姫騎士(肉食)共から貞操を守りつつ、僕の騎士道がハードモードすぎる   作:お庭屋さん

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シリアス続いててすみません。
そろそろコメディ要素入れたいんですけど、物語の流れ的にちょっと難しいです...。


第53話:タラルの戦い Ⅲ

 カラン、と乾いた音が、雪原の喧騒の中で奇妙なほど鮮明に響いた。

 それは、敵兵の一人が恐怖に耐えきれず、手にした剣を取り落とした音だった。

 その小さな音を合図にしたかのように、張り詰めていた糸がプツリと切れた。

 

「……あ、ああ……。」

「隊長が……死んだ……?」

「嘘だ! 鉄壁の重装歩兵団が、あんな……あんな一撃で!?」

 

 主力部隊の指揮官が、ルイーズの一撃によって肉塊へと変えられた光景。

 それは、王都から派遣された正規軍兵士たちの心をへし折るには十分すぎるほどの絶望だった。

 絶対の自信を持っていた「権威」と「武力」が、田舎の小娘一人に粉々にされたのだ。

 

「ひ、ひぃぃッ!!」

「逃げろ! 殺される! ここにいたら殺されるッ!」

「お父さぁぁぁんッ!!」

 

 誰かが背中を見せた瞬間、それは雪崩となって伝播した。

 恐怖とは伝染する物。

 本来であれば、恐慌状態にならぬよう鼓舞するのが指揮官の役目のひとつであるが、その指揮官は既にミンチになっている。

 

 我先にと踵を返し、武器を捨て、盾を放り出して逃げ惑う兵士たち。

 もはや軍隊ではない。ただの怯えきった羊の群れだ。

 今まで散々、僕たちを「逆賊」「田舎者」と嘲笑っていた彼女たちの顔は、恐怖と鼻水でぐしゃぐしゃに濡れている。

 だが、逃げ場などどこにもなかった。

 

「――逃がすなッ!! 一匹たりともここから出すな!!」

 

 戦場の左右から、地鳴りのような蹄の音が迫る。

 ゾーラ伯爵が展開していた北部諸侯連合軍の両翼が、巨大な竜の顎のように閉じたのだ。

 

 右からは屈強な騎馬隊が、左からは槍を構えた歩兵隊が。

 完璧なタイミングで包囲網が完成し、逃げようとした敵兵たちを次々と槍の餌食にしていく。

 

「あ、ああっ!? こっちからも来る!?」

「囲まれてる! 出られない!」

「降伏! 降伏します! だから助け……ギャアアッ!!」

 

 慈悲を乞う声は、無慈悲な怒号にかき消された。

 北部の兵士たちにとっても、この戦いはただの防衛戦ではない。かつては憎み、しかして敬愛するラウラ・マドゥワスを殺された弔い合戦なのだ。

 敵に情けをかける理由など、どこにもない。

 

「ヒャハハハハッ!! おいおい、どうしたんだい王都のエリート様たちは!!」

 

 戦場の中央では、バルバラが狂喜の声を上げていた。

 彼女は逃げ惑う敵兵の背中に戦斧を叩き込み、返り血を浴びて嗤っている。

 

「背中を見せるたぁ、いい度胸だねぇ! アタシら傭兵だって、金貰ってる以上はもう少しマシな働きをするよ!?」

「お頭! こっちの連中、剣も抜かずにションベン漏らしてやがります!」

「傑作だねぇ! その高そうな鎧、剥ぎ取って市場に流してやりな! 中身はいらねぇ、雪の肥料にしてやりなッ!!」

 

 『赤錆の風』の傭兵たちが、ハイエナのように敵に喰らいつく。

 戦意を喪失した敵を一方的に狩るその光景は、凄惨を極めた。

 だが、そんな光景を目の当たりにしても僕の心は驚くほど冷えていた。

 目の前で繰り広げられる虐殺を見ても、胸が痛まないどころか、むしろ当然の報いだという冷徹な感情だけがそこにあった。

 

「……エヴ様。」

 

 隣に並ぶルイーズが、静かに声をかける。

 彼女の全身は返り血で赤く染まり、手にした黒鉄の大剣からはドロリと血が滴り落ちている。

 だが、その碧眼は澄み渡り、一点だけを見据えていた。

 

「道は、開けました。」

「……ああ。」

 

