姫騎士(肉食)共から貞操を守りつつ、僕の騎士道がハードモードすぎる   作:お庭屋さん

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ノッて来ましたわよ〜!


第63話:お嬢様大暴れ!!!

 ダ・グルント領の中心、要塞都市『グルド市』。

 その最奥にそびえ立つ軍事砦のような領主の館は、外観の武骨さとは裏腹に、内部は驚くほど洗練された造りになっていた。

 

 ゴルグ隊長やマチルダ殿に案内され、僕たちは重厚な黒鉄の扉の前へと辿り着いた。

 この扉の向こうに、東部改革派のトップであり、武力と魔術に秀でた精鋭部隊を束ねるゲルダ・フォン・グルント伯爵はいる。

 

「ゲルダ様。マドゥワス領主、エヴァン女男爵様をお連れいたしました。」

 

 マチルダ殿の声に応え、重い扉がゆっくりと開かれる。

 僕は丸腰であることの不安を隠し、一領主としての威厳を保ちながら、謁見の間へと足を踏み入れた。

 

 ――しかし、僕の予想は、またしても大きく裏切られることになる。

 

「ンマァー! よくぞ参られましたわね、待ちくたびれましたわよ!北部の若き狼……いえ、噂に違わぬ極上のオスですわぁっ!」

 

 鼓膜を突くような、甲高くも甘ったるい嬌声。

 軍事拠点の中心だというのに、謁見の間の玉座に鎮座していたのは、フリフリのレースと大量のリボンがあしらわれた、過剰なほどに豪華なピンク色のドレスだった。

 

 そして、その豪奢なドレスに身を包んでいるのは、マチルダ殿と同じか、それ以上に小柄なハーフリングの女性。

 東部改革派の筆頭、ゲルダ・フォン・グルント伯爵……。ロリだ……。

 

「えっ、ちょっ……。」

 

 僕がそのあまりに想定外なビジュアルに思考を停止させた瞬間、ゲルダ伯爵はフリフリのドレスを翻して玉座から飛び降り、目にも留まらぬ速さで僕の目の前まで肉薄してきた。

 そしてそのまま僕へダイブしてくる。

 

「すぅぅぅぅぅ……はぁぁぁぁぁ……ッ!!」

「なっ!?」

 

 彼女は僕の胸元に顔を埋めるようにして、肺いっぱいに深呼吸をする。

 それだけではない。小さな両手が僕の胸板から腹筋、さらには太もものあたりまでを、まるで上質な肉を品定めするかのようにいやらしく撫で回し始めたのだ。

 

「あぁん、素晴らしい筋肉のハリ! そしてこの若々しくも高貴な雄の匂い……! アタクシのコレクションに加えたくてウズウズしてしまいますわぁ!」

 

おぉ、いつぞやの殿下を思い出すような、なんともテクニシャンな手つき……じゃなくて!

 

「げ、ゲルダ伯爵!? あの、我々は外交の挨拶を…。」

「挨拶なんてベッドの上でいくらでもして差し上げますわ! さぁ、今すぐアタクシの閨へ参りましょう! 丸腰だと言うのならアタクシが手取り足取り、一から十まで隅々まで武装解除の続きをして差し上げますわよ!」

 

 ド直球すぎる公開セクハラ。

 完全に目が肉食獣のそれになっている暴君お嬢様に、僕がタジタジになって後ずさった、その時。

 

「……おい、チビ。旦那に気安く触れるな。」

「誰の許可を得て、その汚らわしい手を伸ばしている。切り落とすぞ。」

 

 背後から、氷点下すら下回りそうな絶対零度の殺気が膨れ上がった。

 振り返らなくてもわかる。ルイーズとバルバラが、完全にブチギレている。

 丸腰だというのに、バルバラは今にもゲルダ伯爵の首をねじ切らんばかりの構えをとり、ルイーズは借り物の剣をいつでも抜剣出来るように柄に手をかけ、魔王のごときオーラを放っている。

 

「ひぃっ!? ちょ、待て二人とも! 早まるな!」

「お退きくださいエヴ様。いくら交渉相手とはいえ、主君へのこのような破廉恥な振る舞い、騎士として見過ごせません。一撃でその小さな頭を胴体とお別れさせてやります。」

「アタシは五体バラバラにして肥溜めに放り込んでやるよ。」

「だから待って! 外交! 外交がパァになる!」

 

