姫騎士(肉食)共から貞操を守りつつ、僕の騎士道がハードモードすぎる   作:お庭屋さん

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第64話:お嬢様攻略!?

 

「ンンッ……コホン! さてさて……。」

 

 謁見の間を支配していた、ひどく甘ったるく、そしてカオス極まりない空気は、小柄な女傑のたった一つの咳払いによって再び霧散した。

 

 ゲルダ・フォン・グルント伯爵は、先ほどまで僕の腰に抱きついて身悶えしていたのが嘘のように、フリフリのドレスを整え、玉座へと深く腰を下ろす。

 

「……見事な変わり身だな。だが、エヴ様に向けた破廉恥な振る舞い、忘れたわけではないぞ?」

「へっ、油断も隙もねェチビだね。」

 

 僕の背後に立つルイーズとバルバラは、丸腰でありながらも全く殺気を収めようとしない。むしろ、ゲルダが真面目な為政者の顔を見せたことで、彼女が単なる変態ではなく、明確な『脅威』であると再認識し、より一層警戒を強めていた。

 

「二人とも、今は抑えてくれ。」

 

 僕は二人を片手で制し、ゲルダ伯爵と真っ向から視線を交わした。

 丸腰の僕たちが、東部最大の派閥を率いる彼女と対等な軍事協定を結び、王都への反撃の足がかりを作らなければならない。

 同盟締結には前向きのようだが、具体的な締結案を決められるまでは油断出来ないからな……。

 

「ゲルダ伯爵。先程も申し上げましたが、我々『北部諸侯連合軍』と、貴女が率いる『東部改革派』の間に、正式な同盟を結びたい。」

「ええ、ええ。アタクシも異存はありませんわ。貴方たち北部の武力と、アタクシたち東部の魔術で、王都の心臓を物理的に抉り出す。……実に合理的で、美しい戦略ですわね?」

 

 ゲルダ伯爵は扇子の奥で、三日月のように目を細めた。

 

「ですが、エヴァン様。王都へ進軍するにあたり、一つだけ極めて厄介な問題がありますわ。」

「……グンダ伯爵ら、『保守派』の存在ですね?」

 

 僕が先回りして答えると、ゲルダは満足げに頷く。

 

「ご名答。あの平和ボケした老害共は、王都の甘言に乗り、東部の独立を本気で信じておりますわ。」

 

 うむ……。

 もし我々が王都へ向けて軍を動かせば、連中は間違いなく『改革派が王都へ喧嘩を売ったせいで、東部の平穏が脅かされる』と騒ぎ立て、背後からゲルダ伯爵派の首を狙ってくるだろう。

 背後の火種を無視して王都へ向かえばどうなるかは明白だ。この同盟を結ぶには、まずは東部の安定化が必須か。

 

 「まずは東部の統一からですね?ゲルダ伯爵様としてはどうするおつもりで?」 

 「足元の火種――保守派の連中を、完膚なきまでに叩き潰し、東部を力で統一致しますわ!弱く古臭いものはぶち壊すのが良くてよ?」

 

 ゲルダの声には、一切の躊躇がなかった。

 彼女にとって、古い慣習に縛られ、国の危機から目を背ける保守派は、排除すべき障害でしかないのだろう。

 確かに、背後に敵を残したまま王都との決戦に挑むのは、軍事的な定石から見ても下策中の下策だ。

 だが――。

 

「……待ってほしい、ゲルダ伯爵。その方針には、賛同できかねる。」

「あら?あらあらあら? 敵に情けをかけるとでも? 貴方、あのババアに騙し討ちに遭って、武器まで奪われたのですよ?」

 

 怪訝そうに眉をひそめるゲルダに対し、僕は首を横に振った。

 

「情けではない。これは、戦力温存のための提案だ。グンダ伯爵ら保守派に対して、武力行使は行わない。我々は、血を流さずに東部を統一する。」

 

 僕がはっきりと断言すると、謁見の間にわずかな静寂が落ちた。

 背後のルイーズがハッと息を呑む気配がする。

 

「血を流さない? ご冗談でしょう、エヴァン様。言葉だけであの頑固なババア連中が首を縦に振るとでもお思いでして?」

「振らせるんです。いや、振らざるを得ない状況を、我々で作り出すんですよゲルダ伯爵。」

 

