ後方にいるはずだぞ。」
「じゃあ、なんだってんだよ。……おい、なんかヤバくないか?」
兵士たちの間に、さざ波のように不安が広がっていく。
音は、もはや「地響き」と呼べるレベルにまで膨れ上がっていた。
地面が小刻みに震え、積み上げてあった武器の山がガシャンと崩れる。
そして。
「……来るぞッ!! 何かが来る!!」
誰かが悲鳴のような声を上げた、その瞬間だった。
突如として突風が吹き荒れ、視界を遮っていた濃霧が暴力的に引き裂かれる。
白い帳が晴れたその向こう。
兵士たちの網膜に焼き付いたのは、現実とは思えない光景だった。
「――なッ!?」
眼前に迫っていたのは、黒い死神の群れ。
先頭を駆けるのは、漆黒の駿馬に跨った一人の騎士。
噂に聞いた「お飾り」の美貌など微塵もない。
返り血のように赤いマドゥワスの紋章を胸に、修羅の如き形相で剣を構える、美しくも恐ろしい男。
その隣には、身の丈ほどもある黒鉄の大剣を軽々と掲げた、金髪の鬼神。
さらにその横には、凶悪な戦斧を振り回し、狂ったように笑う赤髪の女傑。
彼女たちの背後には、殺意の塊となった騎馬隊と、獣のような傭兵たちが、雪崩のように押し寄せていた。
「て、敵襲ゥゥゥッ!!」
「馬鹿なッ!? いつの間にこんな距離まで!!」
「ヒッ……!? か、構えろ! 槍を……!」
遅い。
あまりにも、遅すぎた。
彼女たちが慌てて武器を拾おうとした時には、もう死神の鎌は首元にまで迫っていた。
先頭の男――エヴァン・クロード・マドゥワスが、裂帛の気合と共に剣を振り下ろす。
その声は、タラル平原の空気を震わせ、敵軍の鼓膜を、そして心臓を鷲掴みにした。
「――マドゥワス騎士団、かかれェッ!!!」
「「「オオオオオオオオオオオッ!!!!」」」
物理的な衝撃音が、戦場に轟いた。
それは戦いではない。
巨大な質量を持った鉄の楔が、腐りきった肉を粉砕する音だった。
悲鳴を上げる暇すらなかった。
最前列にいた兵士たちは、盾ごと、鎧ごと吹き飛ばされ、宙を舞う瓦礫の一部と化した。
復讐の鏃が、今、敵の脇腹に深々と突き刺さったのだ。
メインキャラが増えてきたので....みんなの好きなキャラを教えてくれぇ!!!書くわよ〜!!!!
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ルイーズ・ロンズデール
-
ネリー
-
サーシャ、クロエ、ミリア他騎士団
-
アンドレア殿下
-
ガーベラ
-
アグニ
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バルバラ
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上記以外のキャラクターは感想等で教えてね