書き溜め期間に入りまーす。
「な……! 僕達に下がれとは、どういうことですか!?」
前半終了直後、西ノ宮のベンチにて蓮の声が響き渡る。
彼の声色には納得がいかない様子がありありと籠められている。
「わが校の勝ちはこれにて確定致しましたので! 後はゆっくり休んでいただければと……」
「しかし、まだ後半が残っています!」
「問題ありませんよ。スコアは既に3-0。南雲原の選手も皆様に圧倒されていたではないですか」
「あの、監督……。私には南雲原がわざと抵抗しなかったように見えたんですけど……」
西ノ宮のマネージャーが監督にそう告げる。
適当を言っているのではない。彼女なりに試合を見届けた上での見解。
しかし監督は意に介さない。
どこの世界にわざと点を入れさせる選手がいるのか。彼のその主張は至極真っ当なものであり。
蓮も西ノ宮のマネージャーも、反論する言葉を持てなかった。
「まあまあ蓮さん。これ以上は弱い者いじめになりますよ。南雲原は大したことない、うちらの攻めに何もできていなかったじゃないですか」
「それは、そうだが……」
「流石にここまでやっていただければ、ウチの選手も中々に優秀ですので」
そこまで聞いて蓮は己の失態を恥じた。
試合開始直前、西ノ宮の選手達が自分達に向けていた感情を思い出したからだ。
余所者に自分達のチームを好き放題されて、彼等が良い気分になるはずがない。
監督としてもきっとそれはわかっていたはずだ。彼等の努力を誰よりも見ていた大人なのだから。
ライバル校である南雲原には確実な勝利を。だが子供達にもある程度の活躍を。
彼のその考えを全て汲み取れたわけではない。名門を率いているとはいえ、彼はまだ子供。大人の思惑の全てを理解しきることは難しい。
それでも、自分が見ることのできていなかったことがあったことを自覚することはできる。
そしてそれを、雷門中キャプテンの月影蓮は恥じるのだ。
(…………)
そしてもう一つ。
ハルが三点目を挙げるよりも前に、茉莉にしてやられたこと。
必殺技を使ったはずの自分が、技を使わなかった選手に敗れた。
一人のサッカー選手として、みすみす引き下がるようなことはできない。
(……仕方ない、か)
しかし、もう潮時だ。
監督の声は選手にも届いている。これ以上自分達が出しゃばることはできない。
冷静にそう判断した蓮はゆっくりと首を縦に振る。
「……わかりました。では、俺達は下がらせて貰います。西ノ宮中の勝利を願っていますよ」
「はい、それはもう!」
蓮とハルはベンチに腰かける。
一度退場した選手が再出場することはできない。
サッカーにおいて当たり前のルールを歯痒く思いながら、彼はピッチに戻る選手達を見つめる。
(……見届けさせて貰おう。赤袖さん、君の進んだ道を)
雷門を抜け、無名の学校に進学した茉莉。
彼個人としては、そこまで思うところがあるわけではない。
そもそも試合に出ることさえできなかった自分が何を言おうと負け惜しみに過ぎないのだから。
ただ、確かに自分を止めた選手として。
いずれ脅威になるかもしれない選手として。
彼女のプレーを見届けると決めた。
◆
『なんと! 前半三得点を挙げた円堂ハルと月影蓮が下がっています』
『絶好調の選手を下げるというのは、勝ちを確信したということでしょうか?』
笹波君の思惑通りになった。
『後半は確実に二人を下げてくる』。最初に聞いた時は意味がわからなかったけど、香澄崎先生の話を聞いたら腑に落ちた。
努力をした生徒には、少しでも成果を挙げさせてあげたい。
困ったような笑みでそう言った彼女は、きっと良い先生なんだと思う。
(だけど私も、皆を敗けさせるわけにはいかないの)
勝つ者と敗ける者。それらがいるから勝負は勝負足り得る。
私は敗けたくない。私を受け入れてくれた彼等のためにも、必ず勝つ。
笛が鳴った。後半戦開始、と同時に、笹波君から指令が飛ぶ。
「必殺技解禁です! 存分に戦ってください!」
「わかったぜ!」
「任せな雲明!」
こちら側の選手に活気が戻る。
折角練習した必殺技を封印させられて、少なからずストレスが溜まっていたんだろう。
正直気持ちはよくわかる。
そんなストレスを払拭するかのように、前線にいた選手達が駆けあがっていく。
あっという間にゴール前。ボールを持っているのは桜咲君だ。
「喰らえッ! ”剛の一閃”!」
「へ!? 必殺シュー、おわああああ!?」
決まった。早くも一点を返した。
桜咲君の強力な脚力から繰り出されるスーパーシュートは揺らぐことなく、ゴールネットに突き刺さる。
「おっしゃあ! やっぱ気持ちいいぜ!」
「一点取ったくらいで浮かれんな! さっさと戻るぞ!」
「わーってるよ!」
「でもなんか気分上がる~!」
「わかりますけど、次々行きましょ!」
桜咲君のガッツポーズに同調する忍原さん。
それを柳生君が諫め、木曽路君が次を促す。うん、良い関係性。
「クソッ、まさかアイツ等今まで本気を出してなかったのか!?」
「舐められてるねぇ、これは……」
「取り返すぞ!」
西ノ宮ボールでリスタート。
早速ボールを奪い取ろうとする前線陣に対し、彼等もまた必殺技を発動する。
「”エンデバーラン”!」
「うおっ、速っ!?」
木曽路君と柳生君が抜かれた。
だったら、止めるのは私の仕事!