 僕は玉座に座るゲルダ伯爵に向かって、一歩踏み出した。

 

「これから我々が相手にするのは、莫大な金と、正規軍を擁する『徹底抗戦派』だ。ただでさえ厳しい戦いになる。そんな大一番の前に、東部の中で内戦を起こし、同士討ちで兵力と魔石を消耗している余裕など、我々には一ミリもないはずでしょう?」

 

 帝国との戦争で、王都脱出で、タラルの戦いで、僕は身をもって知った。

 血を流せば、必ず誰かが悲しみ、遺恨が残る。たとえ武力でグンダ伯爵たちを制圧できたとしても、家族や仲間を殺された東部の民の心には、改革派に対する拭い去れない憎悪が刻まれるだろう。そんな不安定な地盤の上に立って、どうして王都の腐敗を正せるというのか。

  

「保守派の連中が王都になびくのは、変化への恐れと、王都からの報復に対する不安があるからでしょう。……ならば、その不安を上回るだけの圧倒的な安心と力を、彼らに直接突きつければいい。」

「……圧倒的な安心と力?」

 

 手に持った扇子の奥でゲルダ伯爵の目がさらに細められ、その小さな身体からは想像もできないほどの圧が漏れ出している。

 正直な所、こんなプレッシャーのかかる役回りはごめんなのだけれど……ここで適当なことをくっちゃべれば同盟の話もご破算かもしれないし……。

 ええぃここは畳み掛けるまでだ。

 

「そうです。我らが北部では、ゾーラ伯爵の重騎士を含め、五千の兵力が集結可能です。さらに時を待ち、兵を募れば一万の軍勢を動かすことも可能になるでしょう。……東部を王都の脅威から守り抜く、巨大な『盾』がここにあるという事実を、グンダ伯爵たちの目の前で突きつけるのです。力で叩き潰すのではなく、その力で守護するのです。これを交渉材料にして無血でこちらの陣営に引きずり込む。」

 

 僕が語り終えると、ゲルダ伯爵は閉じた扇子で自らの唇をトントンと軽く叩きながら、じっと僕の瞳を見つめ返してきた。

 その視線は、獲物を値踏みするようなものではなく、対等な為政者としての『器』を測るような、鋭く、深く、静かなものだった。

 

「……なるほど。内戦による国力の低下を防ぎ、遺恨を残さず、北部の兵力を交渉のカードとして最大限に利用する……。ただの青臭い理想論かと思いましたけれど、悪くない案ですわね……ふふっ、フフフフッ!」

 

 

 やがて、ゲルダ伯爵は肩を震わせ、愉快そうに笑い声を漏らした。

 

「アタクシとしたことが、危うく本質を見誤るところでしたわ。……いいでしょう。貴方のその狡猾で血の通った策、乗って差し上げます。」

 

 彼女は玉座から立ち上がり、僕に向けて不敵な笑みを浮かべた。

 

「では、決まりですわね。東部の血は一滴も流させない。……アタクシたち改革派と、グンダのババアたち保守派。そして、北部の代表であるエヴァン様。この三者で、東部の未来、ひいては王国の未来を決めるための大規模な会合を開きましょう。」

 

 こうして、僕たちは最大の懸念であった東部の内輪揉めを、最悪の内戦ではなく『外交と交渉』という形で決着させる道筋を立てた。

 武器を持たずとも、言葉と誠意、そして背後にある万の軍勢を背景にした、僕の領主としての最初の『政治戦争』が、今まさに幕を開けたのだ。

 

 

 ☆

 

 

 東部の未来を左右する重大な軍事・政治方針。

 それが決定し、張り詰めていた謁見の間の空気が、ひとつの到達点を迎えた。

 ゲルダ伯爵は玉座に深く寄りかかり、満足げに一つ頷く。

 

「ええ。方針は固まりましたわね。グンダのババアたちには、アタクシの方から会合の場を設けるよう、早急に手配いたしますわ。 」

「感謝致します、ゲルダ伯爵。……これで、無駄な血を流さずに済みます。」

 

 僕が安堵の息を吐き出した、まさにその瞬間。

 

「……さて!」

 

