大変申し訳ございませんでした。
「とにかく北陽相手にはチームで勝つことを意識する必要があります」
サッカーバトルを行った翌日。
私達はコートの端に集まり、作戦会議を行っていた。
「皆さんが弱いとは思いません。だけど北陽はもっと強い。特にエースでキャプテンの空宮君は全国屈指の実力を持っている。単独で挑めば、赤袖先輩以外は間違いなく食われます」
それでもなお、北陽に真正面からあたって勝てるとは思えない。
それは私だけでなく、メンバー全員が感じていることだ。
「ですが空宮君の存在が弱点でもある。北陽のメイン戦術はスプリング杯でも見せた”トライダイブ”……。ですが、それが封じられた場合は品乃雅士が中心となる”シナノフォーム”で攻撃力を強化させてきます」
「隙を生じぬ二段構えってやつ?」
「いえ、隙ならあります。空宮征の一点突破で攻めてくる”トライダイブ”とは違って、”シナノフォーム”は複数のストライカーを展開する必要がある。そのぶん防御は薄くなるんです。僕等が勝つためにはその隙をつくしかありません」
「隙をつくって、具体的には?」
「これを見てください」
笹波君がホワイトボードのマグネットを動かす。
空宮征に選手四人がくっついている。この陣形は野球部との対決でも見たことがあるものだ。
「”ブロック・ザ・キーマン”!」
「その通りです。”ブロック・ザ・キーマン”で”トライダイブ”を封じて、”シナノフォーム”によって北陽全体を前のめりにさせる……そうすればキーパーは一人になるので、”春雷”で貫けます」
勿論、本番では臨機応変さも必要になりますが、と笹波君は付け加える。
だがこれが決まれば効果は絶大だ。
北陽には他にもタクティクスはあるが、それでもメイン二つを攻略することができれば格段に戦いは楽になるはずだ。
「ですがそのためには”春雷”を完成させること、そして”ブロック・ザ・キーマン”のためのチーム防御力を向上させること。この二つが大前提となります。メンバーはこの四人。赤袖さんと小道飼君には連携して他の選手の守備をお願いします」
「……あの雲明君、一つ良い?」
「古道飼君、どうぞ」
「僕が赤袖さんと一緒に連携なんて、できるのかなぁ?」
「えっ?」
古道飼君のその言葉に私は硬直してしまう。
そして考える。何か粗相をしてしまったのかと。
思い当たる節は無い。しかしだからと言って関係無いとは言い切れない。私には前科が多すぎる。
「……それは、どういう意味?」
「だ、だって……。僕なんかじゃ足手纏いになっちゃうんじゃないかって……。昨日のサッカーバトルだって、赤袖さんは凄かったし……」
「ちょっと何それ亀雄。私達は凄くなかったって言いたいわけ!?」
「い、いや違いますよ来夏さん! 僕が言いたいのは……」
よ、良かった。私と連携したくないってことじゃなかったんだ……。
でもそれはそれとして問題だ。どうやら古道飼君は昨日の戦いを見て気圧されてしまったらしい。
「大丈夫だよ古道飼君。寧ろ君が一番期待できるんだ」
「え?」
「……ウチのディフェンダーは皆凄いと思うけど、私の速さについてこれるのは古道飼君が一番だと思う」
「その通り。まずは赤袖先輩の真似をする形でやってみよう」
「……うん、わかった!」
これで方針は固まった。
ここから全力で特訓するだけ。相変わらずメニューはハードだけど、それでも確実に強さを取り戻している実感がある。
後古道飼君のスピードはやっぱり凄い。あの体でどうやってあんなに動いているんだろうか。
それからもう一つ。
古道飼君は特に私の動きを理解してくれている気がする。
連携をしていると特にそれを感じた。これは忍原さんに対しても同じことが言える。
木曽路君や柳生君とは普通程度なのに、一体どうしてなんだろう?
そして時は過ぎ、試合当日。
「申し訳ありませんが、指示を出すまで、”春雷”の使用は禁止します」
「はあ!?」
試合開始直前。
笹波君のその一言によって、チームに衝撃が走る。
忍原さんと桜咲君が編み出した”グラビティデザート”を打ち破るための秘策、”春雷”。
相手のタクティクスを封じたとしてもこれが無くては勝てない、勝利のための大前提。
にも関わらず、彼はそれを「使うな」という。
流石に意味がわからなかった。
「……どういうこと?」
思わず私も口を出してしまう。
今の南雲原に単騎で”グラビティデザート”を破れる選手はいない。
それは笹波君だってわかっているはずなのに。
「それは――――」
笹波君が何かを言おうとした直後、試合開始直前の合図が聞こえる。
もうピッチに向かわないといけない。
「……とにかく今の指示に従ってください」
「いやでも、流石に……」
「まあまあ赤袖。雲明には何か考えがあるんだろうさ」
「それは、そうかもしれないけど……」
柳生君の言う通りではあると思う。
だけど肝心の考えとやらが私には全くわからない。
(何か不測の事態でもあった……?)