「”スピニングカット”!」
「ああっ!」
宙を振り抜いた私の足から放たれる青い刃。
地面に着弾したそれは、青い壁を作りだし、相手選手を弾き飛ばす。
そのままボールは私の足へ。
「行かせるか!」
「”そよかぜステップ”」
そのままディフェンスを抜いてシュート、とはいかない。
抜いた直後に複数人がプレスをかけてくる。
強引に抜くとは厳しいかもしれない。
だけど私には二択が見えている。より確実なのは……。
「忍原さん、お願い……!」
「オッケー任せてー! ”ぐるぐるシュート”!」
ブレイクダンスの要領で回転する忍原さんの足からは螺旋が生まれる。
それはボールを巻き上げ、強烈なカーブと回転を伴いながらゴールへと進んでいく。
「”スウェットスティルネス”! あれ!? なんか滑るーーー!?」
二点目が入った。
忍原さんが私のもとに駆け寄ってくる。
「ナイスアシスト! ほーら茉莉ちゃん、ハイターッチ!」
「あ、うん。ハイターッチ……」
「ちょっと暗いよー!」
忍原さんは明るい。流石南雲原のアイドルだ。
(……なんかこの感じ、久しぶり……)
一瞬、ナオのことが頭に過った。
「? 茉莉ちゃんどうかした?」
「ううん、大丈夫。あと二点取らなきゃいけないから、戻ろう」
「そうだね! ほらほら、次々!」
「お前はさっき浮かれてただろうがよ!」
余計なことを考えている暇は無い。
時間はまだまだある。つまりそれは追加点を挙げられてしまう可能性も残っているということだ。
「……クソ、これ以上はやらせない!」
西ノ宮の面々が再び上がる。
前に出ているメンバーはまだまだディフェンス力が足りていない。
だから私が止めないと……!
「君は月影蓮を止めた選手だね?」
「…………」
「悪いが君は要警戒だ! はっ!」
「…………っ!」
成程、私が止めに入った時には大きくパスを繋いで迂回する作戦か。
南雲原の基礎能力は大したことないと、そう見込んでの判断だろうけど。
その評価は甘いと言わざるを得ない。
「”ダンシングタートル”!」
「んなぁ!?」
古道飼君の強烈かつ俊敏なディフェンスが敵からボールを奪う。
そしてそこからパスを受けたのは雨道さんだ。
「通りますよ! ”セカンドライフフープ”!」
バレエのような軽やかな動きで敵を抜き去る。
そして柳生君に向けてパスの出したのだが。
「貰った!」
「あっ!」
前半彼女がやったのと同じようにパスをカットされてしまう。
しかしそこに走り込んだのは弁天君。
「ボールを貰いに戴き参上! ”ムラクモトラップ”!」
「なっ、どこから……!?」
カットし、地に足をつけた直後に狩られた。
うまく気配を消していたみたいだ。
「業腹だが、主演は彼に譲ろうか。……柳生君!」
「任せろ弁天! ”天空サンダー”!」
弁天君がボールを打ち上げ、そこに柳生君がやってくる。
技名はあの時のパフォーマンスと同じ。
しかし今度はおふざけではなく、正真正銘の本物の技。
「スウェットスティルネェェェェェス!?」
真正面からぶつかり合った結果、体ごとゴールに押し込まれて三点目。
これで同点だ。
「うっしゃあ! 見たか!」
弁天君とハイタッチを交わす柳生君。
南雲原はどんどん勢いづいていく。
それを見て、私もジワジワと湧き上がってくるものがあった。
「私も、ゴール決めたい……」
でも私の役割はどちらかと言えば守備だ。
シュート技は、まだ思い出していない。
(……今回のところは役割に徹した方が良いよね)