 ゲルダはバサァッ!と勢いよく扇子を放り投げ、玉座の上にピョンと飛び乗った。

 

「血なまぐさくて堅苦しい政治のお話は、これにて完全終了ですわ!!」

「え?」

「同盟の成立と、アタクシとエヴァン様との運命的かつ情熱的な出会いを祝して……今夜はパーッとやりますわよ!パァーーッと! 宴ですわぁぁぁぁぁッ!!」

 

 彼女が両手を高々と掲げたのを合図に、謁見の間の重厚な扉がドーン!と景気よく開け放たれた。

 雪崩れ込んできたのは、武装した兵士たち……ではない。両手いっぱいに巨大な大皿や酒樽を抱えた、エルフやハーフリング、オーク族の使用人たちだった。

 

「さぁさぁ皆様! 今日は無礼講ですわよ! 飲めや歌えの大宴会ですわーッ!」

 

 さっきまでの冷徹な為政者はどこへやら。完全にお祭りモードへと移行したゲルダの号令で、厳粛だった謁見の間は、あっという間にド派手な宴会場へと早変わりしてしまった。

 もうなんかこの人と話してるとテンションの温度差で風邪を引きそうだ。

 

 運ばれてきたのは、東部の森で獲れたという巨大な獣の丸焼き、見たこともない色鮮やかな果実の山、そして淡く発光する琥珀色の果実酒がなみなみと注がれた大樽だ。

 どれもこれも腹を唸らせるほどの良い香りで、ヨダレが口の中でジュワジュワ染み出てくる。

 

「さぁエヴァン様! 今夜はアタクシが直々に、この甘ァい果実酒を口移しで飲ませて差し上げますわ! 遠慮せずにいらっしゃいな……ンンッ!?」

 

 僕の膝の上へダイブしてこようとしたゲルダの顔面を、巨大な木製の盾――いや、肉を盛るための大皿が、ガシィッ!と完璧なタイミングで見事にガードした。

 

「お退きください、痴女伯爵様。エヴ様の唇は、貴女のような発情した小動物に奪われていいほど安くはありません。」

 

 大皿を構えたまま、絶対零度の声で言い放ったのはルイーズだ。彼女の背後には、般若のような怒気を漂わせた幻覚すら見える。

 

「キーッ! さっきからなんなんですの貴女! 折角の良いムードをぶち壊しになさって! アタクシは同盟相手ですのよ!?」

「同盟と貞操は別問題です。エヴ様に一指たりとも触れさせるものか!」

「うるせーですわね牛女! エヴァン様のあの素晴らしい大胸筋が、アタクシを呼んでいるのが分かりませんの!?」

「誰が牛だぶっ殺すぞ!!」

 

 またしても始まった、東部のトップと我が筆頭騎士による次元の低いキャットファイト。

 僕は頭を抱えながら、助けを求めて視線を彷徨わせた。

 

「バ、バルバラ! ちょっと止めてくれ……って、あれ?」

「ガッハッハ! なんだい東部の酒ってのは、甘いジュースみてェで水みたいに飲めちまうねェ! おいそこのデカブツ! ゴルグ隊長とか言ったか! アタシと飲み比べで勝負しようじゃねェか!」

「オォォッ! 北部の女傑よ、その喧嘩買ったァ! 我らダ・グルント重魔術騎兵の肝臓の強さ、とくと見せてやる!」

 

 頼みの綱のバルバラは、すでにオーク族のゴルグ隊長と肩を組み、自分の顔より大きなジョッキを煽って大爆笑していた。彼女の部下の傭兵たちも、東部の兵士たちと入り混じり、あっという間に意気投合してどんちゃん騒ぎを始めている。

 

「……もう、どうにでもなれ。」

 

 僕は深くため息をつき、手渡された木製の杯に口をつけた。

 喉を通る東部の果実酒は、驚くほど澄んでいて、冷え切っていた体を芯から温めてくれる。

 

「エヴァン、お疲れ様。……ハハっ、すごい騒ぎだね。」

 

 隣に腰を下ろしたのは、串焼きの肉をかじりながら笑うサーシャだった。

 

「本当にね……。ついさっきまで、国の命運を懸けた交渉をしてたのが嘘みたいだ。」

「でも、悪くない景色だろ?」

 