 僕の視線の先――混乱する戦場の最奥。

 そこには、一際豪奢な天幕が張られた敵の本陣があった。

 周囲を守っていた兵士たちは逃げ出し、あるいは討ち取られ、今は無防備に近い状態でそこにある。

 あの中に、いる。

 このふざけた「討伐隊」を率い、母上を殺し、我らを侮辱し、僕たちを殺そうとした総大将が。

 グルーゲル子爵の手先となり、欲に目が眩んで人の命を踏みにじった畜生が。

 

「……行こう、ルイーズ。」

 

 僕はオニキスの腹を蹴った。

 雑兵には目もくれない。僕が用があるのは、ただ一人だ。

 一直線に本陣へと駆ける。

 天幕の入り口には、まだ数人の近衛兵が残っていた。彼女たちは震える手で槍を構え、最後の意地を見せようと立ちはだかる。

 

「く、来るな! ここは総大将閣下の……本陣であらせられるぞ!」

「……どけ。」

 

 僕は短く告げ、速度を緩めずに突っ込んだ。

 

「ひっ……!」

 

 一人が恐怖で硬直する。

 その隙を見逃すはずがない。

 すれ違いざま、手にした長剣を一閃させる。

 刃は吸い込まれるように喉元を切り裂き、兵士は声もなく崩れ落ちた。

 

「き、貴様ぁッ!!」

 

 残りの二人が左右から突きかかってくるが、僕が剣を振るうまでもなかった。

 黒い暴風が、僕の左右を駆け抜け、ルイーズの大剣が唸りを上げる。

 二人の近衛兵を鎧ごと吹き飛ばしたのだ。

 もはや、人間が振るう剣技ではない。

 ほぼ攻城兵器の一撃だ。

 吹き飛ばされた兵士たちは天幕の支柱に激突し、ぐしゃり、と嫌な音を立てて動かなくなった。

 

「……邪魔です。」

 

 ルイーズが吐き捨てる。

 天幕への道を遮る者は、もう誰もいない。

 僕は馬を降り、血に濡れた剣を強く握りしめた。

 天幕の中からは、悲鳴のような、あるいは怒鳴り声のような喚き声が聞こえてくる。

 

「……チェックメイトだ。」

 

 僕は天幕の入り口にかかる布を、乱暴に切り裂いた。

 さあ、年貢の納め時。

 その薄汚い顔を、拝ませてもらおうか。

 

 

 ☆

 

 

  切り裂かれた天幕の隙間から、豪奢な空間へと足を踏み入れると、そこには戦場の泥臭さとは無縁の、甘ったるい香水の匂いが充満していた。

 

「ひっ……!?」

 

 天幕の奥で、一人の女が悲鳴を上げて尻餅をついた。

 王都の最新流行であろう派手なドレスを身に纏った、中年の貴族女性。

 彼女の周りには、革袋からこぼれ落ちた金貨や宝石が散乱していた。

 部下が死に、兵が逃げ惑う中で、この女は自分の財産だけを持って逃げようとしていたのだ。

 

「き、貴様……! 無礼だぞ! ここを何処だと心得る!」

 

 女は震える手で自身の胸元を隠しながら、甲高い声で喚いた。

 

「私は王家より正式に任命された討伐軍総大将、マルグリット・ド・ボーヌであるぞ! 逆賊風情が、土足で踏み込んでよい場所ではないわ!」

「……逆賊?」

 

 僕はゆっくりと歩み寄った。

 床に落ちた金貨を、鉄靴で踏み砕く。

 

「陛下を殺し、母上を殺し、罪なき民を蹂躙し、私腹を肥やすために戦争を仕掛けたお前たちが……僕たちを逆賊と呼ぶのか。」

「ひぃッ……!」

「王家の任と言ったな?貴様らは陛下を謀殺するばかりか、その死の後にすら利用しようというのか!!」

 

 僕の全身から放たれる殺気と、こびりついた返り血の臭いに、女の虚勢は一瞬で霧散した。

 彼女はガタガタと歯を鳴らし、床に額をこすりつけるようにして這いつくばった。

 

「ま、待て! 話を聞いてくれ! 金ならある! この袋の金貨、全部やる! だから命だけは……!」

「金だと?」

「そ、そうだ! 足りぬか? 私は名門ボーヌ家の当主だぞ? 王都の屋敷に戻ればその倍はやる!だから………そう!騎士の誉に免じて、どうか……!」

 

 吐き気がした。

 この女は、自分が生き残るためなら、誇りも尊厳も簡単に売り渡すのだ。

 何より、我らの怒りを金で解決しようという腹が許せぬ。

 戦場で甲冑を身につけていない様子を見ると、コイツは恐らく宮廷貴族の文官なのだろう。

 領地のないコイツのその金は一体なんだと思っているのか。

 我ら地方領主が民と共に捻出した血税を。

 

