姫騎士(肉食)共から貞操を守りつつ、僕の騎士道がハードモードすぎる   作:お庭屋さん

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ルイーズ視点です。
元の元気いっぱいな肉食系幼馴染副団長に戻る日は遠いかもしれませんね。


第55話(閑話):戦姫の苦悶

 シャッ、シャッ、と。

 規則的な音が、夜の静寂に吸い込まれていく。

 タラル平原に展開した、マドゥワス軍の本陣天幕。

 明日の決戦を前に、兵たちが束の間の休息を貪る中、私は一人、オイルランプの薄明かりの下で剣を研いでいた。

 

 手元にあるのは、騎士が持つにはあまりに無骨で、あまりに巨大な鉄塊。

 北部の鉱山で採れた黒鉄を、名工が鍛え上げた業物――『黒鉄のクレイモア』だ。

 ゾーラ伯爵から譲り受けたこの大剣は、かつて私が愛用していたツヴァイハンダーとは、何もかもが違う。

 装飾も、美しさも、扱いやすささえも削ぎ落とし、ただ「敵を叩き斬る」ことだけに特化した、処刑道具のような武器。

 

「…………。」

 

 砥石を滑らせるたび、ずしりと重い感触が手に残る。

 だが、今の私にはこの重さが心地よかった。

 

 速さは、軽さだ。

 軽さは、脆さだ。

 

 かつての私は、その「速さと軽さ」を技巧と呼び、誇りとしていた。

 だが、その誇りが砕け散った時――私は敬愛する師を、死の淵へと追いやってしまったのだ。

 

 ふと視線を上げると、天幕の奥にある簡易ベッドで、エヴァン様が穏やかな寝息を立てていた。

 無骨な傷の走る寝顔を見ていると、胸の奥が焼けるように熱くなる。

 

 エヴァン・クロード・マドゥワス。

 私の主君であり、私の全て。

 あの日、初めてお会いした日。

 エヴ様は人形遊びや、ままごとに耽る他の男の子達と違い、見習いの剣士が使うような木剣を振り回していた。

 男の癖にと嗤われ、尊厳を無視され、それでも母を想って生きてきた、優しき男性。

 彼が今、こうして北部の諸侯を束ね、数に勝る敵軍を相手に一番槍を担って立っている。

 その成長は眩しく、誇らしい。

 だが同時に、私の心には拭い去れない黒い澱がある。

 

 ……申し訳ございません、エヴ様。

 

 私は心の中で謝罪を繰り返す。

 もし、あの時。

 私がもっと強ければ。

 私の剣が、技巧などに頼らない「絶対的な暴力」であれば。

 あんな風に、貴方様を一人で死地へ向かわせることはなかったはずなのに。

 

 研ぎ澄まされた黒鉄の刃に、私の顔が映り込む。

 そこにあるのは、かつての「副団長のルイーズ」ではない。

 後悔と自責、そして昏い決意を瞳に宿した、ただの「剣」だった。

 

 私の脳裏に、あの忌まわしい夜の記憶が蘇る。

 王城の冷たい石畳。

 鼻をつく血の匂い。

 そして、かつての愛剣が高い悲鳴を上げて砕け散った、あの瞬間が。

 

 

 ☆

 

 

 ――王都脱出の夜。

 私の視界は、常に焦燥感で歪んでいた。

 

「急げ! 陛下が危ない!」

 

 先頭を走るラウラ様のお声が、回廊に響く。

 地下牢から這い上がり、エヴ様とネリー殿を殿に残して駆け上がった離宮の四階。

 

 そこは、既に戦場だった。

 玉の間へと続く長い絨毯張りの回廊。

 その行く手を阻むように、全身を鈍色の甲冑で包んだ重装騎士たちが、壁のように立ちはだかっていた。

 近衛騎士団の中でも、選りすぐりの精鋭たち。

 だが、その鎧には王家の紋章ではなく、グルーゲル子爵派の腕章が巻かれている。

 裏切り者どもだ。

 

「止まれ! ここより先は通さん!」

「どけッ!!」

 

 問答無用。

 ラウラ様が風を纏ったロングソードを一閃させる。

 不可視の鎌いたちが先行し、騎士たちの体勢を崩す。その隙を突いて、私とアグニが飛び込んだ。

 

「シッ!!」

 

 私の愛剣、細身のツヴァイハンダーが唸りを上げる。

 鎧の隙間、関節、視界のスリット。

 針の穴を通すような精密な刺突で、私は確実に敵の命を刈り取っていった。

 速い。鋭い。

 これこそが私の剣。

 どんな堅牢な鎧も、私の技の前では無意味だと思っていた。 

 ――あの一瞬までは。

 

「ハァッ!!」

 

 五人目の騎士を沈め、玉の間の扉まであと数メートルに迫った時だった。

 扉の前を守る、一際巨大な騎士が、ウォーハンマーを振り下ろしてきた。

 回避するスペースはない。

 私は反射的に、剣を斜めに構え、衝撃を受け流そうとし……。

 

 パキィンッ――!!