 貞操の危機と、同盟決裂の危機が同時に押し寄せてくる。嫌すぎる。

 僕はセクハラハーフリングの猛攻から身を守りつつ、自慢の護衛たちを必死に宥めるという、前代未聞の死闘を繰り広げる羽目になっていた。

 

 

 ☆

 

 

「待て、待つんだ二人とも! 相手は東部最大派閥のトップだぞ! ここで暴れたらここまでの努力が無駄になる!」

 

 ここでゲルダ伯爵を切ればそれこそ北部は終わる。

 藁にもすがる思いで東部へと足を運んできたというのに、こんな終わり方では死んでも死にきれない。

 

「ですがエヴ様! このような痴女に主君の尊厳を蹂躙されるなど、マドゥワスの騎士として見過ごせません! その薄汚い手を離せ、この発情したメスガキ風情が!」

 

 おいおいおいおい。仮にも伯爵様だぞ……!

 頼むから相手を見てから物を言ってくれないか……!

 

「メスガキィ!? アタクシのこの謙虚で魅惑的なボディラインが分からないとは、これだから北部の田舎騎士は嫌いですわ! エヴァン様、こんな無風の牛女より、アタクシの胸に飛び込んでいらっしゃいな!」

「誰が牛女だぶっ殺す!!」

 

 売り言葉に買い言葉。

 本当に酷すぎるキャットファイトに目も当てられない。ゲルダ伯爵の言動も、一貴族として有り得ない行為に当たるが、あくまで相手は格上貴族。

 それも助力を乞う立場なのだから、ある程度の非礼には目を瞑ってもいいだろうに。……役得だし。

 

「ルイーズ、剣! 剣を抜こうとするな! バルバラも背後から忍び寄るな! ゲルダ伯爵もこれ以上うちの部下を煽らないでください!」

 

 僕はゲルダ伯爵の、異様に力が強い小さな身体を必死に引き剥がしながら、今にも飛びかかりそうなルイーズとバルバラの前に立ち塞がった。

 

 つ、疲れる。まだ交渉のテーブルにすら着いていないのに、すでに精神力の大半を持っていかれた気分だ。

 だが、丸腰のまま東部の要塞都市の中心で殺し合いが始まるという最悪の事態だけは、なんとか避けなければならない。

 

「……コホン。ゲルダ伯爵。その、熱烈な歓迎には感謝する。」

 

 僕は乱れた襟元を正し、努めて冷静な、貴族としての声を作り出した。

 こういう役回りは本当に疲れるんだよ。

 僕も出来ることなら剣を振り回して解決したい。

 

「ですが、我々は貴女のベッドを温めるためにここまで来たわけではないのです。中央貴族の裏切りと、ダ・アース市での一件、現在の東部の情勢について、貴女と重大な話を……。」

「はー!つまらないですわねぇ。」

 

 僕の言葉を遮るように、ゲルダ伯爵はフリフリの扇子で口元を隠し、ひどく大げさなため息をついた。

 

「男と女がこうして出会ったのですから、もっと情熱的で、甘く、ドロドロとした愛の語らいから始めるのが礼儀というものではありませんこと? 政治の話なんて、ピロートークのついでで十分でしてよ。」

 

 口を開けばセクハラ発言のロリ伯爵様はノンストップ!ブレーキを知らんのか!

 

「そうはいきません。我々は騙し討ちに遭い、大事な武器を奪われ、命からがらこの要塞都市に辿り着いたのです。貴女が我々を救い出したのは、ただの趣味ではないはずでしょう。改革派の筆頭として、我々北部の力が必要だからでは?」

 

 僕が真っ向から視線をぶつけると、ゲルダ伯爵はピタリと動きを止めた。

 数秒の、重苦しい沈黙。

 扇子の奥から僕を見つめる彼女の双眸から、先ほどまでの甘ったるい欲情や、おどけたような熱が、スッと潮が引くように消え去る。

 代わりに現れたのは、極寒の氷のように冷たく、そして底知れぬ知性を湛えた為政者の目だった。

 

「……ふふっ、及第点ですわね。まぁ、よろしいですわ。そこまで言うのなら、少しだけお遊びは休憩にして差し上げます。」

 

