姫騎士(肉食)共から貞操を守りつつ、僕の騎士道がハードモードすぎる   作:お庭屋さん

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第二章完結です。
次話から第三章が始まりますが、その前に『お待たせ殿下だ余。』を挟みます。


第53話:王国の影

 戦の後の風は、不思議なほど澄んでいた。

 血と油、死の匂いは、タラル平原に降り積もる新雪が覆い隠してくれたようだ。

 

 僕たち北部諸侯連合軍は、マドゥワス領の首府、ダンテ市への帰路についていた。

 行きと違うのは、その隊列の空気だ。

 出陣の際にあった悲壮感や緊張感は消え失せ、兵士たちの顔には誇らしげな笑みが浮かんでいる。

 

「へへッ……見たかよ、あの王都の連中の情けねぇツラ!」

「ああ。我らがゾーラ伯爵と、若きマドゥワス卿の連携、見事だったな。」

 

 兵士たちの雑談が、心地よいBGMのように耳に届く。

 そして、隊列の中ほどには、荷馬車に乗せられた「戦利品」があった。

 後ろ手に縛られ、頭から布を被せられたマルグリット・ド・ボーヌをはじめとする、捕虜となった指揮官たちだ。

 彼女たちは小さく縮こまり、かつての威勢の良さは見る影もない。

 

「……良い顔つきになったな、マドゥワス卿。」

 

 隣を並走するゾーラ伯爵が、兜のバイザーを上げて僕に話しかけてきた。

 その黄金の瞳は、穏やかに細められている。

 

「ありがとうございます、ゾーラ伯爵殿。……ですが、まだ実感が湧きません。僕たちが、あの王都の正規軍を退けたなんて。」

「謙遜するな。貴公の勇気と、北部の結束が勝ち取った必然だ。」

 

 伯爵は前方を顎でしゃくった。

 視線の先には、ダンテ市の城壁が見えてきていた。

 そして――。

 

「「「ウオオオオオオオオオオッ!!!!」」」

 

 城門が開かれた瞬間、地響きのような歓声が僕たちを包み込んだ。

 

「帰ってきた! 我らが英雄の帰還だぞーッ!!」

「マドゥワス万歳! 北部連合万歳!!」

「ありがとう……! 私たちを守ってくれてありがとう!!」

 

 沿道には、溢れんばかりの領民たちが詰めかけていた。

 老人も、子供も、女性も、男性も。

 誰もが顔を紅潮させ、手を振り、声を張り上げている。

 中には感極まって泣き崩れている者や、僕たちの足元に花を投げ入れる者もいた。

 僕は呆然と、その光景を見つめた。

 

 かつて、僕は彼らにどう思われていただろうか。

 ――偉大なラウラ様の、頼りない息子。

 ――お飾りの領主。

 ――男の癖に剣を取った野蛮人。

 

 そんな、諦めや憐れみの視線を感じることばかりだった。

 だが、今は違う。

 彼らの瞳に宿っているのは、熱狂的な「信頼」と「敬愛」。

 僕を、自分たちの命運を託せる指導者として見てくれている。

 

「……っ。」

 

 目頭が熱くなるのを堪え、僕は背筋を伸ばした。

 胸を張らなければならない。

 彼らの笑顔を守ったのは僕たちであり、これからも守り続けるのは僕の義務なのだから。

 

「エヴ様、手をお振りになってください。」

 

 ルイーズが、冷静な声で、しかしどこか誇らしげに囁いた。

 

「貴方様は、これだけの期待を背負ったのです。……それに応えるのが、領主の務めですよ。」

「……ああ。分かっている。」

 

 僕はぎこちなく、しかし精一杯の感謝を込めて手を振り返した。

 それだけで、歓声のボリュームが一段階上がる。

 

「若様ーッ! 抱かせてーッ!」

「ババアァ! 若様が困ってるだろ!」

「いやぁ、男振りが上がったねぇ! お母上そっくりだ!」

 

 口さがない軽口さえも、今は温かい。

 これが、凱旋か。

 母上も、かつてこの景色を見たのだろうか。

 

「ハハ! こいつはいい! 酒が美味くなりそうだねぇ!」

 

 バルバラが豪快に笑い、沿道の男たちに投げキッスを送っている。

 街全体が、勝利の喜びに酔いしれていた。

 やがて、隊列は街の中心部にあるマドゥワス家の本邸へと到着すると、重厚な門が開き、僕たちは屋敷の敷地へと入る。

 喧騒が少し遠のき、張り詰めていた気が緩みそうになるが、まだ仕事は終わっていない。

 

