姫騎士(肉食)共から貞操を守りつつ、僕の騎士道がハードモードすぎる   作:お庭屋さん

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第62話:森の案内人....?

「改めて、ご助力感謝いたします…ええと。」

「いえいえ!ご紹介が遅れましたね!私の事はマ、マァ………マチルダとお呼びください。」

「マチルダ殿。それではダ・グルント領までの案内、引き続きよろしく頼みます。」

「あいわかりました!」

 

 ダ・アース市を抜け出した僕たちは、マチルダと名乗るハーフリングの女性の案内で、東部の深い森を歩いていた。

 

 本来であれば、陽の光すら届かない夜の森は、凶悪な魔獣が我が物顔で蠢く絶対の死地。

 おまけに今の僕たちは、愛用の武器をすべて地下牢の奥底に置いてきた丸腰の状態。わずかな物音にすら神経を尖らせ、息を潜めて進むべき過酷な逃避行になるはずだった。

 

 ……はずだったのだが。

 

「…………。」

「…………。」

 

 僕の前と後ろを歩く二人の護衛から放たれるのは、恐怖や緊張とは程遠い、異様なほどの『闘気』だった。

 

 ダ・アース領主の館での強行突破。あれだけの数の精鋭を相手に、誰一人殺めることなく峰打ちと素手で制圧してみせたのだ。戦闘における高揚感、いわゆるアドレナリンが全身を駆け巡っているのだろう。

 

 特に、己の武器を取り上げられた鬱憤が溜まりに溜まっているルイーズとバルバラは、暗闇の中でギラギラと目を光らせ、まるで獲物を探す肉食獣のようなオーラを放っていた。

 時々、この目つきを向けられている事があるような気もするけど、今は気にしないでおこう。

  

 ブルルと背筋に寒いナニかが通ったような気がした瞬間、ガサリと前方の巨大な茂みが大きく揺れ、低い唸り声と共に『それ』が姿を現した。

 

 体長は優に三メートルを超えるであろう、全身が硬い樹皮と発光する苔で覆われた、六本脚の双頭の獅子——植物と獣が融合したような魔獣、ヴァルト・キメラだった。

 闇夜に怪しく光る四つの双眸が、明確な敵意を持って僕たちをねめつけている。

 

「っ、魔獣だ! 全員、下がって……!」

 

 僕が警告を発しようとした、まさにその直後。

 

「お任せを、エヴ様。」

 

 スッ、と前に出たルイーズが、足元に落ちていた、なんかちょっといい感じの太めの木の枝を拾い上げ、流れるような動作で完璧な正眼の構えをとったのだ。

 

「ル、ルイーズ……!? 君、まさかその木の枝で戦うつもりじゃ……。」

「ご安心ください。私の剣に比べればひどく歪で軽すぎますが……この程度の枝でも、あの双頭の脳天を順番にカチ割るには十分です。」

 

  何言ってるんだこのスカポンタンは。

 そんな小学生が下校中に拾って伝説の剣とか言い始める枝でバケモンが倒せるわけないだろう。

 

 大真面目な顔で、とんでもないことを言い放つ白銀の騎士。枝先から放たれる剣気は本物で、冗談でも何でもなく、本気で木の枝一本で巨大キメラを殴り倒すつもりのようだ。

 

「ちょうどいいサンドバッグのお出ましだねェ。」

 

 その後ろから、首の骨をゴキゴキと鳴らしながらバルバラも前に出てきた。彼女に至っては木の枝すら拾おうとせず、両手の拳をバンッと打ち合わせている。

 

「館の連中は弱すぎて、ちィとも殴り足りなかったんだ。頭が二つあるなら好都合、アタシが両腕でいっぺんに首を絞め落としてやるよ。」

 

 揃いも揃ってバーサーカーか君たちは。

 木の枝を構える騎士と、双頭キメラをステゴロで絞め落とそうとする傭兵。

 あまりの脳筋っぷりに頭を抱えそうになる。

 

「……お待ちください。無駄な体力を使う必要はありませんよ。」

 

