「はぁ…」
天宮駅前、士道はため息を吐いた。
今日は土曜日、狂三とのデートの日である。
服は琴里に選んでもらい、右耳にはインカムが装着されている。
そして四糸乃、耶倶矢、夕弦は〈フラクシナス〉で待機してもらい、このデートを見届ける様になっている。
「本当に大丈夫なのかなぁ…」
『…しっかりしなさい』
「…悪い」
正直まだ不安が無くなったわけじゃなかった。
調べたところ、時崎狂三はかなり危険な精霊で、〈ラタトスク〉や〈AST〉からもマークされていた。
…そんな精霊とデートである。
「あら士道さん、お待たせしました」
と、そこに狂三がやってきた。
いつもの制服とは違い、黒のワンピースを着ている。
…とても美しい…だが、それ以前に狂三は精霊、とてもじゃないが褒める気分にはならなかった。
『ほら士道、ボサッとしてないで、オシャレしてる女の子を褒めないでどうするの』
「お、おう…」
インカムから響く琴里の声を聞き、重い口を開いた。
「おう…狂三、その服似合ってるぞ」
「まあ、士道さんにそう言って貰えるだなんて、嬉しいですわ」
「お、おう…」
笑顔で話しかけてくる少女が”最悪の精霊”とは思い難かった。
ーーだって、こんなにも無邪気に…
「あ、そうだ。今日はどこに行くんだ?」
「そうですわね、今日は動物園にでも行きませんこと?」
「動物園か…」
そういえば、もう長いこと動物園にも行っていない。
最後にいつ行ったかさえも覚えていない。
『ま、悪くないわ…士道、狂三と動物園に行ってらっしゃい』
「おう、わかった」
琴里の指示に答え、狂三の方を向いた。
「じゃ、行こうか」
「はい」
そして、士道は狂三と歩き始めた。
ーーそれから。
入場料を払い、様々な動物を見て楽しんだ。
最初は抵抗があったが、だんだん狂三にも慣れ、動物園を半分ほど見て回った時には、ほとんど警戒を解いていた。
『いい調子じゃない。これなら今日中に決着をつけられるかもしれないわね』
琴里の上機嫌な声と対照的に、狂三が不可解な質問をしてきた。
「ーーねぇ士道さん。この動物達は…可哀想だとは思いませんこと?」
「可哀想…?どうしてだ?」
「元いた場所から移され、狭い檻の中で好きなこともできないまま寿命を迎えるのですわよ?それを考えたら可哀想だと思いますの…」
「うーん…」
士道は頬をかき、曖昧な答えを返した。
「この動物達はそれなりに幸せなんじゃないのか?確かに狂三の言うことも一理あるが、俺はそうは思わないな」
「そうですの…」
狂三はそれ以上話そうとはしなかった。
その質問以降、ふつうに動物園をまわった。
ーーそして帰り道。
「士道さん…士道さんはあの動物達が幸せだと答えましたわよね?」
「あ、ああ、そうだが」
「わたくしはそうは思いませんわ。…だって、あの動物達はわたくしと同じですもの」
「…は?」
狂三の言うことが理解できず、目を丸くした。
「…でも、動物達だって牙を向くかもしれませんわ」
「おい、どういうこと…ッ!?」
士道は凄まじい頭痛に襲われ、その場に膝をついた。
『これは…広域結界!?』
狼狽に満ちた琴里の声が聞こえるが、返している余裕がない。
立っていることすら困難だった。
「くる…み…」
「きひ、ひひひひ。神威霊装・三番(エロヒム)」
狂三の方を見ると、今まで着ていたワンピースが消え失せ、変わりに赤と黒のドレスを纏っていた。
霊装、精霊を守る絶対の城である。
「一体何を…」
周囲の人が次々倒れていく。
狂三の左目に目をやると、黄金の文字盤の時計の針が高速で逆回転していた。
「素敵でしょォ…?【時喰みの城】(ときはみのしろ)…わたくしの影を踏んでいる対象の時間を吸い上げる結界ですわ」
「時間を…?」
「まぁ、言い換えるとすれば…寿命…ですわね」
「なっ…」