 サーシャの言葉に、僕は改めて広間を見渡した。

 ヒュム、エルフ、ハーフリング、オーク。種族も身分も関係なく、北部から来た僕たちと東部の民が、同じ火を囲み、同じ酒を飲み、腹を抱えて笑い合っている。

 そこには、王都の貴族たちが「野蛮」と見下すような偏見はなかった。

 

「ああ……。本当に、悪くないな。」

 

 母上が守ろうとした国。僕が目指すべき未来の形が、このドタバタで騒がしい宴の席に、確かに存在しているような気がした。

 

「こら! 逃げるなチビ! 剣を持たずとも、私にはマドゥワス騎士団で培ったこの拳がある!」

「おーっほっほっほ! 当たらなければどうということはありませんわ! ほらエヴァン様、アタクシの華麗なステップを見て……ゃあっ!?」

 

 逃げ回るゲルダが、酔い潰れて床に寝転がっていた傭兵に足を取られ、盛大にすっ転ぶ。

 

「隙ありッ!!」

 

 そこにすかさずルイーズがのしかかり、ついに変態ロリ伯爵の捕獲に成功していた。

 

「ちょっとサーシャ、ルイーズが国際問題を起こす前に止めてきてくれ!」

「あはは! 了解、エヴァン!」

 

 僕は苦笑しながら、もう一口、果実酒を煽った。

 戦乱の足音は、確実に近づいている。

 だが今夜だけは、この騒がしくも温かい宴の喧騒に、身を委ねてもいいだろう。

 明日から始まる過酷な政治戦を前に、僕たちは束の間の平和を、心から楽しんでいたのだった。

 

 

 ☆

 

 

 大広間から響く宴の喧騒が、分厚い石壁に遮られて遠く背後に退いていく。

 底なしの樽酒を空にしてオーク族のゴルグ隊長と肩を組んで歌うバルバラや、すっかり泥酔した傭兵たちを介抱するサーシャたちを横目に、僕は密かに大広間を抜け出していた。

 

 領主の館の最上階に設けられた、見晴らしの良いバルコニー。

 扉を開けると、東部特有の冷たく澄んだ夜風が、火照った頬を心地よく撫でた。見上げれば、王都よりもずっと近く感じる満天の星空が広がっている。

 

「……途中から姿が見えなかったけど、こんな所にいたのか、ルイーズ。」

 

 石造りの手すりに寄りかかり、一人静かに夜空を見上げていた白銀の騎士が、僕の声に肩をびくつかせて振り返った。

 

「エヴ様……。申し訳ありません、宴の席を外してしまって。少し、夜風に当たりたくて。」

 

 ルイーズはいつもの凛とした騎士の顔ではなく、どこか気弱で、寂しげな表情を浮かべていた。月の光に照らされた彼女の横顔は、触れれば消えてしまいそうなほどに儚い。

 僕は彼女の隣に歩み寄り、同じように手すりに両腕を乗せた。

 

「いいさ。少し騒がしすぎたくらいだしね。……どうかしたのか? ゲルダ伯爵にからかわれたのを、まだ怒っているなら……。」

「違います。……いえ、あの発情した変態メスガキ伯爵のことは一生許すつもりはありませんが、そうではなくて。」

 

 ルイーズは小さく息を吐き出し、自らの両手をギュッと握りしめた。

 視線を足元に落としたまま、彼女はポツリポツリと、心の内に秘めていた想いを吐露し始める。

 

「今日……謁見の間で、ゲルダ伯爵と対峙したエヴ様を見ていた時。ふと、恐ろしくなったんです。」

「恐ろしく……?」

「はい。……エヴ様は、見事でした。丸腰でありながら一歩も退かず、北部の戦力を盾にして、武力ではなく言葉で東部の長と対等に渡り合った。あの場を支配していたのは、間違いなくエヴ様でした。」

 

 彼女の言葉には、主君への深い敬意と誇りが込められている。だが、その声のトーンは次第に沈み込み、微かに震え始めた。

 

「貴方はもう、『守られるべき主』ではありません。数千の軍勢を率い、国を動かす真の君主へと、ものすごい速さで成長されている。……そうしてエヴ様が遠い高みへ登っていくほど、ただ剣を振るうことしかできない私は……貴方の隣に立つ資格を失って、置いていかれるような気がして……。」

