南雲原vs北陽、互いの五人のサッカーバトル。
南雲原の先攻で試合は始まる。
「行くぜッ!」
ボールを持ったのは桜咲。
前よりも精度の向上したドリブルで相手ゴールに向かって駆けていく。
「ふーん……?」
それに対し、北陽は立ちはだかりこそするものの、積極的に止めようという姿勢は見せない。
(コイツ等、わざと俺に撃たせるつもりか……? 舐めやがって……!)
試合放棄ではなく、しかし露骨なそのやり方に、桜咲は苛立つ。
相手の強面のキーパーである
「後悔すんなよ! ”剛の一閃”!」
西ノ宮との試合前に習得した必殺シュート。
蹴りの桜咲と、そう呼ばれた彼の脚力は正に一線級。
完璧なミートということもあり、確信に近い笑みを浮かべる。
「ふん」
しかし、陣内の反応は桜咲が思い描いていたものとはかけ離れていた。
鼻を鳴らし、心底失望したかのような無表情。
そのままゆったりと、彼は技の姿勢に移る。
「”グラビティデザート”!」
腰を落とすと同時に、陣内の両手に黒い衝撃が集まる。
それは操る鍵であり、両手を振るった瞬間、コートの砂が生き物かのように暴れ出した。
(威力は中々だが……それだけでは話にならん)
”剛の一閃”は良くも悪くもまっすぐ過ぎる。
シュートコースは読みやすく、それさえわかってしまえば、円堂ハルのような怪物が相手でない限り威力の減衰などどうにでもなる。
桜咲は彼と比べればまだまだ赤子。故に止めるのは容易い。
「雑魚が」
「んなっ……!?」
「嘘っ!?」
陣内は吐き捨て、ボールを蹴りだす。
落ちた先にいるのは忍原来夏。
他の北陽メンバーが取りに行く様子は無い。彼の行動は挑発も同然だった。
「…………! 舐めてくれちゃって! ”ぐるぐるシュート”!」
忍原の回転により生まれた風の渦がボールを巻き込み、そのままゴールへと向かう。
桜咲のそれとは異なりコースは読みづらい。
その分スピードも無ければ威力も無い。
故に、仕留めるのは簡単だ。
「”グラビティデザート”……。話にならんな」
「くっ……」
コースを読み取らせず、大事をとって必殺技を使わせた。
褒められるところと言えばそれくらい。得点にならないシュートなどどれも同じだ。
「次はお前だ。来いよ」
「くそったれが!! 今度こそ決めてやる!」
「頼むぜ柳生!」
「任せろ! ”天空サンダー”!」
高い位置から放たれる雷のシュート。
だが陣内は慌てない。慌てる理由が欠片も無い。
しかし。
「よっと」
「なっ!?」
割り込んだ空宮がシュートブロックに入り。
そのまま”天空サンダー”を受け止めてしまった。
「ありゃ、やっぱこんなもんか」
「余計なことを……」
「ごめんごめん。だって余りにも可哀想だったから、ついこっちのデータもあげようと思って」
不機嫌そうな陣内に対し、空宮な陽気な笑顔でそう答える。
「君達のことは大体わかった。んじゃ、次はこっちの番ね」
「っ、来る!」
「へぇ?」
走り出した空宮に対し、木曽路がプレスをかける。
意外にも速度があると目を細める空宮。
しかし、その程度は相手にならない。
「よっと!」
「ありゃ!?」
「何してんだ!」
あっさり抜かれてしまう木曽路のフォローに入ろうとする桜咲。
しかしブロックしようとした空宮の足元にボールは無い。
「ナイスパスです!」
ボールを受け取ったのは
彼女は空宮が二人を抜いたことを確認すると、即座にパスを出し返す。
「なんつー速さの連携だ……!」
「ほら行くよ、南雲原のキーパーさん?」
「来いッ!」
「ナイスガッツ! それじゃあ……”サンシャインブレード”!」
雲を突き抜けんばかりの跳躍。
そして足に籠めた陽光の如きオーラに鋭さを付加し、そのままゴールへと叩きこむ。
(……、これが!)
四川堂の脳裏に過るのは茉莉の言葉。
ただ叩き落とそうとするだけでは必殺技は防げない。
向かってくるのは刃の如き切れ味を纏ったシュート。刃物を素手で触れる者はいない。
だからこそ、今の四川堂では止められない。
(だが、逃げるわけにはいかない!)
