転生者 赤袖茉莉のヴィクトリーロード   作:中二階

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勝利のためのチューニング

「……いた」

 

「意外と早かったな。……お前、こんなところで何してる」

 

「……茉莉ちゃんと、桜咲?」

 

 練習が終わって、すっかり日も落ちた頃。

 星が綺麗な夜空の下で桜咲君と一緒に帰路へとついていた私の視界には忍原さんが黄昏ていた。

 

 柔らかく吹き抜ける潮風に当たる彼女は凄く絵になっている。

 だけどその表情は暗い。

 いつもの元気な彼女にはおよそ似つかわしくない湿ったそれを見て、桜咲君が口を開いた。

 

「んだよお前、らしくねぇ顔しやがって」

 

 こういう時、すぐに隣に歩いて行ける彼は凄いと思う。

 きっと桜咲君も察している。笹波君に言われたデートがうまくいかなったこと。

 それどころかきっと、品乃君との溝がもっと深まっただろうこと。

 

「別に。ちょっと面倒臭いなって思っただけ」

 

「品乃とうまくいかなかったのか」

 

「……合わないのよ、アイツとは」

 

「はっ、マジでらしくないなお前」

 

 私もそう思う。

 あの忍原さんがこうもわかりやすく落ち込むなんて。いつもは落ち込んでいる暇があるなら突き進めとか、そういうことばかり言っている人なのに。

 準決勝以降、日に日に陰りが見ている気はしていた。

 しかしここまでになっているなんて思わなかった。

 

「まあお前に合わせられる奴なんてそうそういないわな。”春雷”の時も随分苦労させられたぜ」

 

「はあ? それはそっちのミートがしょぼいからだったでしょうが!」

 

「確かにそれもあるな」

 

「はんっ! そうやって自分の非を…………え?」

 

 忍原さんは信じられないというような感じで目を見開く。

 確かに意外ではあるかもしれない。だけど存外桜咲君は他人に合わせられる人だ。

 勿論自我が無いわけじゃないけど、それ以上に協調性も持っている。

 東風異国館との試合なんて特にそれが出ているように思えた。

 

「な、なによ気持ち悪い……」

 

「あ? 別に普通だっつの」

 

「だってアンタ、さんざん私の先行キックが安定しないとか言ってたじゃない!」

 

「言ったな。けど実際に”春雷”が完成してみれば意外とそうでもないってわかった」

 

 連携技は選手と選手の呼吸が合わないと成立しない。

 スタイルも実力も違う選手同士が互いに合わせて初めて完成するのが連携技。

 しかもそれはどちらかに合わせに行くだけじゃ意味が無い。

 ぶつけあって、認め合って、初めて実戦で使用するに足る技となる。

 

 だから他人に合わせるということをしてこなかった私は連携技ができていなくて、恐れずぶつけ合ってきた二人には”春雷”という技があるのだろう。

 

「俺にはミート力が足りてなくて、お前には回転をコントロールする力が足りてなかった。だけどそれができるようになったから”春雷”は完成したんだろうがよ」

 

「それは、まあ……」

 

「品乃とはどうだったんだ?」

 

「え?」

 

「合わねぇ合わねぇって言ってたけどよ、お前は合わせようとしたのか?」

 

「それは……」

 

「お前等のスタンスが真逆なんて、端から見ててもわかるぜ」

 

 感覚派と理論派。

 確かに正反対。だけどだからと言って絶対に合わないなんてことはないと桜咲君は告げる。

 

「雲明の奴だって品乃と同じ理論派だろ。けどお前、アイツと合わないなんて思ったことあるか?」

 

「……無い」

 

「だろ? だから感覚云々は関係ねぇ。お前がアイツを認めようとしてないだけだ」

 

「……そんなの、アイツだって同じじゃん。こっちのことあからさまに見下しちゃってさ」

 

「はっ、確かにな」

 

 初めて北陽メンバーが合流した時に言われた言葉は私も覚えている。

 ――――恐らくレギュラーの大半は北陽メンバーが戴くことになるだろう。

 確かにアレにはムカついた。一応勝ったのはこっちなのに、どうしてあそこまで言われなければならないのか。

 一応私の前では撤回してくれたけど、あれは多分完全な本心というわけじゃなかったんだろう。

 

「けどアイツは強ぇ。それにずっと長くサッカーに向き合ってる。一度はグレて投げ出した俺とは違って、ちゃんとな。悔しいが、それは事実だ」

 

「………………」

 

「んでそれはお前も同じだ。一度決めた目標に向き合って、迷うことなく突っ走ってきた。だからお前は日本一になれたんだろ」

 

「………………うん」

 