 パチン、と。

 彼女が扇子を閉じると、謁見の間の空気が一変した。

 まるで部屋の重力が倍になったかのような錯覚。

 先ほどまでふざけ合っていたルイーズやバルバラも、即座に表情を引き締め、いつでも動けるよう警戒の姿勢をとる。

 玉座に座り直した小柄なハーフリングは、最早ただの『変態お嬢様』ではなかった。何百、何千という兵を動かし、領地の命運を握る『怪物』のオーラが、その小さな体から溢れ出している。

 

「エヴァン様。貴方の言う通り、アタクシはグンダのババアのような平和ボケとは違いますわ。」

 

 ゲルダ伯爵は、冷徹な声で紡ぎ始める。

 

「あの愚かなババアは、中央の連中が提示した東部の独立と不干渉という甘い約束を本気で信じていましてよ。王都にマドゥワスの首を差し出せば、それで東部の平穏は守られるのだと。……まったく、虫唾が走るほどの能天気ですわね?」

「貴女は、そうは思わないと?」

「当ッ然ですわ!中央の内乱がいずれ落ち着いた時、枯渇した財源と兵站を補うために、連中がどこに目を向けるか。……火を見るより明らかでしょう?」

 

 彼女は鋭い爪で、玉座の肘掛けをトンッと叩いた。

 

「この東部ですわ。魔力に満ちた豊かな森、希少な魔石の鉱脈、そして他地方にはない特有の霊薬の数々。これほど魅力的な資源の宝庫を、強欲な中央の貴族どもが放っておくはずがありませんことよ。条約など、いざとなれば紙屑同然。いずれ必ず、連中は大義名分をでっち上げてこの森を焼き尽くし、搾取しに来ますわ。」

 

 その言葉には、一切の迷いがない。

 王都の腐敗を肌で知っている僕にとっても、彼女の予測は恐ろしいほどに正確で、現実的なものに思えた。

 

「だからこそ、アタクシは備えているのです。グンダのババアのように森の結界に引きこもるのではなく、この『グルド市』を強固な要塞へと作り変え、種族の垣根を取り払って実力のある者を軍に登用しました。エルフだの、ハーフリングだの、ヒュムだの……そんな古い身分制度は、実戦ではクソの役にも立ちませんからね!」

 

 先ほどのゴルグ隊長のような大柄なオーク族が、重魔術騎兵として最前線を任されていた理由がここにある。

 彼女は、東部の古い慣習を打ち破ってでも、来るべき中央との全面戦争に備えるために、この実力主義の軍隊を創り上げたのだ。

 

「貴女の危機感と、改革派の目的はよくわかりました。その上で、我々に同盟を持ちかけたいということですね?」

「ええ、ええ。その通りですわ。北部の精鋭たるマドゥワスと手を結ぶことは、アタクシたちにとっても大きな盾となりますから。」

「それはこちらとしても大変有難い申し出であります。……しかし、同盟を結ぶにしても、我々は今、丸腰だ。ダ・アース領に置いてきた武器を取り戻さなければ、戦うことすらままならない。」

 

 僕が苦々しい思いでそう口にすると、ゲルダ伯爵は再び「オホホホホホホッ!」と甲高い笑い声を上げた。

 先ほどまでの冷徹なオーラが一瞬で消え去り、またフリフリの扇子をパタパタと仰ぎ始める。

 この温度感には慣れそうにないな。

 

「心配ご無用ですわ、エヴァン様! 貴方たちの武器なら、すでに手配済みですのよ!」

「……なんですと?」

「アタクシの密偵が、すでにババアの元へ向かっておりましてよ。……『もし、マドゥワス一行の武器を不当に隠し持つような真似をすれば、我々改革派はダ・アース領への物資の流通を即座に断つ』と。少しばかり強めの圧力をかけておきましたわ。」

 

 ゲルダ伯爵は扇子で口元を隠し、ニヤリと底意地の悪い笑みを浮かべた。

 うわぁめっちゃ嫌な顔するじゃん...。

 

「あのババアの領地は、物資の多くを他領からの輸入に頼っておりますからね。明日の朝には、貴方たちの武器はピカピカに磨き上げられ、深々と謝罪の言葉と共にこの館へ届けられる手筈になっておりますわ。」

「なっ……。」

 

 僕だけでなく、ルイーズもバルバラも絶句した。

 僕たちが地下牢で目を覚ましてから、まだ数時間しか経っていない。そのわずかな間に、彼女は僕たちを救出するだけでなく、グンダ伯爵の弱みを的確に突き、武器の奪還まで完璧に済ませていたというのだ。