今一番出遅れているのは四川堂自身。
それを自覚しているからこそ、彼はボールに手を伸ばす。
「…………ぐっ!」
数秒持ちこたえることはできた。
だがそれだけだ。四川堂の奮闘虚しく、ボールがゴールネットを揺らす。
「見た通り、大したことないね」
「まだだ、このまま終われっか!」
「すぐに逆転してやるんだから!」
南雲原の面々はすぐに試合を再開する。
しかし直前に圧倒されたためか、攻めの姿勢が消極的なものとなっている様子は否めない。
「うっしゃ! 行きますよー!」
そんな中、木曽路にボールが渡る。
相対するのは北陽の紅一点、騎士部だ。
「”分身フェイント”!」
「あら」
木曽路の姿が三つに増え、騎士部を攪乱せんと動き出す。
(……この人、巧いですね)
分身とパスを回し合い、騎士部の突破を試みようとする木曽路の動きは強豪レギュラーの彼女の目を引くほどのクオリティだ。
しかしどうも攻め気が見えない。自分が点を取るという選択肢を半ば捨てているようなその動きでは当然相手に読まれやすくなってしまう。
「”ザ・マトリックス”!」
「うわぁ!?」
どこからともなく数式が出現し、それに付随して出現したオーラが木曽路の進路を阻む。
それは彼の体だけを止め、ボールは騎士部の足元へと転がった。
「ふむ、こんなものか」
「新設相応の実力、ですね」
品乃がそう評し、騎士部もそれに同意する。
彼等は高いサッカーIQを持つが故に、今の一連でほぼ完ぺきに南雲原の実力を見切っていた。
決して悪いとは思わない。ポテンシャルには光るものがある。
しかしそれだけだ。ゴール前にボールを運んでシュートを撃つ。敵が来たら止める。
そういった基礎的な部分を漫然を行うだけで、どのように勝利するかのビジョンが無い。
シュートを撃っても決まるとは限らない。プレスをかけても止まるとは限らない。
だからこそ戦術というものが生まれ、今に至るまで洗練されてきた。
南雲原にはそれがない。とりあえず撃てばいいだろうの精神は、典型的な初心者の思考だ。
にも関わらず、一戦目は勝ててしまった。明確な理論に基づく勝利は活力になるが、漠然とした勝利はそれと同時に毒にもなる。
結果が全てとは言うが、それはそれに至るまでの過程を積み上げてから言うものだ。
北陽のメンバーは常にそのことを理解している。
だからこそ強豪として戦えている。
「終わりだな。ここからは遠慮なく勝ちに行こう」
「ですね」
品乃と騎士部が走り出す。
それだけで南雲原は成す術もなく。
「”パトリオットシュート”!」
「”サンシャインブレード”!」
「”ダイナマイトシュート”!」
品乃、空宮、騎士部の順で点を取り。
「これで最後だね!」
決勝点は空宮のゴールで、サッカーバトルは幕を閉じた。
◆
「…………」
0-5。結果は北陽の圧勝。
皆も何とか食らいついていたけれど、それでも明確な力の差を痛感させられる内容だった。
「どうやら本番前に勝負は決まったみたいだね」
「南雲原は戦術に光るものがあると聞いていたが、眉唾だったようだな」
相手にもキツいお言葉をいただいてしまう。
実際問題、南雲原が笹波君抜きで北陽に勝つのはどれだけ練習しても無理なんじゃないだろうか。
私と一緒に観戦していた雨道さん達も北陽の実力に絶句している。
「さて、前座は終了。勝負しようか、赤袖茉莉さん?」
「…………わかった。ただし互いにキーパーありで」
「こっちは良いけど……そっちは大丈夫なの?」
空宮征が四川堂君に目を向ける。
今の彼はかなり疲弊している。とても空宮征のシュートを受ける気力は無いだろう。
それでもゴール前には立ってもらう。
「……ごめんね、四川堂君」
「……ハァ、ハァ……! 問題無いさ……今は少しでも彼のシュートを見ておきたい」
「今回は止めに行かなくていいよ。……絶対、勝つから」
「赤袖さん……」
今、チームは完全に気圧されている。
このままじゃ敗けのイメージをつけたまま本番を迎えることになる。
それだけは駄目だ。このままじゃ勝てるものも勝てなくなる。
「…………良いね」
空宮征が獰猛に笑う。
どうもこの人はサッカーをしている時には性格が悪くなるみたいだ。
是が非でも私を狩る。そんな感じの目をしている。
「それじゃあ、一対一の勝負を始めます!」
騎士部登和の掛け声と共に私と空宮征は中心に置かれたボールに向かって走る。
そのままゴールを決めた方の勝ち。
先に取ったのは私だ。
「速いね!」
しかし簡単に抜き去ることはできなかった。
速さ対策は万全というわけか。円堂ハルとの対戦経験が響いていそうだ。
だけど私にはもう一つ高さという武器がある。それは相手も同じだが、跳躍力ならば絶対に敗けないという確信がある。
「……高い!」
空中勝負なら私に分がある。
だけど空宮征も流石だ。届かなくとも距離を詰めてくる。
高い判断力がないとできないし、何より肝が据わっている。
(……やらしい)
このまま足を振り抜けば、空宮征の顔面を蹴ってしまう。
本番なら一発レッドもありうる反則行為。
その事実が私の体を硬直させた。
「貰った!」
「しまっ――!」
「”オーバーグロウ”!」
ボールが閃光弾のように発光する。
目がやられ、立ち眩みがおきる。
「知ってはいると思うけど、俺達は雷門に惨敗した。例え逃げ出した臆病者でも、ここでアンタに勝つことには大きな意味がある!」
「空宮の勝ちだな」
「茉莉ちゃん、戻ってーーー!」
振り返ると、空宮征は遥か向こうにいる。
敗北。その二文字が過った。
(臆病者か……)
正しい言葉だ。
たった一度の敗北から逃げ、ここに流れ着いた私には相応しい言葉と言える。
(…………いや!)