 呆れたような声と共に、先頭を歩いていたマチルダ殿が静かに歩み出る。

 彼女は凶悪なキメラ魔獣を前にしても全く怯むことなく、その小さな右手をスッと高く掲げた。

 パチンッ、と。

 乾いた指鳴らしの音が夜の森に響く。

 瞬間、彼女の指先から、淡いピンク色に発光する不思議な粉塵が広がり、魔獣の二つの顔面をふわりと包み込んだ。

 

「グルル……? ァ、ァ……。」

 

 粉塵を吸い込んだ魔獣は、威嚇するように開けていた二つの大口をポカンと半開きにし、一瞬だけ虚ろに白目を剥いたかと思うと――。

 

 凄まじい地響きを立ててその場に崩れ落ち、スヤスヤと平和な寝息を立て始めた。

 一瞬の出来事だった。

 

「……んえ?」

 

 完璧な正眼の構えをとっていたルイーズが、間抜けな声を漏らして固まる。

 

「さぁさ、起きないうちに進みましょう。」

 

 何事もなかったかのように微笑み、歩き出そうとするマチルダ。

 その背中を見つめながら、ルイーズは構えていた木の枝をポトリと地面に取り落とした。バルバラもまた、振り上げていた両腕の行き場をなくし、信じられないものを見るような顔で立ち尽くしている。

 

「……私の、出番は。」

「解せぬ。」

 

 肩を落とし、あからさまにしょんぼりとする二人。

 そのあまりの落差と不完全燃焼っぷりに、僕は思わず吹き出しそうになるのを必死に堪えた。

 

(……それにしても、すごいな)

 

 僕は改めて、前を歩く小さな背中を見つめた。

 あれほど巨大で特異な魔獣を、呪文の詠唱すらせずに一瞬で無力化してみせたのだ。

 ただ道を案内するだけの隠密ではない。

 マチルダという女性の底知れぬ有能さに、僕は静かに感嘆の息を漏らしていた。

 

 

 ☆

 

 

  その後も、僕たちの過酷な逃避行……になるはずだった夜の森歩きは、拍子抜けするほど順調に進んでいた。

 マチルダ殿が時折、指を鳴らして謎の粉塵を撒いたり、独特の鼻歌のようなものを口ずさむだけで、凶悪な魔獣たちは自ら道を空けるか、幸せそうに眠りに落ちてしまうのだ。

 

 おかげで僕たちは一滴の汗を流すこともなく、ただの深夜のピクニックのような気分で深い森を歩き続けている。

 

「…………。」

「ちぇ…………。」

 

 ただ二名、いつまで経っても暴れる機会が回ってこない不完全燃焼な騎士と傭兵が、あからさまに不機嫌なオーラを撒き散らしながらズンズンと歩いているのを除けば、だが。

 

「……マチルダ殿。少しよろしいでしょうか。」

 

 背後からの無言のプレッシャーと、時折聞こえる舌打ちから逃れるように、僕は先頭を歩く小さな背中に声をかけた。

 

「はい、なんでしょう? エヴァン様。」

「このまま順調に進んだとして、ダ・グルント領まではあと何日ほどかかる予定ですか? 携帯食料も奪われたままですし、水場の確保も考えないといけないかと思いまして。」

 

 装備も馬もなく、徒歩で領地間を移動するなど現実的じゃないしね。

 僕が覚悟を決めた顔で尋ねると、マチルダ殿は丸い目をパチクリと瞬かせ、それから「ぷっ」と吹き出した。

 

「何日?……ああ、いえいえ。この先のなだらかな丘を越えれば、そこはもうダ・グルント領の境界線ですよ。歩いてあと二、三刻というところですな。」

「……は?」

「ですから、夜明けにはダ・グルントへ着くと思いますよ?」

「はぁ……。」

 

 あまりの予想外な回答に、僕の思考が停止する。

 後ろを歩いていたルイーズとバルバラも、ピタリと足を止めた。

 