【フラクシナス】で警報が鳴り響き、クルーが慌ただしく移動をはじめる。
「ええい、見ておれん!我が士道を助けに行く!」
「同調。黙って見ているわけにはいきません」
そう言い残し、耶倶矢と夕弦が限定霊装を身に纏い、【フラクシナス】を後にする。
「私も…行きます…」
四糸乃が行こうとした時、琴里が静止に入る。
「ダメよ、四糸乃。相手は【ナイトメア】なの。本来耶倶矢や夕弦が行くのも間違ってるわ。…あなたが行っても…士道が悲しむだけよ」
「そんな…」
四糸乃は絶望と無力感に浸り、その場に膝を折って倒れ伏した。
「無事であったか、士道!」
「同意。大丈夫ですか、士道」
「二人とも…!」
耶倶矢と夕弦が士道の元へやってくる。二人の霊力は現在士道の中に封印しているので、霊装が不完全だった。
「あらあら…。また精霊が増えましたわね…。かまいませんわよォ?全部まとめて美味しくいただきますわ」
狂三が怪しく笑うと、影から無数の手が出てきて八舞姉妹を拘束しようとする。
「ふん、そんなもの捕まらなければいいのだろう?」
霊力を封印しているとはいえど、二人とも颶風の御子、凄まじい速さで手を避ける。
「そうですわねぇ…。精霊二人を相手にするのは少しばかり不利かもしれませんわね…。仕方ありません、”わたくし”にも手伝って貰いましょう」
狂三がそう言うと、足元の影から数十人の”狂三”が出現した。
「な…これは…」
「驚嘆。これはどういうことでしょう」
二人とも士道と同じ反応だった。
それもそのはず、狂三が数十人存在しているのだ。
「これは私の過去、私の履歴…様々な時間軸の”わたくし”ですわ」
「きひひひ…」 「あらあら…」
「精霊相手に…」 「天使なしでは…」 「少しばかり…」
「部が悪いかもしれませんわね…」
そして”オリジナル”であろう狂三が右手を掲げる。
「さあ、さあ、おいでなさい、〈刻々帝〉(ザフキエル)!」
狂三がそう言うと、狂三の両手に古式の短銃がが握られ、巨大な時計が出現した。
天使ー精霊の誇る最強の矛。
「くく…天使など恐るるに足らず!〈颶風騎士〉(ラファエル)-【穿つ者】(エルレエム)!」
「呼応。〈颶風騎士〉(ラファエル)-【縛める者】(エルナハシュ)!」
それぞれ耶倶矢には槍が、夕弦にはペンデュラムが握られる。
それと同時に、狂三の分身体が銃を構え、八舞姉妹に向けて一斉に発砲を始めた。
「耶倶矢!夕弦!」
士道が叫ぶも心配は無用だった。
「ええい、鬱陶しいわ!多様なものが我ら颶風の御子に効くと思うてか!」
「同意。甘く見過ぎです」
耶倶矢と夕弦は天使を使い全ての銃弾を弾き飛ばしていた。
「あらあら、”普通”にやっていてはいくら時間があっても足りませんわね。ならこうしましょう。〈刻々帝〉(ザフキエル)-【一の弾】(アレフ)!」
狂三が叫ぶと後ろの巨大な時計の『Ⅰ』の部分から影が出てきて、狂三の銃に吸い込まれていく。
次の瞬間、狂三は何のためらいもなく自分のこみかめに銃を向け、引き金を引いた。
「なっ…!」
「はっ。血迷ったか!」
「疑念。いったい何を…」
三人が目を丸くした。
それもそうだ、狂三は今自殺行為に及ぼうとしている。
しかし、その考えは違った。
引き金を引いた狂三がその場から消え、瞬間八舞姉妹の後ろに移動していたからだ。
「なっ…貴様…!」
狂三が耶倶矢に銃を向け、引き金を引くと、耶倶矢はその銃弾をギリギリで捌いた。
「…まさか【一の弾】(アレフ)で”時間を早めたわたくし”の動きに対応できるとは…大した動体視力ですわ」
「ふん、敵に褒められても嬉しくないわ」
そこで士道はようやく理解した。
今しがた狂三が撃った弾、【一の弾】(アレフ)という弾は、撃った対象の時間を早める弾らしい。
その狂三に瞬時に対応できた耶倶矢の動体視力は大したものだ。