 ――脳裏に、母上の最期がよぎる。

 最後まで国を案じ、騎士としての誇りを貫いて散った、気高く美しい母上。

 その母上を、こんな……こんな醜い豚のような連中が殺したというのか。

 

「……ふざけるなッ!!」

 

 激情が爆発した。

 視界が赤く染まる。理性が焼き切れ、ただ純粋な「殺意」だけが体を支配する。

 

「貴様のような汚物が……騎士を語るな! 息をするな! ここで死んで償えッ!!」

 

 僕は叫び、剣を大きく振り上げた。

 脳天から叩き斬る。

 肉塊に変えてやる。

 慈悲などない。こいつは生かしておいていい存在じゃない。

 女が絶望に顔を歪め、悲鳴を上げる。

 剣が振り下ろされる――その瞬間だった。

 

「――そこまでだ、マドゥワス卿。」

 

 鋼鉄のような硬い感触が、僕の腕を空中で止めた。

 驚いて横を見ると、そこにはいつの間にか天幕に入ってきたゾーラ伯爵が立っており、彼女は片手で僕の手首を掴み、静かな、しかし有無を言わせぬ黄金の瞳で僕を見据えている。

 

「伯爵殿……! 放してください! こいつは……こいつだけは……!」

「殺してどうする。一時の感情に身を任せ、溜飲を下げるか?」

 

 伯爵の声は冷徹だった。

 

「見事な戦いぶりであった。だが、ただ殺すだけでは敵全てを屠ることはできぬ。……こやつを殺すのは容易だ。だが、それは安易な逃げでもある。」

「逃げ……だと?」

「そうだ。殺せば口は閉ざされる。死人は語らん。」

 

 ゾーラ伯爵は、震える敵将を顎でしゃくった。

 

「こやつは小物だ。だが、王都の貴族社会に繋がる生きた情報の糸でもある。誰が黒幕か、どの貴族が加担したか、資金の流れはどうなっているか……。全てを吐かせるのだ。」

 

 伯爵の手が、僕の手首から離れた。

 彼女は試すように、僕を見ている。

 

「もっとその先を見据えよ、エヴァン。貴公は復讐者である前に、マドゥワスの領主であろう? ならば、感情ではなく、損得で動け。……こやつを生かし、情報を絞り尽くすことこそ、真の勝利に繋がるのだ。」

「……ッ。」

 

 僕は奥歯を噛み締めた。

 振り上げた剣が震える。

 今すぐにでもこいつの首を刎ねたい。その衝動が暴れ回る。

 だが……ゾーラ伯爵の言葉は、冷や水を浴びせられたように僕の熱を冷ましていく。

 

 そうだ。

 ここで殺せば、こいつが楽になるだけだ。

 本当に憎むべきは、こいつを操っている背後の黒幕、グルーゲル子爵たちだ。

 奴らを追い詰めるためには、感情に任せた殺戮ではなく、冷徹な「政治」が必要なのだ。

 

「……ふぅーッ……。」

 

 僕は長く、熱い息を吐き出し、ゆっくりと剣を収めた。

 

「……感謝します、ゾーラ伯爵様。……貴女がいなければ、僕はただの獣になるところでした。」

「良い判断だ。それでこそ、ラウラの息子だ。」

 

 伯爵が微かに口角を上げて頷いた。 

 僕は改めて、床に這いつくばる女を見下ろした。

 殺意はないと言ったら嘘になる。しかし、それより脳を支配し始めたのは道具を扱うような冷たい計算だけだ。

 

「……拾った命だ。精々感謝しろ。」

「あ、ああ……! ありがと……」

「だが、楽に死ねると思うなよ。……貴様が知っていること、その汚い腹の中にあるもの、全てを吐き出してもらう。」

 

 僕の言葉に、女の顔から安堵が消え、代わりに底知れぬ恐怖が張り付いた。

 ただ虜囚となるだけと勘違いした間抜け面に蹴りを入れ、マルグリッドと名乗った女の歯がいくつか天幕の外へ飛んで行った。

 

 

 ☆

 

 

「――立て。この売国奴が。」

 

 ルイーズが冷徹な声と共に、敵の総大将マルグリットの腕を乱暴に引き上げた。

 彼女の手には、荷物を縛るための荒縄が握られている。

 貴族の当主であるマルグリットにとって、後ろ手に縛られ、罪人のように引き立てられることは、死にも勝る屈辱だろう。だが、今の彼女に抗う気力は残っていなかった。

 

