前半が終了した。スコアは現在0-1。
終盤まではどうにか守りを成立させていた南雲原であったが最後の最後で点を取られてしまった。
ギリギリで得点されてしまった彼等には無視できないほどの焦りが積もっている。
「……おい、雲明。そろそろ”春雷”を使わせてくれ! このままじゃ、点が取れねぇ!」
「まだ使ってはいけない理由があるんです!」
剣呑な雰囲気すら漂う南雲原ベンチ。
しかし北陽も決して明るいわけではなかった。
「意外とやってきますね」
「ああ、前半だけで試合を決める気だったんだがな」
「想像以上に力の入ったディフェンス……。これ突破するの難しいですよ」
どうにか最後に点を取ったものの、まだ不安の残る点差。
守備に特化したチームならばこれでも良いのかもしれない。
しかし北陽はそうではない。確実な勝利を掴むためにはせめてもう一点が欲しいところだ。
「敵は空宮を中心に対策し、その他の選手は速度のある選手に対応させている。割り切った戦法だ」
「赤袖茉莉……。わかってはいたが強敵だね」
「太ってる彼も雑魚じゃないよ。大柄に見合わず速い」
攻撃陣が次々と敵の強みを挙げていく。
自分達の弱みを理解し、敵の強さを認める。そうやって北陽は勝ってきたのだ。
しかし、陣内だけは意見を出さずにいた。
「…………」
キーパーである彼は陣形には参加できない。
空宮が封じられ”シナノフォーム”を中心に攻めるしかなかった前半ではディフェンスとの連携も取りづらいはずだ。
それでも堂々と構えているのは自信故。自分の技は南雲原には破られない。
他の選手もそれをわかっているのだろう。特に彼に対して何かを言うことはなかった。
「皆、時間だ。優勢ではあるが油断はするなよ」
『はい!』
選手達は監督の言葉を受けピッチに戻っていく。
「……渇いてきたな」
地面を踏みしめた陣内はポツリと言葉を漏らす。
これなら咄嗟の踏み込みで滑ることも無さそうだ。
唯一の不安要素が取り除かれた彼は、いつもの仏頂面でゴール前へと戻るのだった。
そして後半が始まる。
ボールを持った空宮は即座に相手が集まることを察すると、後ろにいる品乃にパスを出す。
「また”シナノフォーム”か!」
「いや、違うな。……走れ空宮!」
「!?」
後半に向けて北陽が取る戦術。
それは相手の陣形を整わないうちに点を決める速攻。
俊敏な空宮ならば南雲原ディフェンダーの大半は振りきれる。
不安材料があるとすれば唯一人。
「来たね赤袖さん」
「……!」
赤袖茉莉だ。
しかし空宮はあの日の対決で彼女の弱点を見抜いていた。
赤袖茉莉は強い。北陽選手の大半は叶わない。
だが今の自分ならば弱点を突けば勝てる。
そんな確信が空宮にはあった。
「悪いけど、点は貰うよ!」
空宮は一気に茉莉との距離を詰める。
接触スレスレ。決してラフなプレイではない、ただ当たっているというだけだ。
威力もそこまで強いものではない。
だが茉莉にとってはこれ以上無く厄介なやり方だった。
「う……」
(やっぱり思った通りだ!)
この状態の空宮を止めることは決して難しいことではない。
しかし茉莉にはできなかった。何故か。空宮にしてもその理由は定かではない。
一つわかることがあるとすれば、彼女はラフなプレイができないということだ。
「随分と覇気が無いね! そんなんじゃ簡単に突破できちゃうよ!」
「そうはいかない……! ”ザ・ミスト”――――」
「遅いね!」
茉莉が霧を出すよりも速く、空宮は彼女の体をなぞるように回転して突破する。
こうなると後はキーパーだけ。
品乃のシュートを止めたのは見事だが、自身の”サンシャインブレード”を止めることはできない。
確信をもってシュートを撃つ。
「”サンシャインブレード”!」
「”氷結の舞”……! ぐうぅ……!」
ボールがネットに突き刺さる。これで0-2。
北陽は勝ちを確信する。
しかし彼等は気づかない。
この時、笹波雲明が南雲原の選手に何かしらのサインを送っていたことに。
◆
「…………くっ」
抜かれた。抜かれてしまった。
速攻に陣形が間に合わなかったのはまだ良い。
しかしだからこそ、さっきの私には余裕があった。
止めなければいけなかった。練習の時はずっと空宮征を仮想敵としていたはずなのに……!