 耳をつんざくような、甲高い音が回廊に響いた。

 手首に伝わるはずの重みが、ふっと消える。

 

「――え?」

 

 私の視界の中で、愛剣の上半分が宙を舞い、床に突き刺さった。

 

 折れた。

 私の、誇り高き白銀の剣が。

 それは不運などではない。必然だった。

 地下水路での湿気、連戦による刃こぼれ、そして何より……私の「技」が、この連戦の負荷に耐えうるほど洗練されていなかったのだ。

 

 受け流しの角度が甘かった。剣への負担を考慮できていなかった。

 私の未熟さが、金属疲労という形で露呈した瞬間だった。

 

「――死ねぇッ!!」

 

 好機と見た敵兵が、無防備な私に向けて戦鎚を振り上げる。

 防げない。死ぬ。

 死の予感が背筋を凍らせた、その時。

 

「ルイーズッ!!」

 

 ドンッ、と強い衝撃が横から私を突き飛ばした。

 私の代わりにその場に割り込んだのは、ラウラ様だった。

 彼女は咄嗟に剣でハンマーを受け止めたが、体勢が悪すぎた。

 衝撃を殺しきれず、敵の切っ先がラウラ様の肩口を浅く切り裂く。

 

「くっ……!」

「ラウラ様ッ!!」

 

 鮮血が舞う。

 その赤い色が、私の理性を焼き切った。

 

「おのれぇぇぇッ!!」

 

 私は折れた剣を投げ捨て、腰のダガーを引き抜いて敵兵の喉笛に突き立てた。

 だが、代償は大きすぎた。

 攻勢の要であったラウラ様が傷つき、私が武器を失ったことで、私たちの陣形は崩壊した。

 そこへ、通路の奥から新たな増援が殺到する。

 

「押し返せ! 玉の間へ行かせるな!」

 

 敵の圧力に押され、私たちはジリジリと後退を余儀なくされた。

 目前にあったはずの扉が遠ざかる。

 数メートルの距離が、永遠の彼方のように遠い。

 私たちは、登ってきた中央階段とは逆方向――回廊の反対側にある、使用人用の階段付近まで押し込まれてしまった。

 

「はぁ、はぁ……申し訳、ありません……私が、私が不甲斐ないばかりに……!」

 

 悔しさで涙が滲む。

 私が剣を折らなければ。私がラウラ様を庇わせていなければ。

 今頃、陛下のもとへ辿り着いていたはずなのに。

 肩を押さえて荒い息を吐くラウラ様は、しかし私を責めることなく、静かに敵を見据えていた。

 その瞳には、決死の光が宿っていた。

 

「……ルイーズ、アグニ。私の背に掴まれ。」

「ラウラ様……?」

「物理的に突破するのは時間がかかりすぎる。……『あれ』を使う。」

 

 私は息を呑んだ。

 ラウラ様が何をしようとしているのか、察したからだ。

 ラウラ様のみが加護を受けられたと伝わる月光魔術の秘儀。その一つ。

 術者の肉体を光の粒子へと変換し、物理的干渉を無効化して移動する高等魔術。

 だが、それは術者の魔力と生命力を著しく削る、諸刃の剣だ。

 これを使えば、後の脱出に使う余力など残らないかもしれない。

 

「いけません! お怪我をしているのに、そんなことをすれば……!」

「くどい!時間が無いのだ!!」

 

 ラウラ様の一喝に、私は言葉を失った。

 

「あの子が……エヴァンが、私たちを信じて殿を務めている。あの子を死なせるわけにはいかない。そのためなら、私の命など安いもの。」

 

 母としての、そして騎士としての壮絶な覚悟。

 私は自分の無力を呪いながら、震える手でラウラ様の背にしがみついた。

 

「……行くぞ!」

 

 ラウラ様が詠唱を紡ぐと同時に、私たちの身体が青白い光に包まれる。

 肉体の輪郭が崩れ、重力が消える。

 私たちは無数の光の粒子となり、立ち塞がる重装騎士たちの横を、風のようにすり抜けた。

 

「な、なんだ!? 消えた!?」

「魔術か!?」

 