「はぁ…燃費は良くないですがこの際仕方ないですわ」
狂三がわざとらしく溜め息を吐く。
そして右手に持った銃を耶倶矢に構えた。
「…〈刻々帝〉(ザフキエル)-【七の弾】(ザイン)」
すると今度は『Ⅶ』の文字から影が出てきて、狂三の銃に装填された。
そして耶倶矢に向け、銃を発砲した。
「学習しない奴め、そんなもの我らに効くと思うてか!」
「注意、耶倶矢、さっきと弾の種類が違います」
「なっ…」
夕弦が注意を呼びかけたがもう遅い。弾を弾いた弓弦がその場に停止し、動かなくなってしまった。
「きひひ、ひひひひ。まず一人」
空中で動かなくなった夕弦に向けて、狂三の分身が一斉に発砲する。
そんな中耶倶矢は槍を構え、狂三本体に攻撃を仕掛ける。
「きっさまぁぁぁぁ!」
「まて耶倶矢!落ち着け!」
士道が叫ぶも耶倶矢は止まらない。
狂三に向かって槍を振った。
しかし狂三はその場から消え、瞬間耶倶矢の後ろに現れた。
「ーーそれでは御機嫌よう」
耶倶矢に向かって【七の弾】(ザイン)を撃つ。不意を突かれたことと、夕弦をやられたため周りが見えてなかったことにより、耶倶矢は【七の弾】(ザイン)を避ける暇なく撃たれる。
「耶倶矢!」
士道が呼びかけるも、耶倶矢はピクリとも動かない。
「…耶倶矢と夕弦に何をした!」
「【七の弾】(ザイン)…撃った対象の時間を止める弾ですわ。夕弦さんの方は”わたくしに【一の弾】(アレフ)を掛けてから【七の弾】(ザイン)を撃ちましたの”」
「くっ…」
技の重ね掛け。
自身の時間を早め、高速移動している時に相手の時間を止める。
避けようのない最悪のコンボだ。
「そろそろ士道さんの番ですわよ。わたくしに…」
そこで一回言葉を切り、ペロリと舌を出す。
「わたくしに”食べられてくださいまし”」
「ーーッ!」
目の前で、耶倶矢と夕弦が血まみれで倒れ、周囲は狂三の分身体に囲まれている。
ーー逃げることのできない最悪の状態である。
そして。士道の足元から手が現れ、身体のあちこちを拘束する。
ーまるで士道を引きずり込むかのように。
「…ごめんな四糸乃。俺、約束守れそうにないや」
士道は意を決した様に目を瞑った。
ーーごめんな。
「それでは士道さん、御機嫌よ…」
狂三が言いかけて言葉を噤む。
否ー最後まで発すことが出来なかった。
目の前にいた狂三が影となり、消えていったからだ。
「…どういうことですの」
地面の影から現れた狂三が怪訝そうな顔をする。いつの間に分身と入れ替わっていたのだろう。
「…【ナイトメア】、あなたはやり過ぎた。それ以上は見過ごすわけにはいかないな」
透き通った綺麗な声。
だがどこかで聞いたような、安心できる声だった。
「…どなたですの?」
狂三が狼狽に満ちた声で問いかける。
「名乗る必要あるのかなァ?ーそれ以前に、…私に名前はない」
士道が声のする方を見上げる。
漆黒の羽織を身に纏い、首には紅いリボンを付けている。
リボンを含む首回りにはネックレスが掛けられており、十字架が3つほど付いていた。
そして右手には身の背丈を軽く上回る”鎌”を持った少女が浮かんでいた。
ーーそう、まるで死神のような。
だがそれ以前に士道の目に入ったのは少女の顔だ。
「れい…な…」
その少女は、〈フラクシナス〉クルーである、白闇零那その人であった。数回ほど顔を合わしたことがある。間違えようがなかった。
「説明は後です士道さん。…すぐに片付けます」
零那がそう言い放つ。
「無に返せ、〈冥界覇者〉(ハーデス)!」
そう言いながら、手に持った鎌を狂三に向けて構える。
「さあ、私たちの戦争(デート)を始めましょう」
零那がそう言ったのを最後に、士道の意識はそこで途切れた。
さぁこの先どうしよう…
というかこの作品の狂三さんって時間無駄遣いしすぎだよね()
つか真那をいつ出そう…