「……赤袖さん」
「古道飼君、ごめん……。私、役に立たなかった……」
「そんなこと……!」
空宮征に体を寄せられた時、自分でも力が抜けていくのがわかった。
このまま無理に奪い取ればファールになる。そう思うと体がうまく動かなかった。
西ノ宮戦の時だって”スピニングカット”で相手を弾いた。その時は大丈夫だったのに。
『うぅ……!』
稲妻KFCの時。雷門にいた時。
敵味方問わず、あの時私の強引なプレーの余波を受けた選手はどうなった?
「……あ、あの!」
「……なに?」
「雲明君が……!」
古道飼君の言葉を受けてベンチを見ると、笹波君が桜咲君達に指示を出している。
そしてそれを受けた彼等の顔は晴れやかになった。
「……もしかして、”春雷”解禁?」
「みたいです!」
「……そっか」
どういうことかはわからない。
だけど勝ちの目ができたことは確かだ。
なら勝たなきゃ。
「攻めよう、古道飼君」
「はい!」
笛が鳴る。
南雲原のカウンターだ。敵はがっちりと陣形を組んでいる。
このまま逃げ切る作戦のようだ。
「こっち!」
「頼んます!」
木曽路君からボールを受け取り、ゴール目掛けて加速する。
何人かのディフェンスが来るが関係無い。隙間は見えている。
「”スプリントワープ”!」
「前より速く……!」
ディフェンスの合間を縫い去り、完璧な抜け出しを見せる忍原さん目掛けて大きくセンタリング。
「何度来ようと無駄だ!」
陣内伍兵が声をあげる。
しかし今回ばかりは気圧されることはない。
「無駄かどうかは――――」
忍原さんの強烈な回転をかけた先行キック。
それを見た瞬間に今までの技とは違うということがわかったらしい。
だけど、もう遅い。
「――――コイツを止めてから言いやがれ! ”春雷”!!」
桜咲君のジャストミートが決まった。
青い雷を纏ったシュートが地面を抉りながらゴール目掛けて突き進む。
威力とスピード、そして全貌を覆い隠す砂塵。
それらが混然一体となったそれに、陣内伍兵は反応できず。
そのままゴールネットに突き刺さった。
「やったぜ!」
「”春雷”成功!」
桜咲君と忍原さんがハイタッチする。
一方で北陽の選手達は唖然としていた。
「このタイミングで新技だと……!?」
何故今まで撃たなかったのか。
北陽だけでなく私達でさえ感じていたその疑問に答えたのは笹波君だ。
曰く、午前中まで雨が降っていたことで地面が濡れ、十分な効果が発揮できないと思われたことが原因らしい。
必殺技は必殺であるべき。それは確かにその通りだ。さっきの光景を見てしまえば納得するしかない。
だけどそれならそうと最初に言っておいてくれれば良かったのに。
「けど後二点取らねえとな」
「そうじゃん! 浮かれてらんない!」
柳生君の発言を受け、私達は急いで戻る。
そしてボールを持つ北陽の出方を伺う。
さっきのような速攻で来るか、あるいは”シナノフォーム”で来るか。
向こうが取った選択は前者だった。
(また、私のところに来る……!)