思い返すが、特に何かがあったわけではない。
精々朝起きたら雨が降っていて、干していた洗濯物がびしょびしょになってしまったくらいだ。
その雨もすぐに止んだし、今回の試合に大きく関係するとは思えない。
「滑らないように注意しろよ」
「……わかってる」
私達は決められた配置につく。
その時、空宮征と視線が交錯した。
少し目の周りが腫れている。そう言えばさっき泣いていたことを思い出した。対決の後に知ったことだが、彼は笹波君の幼馴染だったらしい。
だけど、それもこの試合には関係無い。
「……勝つ。皆で、絶対に」
先の敗北を受け、今回は全員に気合が入っている。
私だって例外じゃない。
北陽を意識して連携の精度も高めた。後はこれまで培った力を発揮するだけだ。
『さあ、フットボールフロンティア九州予選第二回戦! 試合開始です!』
◆
『南雲原』
桜咲-忍原
木曽路-弁天-雨道-小手打-柳生
古道飼-幕下-赤袖
四川堂
『西ノ宮』
友部-空宮
騎士部-屯田-品乃-保平-新狩
矢倉-城壁-槍崎
陣内
笛が鳴った。
先攻は南雲原。桜咲がボールを受け取り、一気に攻めていく。
前の戦いでは彼の攻めがほとんど通じなかった。そのことを受け、今回は連携だけでなく単独突破の技術も磨いている。
その成果は確かに彼の中に染みついている。
「ほう、少しはマシになったじゃないか」
「ぐっ……」
しかし、短期間の練習でどうにかなるほど北陽の守備は甘くない。
一対一ならば突破できる選手もいるだろう。だが北陽はあくまでも戦術と連携を強みとしている。
一人で守り切れないのならば皆で守る。
戦術を駆使するという点で北陽と南雲原は似通っているが、そのような基礎を徹底しているという点においては対照的だ。
「空宮君!」
品乃が道を塞ぎ、騎士部が掠め取る。
そして美しい軌道を描き、ボールはチームの中心へと運ばれた。
「行くぞ! ”タクティクスストリーム”開始!」
”トライダイブ”・”ザ・クレイモア”・”サイドラインスピア”。
一度の掛け声で三つのタクティクスを同時に発動。
北陽エース空宮征の強みは、俊敏さと切り替えの早さ。
彼が中心となることで可能となったこの戦術は複数のタクティクスが絡み合っているが故に、対応することは容易ではない。
(マズい……。中央突破か? それともサイドを使ってくるか? 動きが読めない……!)
南雲原の選手が翻弄される。
普通に考るのならば中央突破こそ警戒すべき。しかしだからこそサイドの隙を狙ってくる可能性も否定はできない。
敗北によって単独性能で劣っていることを突きつけられ、チームでの分析では敵の戦術の巧みさを知った。
頭にあるのは、どうにかしてボールを奪わなければならないということだけ。
しかしどうすればいいのか。アドリブで動くべきか、作戦通りに行くべきか。
自身の判断そのものが信じられず、南雲原の動きが鈍っていく。
であるならば。
その迷いを振り払うのは
「皆さん、事前の作戦通りに!」
『!』
その声はどこまでも力強く響いていく。
それを受けて真っ先に動きだしたのは雨道だった。
続いて、他の選手も集まってくる。狙いは空宮征ただ一人。
「行きます! 必殺タクティクス”ブロック・ザ・キーマン”!」
「これは……」
他の北陽選手など眼中にないかのような一点集中。
空宮を封じれば、敵の突破力は大きく減衰する。
「ほう……?」
北陽監督、下鶴改は南雲原の動きに目を細める。
良い判断だ。彼は内心でそう素直に賞賛する。
(南雲原はまだ未完成のチーム……。一部を除けば個々の実力は決して高くない。下手に分散すれば簡単に突破される……。よくわかっているじゃないか)
だが、それだけで勝てると思っているなら甘いと言わざるを得ない。
空宮の対策をしてきたのは、何も南雲原だけではないのだから。
「……やるね」
空宮もまた、自身が封じられていることは理解していた。
彼等は本気だ。拙いながらも良い連携で圧をかけてくる。
大柄な幕下が真正面にいるせいで正面突破は困難。かと言って前方と側方へのパスコースは塞がれている。