たった一度。されど一度。
皆の前で敗けたくない。その思いが私の足を動かす。
「ハァアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」
「なっ!?」
私は全力で地面を蹴る。
一瞬、体が風になったかのような感覚があった。
「まさか、そこから!?」
既に空宮征はシュート体勢に入っている。
一秒後にはシュートを撃てる。一方、私との距離はまだ数メートル。
「もう遅い!」
「いや……!」
シュートの妨害をするつもりはない。
向かう先は自陣のゴール!
「俺とシュートのぶつけ合い? 面白い!」
届く! 届けッ!
「”サンシャインブレード”!」
勢いに乗ったまま、飛ぶッ!
「”ドラゴンブラスター”――――改!」
迫りくる”サンシャインブレード”に、私の進化したシュート技をぶつける。
威力は拮抗。全体重を乗せた鍔迫り合いのような状態が続き、そして。
「ハァ――――!」
私が、”サンシャインブレード”を蹴り返した。
「そんな!?」
だけど体勢は不十分であり、蹴り返したボールは大きく乱れてコートの外に零れ出る。
「……やるね。流石は元雷門だ」
「…………どうも」
口ではそう言っておくが、その実とても悔しい。
衰えているとはいえ、それでも私は南雲原で一番サッカーができるつもりでいた。
だけど実際は空宮征と同じくらいか、少し劣っている程度。
対して北陽は彼以外にも多数の優秀な選手がいる。
「……まだ決着はついてない」
「それもそうだ。続きをやろうか」
「いや、ここまでだ空宮」
しかし、品乃雅士が待ったをかけてくる。
「下鶴監督から怒っている。たかが視察でどれだけ時間をかけているのか、だそうだ」
「え? あー…………」
品乃雅士の言葉を受け、空宮征は困ったように視線を逸らす。
「……ごめん赤袖さん! 対決は本番まで持ち越しってことで!」
「え?」
「それじゃあね!」
そう言うと北陽の人達は去って行った。
残された私達は彼等の背を見つめる。
同時に疲労が一気に込み上げてきた。
「クソッ! まるで歯が立たなかった……!」
「雲明がいないと、俺達はここまで弱いのか……」
「何もできなかった……何も……!」
桜咲君、木曽路君、四川堂君。
南雲原と北陽。新設と強豪の差は大きい。必殺技どうこう以前にサッカーに対する経験の差が出た結果だ。
「……やっぱり、”春雷”を完成させるしかないんだね」
「……だな。あのキーパーを突破しないことにはどうしようもねぇ」
「俺ももっと技術に磨きをかけないとな~」
「……インスピレーションは得た。必ず形にしてみせるさ」
「っしゃぁ! そうと決まれば少し休んで、また特訓だ!」
(……皆のやる気が上がってる)
どうやら私の心配が杞憂だったみたいだ。
確かに北陽との差は埋めがたい。
だからこそ練習しないといけない。笹波君なら必ず勝てる策を出してくれる。それに100%応えられるようになるために、自分達も強くなろう。
(やっぱり、このチームは凄い)
私も勝ちたい。このチームで北陽に。
そのためにはまずは倒さなきゃいけない相手がいる。
四川堂君にも伝えた仮想敵。
私にとってのそれは、空宮征で固まった。