「品乃は自分をボロ負けさせた雷門に本気でリベンジを狙ってる。お前も本気で日本一を狙ってる。それって、同じじゃないのか?」

 

 忍原さんが顔をあげる。

 空には変わらず綺麗な星々が輝いている。

 それらはどれも違う星。だけど輝いているという点では同じ。何も変わらない。

 

「俺が言えるのはそんだけだ。……じゃあな」

 

 桜咲君は去っていく。何も言わず、振り返ることも無い。

 

「……忍原さん」

 

「なに?」

 

「自分に自信を持つのは、凄く良いことだと思う。カッコいいとも思う。あなたの場合、実績もあるし。

 

 ……でも、凄いのは皆一緒。頑張ってる人で、凄くない人なんていない。それを認めないで無視しちゃうと、痛い目を見るかもしれないから」

 

 思い浮かべるのは去年私を下した一人の選手のこと。

 彼の努力から目を背けていなければ、あの時勝てたのだろうか。

 それは今でも時々思うことだ。

 

「忍原さんがダンスで勝った人達は、凄くなかった?」

 

「……そんなことない。皆、凄いダンサーだったよ」

 

「だったらきっと、それが答えじゃないかな?」

 

「…………そうだね。うん、そうだ」

 

 忍原さんの顔に月明りが射し込む。

 綺麗だな。素直にそう思った。

 

「ありがとね茉莉ちゃん! 桜咲にもよろしく伝えといて!」

 

 忍原さんはどこかへと走り去っていく。

 追う必要がないことは私にもわかった。

 

「頑張ってる人に凄くない人はいない、か。良いこと言うじゃねえか」

 

 桜咲君、まだいたんだ。

 結局心配で帰れなかったんだろうか。

 

「……もっと早くに気づいてればよかったんだけどね」

 

「……そうか。でもそうすりゃお前はここにいなかったかもな」

 

「そうだね……」

 

 あの時に掴めたかもしれない栄光を惜しむ気持ちはある。

 だけど南雲原でするサッカーはとても楽しい。

 この相半する気持ちにも、いつか整理をつけなきゃいけない。

 

 痛む胸を抑えながら、私は空を見上げる。

 そしてその向こうにいる彼等へと、静かに思いを馳せるのだった。

 

「品乃」

 

「……忍原か」

 

 商店街のうどん屋の裏にあるサッカーグラウンド。

 南雲原の面々も時折顔を出しているその場所に、品乃雅士は立っていた。

 リフティングをしながら、誰かを待っているかのように立っていた。

 

「まだ帰ってなかったんだ」

 

「門限はとうに過ぎている。だがどうにも帰る気にならなくてな」

 

「そっか。空宮君辺りに何か言われた?」

 

「……そうか、お前もか」

 

「うん、桜咲と茉莉ちゃんにね」

 

 忍原は品乃に向き合う。

 互いが互いの目を見つめ合った状態で、先に口を開いたのは品乃だった。

 

「忍原来夏。君は何故サッカーを始めた?」

 

 尋ねるのが忍原の源点。

 一度はダンスという分野において全中優勝というこれ以上無いほどの勝利を収めたにも関わらず、また別の分野で一からスタートをきっている。

 その理由が品乃にはわからない。

 

「頂点が好きだから」

 

 しかし忍原はあっさりと答える。

 忍の家系に生まれたもののそれに馴染めず、厳しい祖父からは底辺の烙印を押されたというバックボーンはある。

 見返したいという思いもある。

 だが彼女にとってダンスはそのための道具だったというわけではない。

 純粋にダンスが好き。純粋に頂点まで駆け上がるのが好き。そして今は、サッカーで頂点まで行きたい。

 ただ、それだけのこと。

 

「深い理由とかは特に無いかな。ダンスで日本一になってモチベーションを失ってた時に雲明君からサッカーを魅せられた……それだけ。ただ他のスポーツでも良かったかと言われるとそうじゃない感じもするし、うーん……」

 

「直感というわけか」

 

「まあ、そういう感じかな。品乃は?」

 

「俺か……」

 

 品乃は考える。自分がサッカーを始めた理由。

 プロの試合を見た時? 初めてボールに触れた時? 友達とサッカーで遊んでいた時?