「……さて。表の祭りはこれからが本番だが。」

 

 ゾーラ伯爵が馬を降り、僕の元へ歩み寄ってきた。

 その声のトーンが、政治家としての低いものに変わる。

 

「裏の仕事も忘れるなよ、マドゥワス卿。」

「ええ、承知しています。」

 

 僕は視線を、荷馬車から引きずり下ろされるマルグリットたちに向けた。

 ルイーズが手際よく近衛騎士たちに指示を出し、彼女たちを裏口――地下牢へと続く扉へと連行していく。

 

「……彼女たちには、吐いてもらうことが山ほどありますから。」

「うむ。……だがまずは、祝杯だ。諸侯も待っている。ホストとして、最高の宴を用意してくれ。」

「はい。ダンテの美酒で、皆様をおもてなし致します。」

 

 僕はオニキスから降り、愛馬の首を優しく撫でた。

 よくやってくれた、と労うと「造作もない。」とでも言うようにブルルと鼻を鳴らす彼女。

 頼もしい愛馬の首をもう一度撫でた後、使用人たちに手綱を預ける。

 振り返ると、夕暮れの空に一番星が輝き始めていた。

 長い一日が終わる。

 だが、この国を再生する本当の戦いは、ここから始まるのだ。

 僕は軍靴の泥を払い、祝宴の待つ屋敷の大広間へと足を踏み入れた。

 

 

 ☆

 

 

 マドゥワス本邸の大広間は、かつてないほどの熱気と興奮に包まれていた。

 天井の蝋燭が煌々と輝き、長いテーブルには湯気を立てる肉料理や、マドゥワス領が誇る年代物のワイン、果実が所狭しと並べられている。

 

「いやはや、マドゥワス卿! あの突撃、実に痛快でしたぞ!」

「王都の軟弱な正規軍どもが、あんな無様に逃げ惑うとは!見ていて胸が空く思いでしたわ!」

 

 顔を赤らめた北部の諸侯たちが、次々と僕の元へやってきてはグラスを掲げる。

 彼女らは皆、一癖も二癖もある武人肌の領主たちだ。

 若輩者の僕をどこか侮っていた節があった彼らが、今は対等な、いや、それ以上の敬意を払って接してくれている。

 

「ありがとうございます。皆様の勇敢な挟撃があったからこその勝利です。」

「はっはっは! 謙遜を! まるでラウラ殿が乗り移ったかのような鬼神の働きでしたぞ!」

 

 宴の席では、バルバラ率いる『赤錆の風』の傭兵たちも、諸侯の騎士たちと肩を組んで飲み明かしている。

 身分や立場の違いを超え、勝利という美酒が全員を一つにしていた。

 その時、広間の中央でゾーラ伯爵がゆっくりと立ち上がった。

 彼女がグラスをスプーンで軽く叩くと、その澄んだ音が広間に響き渡り、喧騒が波が引くように静まった。

 

「――諸君。」

 

 ゾーラ伯爵の声は、戦場での号令とは違う、深く落ち着いた響きを持っていた。

 

「今宵の勝利は、単なる一戦の勝利ではない。長年、王都の中央貴族たちに冷遇され、搾取されてきた我ら北部の誇りを、実力で取り戻した歴史的な瞬間である!」 

「「「おお……ッ!!」」」

 

 諸侯たちの喉から、感嘆の呻きが漏れる。

 

「奴らは我々を逆賊と呼んだ。だが、真に国を想い、民を守るために血を流したのは誰だ? 我々だ! この北の大地こそが、腐敗した王国に残された最後の良心であると、私は断言する!」

 

 伯爵は黄金の瞳を輝かせ、僕を手招きした。

 僕は緊張しながら、彼女の隣に並ぶ。

 

「そして、この勝利の立役者。亡き英雌ラウラの遺志を継ぎ、見事にその牙を研ぎ澄ませた若き狼……エヴァン・クロード・マドゥワス卿に、今一度盛大な拍手を!」

 

 割れんばかりの拍手と喝采が、広間を揺らした。

 それは、僕が名実ともに北部の指導者の一人として認められた瞬間だった。

 単なる同情や血統への敬意ではない。僕自身の力と覚悟が、彼らの心を動かしたのだ。

 