 恐るべき情報網。そして、迅速かつ冷酷なまでの決断力。

 変態の皮を被った、怪物。

 それが、ゲルダ・フォン・グルント伯爵という為政者の、真の姿だった。

 

 

 ☆

 

 

 圧倒的な手際の良さと、冷酷なまでの政治的圧力。

 この小柄なハーフリングの女性が、間違いなく東部最大の派閥を束ねる『怪物』であることを、僕たちは骨の髄まで理解させられていた。

 

「おわかりいただけましたかしら? アタクシと手を組むことの、絶大なるメリットが。」

 

 ゲルダ伯爵はフリフリの扇子で口元を隠したまま、自信に満ちた笑みを浮かべる。

 

「ゲルダ伯爵様。貴女の力と先見の明は本物なのですね。……心から敬意を。」

「よくってよ!!!!!!」

 

 

 よくってよ!?!? 

 僕が素直に称賛の言葉を口にした瞬間、ゲルダ伯爵はバサァッ!と扇子を放り投げ、再び目をギラギラと輝かせる『肉食お嬢様モード』へと切り替わった。

 

「では、交渉成立ですわね! アタクシの庇護と武器の確実な返還、そして東部改革派と北部領との強固な同盟……貴方たちが喉から手が出るほど欲しいもの、すべて差し上げますわ!」

 

 彼女は玉座から身を乗り出し、ペロリと赤い舌で唇を舐めた。

 

「その代わり……今夜、貴方の貞操をアタクシのベッドで捧げなさいな! さぁ、マドゥワスの狼ちゃま! アタクシの胸に飛び込んで……。」

「いい加減にしろこのド変態女ァァァッ!!」

「エヴ様の貞操は私が死いでも守り抜くゥゥッ!!」

 

 再び爆発したルイーズとバルバラが、今度こそ本気で玉座に向かって突進しようとする。

 僕はそれを両腕でガシッと受け止め、強引に押し留めた。

 

「エヴ様! お退きください!」

「待て、二人とも。」

 

 僕は暴れる自慢の護衛たちを片手で制し、一歩、玉座へと歩み出た。

 そして、欲望に目を血走らせているゲルダ伯爵を真っ向から見据える。

 

「……アタクシの魅力に、ついに抗えなくなりましたの?」

 

 熱を帯びた瞳で見上げてくるゲルダ伯爵に対し、僕は確かな熱を持った声で告げた。

 

「魅力的な提案ですが……あいにく、僕は貞操を売るつもりはありませぬ。」

「マァ!命の恩人であり、同盟相手であるアタクシの要求を断るというのです?」

「えぇ。その代わり、もっと貴女の役に立つものを献上致します。」

 

 僕は彼女の瞳から目を逸らさず、力強く言い放つ。

 

「『北部の強靭な牙』を、貴女の盾としてお貸し致します。我々マドゥワス騎士団と赤錆の風が、貴女の改革の剣となり、東部の安寧の為、敵を打ち砕く力になりましょう。」

 

 性的な要求に対し、怯むことも照れることもなく、真っ向から『軍事同盟』という政治的な取引へとすり替えてみせた。

 ただの美味そうなオスではなく、対等な『領主』としての魂の提示。

 

 謁見の間に、ふたたび静寂が訪れる。

 ゲルダ伯爵は、丸い目をパチクリと瞬かせた。予想外の切り返しに呆気にとられているのか、それとも僕の生意気な態度に怒りを覚えたのか。

 彼女はゆっくりと玉座から立ち上がり、僕の目の前まで歩み寄ってきた。

 

「…………。」

 

 そして、僕の顔をじっと見上げ――。

 

「……あぁんっ、もう! ますますゾッコンになってしまいますわぁぁぁッ!!」

「エッ。」

 

 彼女は僕の腰に両腕を回し、顔を真っ赤にして身悶えし始めたのだ。

 

「その堂々とした王の眼差し! 屈強な精神! た、たまらないですわ……! 貞操は焦らず、時間をかけてじっくりと奪い取ってさしあげますわよぉっ!」

「ちょ、離っ、だから気安く触るなと……!」

「アタシが五体バラバラにしてやるッ!」

 

 結局、ドタバタとした騒ぎは振り出しに戻ってしまった。

 だが、東部最大の力を持つ改革派との波乱に満ちた同盟交渉は、こうして斜め上の形で、しかし確かな結びつきを持って成立に向かって動き出したのだった。

 

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