得点力は威力の桜咲君と搦め手の忍原さん、そして空中からの柳生君とある程度揃っているように思える。
だったら私が出ていく必要は、多分無い。
「うし! 後一点だ! 気張っていくぞ!」
『おう!』
……うん。変に前に出て、この空気を壊すのも嫌だし。
私はサポートに徹しよう。
「クソッ、絶対勝ってやる! 助っ人に頼っておいてまで敗けたとあっては大恥だ!」
西ノ宮中のプレーには一層気合が入っている。
強豪にもきっと敗けない強い圧。
だが南雲原も気圧されることはない。
「”エンデバーラン”! 行けっ!」
「任せろ! ”エイムショット”!」
「通さないぜ! ”オラオラ四股踏み”!」
幕下君が技でシュートを踏み潰す。
渡されたボール。これを前線に届けるのが私の役目。
「っ、コイツ速い!」
「円堂ハル並じゃないのか!?」
パスターゲットは、あそこ!
「桜咲君!」
「うっしナイスパス!」
一度得点を挙げた桜咲君のもとに、ディフェンスプレスが襲い掛かる。
だがそれは彼もわかっていたらしい。
ディフェンスの裏をかくように、彼もまたパスを出す。そのターゲットは。
「――――私?」
「赤袖! 決めちまえ!」
「……わ、わかった!」
ブロックをかけてくる人はいない。
だけど視野の広いキーパーだけは私に反応している。
通常シュートじゃ無理だ。……だったら!
「”ドラゴンブラスター”!」
「なっ、速っ!?」
……入った。決まった。私が、逆転弾を。
「うおお! 赤袖先輩ナイス!」
「う、うん」
木曽路君のハイタッチ。
その後桜咲君ともハイタッチ。
それと同時に、笛が鳴った。試合終了。
4-3で、私達南雲原の勝利だ。
「これでサッカー部存続確定!」
「このまま雷門にも勝てちゃったりして!」
「バァーカ、んなもん当然だろ」
「最初に宣言したしな。日本一目指すって!」
そうだ。このチームは日本一を目指す。
これはその第一歩。目標にしてみれば、余りにも小さな一歩。
だけど今の私にしてみればとても大きな一歩に思えた。
笹波君も親指を立てている。
(こんな風に誰かと喜び合えたの、久しぶり……)
自然と笑みがこぼれる。
「……赤袖さん」
「……月影君」
月影君が近づいてきた。
思わず身構える。恨み言の一つや二つ、思っていてもおかしくないから。
「そんなに身構えないでくれ。俺は別に、君の選択をとやかく言う気はないよ」
「え、そうなの……?」
「勿論思うところはある人はいるだろうけど……」
「ああうん、そうだよね……」
雷門にしてみれば、私は裏切り者だろうし。
「でも俺はそれで良かったと思ってる。今の君はサッカーが楽しそうだから」
月影君の笑みは柔らかい。そして、どこか思いが籠められているような気がする。
「……あの」
「? どうした?」
「……ナオは、どんな感じだった?」
「……ああ、星村さんか。君のことを心配していたよ。流石に連絡くらいはしてあげたら良いのに」
「……怒ってない?」
「連絡を取らなかったことには怒ってるだろうね」
「……そっか」
「じゃあまた、赤袖さん。南雲原は未熟だけど良いチームだ。……もしかしたら、当たることもあるかもしれないな」
そうだね。
そこまでで、私達の会話は終わった。
このチームは強くなる。そんな気がする。
「おーい! 茉莉ちゃーん!」
「お前も来いよ。一緒に打ち上げでもしようぜ」
「……うん! 今行く」
色々と考えなくちゃいけないことは沢山あるけど。
今だけは、皆と勝負を喜ぼう。
次も皆と勝つために。