「北部は一つだ! いかなる敵が来ようとも、我らの結束は揺るがない!」

「「「北部連合万歳! ゾーラ伯爵万歳! マドゥワス卿万歳!!」」」

 

 宴の盛り上がりは最高潮に達した。

 誰もが勝利の余韻に浸り、未来への希望を語り合っている。

 だが、僕とゾーラ伯爵の目は、冷静に澄んでいた。

 伯爵がグラスを傾けるふりをして、僕だけに聞こえる声で囁く。

 

「……さて。表の顔はこれで十分だ。」

「はい。」

「主役がいなくなるのは惜しいが、本当の『客』を待たせているからな。」

 

 僕は小さく頷き、近くに控えていた執事に目配せをした。

 執事は心得たように頷き、護衛の騎士たちに合図を送る。

 

 僕は笑顔を貼り付けたまま、酔い潰れたふりをして諸侯たちの輪を離れた。

 ルイーズが影のように寄り添い、僕を支えるふりをして広間の外へと誘導する。

 重厚な扉が閉まると、広間の喧騒が嘘のように遮断された。

 廊下には静寂と冷気が漂っている。

 

「……行こうか。」

「はい、エヴ様。ゾーラ様も、裏口から回られます。」

 

 僕たちは華やかな大広間とは反対方向――屋敷の地下へと続く、石造りの階段へと向かった。

 

 階段を降りるごとに、空気は湿り気を帯び、温度が下がっていく。

 それは、栄光の光が届かない場所。

 だが、この国の腐りきった膿を暴くためには、避けては通れない闇だ。

 隣を歩くゾーラ伯爵のその顔には、先程までの柔和な笑みはない。冷徹な政治家、そして軍略家の顔だ。

 

「酔いは醒めたか、マドゥワス卿。」

「ええ。……ここからが本番ですから。」

 

 僕は襟を正し、地下牢の重い鉄扉を見据えた。

 中から、微かに啜り泣くような声が聞こえる。

 

 英雌としての凱旋も、華やかな祝宴も、すべてはこの瞬間のための前座に過ぎない。

 国の根幹を揺るがす「真実」を聞き出すための、尋問の時間が始まる。 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 地下への階段を降りきる頃には、上の階で響いていた宴の喧騒は、遠い海の底の出来事のように聞こえなくなっていた。

 代わりに耳を打つのは、湿った壁から滴り落ちる水滴の音と、地下牢特有の淀んだ空気の重さだけだ。

 鉄格子の嵌まった重厚な扉を、ルイーズが開く。

 錆びついた蝶番が、悲鳴のような音を立てた。

 

「ひっ……! 許して……もう許して……!」

 

 牢の隅で、豪奢なドレスを泥と汚物にまみれさせたマルグリットが、胎児のように丸まって震えていた。

 彼女のプライドは、ここへ連行されるまでの数時間で、ルイーズによって徹底的に粉砕されていた。物理的な痛みよりも、精神的な恐怖によって。

 

「……随分と小さくなったものだな、総大将殿。」

 

 僕が声をかけると、マルグリットはビクリと肩を跳ねさせ、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。

 

「マ、マドゥワス卿……! 頼む、ここから出してくれ! 私は何も知らない! グルーゲル子爵に言われて、ただ兵を率いただけなんだ!」

「何も知らない、か。」

 

 僕は冷ややかに見下ろした。

 

「王家の代理として正規軍を動かし、母上を殺し、僕の領地を火の海にしようとした人間が……『ただ言われただけ』で済むと思っているのか?」

「そ、それは……!」

「マルグリット。僕が欲しいのは言い訳じゃない。事実だ。」

 

 僕が合図を送ると、ルイーズが無言で一歩踏み出した。

 その手には、何も持っていない。だが、その碧眼の冷たさだけで、マルグリットを悲鳴の縁へと追いやるには十分だった。

 

「待ちたまえ。」

 

 今まで背後で黙って聞いていたゾーラ伯爵が、静かに口を開いた。

 

「マルグリット殿。貴公はボーヌ家の当主だ。王都の情勢に疎いはずがない。……単刀直入に聞こう。今回の『討伐軍』の編成、グルーゲル子爵一人の財力で賄えるものではないな?」

 

 伯爵の鋭い指摘に、マルグリットの視線が泳いだ。

 今回の敵軍は、装備も補給も充実しすぎていた。一地方貴族の私兵団レベルではない。国家規模の予算が動いている証拠だ。

 

