姫騎士(肉食)共から貞操を守りつつ、僕の騎士道がハードモードすぎる   作:お庭屋さん

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第6話:旅立ち

 翌朝。

 宿屋の安っぽいテーブルに置かれた革袋の重みに、僕は思わず感嘆の声を漏らした。

 

「……重い。色んな意味で。」

 

 昨夜、貞操の危機という名の死線をくぐり抜けて手に入れたアンドレア殿下からの「褒賞」。

 中身を改めて確認してみたが、改めて見ても凄まじい額だ。

 正直、これだけの金貨があれば、故郷の領地で数年は民を飢えさせる事なく暮らせるだろう。

 

「これだけあれば、全員分の馬どころか、荷馬車を新調してもお釣りがくるぞ。路銀の心配も要らないな。」 

「……フン。エヴ様の『体』の値段だと思えば、安いものですけれど。」

「だから! 体は売ってないって言ってるだろう!?」

 

 朝から不機嫌全開のルイーズが、冷めたスープを啜りながら毒づく。

 昨夜、門の前で行われた屈辱的な「身体検査」によって、僕の潔白は証明されたはずなのだが、彼女たちの機嫌は一向に直らない。

 ネリーに至っては、僕が着ていた服を「残り香が不快です。」と言って、厨房の釜にくべて焼却処分してしまったほどだ。お気に入りのチュニックだったのに……。

 

「まぁまぁ、ルイーズ。お陰でこうして、まともな旅支度ができるんですから。……あのメス犬殿下の金を使うのは癪ですが、背に腹は代えられません。」

「ネリーまで……。頼むから、その殺気立ったオーラを消してくれ。これから馬を買いに行くんだから。」

 

 そう。今日の目的は、騎士の足となる「馬」の購入だ。

 徒歩での大陸横断など、苦行でしかない。金があるなら使う。それがスマートな騎士の在り方だ。うん。

 決して、殿下の金で楽をしようという魂胆ではない。……ないはずだ。

 

 

 ☆

 

 

 帝都グラディティアの家畜市場は、朝から活気に満ちている。

 牛や羊の鳴き声、商人たちの怒号、そして干し草と獣の匂い。

 ダウンタウンの殺伐とした空気とはまた違う、生活感溢れる熱気に、僕の足取りも自然と軽くなる。

 

「いらっしゃい! 荷運び用のロバかい? それとも農耕馬?」

 

 声をかけてきたのは、小太りの女性商人だった。

 僕たちの姿、特に武装したルイーズとネリーを見て、上客だと判断したのだろう。

 だが、中央にいる僕を見ると、あからさまに「なんだ、男連れか。」という顔をした。

 

「軍馬を探している。長旅に耐えられる、タフなやつを頼む。」

「軍馬だって? 兄ちゃん、悪いがうちはおままごとの道具は置いてないんだよ。……それに、男がデカい馬に乗るなんて危なっかしいしねぇ。」

「……む?」

 

 商人が鼻で笑いながら言った言葉に、僕のこめかみがピクリと反応する。

 この世界では、男は気品の良い、大人しい乗馬用の馬に乗るのが相場だ。大型の軍馬を御せるのは、力の強い女性騎士だけだと思われている。

 

 ……カチン、と来た。

 僕の中の貴族のプライドが着火する。

 

「金ならある。」

 

 僕は懐から革袋を取り出し、金貨を一枚、親指でピンと弾いた。

 金貨は綺麗な放物線を描き、商人の胸ポケットに吸い込まれるように入る。

 格好つけたものの、褒賞だとは言え、殿下から頂いたお金であるのに変わりは無い。

 「金ならある。(暗黒微笑)」とかダサすぎる。

 一人で悶絶しそうになるのを誤魔化すように、店主へと問い詰める。

 

「この店で一番いい馬を見せてくれ。……暴れ馬でも構わない。」

「へ、へぇ……! 分かったよ、旦那!」

 

 金貨を見た瞬間、商人の態度が180度変わった。現金なものだ。

 案内されたのは、厩舎の最奥。

 そこには、他の馬とは明らかに違うオーラを放つ一頭の馬がいた。

 

「こいつだよ。北方の野生種を捕まえたんだがね、気性が荒すぎて誰も手がつけられないんだ。……正直、処分しようかと思ってたところさ。」

 