「ちょっと待ってくれ。ダ・アース市を抜け出したのはつい数時間前だぞ。馬も使わず、徒歩で領地を跨げるというのか?」

「ええ。中央や北部の広大な領地にお住まいのエヴァン様たちからすれば信じられないかもしれませんが、東部の一つ一つの領地は、とても小さく密集しているのです。その分、領主の数も多いのですがね。」

 

 ケラケラと笑うマチルダ殿。

 なんと、東部は距離感の概念そのものが他の地方とバグっているらしい。これでは、何日もかけて過酷なサバイバルをするつもりで気を張っていた僕たちが馬鹿みたいじゃないか。

 

 後ろからは「……アタシの暴れる場所は」「……ないようだな」という絶望に満ちたヒソヒソ声が聞こえてくる。

 

「なるほど……。東部は知れば知るほど、我々の常識が通用しませんね。そういえば、一つ気になっていたのですが。」

 

 僕は気を取り直し、歩みを進めながらマチルダ殿に問いかけた。

 

「館で僕たちを包囲したダ・アース領の兵士たち……ヒュムだけでなく、エルフや、大柄なオーク族の姿も見えました。東部もまた、他地方と同じように多種多様な種族が暮らしているのですね。」

「その通りです。ただ……種族の『力関係』は、他地方とは少し違いますがね。」

 

 マチルダ殿は、意味深に口角を上げた。

 

「元々、この深い東部の森を切り拓き、街を築き上げたのは我々『ハーフリング族』と『エルフ族』なのです。」

「ほうほう?」

 

 王都の歴史や、北部地方の歴史については母上や、執事であるばあやから教わっていたが、ほかの領地の事までは知らない。

 今後、外交が増えていくのだとしたら、ある程度はその土地の成り立ちというのも学んでおかなくてはならないかもな。

 

「ゆえに東部においては、どれだけ腕っぷしの強いオークであろうと、数の多いヒュムであろうと、この二種族には頭が上がりません。東部領主の多くも、エルフかハーフリングが占めております。」

「なるほど……開拓の歴史が、そのまま権力構造になっていると。」

「ええ。ですから、我らが改革派の筆頭であり、ダ・グルント領を治めるゲルダ・フォン・グルント伯爵様も……。」

 

 そこでマチルダ殿はクルリと振り返り、自分の小さな身体をポンと叩いた。

 

「私と同じ、ハーフリングなのです。」

「えっ。」

「あの、小動物みたいな種族が、東部のトップ……?」

 

 僕だけでなく、話を聞いていたルイーズやバルバラも驚きに目を丸くした。

 武力と魔術に秀で、強固な精鋭部隊を従える改革派のリーダーが、このマチルダ殿のような小柄なハーフリングだというのだ。

 見た目や体格では決して測れない、東部の奥深さと力関係。

 

 夜明けの光が森の木々を淡く照らし始める中、僕たちは次なる交渉相手である『ハーフリングの女傑』の姿を想像し、ごくりと息を呑んだ。

 

 

 ☆

 

 

 マチルダ殿の言葉に驚かされているうちに、夜の森は徐々に白み始めた。

 木々の隙間から、眩しい朝陽が差し込んでくる。

 

「……ん? 前が開けてきましたよ。」

 

 サーシャの言葉通り、なだらかな丘を越えると不自然なほど鬱蒼とした木々が途切れ、開けた平野が姿を現した。

 

「あれは……。」

「迎えが来たようですね。」

 

 マチルダ殿が指差す先。

 朝霞が立ち込める平野に、整然と並ぶ数十騎の部隊が待ち構えていた。

 ダ・グルント領の魔術騎兵団だろう。

 

「……ずいぶんと重装備だな。」

「ええ。ダ・アースの衛兵とはまるで違いますね。」

 

 ルイーズが目を細める。彼らが纏っているのは、黒鉄や分厚い魔獣の革を用いた、防護性を極限まで高めた重厚な鎧だった。

 騎乗している獣は馬ではなく、強靭な四肢と鋭い角を持つ装甲獣。

 部隊の最前列には、見上げるほど大柄なオーク族の戦士たちが重槍を構えて並んでいる。さしずめ、重魔術騎兵といったところか。

 属性盛りすぎィ!