止めなきゃいけない。
ここで追加点を入れられたら敗け一直線だ。
「”スピニングカット”!」
地面に青い衝撃が走る。
衝撃波の壁に道を塞がれ、空宮征は品乃雅士へとパスを出す。
「行くぞ! ”シナノフォーム”!」
攻撃陣形が組み上がった。しかも今回は空宮征も含まれている。
「弱点はどんどん突かせて貰うよ」
「うっ……!」
また距離を詰められた。
空宮征がパスを受ける。私が邪魔で四川堂君はシュートコースが読めない。
”ザ・ミスト”で視界を塞ごうにもこの距離じゃあ無理矢理撃たれても失点する可能性が高い。
このままじゃ……!
(”スパイラルドロー”で……)
………………駄目だ。
出ない。”スピニングカット”のように衝撃波の壁を生やすならともかく、直接吹き飛ばすとなるとどうしても体が竦んでしまう。
化身も同じだ。今の私に”ムスビ”は応えてくれない。
「サッカーで接触を恐れるなんてナンセンス! このまま追加点貰った!」
「させない! ”ダンシングタートル”!」
「うわっ!?」
しかし割り込んできた古道飼君が空宮征からボールを奪う。
「赤袖先輩!」
「!」
古道飼君からのパス。絶好のカウンターの機会だ。
「”スプリントワープ”!」
一気に加速し、ゴール前へ。
技を終えた直後にディフェンスが塞いでくるが、パスコースにはまだ開きがあった。
「お願い!」
「オッケー任せて!」
「今度は止めてやる!」
「やれるもんならやってみな! ”春雷”!」
「うおおお! ”グラビティデザート”!」
至近距離から放たれた”春雷”に対し、陣内伍兵は見事に技を合わせてくる。
それでも止めるには至らず。
「よっしゃあ!」
「ナイスシュートだ桜咲!」
「ちょ、私もいるんだけど!?」
2-2。同点に追いついた。
「……ピンチだね」
一気に追い上げられた北陽だが、冷静さを失うことはない。
残り時間はあと僅か。次の一点が勝負になる。
だけど、今の私は完全に足手纏いだ。
「…………あ、あの」
「何やってんだ二人共! 時間ないんだ早く戻れ!」
「あ、すみません!」
柳生君の声が響く。
私達は急いで自陣に戻る。
「残り時間は少ない。出し惜しみは無しで行きましょう」
「そうだな。どの道次で決められなければ勝てない」
「はい。”トライダイブ”と”シナノフォーム”のタクティクスストリームを見せてやる!」
笛が鳴った瞬間に北陽メンバーは走り出す。
”トライダイブ”での中央突破の陣形を維持しながらの”シナノフォーム”による攻撃特化陣形。
しかも交互にパスを出し合っている。
空宮征を止めるべきか、品乃雅士を止めるべきか。笹波君も決めあぐねている。
いやこれは、『待て』の指示?
それを確認した私達はじりじりと下がっていく。
どちらが来ても良いように、体勢だけは整える。
そして直後。
「空宮君を止めてください! ”ブロック・ザ・キーマン”です!」
「な!?」
「了解雲明!」
品乃雅士がパスを出すと同時に、笹波君から指示が飛んだ。
木曽路君、私、柳生君、弁天君。
四人で彼の周囲を完璧に固める。
「貰うぜ!」
「クソッ!」
柳生君と空宮征が同時に空中でぶつかり合う。
肉弾戦を制したのは柳生君。そして小手打さんがそれを受ける。
「通さない!」
「”ハヤブサ返し”!」
ここで今まで一度も見せていなかった小手打さんの必殺技が炸裂した。
予想外の攻撃に対応できず、相手は突破を許してしまう。
「後一本、お願い!」
「任せろ! これで最後だ! ――――”春雷”!」
雷鳴と共に唸るシュートは再び”グラビティデザート”を撃ち破り。
「やっっっったァーーーーーーーーーーー!」
忍原さんの喜色の声と共に、試合は幕を閉じた。