 漆黒の毛並み。

 筋骨隆々とした巨体は、通常の軍馬よりも一回り大きい。

 そして何より、檻越しにこちらを睨みつけてくる瞳には、知性と狂暴さが同居していた。

 

「ブルルルッ……!」

「ひっ! ほら、近づくだけでこれだ。悪いことは言わない、他の大人しい栗毛にしときな。」

 

 商人が怯えて下がる中、僕は吸い寄せられるようにその黒馬に近づいた。

 不思議だ。怖いとは思わない。

 むしろ、シンパシーを感じる。この誰にも媚びないという意志の強さ。

 

「……いい目だ。誇り高いんだな、お前。」

 

 僕が手を伸ばすと、黒馬は威嚇するように前脚を高く上げた。

 その蹄が振り下ろされる、その瞬間。

 

「エヴ様!?」

 

 背後でルイーズが悲鳴を上げる。

 だが、僕は一歩も引かず、ただ静かに丹田に力を込め、「気」を放った。

 剣道で培った、相手を制する気迫。殺気ではなく、あくまで「対等な相手」への敬意を込めた圧力。

 この世界で魔力を手にし、更に深みを増した力の1つ。

 

 ――鎮まれ。

 

 声には出さず、魂で語りかける。

 僕の放つ不可視の圧が、厩舎の空気をビリビリと震わせた。

 振り下ろされた蹄が、僕の鼻先数センチでピタリと止まる。

 黒馬の瞳が、僕の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。

 数秒の睨み合い。

 この馬は、僕を値踏みしているのだ。背中に乗せるに値する男かどうかを。

 

 やがて、黒馬は「フンッ」と大きく鼻を鳴らすと、ゆっくりと蹄を下ろし、僕の手のひらに自分の鼻先を押し付けた。

 

「え……嘘だろ? あのグリムコールが懐いた!?」

 

 店主が大袈裟に驚くが、グリムコールってなんだ?

 この馬の品種かなんかかな。

 モンスターじみた名前だけど、魔獣の類じゃなかろうな???

 

 手に押し付けられた鼻から感じる、荒い鼻息がくすぐったい。

 だが、そこには先程までの殺意はなく、代わりに「認めてやる」という王者のごとき尊大さが感じられた。

 

「……ふふ。なんだ、意外と可愛いところがあるじゃないか。」

 

 首筋を撫でてやると、黒馬は気持ちよさそうに目を細める。

 このまま連れて行くなら、名前が必要だ。

 これほどの駿馬だ。呼びやすく、かつ強そうな名前がいい。

 僕の前世の記憶、日本人としての感性が、即座に一つの答えを導き出した。

 

「よし。お前の名前は……見た目が黒いからクロだ。」

 

 ガブッ!!

 

「痛ってぇぇぇ!!?」

 

 瞬間、甘噛みとは言えない威力で、僕の肩が食われた。

 見ると、黒馬が「ふざけんな」と言わんばかりの冷徹な目で僕を睨みつけている。

 さっきまでの従順さはどこへ行った。

 

「だ、ダメか? シンプルでいい名前だと思うんだけど……。」

 

 黒馬は激しく首を振り、蹄で地面をドンッと叩いた。

 どうやら「ポチ」とか「タマ」みたいな、ペット扱いの安直な名前はプライドが許さないらしい。面倒くさい奴だ。

 

「じゃあ……クロガネとかどうだ? 鋼のように強く揺るがぬ心!モノノフの魂を感じないか?」

 

 黒馬はピタリと動きを止め、小首を傾げた。

 しばしの沈黙。

 そして、「……なんか違うな」とばかりに、盛大なため息をついてそっぽを向いた。

 くそっ、この世界の馬に和風ネームの渋さは伝わらないのか。

 

「エヴ様……。さっきから馬と喧嘩しているようにしか見えませんが……。」

「違いますよルイーズ。あれは高度なコミュニケーションです。……たぶん。」

 

 背後でルイーズとネリーがヒソヒソ話しているのが聞こえる。

 僕のネーミングセンスが問われている。ここで決めなければ、団長の威厳に関わる。

 僕は黒馬の瞳を覗き込んだ。

 吸い込まれるような漆黒。闇夜そのもののような、深く、美しい黒。

 