 狼狽する敵兵たちの声を置き去りに、光の束は回廊を一気に駆け抜ける。

 再び玉の間の扉の前へ。

 実体化と同時に、ラウラ様は膝をつきそうになるのを堪え、最後の力を振り絞って掌底を扉に叩きつけた。

 

「――ウォォッ!!」

 

 轟音と共に、重厚な扉が内側へと弾け飛ぶ。

 舞い上がる土煙。

 私たちは転がり込むようにして、玉の間へと突入した。

 

「エヴ様! 陛下!!」

 

 叫びながら、顔を上げる。

 だが、そこで私の目に飛び込んできた光景は――私の心臓を凍りつかせた。

 玉座には、鮮血に濡れて事切れた国王陛下。

 そしてその御前では、無数の敵兵に押さえつけられ、今まさに処刑されようとしているエヴ様の姿があった。

 

「――間に合わなかった。」

 

 絶望という名の氷柱が、胸に突き刺さる。

 私たちが押し返されている間に。

 あの数分、あの数秒の遅れが。

 エヴ様を一人で突入させ、こんな残酷な結末を招いたのだ。

 私が、剣を折ったから。

 私の力が足りなかったから。

 

 

 ☆

 

 

 ――あの日、私の「騎士」としての誇りは死んだ。

 折れたツヴァイハンダーと共に、王都の冷たい石畳の上に捨ててきたのだ。

 

 ふと、指先に冷たい感触が戻る。

 意識が、過去の悔恨から、現在のタラル平原の天幕へと引き戻された。

 目の前には、研ぎ澄まされた『黒鉄のクレイモア』がある。

 ランプの灯りを鈍く反射するその刃は、かつての愛剣のような華美な輝きはない。

 無骨で、黒く、そして何より――圧倒的に分厚い。

 

「……重い。」

 

 私は柄を握り、その鉄塊を持ち上げた。

 ずしりと腕に食い込む重量感。

 だが、今の私には、この重さが何よりの救いだった。

 技巧など、極限の暴力の前では紙屑同然だ。

 華麗な剣技で敵を翻弄しても、鎧一枚抜けなければ意味がない。

 速さで勝っても、武器が折れれば守るべきものを守れない。

 

 あの日、私はその真理を、最も残酷な形で学んだ。

 だから、私はこの剣を選んだ。

 ゾーラ伯爵が率いる重装騎兵の武器庫で、誰もが敬遠するようなこの鉄塊を見た時、私は運命を感じたのだ。

 

 これなら、折れない。

 これなら、鎧ごと叩き潰せる。

 これなら――エヴ様の前に立ち塞がる全ての理不尽を、討ち滅ぼせる。

 

「……ふぅ。」

 

 私は静かに息を吐き、視線をベッドの方へ向けた。

 毛布にくるまって眠る、私の主君。

 あの日、涙を流して無力さを嘆いていた主は、今や数千の兵を率いる指揮官の一人となった。

 エヴ様の心の底は優しい。

 敵将を生け捕りにする慈悲を持ち、味方の死に心を痛めるだろう。

 だが、その優しさは時に刃となって彼自身を傷つけるだろう。

 

 ……だからこそ、私が。

 

 汚れ役は、私が引き受ければいい。

 エヴ様が光の道を歩むなら、私はその影となり、足元に転がる障害を排除する。

 慈悲などいらない。ためらいなどいらない。

 敵対する者は、女であろうと男であろうと、ただの「肉塊」に変える。

 それが、私の新しい在り方だ。

 私は、研ぎ終えたクレイモアの刃に、そっと唇を寄せた。

 冷たい鉄の味がする。それは、血と鉄の味を知る者だけが交わす、沈黙の契約。

 

「――見ていてください、ラウラ様。」

 

 天幕の天井の向こう、星空の彼方にいるであろう亡き英雌に、私は心の中で語りかける。

 

「貴方様が命を賭して守り抜いたこの御方に、何処までも付き従いましょう。例え地獄の底であろうと、エヴ様の障害は私が打ち砕きます。……涙は、もう枯れ果てました。」

 

 私はゆっくりと立ち上がり、巨大な剣を背中の鞘に納めた。

 カチリ、と硬質な音が鳴る。

 それは、明日の戦場へと赴く「処刑人」のスイッチが入る音だった。

 

「これより先、エヴァン・クロード・マドゥワスの敵となる者は――私が全て、この鉄塊で粉砕します。」

 

 天幕の外では、夜明け前の風が吹き始めていた。

 東の空が白む頃、タラルの野は再び血に染まるだろう。

 だが、私の心に迷いはない。

 私の剣は、主の敵を断つためだけに、ここにあるのだから。

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