ならば、やることは一つ。
「品乃先輩!」
「任せろ。攻撃重視の”シナノフォーム”の力を見せてやろう」
戦術が誘導されたことは理解している。
だが、だから何だというのか。この程度で防げるというのなら舐められたものだ。
南雲原の守備には決定的な弱点があるというのに。
「行くぞ!」
『おう!』
品乃を中心に複数の選手が駆けていく。
的確な視野によってパスをつなぎ合わせ、守りの薄い部分を的確に突き進む。
「き、来た……」
品乃の前に古道飼が立ちはだかる。
俊足な彼と茉莉は空宮以外に対する守備を任されている。
しかし品乃を相手にするには、今の彼では不足と言わざるを得ない。
「と、通しません!」
「通らないさ。ここならば十分に射程圏内だ」
「え?」
「”パトリオットシュート”!」
「ああ!?」
ブースターがついているかのように勢いよく、そして不規則な弾道を描いてそのシュートは飛んでいく。
(南雲原のキーパー、四川堂我流は技を使えない。これは決定的な弱点だ)
品乃の考えは正しい。
必殺技の有無は勝負を大きく左右する。二十五年前の雷門vs帝国においても、必殺技を持たなかったが故に雷門は帝国に蹂躙され、必殺技を得たが故に一矢報いることができた。
故に、勝負は見えている。油断も慢心も無く、品乃は冷静にそう判断した。
だがしかし。
品乃は一つだけ重要なことを忘れている。
それは極めて単純なこと。即ち、人は成長するということ。
四川堂は先の戦いで多くの失点を重ねた。多くのシュートに敗れた。
しかしそれは、多くのシュートを真正面から見据えてきたということでもある。
(……守るのは一点でなく、より広い範囲を。そのために必要なのは分厚い防護膜――――)
今回も逃げない。だがその理由は違う。
自身の中で築き上げたイメージを確かなものへと昇華するために。
「――――”氷結の舞”!」
サンシャイン・パトリオット・ダイナマイト。
どれもこれも熱を伴うものばかり。であるならば、それを凍らせる。
これこそ、四川堂が築き上げた『止める』ということ。
それはこの場において、確かなものとして結実した。
「何っ!?」
「……よし!」
『止めたァアアアアア! 南雲原キーパー四川堂我流! 北陽のシュートを見事に防ぎました!』
『新必殺技でしょうか! 素晴らしい技でしたね!』
「やっるぅ!」
「俺等も敗けてらんねぇな!」
「四川堂先輩、凄いや……!」
南雲原に活気が戻る。
四川堂がボールを投げる。それを受け取ったのは茉莉。
シナノフォームによって北陽の守備が薄くなっている。
その隙をつき、南雲原の強襲が始まった。
「しまった!」
茉莉の俊足でボールを運び、敵が集まってきたタイミングでパスを出す。
ボールを得た木曽路が既にゴール前にいるフォワード陣へと視線を送る。
「行かせませんよ!」
「ありゃ、あの時の……」
立ちはだかるのは騎士部。敗北の記憶が蘇る。
しかし、その上で木曽路は笑った。
「悪いんですけど、抜かせてもらいますね」
「なにを……」
「”ダッシュアクセル”!」
「っ!」
木曽路は一直線に加速し、騎士部と抜き去る。
以前とは異なる技により不意を突かれた彼女はみすみす突破を許してしまった。
「お願いします!」
「任せな! ”剛の一閃”!」
木曽路のパスからダイレクトでシュートを放つ桜咲。
以前よりも威力の上がったそれを見て、やはりキーパー陣内は鼻を鳴らす。
「”グラビティデザート”!」
「クソ、駄目か……!」
「他のメンバーは中々に成長しているようだが、お前はそうでもないようだな」
「何だと……!」
陣内の挑発に歯ぎしりする桜咲。
今の技を越えられるシュートならばある。だというのにそれを使えない。
このことが彼の大きなストレスとなっていた。
(雲明、何を考えてやがる……!)
桜咲の強烈な視線に雲明は気づいている。
このままではいずれ敗けることもわかっている。
それでも彼は表情を崩さない。
いずれ訪れる時を待ち、今は静かに戦いを見つめる。