「……宝石みたいだな。」

 

 ふと、口をついて出た言葉。

 黒い宝石。意志の強さと、魔除けの力を持つ石。

 

「『オニキス』……なんてどうだ?」

 

 黒馬の耳がピクリと動いた。

 そっぽを向いていた顔が戻り、僕の顔をじっと見つめる。

 その瞳に、「悪くない」という色が浮かんだのを僕は見逃さなかった。

 

「オニキス。漆黒の宝石だ。気高くて頑固なお前にはぴったりだろう?」

 

 僕がそう問いかけると、彼は短く、しかし力強く「ヒヒンッ!」と嘶いた。

 どうやら合格点を貰えたらしい。

 

「気に入ったか。……よろしく頼むよ、オニキス。」

「ブルルッ」

 

 オニキスは同意するように鼻を鳴らし、僕の胸に頭突き同然の強さで顔を擦り付けてきた。

 痛い。愛が重い。

 ……なんだろう。この「気位が高くて、扱いにくいけど、懐くとデレてくる」感じ。

 周りにいる誰かさん達にそっくりな気がするのは、気のせいだろうか。

 

「あーあ。エヴ様ったら、まーたメスをたぶらかして……。」

「オスだよ! こいつは立派な牡馬だ!」

「すまねぇ旦那。そいつ牝馬です。」

「エッ!!!!」

 

 ルイーズの不穏なツッコミを全力で否定しつつ、僕は商人に残りの代金を支払った。

 こうして、ネーミングにやたらとうるさい相棒『オニキス』が、正式に仲間に加わったのだった。

 

 

 ☆

 

 

 ドドド……という地響きが、スリヒ台地の乾いた大地を揺らしていた。

 土煙を上げて進むその一団を見れば、道ゆく商隊や旅人たちは皆、驚きで目を丸くし、慌てて道を空ける。

 先頭を行くのは、巨大な黒馬に跨った一人の騎士。

 そしてその背後に続くのは、完全武装した約30名もの騎馬隊と、物資を満載した数台の荷馬車だ。

 

「……なぁ、ルイーズ。みんな怒ってないか?」

「いいえ? 皆、通常通りですが。」

 

 帝都を出てからというもの、愛馬オニキスの背で、針の筵に座らされているような居心地の悪さを感じていた。

 

 静かすぎるのだ。

 総勢31名の大所帯だというのに、話し声一つ聞こえない。聞こえるのは蹄の音と、風の音だけ。

 だが、気配だけは凄まじい。

 背後から、側面から。僕以外の30人全員の意識が、僕の一挙手一投足に集中しているのを肌で感じる。

 

 僕が汗を拭おうと手を上げると、背後の気配がザワ……!と動く。

 僕が水筒に手を伸ばすと、ゴクリと誰かが喉を鳴らす音が聞こえる。

 けれど、僕が振り返ると、全員がスッと虚空を見つめ、何事もなかったかのようにすましているのだ。

 故郷にいた頃はこんなことなかったんだけどな……。

 

……なんだこの空気。まるで、猛獣の檻の中に放り込まれたウサギを見守る飼育員みたいな。

 

 彼はまだ知らない。

 彼女たちが怒っているのではなく、「尊すぎて話しかけられない」上に、「うっかり変な挙動をして、他の団員に抜け駆けと見なされるのを恐れている。」という、極限のムッツリ膠着状態にあることを……!

 

「だ、団長! ……報告します!」

 

 不意に、硬い声がかかった。

 馬を寄せてきたのは、従騎士の一人、ミリアだ。

 彼女は僕と目を合わせようとせず、オニキスのたてがみの辺りを凝視しながら、ガチガチに敬礼している。

 

「ど、どうしたミリア。そんなに固くならなくても……。」

「前方に風除けに適した岩場あり! 休憩の適地と判断します! い、以上!」

「あ、あぁ。ありがとう。じゃあそこで休もうか。」

「はッ!!」

 

 ミリアは逃げるように隊列に戻っていった。

 戻った瞬間、周囲の同僚たちから無言の視線という冷たい圧力――を浴び、小さく震えているのが見えた。

 ……やっぱり、僕、嫌われてるのかな。

 

 

 

 

 岩場の陰で、最初の小休止を取ることにした。

 ここでも沈黙の戦争は続いている。

 