 今、自分がサッカーを好きな理由は言える。

 ゲーム性の高さ、最後まで気を抜けない緊張感、常に盤面を見渡し、思考を回さなければならない圧迫感。

 どれもこれもが大好きだ。

 だが最初からそれらがわかっていたわけではない。やっていくうちに気が付いたことでしかない。

 

「……何となく、だな。直感で楽しそうだと思った」

 

「なんだ、私と同じじゃん……よっと!」

 

「むっ?」

 

 忍原が品乃からボールを奪う。

 彼女が足元でボールを弄ぶと、前後に指を往復させる。口元は挑発的な弧を描いており、品乃の闘争心を昂ぶらせた。

 そのまま始まる1on1。しかし会話は途切れない。

 

「品乃はさ! どうして私のことが気に食わなかったんだっけ!?」

 

「直感で動きすぎるからだ! どう考えても行くべきではないルートに平気で進む! 笹波雲明の策がある時でなければ酷いものだ! こんな風にな!」

 

「そう! だったら反省する!」

 

「――――だが、陣内を打ち破った”春雷”は見事だった!」

 

 言うと同時に忍原のボールが品乃に渡り、攻守反転。

 対決は続く。

 

「そっちこそ、どうして俺に対して反発していたんだ!?」

 

「見下してくるから! 勝ったのは私達だし、元々サッカー部を立ち上げたのも私達! なのに平気で下に見てくるその態度がほんっとにムカつく! 後マニュアル人間過ぎ! 少し慣れれば簡単に見えてくるよ! ほらっ!」

 

「むぅ!? そうか、それはすまなかった! 苛ついていたんだ! 俺の不甲斐なさに!」

 

 再び忍原がボールを奪う。

 動きが良くなっている。それは彼女の成長によるものであり、自身の弱みによるものでもあった。

 

「自分の?」

 

「ああ。パーフェクトサッカーの北陽と呼ばれていながら雷門には完敗を喫し、更にはできたばかりのチームにまで敗けてしまった。挙句の果てには長年お世話になった下鶴監督にまで去られてしまった。……もしもあの時勝っていれば、こうはならなかったかもしれない。そう思うと、どうしても苛立ちが抑えられなかった。俺達を下したものを、俺には無い君の強さを、認めることができなかった。認めようと、しなかった」

 

「…………」

 

 それは、忍原にとって考えたことも無かったことだった。

 そうだ。彼女にとって笹波雲明が頼りになる戦略家であるように、品乃達にとっては下鶴監督がそうなのだ。

 北陽が強くなったのは彼に合理的な教育プログラムによるものが大きい。

 彼等にとって下鶴改という人物はとても大きいものだったはずだ。

 

 そんな人物が突如として自分達の前から消えた。にも関わらず、チームは普通に回っている。

 もしも立場が逆だったら。忍原の脳裏にそれが過る。

 慌てずにいられただろうか? 荒れずにいられただろうか?

 

 もしも目の前から雲明が消えてしまったら?

 もしも目の前からダンス部の面々が消えてしまったら?

 

 それが自分の結果不足故だとしたら。

 

「…………ごめん。私、あなた達のこと全然考えられてなかった」

 

「いや、結構。全ては俺の責任だ。俺が癇癪を起こしただけだ。君達はただ勝っただけ。なのに俺は身勝手に反発してしまった。皆はもう、とっくに前に進めていたというのに」

 

 品乃は数時間前の光景を思い出す。

 何も手につかず学校へと戻った時。皆の練習風景が見えた。

 

 騎士部と木曽路がやり取りしているのが見えた。

 友部と柳生が互いのシュートを評価し合っているのが見えた。

 桜咲が空宮に相手キーパーとの駆け引きの仕方を教わっているのが見えた。

 レギュラー落ちした四川堂が教えを請うべく、陣内に頭を下げているのが見えた。

 

 それだけじゃない。個人技選手権の後、既に茉莉が答えを出していたことを品乃は知っているはずだった。

 

「当たり前だ。当たり前のことだったんだ。下鶴監督は全国に行けと言った。それに応えるため、皆必死にやってる。その過程でレギュラー落ちをした選手だっている」

 

 サッカーは十一人でプレーするものだ。

 どれだけ人数がいようと、それは変えられない。

 一人が試合に出れば、一人は試合に出られない。

 至極当然。当たり前のこと。

 

「いつまでも喚いているわけにはいかない。レギュラーに選ばれた俺が、いつまでもウジウジとしているわけにはいかないんだ」

 

「……そうだね。私達にできるのは勝つために行動することだけだもんね」

 

「ああ! その通りだ!」

 

 二人はサッカーを続ける。

 互いを理解するために。チームを勝たせるために。

 

 その顔に不満の色は既に無く。

 

「品乃」

 

「何だ?」

 

「――――あなたの”シナノフォーム”も滅茶苦茶厄介だったよ」

 

「……ふっ、そうか。それは光栄だ」

 

「……よっし! 体も動かしたりないし、特訓しよっか! 私がいつもやってるとこで良い?」

 

「む? 学校のグラウンドじゃないのか?」

 

「練習が終わった後にやってる場所があるの! ほら、行くよ!」

 

 ただ純粋に、互いを認め合っていた。




この後滅茶苦茶特訓した。
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