 

「マチルダ姐さんッ!!」

 

 先頭にいたオーク族の部隊長らしき人物が、僕たちに気付くなり大声を上げる。

 

「ゴルグ隊長。ご苦労様です。」

「姐さんこそ! ご無事で何よりです!」

 

 重魔術騎兵のオークが弾かれたように獣から飛び降りると、ドスゥンと重い音を立てて片膝をついた。

 見上げるほどの巨躯が、子供のように小さなハーフリングに向かって深々と頭を垂れている。

 

「……こうみるとすごい体格差だな。」

「あんなデカブツが、ちんちくりんにひれ伏してやがる。」

 

 僕とバルバラが思わずヒソヒソと呟くと、マチルダ殿は「むっ」と振り返った。

 

「聞こえていますよ。誰がちんちくりんですか!」

「おぉ、すまんすまん。」

 

 気圧されたのか頭を掻きながら狼狽えるバルバラを見て僕が苦笑すると、ゴルグ隊長と呼ばれたオークがガバッと顔を上げた。

 

「そちらにおわすのが、マドゥワス家の……エヴァン様であらせられるか!」

「あ、ああ。マドゥワス領主、エヴァン・クロード・マドゥワスだ。」

「お怪我は!? ダ・アースの連中に妙な真似はされませんでしたか!?」

「怪我はないよ。マチルダ殿が華麗に導いてくれたおかげでね。」

「おおっ! 流石は姐さんだ!」

 

 威圧感のある見た目とは裏腹に、ゴルグ隊長はひどく礼儀正しく、そして暑苦しいほど情に厚そうだ。

 

「だが、見ての通り我々は丸腰だ。」

「騙し討ちに遭ってね。館に全部置いてきちまったんだよ。」

 

 ルイーズとバルバラが忌々しそうに吐き捨てる。

 

「なんと! ダ・アースの奴らめ、なんという卑劣な……!」

「落ち着いてください、ゴルグ隊長。その件は後で、エヴァン様から直接伯爵様とお話しいただきます。」

「ハッ! 申し訳ありません!」

 

 マチルダ殿がピシャリと制すると、巨漢の隊長はシュンと首を縮めた。

 

「さあ、野郎ども! お客様を街へご案内しろ! 決して粗相のないようにな!」

「「「オオォッ!!」」」

 

 騎兵たちの野太い咆哮が平野に響く。

 彼女らの手厚く、かつ隙のない厳重な護衛を受けながら、僕たちは平野の奥――ダ・グルント領の中心『グルド市』へと歩みを進めた。

 

 ☆

 

  

「……見えてきたぞ。」

「随分と高い防壁ですね。」

「見張り塔もあちこちにある。……隙がないな。」

 

 街の全貌が明らかになるにつれ、護衛たちが口々に感想を漏らす。

 森の木々を活かしている点はダ・アースと同じだが、周囲には外敵を阻む強固な防壁が張り巡らされ、至る所に武器の工房や訓練場らしき施設が見えた。

 

 確かに壮観な城壁だけど、これからお世話になる都市を攻めの目線で見物するのはどうかと思う。職業病か。

 まぁ、攻める事になれば多大な犠牲がでるだろうな、と思わせる立派な都市だから、気持ちは分からんでもない。

  

「ダ・アース市とは全く違うな……。」

「ええ。ここは『要塞都市』ですから。」

 

 マチルダ殿が誇らしげに胸を張る。

 自然との調和を保ちながらも、圧倒的な防衛能力を備えた都市。要塞の中心には、巨大な軍事砦のような領主の館がそびえ立っている。

 あの奥に、この強固な都市と精鋭部隊を束ねるハーフリングの女傑、ゲルダ・フォン・グルント伯爵がいるのだ。

 

 僕は丸腰であることの不安を腹の底に飲み込み、君主としての顔を作ると、静かに、そして力強く要塞都市への一歩を踏み出した。

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