「…………。」

 

 誰も喋らない。だが、動きは異常に速い。

 僕が馬から降りた瞬間、ササッと影のように数名が動き、僕が座るべき岩の上に、最高級のふかふかクッションが設置された。

 

 僕が座ると、今度は視界の端に、淹れたての紅茶がスッと置かれる。

 置いたのは誰だ? と見回しても、全員がそっぽを向いて作業をしている。

 

「……自分でやるからいいよ。」

 

 この過保護すぎる遠巻きな奉仕に耐えかねて、僕は立ち上がった。

 近くで荷降ろしをしている従騎士たちの手伝いをしようと、荷馬車へ向かう。

 

「手伝うよ。」

「だ、団長!?」

 

 僕が荷物に手を伸ばした瞬間。

 ピタリ。

 周囲半径10メートル以内の全員の動きが、完全に停止した。

 従騎士たちが、般若のような形相で固まっている。

 

「……団長。お下がりください。」

 

 代表して、従騎士の一人が呻くように言った。

 拒絶ではない。「恐れ多い」という懇願だ。

 だが、前世が庶民派剣道家の僕としては、これ以上お姫様扱いされるのは御免だ。

 

「いいから。これくらい持つよ。」

 

 僕が強引に、荷馬車のロープに手をかけた、その時だった。

 ブチッ。

 強風に煽られ、老朽化していたロープが切れ、重たい木箱が従騎士のクロエに向かって崩れ落ちた。

 ダウンタウンで買い揃えた品だろう。粗悪品を掴まされたか。

 

「む、危ないッ!」

 

 僕は反射的に地面を蹴った。

 身体強化の魔術を使うまでもない。剣道で培った踏み込みの速さ――『送り足』で一気に距離を詰め、倒れそうになるクロエの腰を抱き留める。

 砂煙が舞う中、僕はクロエを抱きかかえた体勢で止まった。

 

「っと。大丈夫か。」

 

 腕の中で、クロエが石像のように硬直している。

 見れば、顔色が真っ赤を通り越して真っ白になり、目は白黒し、口はパクパクと酸素を求めて動いている。

 そして、周囲の静寂は、もはや真空レベルに達していた。

 30人の視線が、僕の腕――クロエの腰に回された手――に一点集中している。

 その視線の温度は、絶対零度か、あるいは溶岩か。

 

「あ……あ、あ……。」

 

 クロエは再起動したロボットのような動きで、僕の腕から抜け出すと、

 

「し、失礼いたしましたァァァッ!!」

 

 直角90度の最敬礼を一度かまし、そのまま脱兎のごとく岩場の裏へと走り去ってしまった。

 悲鳴も上げず、ただ「これ以上の接触は命に関わる」という限界突破した走りだった。

 残されたのは、気まずさと、沈黙。

 振り返ると、ネリーが仁王立ちしていた。

 彼女は無表情だが、こめかみに青筋が一本、ピキリと浮いている。

 

「……エヴ様。」

「はい……。」

 

 地を這うような低い声。

 

「あまり、部下を刺激しないでください。……処理しきれません。」

「処理とはなんだ。助けただけだろう?」

「それが問題なのです。……はぁ。」

 

 ネリーは深く深いため息をつくと、「全員、作業再開!」と鋭く号令をかけた。

 騎士たちは「イエスマム!」と答えつつも、その目は名残惜しそうに僕の手をチラチラと見ている。

 

 ……なんだろう、この疎外感と監視されている感のハイブリッドは。

 スリヒ台地の向こうに広がる空を見上げ、僕はオニキスの首を撫でた。

 

 30人の女性騎士たちとの旅。

 それは、魔獣や野盗との戦い以上に、僕の精神力を削る過酷な行軍になりそうだ。

 だが、オニキスが「しっかりしろ」と言うように僕の背中を鼻で小突いてくれたおかげで、少しだけ救われた気がした。

 

メインキャラが増えてきたので....みんなの好きなキャラを教えてくれぇ!!!書くわよ〜!!!!

  • ルイーズ・ロンズデール
  • ネリー
  • サーシャ、クロエ、ミリア他騎士団
  • アンドレア殿下
  • ガーベラ
  • アグニ
  • バルバラ
  • 上記以外のキャラクターは感想等で教えてね
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