「あ……うう……。」

「感謝しなさい。エヴ様のご慈悲で、貴女のその首はまだ胴体と繋がっています。……今のところは、ですが。」

 

 ルイーズは碧眼を細め、マルグリットの耳元で囁く。

 

「これから貴女には、知っていること全てを話していただきます。王都の情勢、グルーゲル子爵の計画、関わった貴族の名前……。もし一つでも嘘があれば、その時は私が貴女を『処理』します。」

「ひっ……!」

 

 マルグリットが青ざめ、ガクガクと震え上がった。

 数多の兵を粉砕した鬼神に睨まれれば、生きた心地もしないだろう。彼女は完全に心を折られ、ただの従順な「情報源」と成り果てていた。

 

「……行こう。」

 

 僕は踵を返し、天幕の入り口へと向かった。

 ゾーラ伯爵が、無言で僕の背中についてくる。

 その足音は頼もしく、同時に僕に「指導者としての振る舞い」を無言で促しているようでもあった。

 天幕の外に出ると、そこには静寂が広がっていた。

 

 戦いは終わっていた。

 逃げ場を失った敵兵たちは全員が武器を捨て、両手を挙げて降伏していた。

 雪原は赤く染まり、無数の死体が転がっているが、立っているのは味方だけだ。

 

 マドゥワス騎士団の騎士たち。

 バルバラ率いる『赤錆の風』の傭兵たち。

 そして、ゾーラ伯爵の北部連合軍。

 数千の瞳が、一斉に僕に向けられる。

 その視線には、期待と、興奮と、そして敬意が宿っていた。

 かつて「お飾り領主」と陰口を叩かれていた頃の、侮蔑の色はどこにもない。

 

「……皆、聞けェッ!!」

 

 僕は大きく息を吸い込み、腹の底から声を張り上げた。

 魔法による拡声など必要ない。今の僕の声は、風に乗って戦場の隅々まで届くはずだ。

 

「敵の総大将は捕らえた! 我々の勝利だ!!」

 

 一瞬の静寂。

 そして、爆発が起きた。

 

「「「ウオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」」」

 

 歓声だ。

 大地を揺るがすほどの、勝利の咆哮。 

 騎士たちが剣を掲げ、傭兵たちが斧を鳴らす。

 抱き合って喜ぶ者、安堵の表情を浮かべ、空を仰ぐ者、そして僕の名を叫ぶ者。

 

「エヴァン様万歳! マドゥワス家万歳!!」

「見たか王都の腰抜け共め! これが北部の意地だぁッ!!」

「やった……! やったよラウラ様……仇を討ったよ……!」

 

 その熱狂の中心で、僕はゆっくりと剣を天に突き上げた。

 マドゥワスの剣が、冬の太陽を浴びて白銀に輝く。

 

 ――見ていますか、母上。

 勝ちました。

 貴女を貶めた連中の先兵を、僕たちは打ち砕きました。 

 隣に立つゾーラ伯爵が、満足げに頷くのが見えた。

 

「見事だ、マドゥワス卿。……これが、貴公の覇道の第一歩だな。」

「ええ。……ですが、あくまで始まりに過ぎません。」

 

 僕は剣を下ろし、歓声に湧く雪原の向こう――遥か南にある王都の方角を睨み据えた。

 今回粉砕したのは、あくまでトカゲの尻尾だ。

 真の敵、グルーゲル子爵と、彼女に加担する腐敗貴族たちは、まだ王都でのうのうと生きている。

 彼らは今頃、討伐軍の勝利を信じて祝杯でも挙げているだろうか。

 

 ……待っていろ。

 

 今にその祝杯を、絶望の味に変えてやる。

 マルグリットという「生きた証拠」を手に入れた僕たちは、もはや「逆賊」として追われるだけの存在ではない。

 真実を暴き、正義を問い直すための「刃」を手に入れたのだ。

 

「……帰ろう、みんな。」

 

 僕は呟き、オニキスの手綱を握った。 

 タラルの戦いは終わった。

 だが、僕たちの復讐劇は、ここからが本番だ。

 

 風が吹き抜ける。

 血と油の匂いを消し去るように、新雪が舞い散る中、僕たちは凱旋の途についた。

 

メインキャラが増えてきたので....みんなの好きなキャラを教えてくれぇ!!!書くわよ〜!!!!

  • ルイーズ・ロンズデール
  • ネリー
  • サーシャ、クロエ、ミリア他騎士団
  • アンドレア殿下
  • ガーベラ
  • アグニ
  • バルバラ
  • 上記以外のキャラクターは感想等で教えてね
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