「……言えば、命だけは助けてくれるのか?」

「内容次第だ。だが、黙っていれば……ここが貴様の墓場になるだろうよ。私も止める気はないからな。」

 

 マルグリットはガタガタと震えながら、観念したように口を開いた。

 

「……西だ。」

「西?」

「西部の商業連盟……それに、南部の穀倉地帯を牛耳る大地主たちだ。彼らが、グルーゲル子爵を始め、王都の宮廷貴族に莫大な資金と物資を提供している。」

 

 僕とゾーラ伯爵は顔を見合わせた。

 西部と南部。

 それは、この国の経済と食料を支える二大勢力だ。

 

「馬鹿な……。彼らがなぜ、王家の権威を傷つけるような真似を? 彼らとて王国の貴族だろう。」

「ふふ……王国の貴族、か。」

 

 マルグリットが、自嘲気味に笑った。恐怖のあまり、タガが外れたような笑いだ。

 

「彼らはもう、古い王家にうんざりしているのよ! 伝統だの騎士道だの、そんなカビの生えたものよりも……実利を求めている。彼らは『変革』を望んでいるのよ!」

「変革、だと?」

「そうよ! グルーゲル子爵を中心とした『徹底抗戦派』……彼らの目的は、ラウラ・マドゥワスのような『古い忠義の象徴』を排除し、王家を傀儡にして、自分たちが利権を貪れる新しい国を作ること!」

 

 そこまで一気にまくし立てると、彼女は再び咳き込み、うずくまった。

 地下牢に、重苦しい沈黙が落ちた。

 事態は、僕たちが想像していたよりも遥かに深刻だった。

 これは単なる権力争いではない。

 国の根幹――王政そのものを否定し、国を乗っ取ろうとする巨大なクーデターだ。

 

「……なるほどな。」

 

 ゾーラ伯爵が、苦いものを噛み潰したような顔で腕を組んだ。

 

「敵は王都の腐敗貴族だけではない。西の金と、南の食料……それらが全て、我々の敵に回ったということか。」

「……国が、割れますね。」

 

 僕の呟きに、伯爵が重く頷いた。

 

「ああ。これは内乱になる。……いや、下手をすれば、王国が二つに裂ける大戦だ。」

 

 北部と、未だ態度を保留している東部。

 対するは、王都を掌握した徹底抗戦派と、それに結託した西部・南部。

  勢力図が脳裏に浮かぶ。

 それは、この国が血の海に沈む未来図でもあった。

 

「……エヴァン。」

 

 ゾーラ伯爵が、僕の名前を呼ぶ。

 その声には、盟友に対する厳しさと、期待が込められていた。

 

「覚悟を決めろ。タラルの勝利は、あくまで緒戦に過ぎぬ。……我々はこれから、国そのものを相手に戦わねばならん。」

「……望むところです。」

 

 僕は拳を握りしめ、冷たい石壁を見つめた。

 母上は、この国の歪みに気づいていたのだろうか。だからこそ、消されたのか。

 ならば、その歪みを正すのは、生き残った僕の役目だ。

 

「古い王家を守り、正義を貫く『正統なる王国』か……あるいは、欲望に塗れた『新しい国』か。」

 

 僕はマルグリットに背を向け、出口へと歩き出した。

 もう、彼女から聞くべきことは聞いた。あとは、この情報を元に次の一手を打つだけだ。

 

「行きましょう、ゾーラ殿。……上の宴が終われば、忙しくなりますよ。」

「ふっ、違いない。まずは東部の諸侯に書状を送らねばな。」

 

 僕たちは地下牢を後にした。

 階段を上るその足取りは、来る時よりも重く、しかし力強かった。

 外に出れば、まだ宴の明かりが窓から漏れているだろう。

 だが、僕たちの目にはもう、その先に広がる戦乱の嵐が見えていた。

 マドゥワスの若き狼と、北の女傑。

 二人が並んで歩くその背中は、来るべき激動の時代を支える柱のように見えた。

 北の盟約は成った。

 そして、王国史上最大の内乱へのカウントダウンが、静かに始まったのである。

メインキャラが増えてきたので....みんなの好きなキャラを教えてくれぇ!!!書くわよ〜!!!!

  • ルイーズ・ロンズデール
  • ネリー
  • サーシャ、クロエ、ミリア他騎士団
  • アンドレア殿下
  • ガーベラ
  • アグニ
  • バルバラ
  • 上記以外のキャラクターは感想等で教えてね
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