 

 絞り出すようなその声には、痛切な孤独感が滲んでいた。

 僕が強くなること。それは彼女にとって喜びであると同時に、「自分はもう必要なくなるのではないか」という護衛としての存在意義を揺るがす恐怖でもあったのだ。

 王都の戦いで剣を折り、泥にまみれても僕を守り抜こうと必死にもがいてきた彼女だからこそ、その焦燥感はあまりに重い。

 

「……馬鹿なことを言うなよ、ルイーズ。」

 

 だからこそ、僕は彼女に伝えなければならない。

 僕は身を乗り出し、彼女の冷え切った両手を、自分の両手でしっかりと包み込んだ。

 ビクッと体を震わせた彼女の碧眼を、真っ直ぐに見据える。

 

「僕が遠くへ行った? 冗談じゃない。僕の足元を見てくれ、泥だらけで、まだ何度も転びそうになっている。……僕が今日、あの化け物みたいな伯爵の前でハッタリをかまして立っていられたのは、背中に君がいてくれたからだ。」

「エヴ、様……。」

「君が背中を守ってくれているという絶対の安心感がなければ、僕は一歩も前に進めなかった。……僕がここまで来れたのは、君がいたからだ。これからも、僕が道を踏み外しそうになったら、君がその剣で、あるいは今日みたいに拳で、僕を正しい道に引き戻してほしいんだ。」

 

 彼女の手に、ぎゅっと力を込める。

 伝わってくる彼女の体温が、少しずつ熱を取り戻していくのが分かる。

 

「……僕は、英雄になりたいわけじゃない。」

 

 僕は星空へと視線を移し、ずっと胸の奥に抱えていた『本当の願い』を口にした。

 

「母上の遺志を継いで、この腐った国を正す。でもその先にあるのは、権力なんかじゃない。……こんな事を言うのは騎士として、領主として失格なのだろうが……昔、幼年騎士団の頃。僕と君と、ネリーで、マドゥワス騎士団の皆で、時間を忘れて剣を振り回して、泥だらけになって笑い合っていたあの頃。……あんな風に、皆でまた、安心して楽しく暮らせる日を取り戻したいだけなんだ。」

 

 あの頃の僕たちは、ただ純粋だった。

 未来に何の疑いも持たず、ただ隣にいる幼馴染たちと笑い合える明日が永遠に続くと信じていた。

 そんな当たり前の春を、僕の領地に、そしてこの国に取り戻す。それが僕の最終目標だ。

 

「だから……その日が来るまで、いや、その日が来てからも。僕の隣には、君がいてくれなきゃ困る。……これからも、どうか僕を支えてくれないか、ルイーズ。」

 

 僕の言葉に、ルイーズの大きな碧眼から、ポロリと一滴の涙がこぼれ落ちた。

 彼女は慌てて目元を腕で乱暴に拭うと、星空の下で、かつての幼年騎士団の頃と何も変わらない、本当に綺麗で、あどけない笑顔を咲かせた。

 

「……はい。……勝手なことを申し上げました。私の居場所は、エヴ様の隣以外にありませんね。」

 

 彼女は僕に握られた手をそっと握り返し、騎士として、そしてかけがえのない幼馴染として、深々と頭を下げる。

 

「マドゥワスの剣として、そして貴方様の友として。……皆でまた笑い合えるその日まで、この身が果てようとも、どこまでも貴方様にお供いたします。」

 

 東部の冷たい夜風が、二人を包み込むように優しく吹き抜けていく。

 月光に照らされたバルコニーで、僕たちは確かな絆を再び結び直した。

 戦乱の足音は、もうすぐそこまで迫っている。

 王都に巣食う徹底抗戦派、そして裏で糸を引く帝国の影。これからの道は、これまで以上に過酷な修羅の道になるだろう。

 けれど、今の僕の心には、もう一欠片の迷いも、恐怖もない。

 振り返れば、大広間からはまだ絶え間なく、仲間たちの明るい笑い声が響いてきている。

 この騒がしくも温かい日常を、永遠のものにするために。

 マドゥワスの若き狼と、彼を支える誇り高き白銀の騎士は、静かに、そして力強く、来るべき決戦の朝を見据えていた。 

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