大海原中との全国行きを賭けた戦いが終わった夜。
激闘を制した私達は生徒会によって手配された講堂にて打ち上げを行っていた。
中央に並べられた幾つかの長机には千乃さんによって手配された数多くの料理が並べられている。
皆は好きにそれを口に運びつつ、自分達の健闘を口々に讃え合っている。
「君は入らないのかい?」
「あ、四川堂君と木曽路君」
私のぼっちを察してか、二人がやってくる。
木曽路君は手に料理を盛った紙皿を持っているが、四川堂君は麦茶の入った紙コップだけだ。
「君がいなければ南雲原は勝ち進むことができなかった。本来なら中心に入っていても良いと思うけど?」
「そうっすよ! 先輩が止めてくれなかったら、何点入れられてたことか!」
二人はそう言ってくれるけど、やっぱりどうにも腰が引けてしまう。
「ありがと。でも、別に心配してくれなくても大丈夫。単にこういう雰囲気が慣れてないだけだから……」
本当の理由は違う。中心でチヤホヤされることは大好きだ。
ただそれをされると、また前の私に戻るみたいで少し嫌だから。
こうして距離を取って、自分を戒めておこうと思っている。それだけだ。
「それに、私以外の皆も頑張ってる……。皆がいないと勝てなかった試合も多かったし、私だけが持ち上げられる謂れは無いよ」
「そうですかね?」
「そうだよ」
木曽路君だってその中に入っている。
東風異国館との試合で品乃君が機能不全に陥った時は彼と柳生君、そして騎士部さんが中心になってくれなければ敗けていたかもしれない。
桜咲君や忍原さん、空宮君は言わずもがな。
古道飼君や雨道さんもディフェンスにおいても重要な役目を果たしてくれていた。
それに決勝、準決勝と試合に出ていない選手だってこの先きっと必要になる。
「……それに、何よりも笹波君がいたからこそだから」
あの日彼が誘ってくれなかったら、私はここにいなかった。
いつまでもサッカーから、自分のやりたいことから逃げていたに違いない。
だから皆の中心に立つべきは笹波君だ。
「はは、確かに」
「彼が誤解を解いてくれなかったら、僕は大きな間違いを犯していただろうしね」
「あ、それって廃部を突きつけてきたことを言ってます?」
「……まあ、そうだ」
「そんなのもう気にしなくて良いのに~」
「……いや、するさ」
四川堂君は神妙な面持ちでそう呟く。
表情は暗く、何かを噛み締めるように俯いている。
「……どうしたの?」
「……いや、何でもない。それよりもやっぱり君がこんなところにいるのは良くないよ。ほら、皆と楽しんでくるんだ。木曽路君も」
「あ、ちょちょ……」
「…………?」
四川堂君は私と木曽路君の背中を押してそう告げる。
生徒会では凛としていて覇気があった彼の声。だけど今はそれが随分としぼんでいるように思えてならない。
「あ、茉莉ちゃん! こっち来て来て~!」
「よ、待ってましたMVP!」
「雲明と並んでだな」
「そんなこと言ったら桜咲君も。得点数そっちの方が多いし……」
「お、そうか?」
いつの間にやら私の周りには色んな人が集まっていた。
この感じ、何だか懐かしい。もうすっかり四川堂君達の顔は見えなくなっている。
「……このチームに、僕は必要なのだろうか」
一瞬、四川堂君の口が動いた気がした。
だけどすぐに視界から消えて。
僅かに感じた違和感も、頭の片隅に消えてしまった。
◆
東京、お台場サッカーガーデン。
かつて松風選手率いるアースイレブンが宇宙に行く前、予選を戦った場所。
今やサッカーをやっている者ならば誰もが憧れるこの場所に、私達南雲原は立っている。
「遂にここに来られたか……!」
「何度来ても良い場所だ。魂が震える」
「経験者かよ」
「案内してあげようか?」
「いらねーし」
元から南雲原にいた皆は憧れの場所に着いたことへの歓喜を、スプリング杯にて既に訪れている元北陽メンバーは再びこの地を踏むことの意味を噛み締めている。
同時にいよいよ優勝の二文字が現実味を帯びてきたことへの昂揚もあるのだろう。
とは言っても興奮しているだけで浮かれているわけではない。
「こんな大舞台で勝てたら、絶対に気持ちいいよね~!」
「だな」
興奮と同時に、あるいはそれ以上に湧き上がっているものがあるのだろう。
勝ちにきた。どれだけ昂揚に満ち溢れても、それがブレることは決してないようで。
皆の顔には闘争心がありありと浮かび上がっている。
(……遂にきた)
私がここに来るのは二度目。
去年はああやって盛り上がっていたような気もする。
だけど今私の中にあるのは強い不安だ。全国的に高い注目を得るこの舞台に立って、私は一体どういう目で見られるのだろうか。
今でもSNSは見られない。
「……あれ?」
ガーデン内の施設を見て回っていると、唐突に皆の足が止まる。
前にいるのは木曽路君。彼の視線は少し前で談笑している人達に注がれている。
そしてそれを見た瞬間、私も思わず息を飲んでしまう。
黒を基調にした上着と灰色のズボン。
暗い二色に染められたそのジャージは、私にとってとても因縁深い学校のものだ。
去年の決勝にて雷門に立ち向かった猛者であり、絶望的な逆境から見事に逆転して王座を掴んだチーム。
「……京前嵐山」
今大会特別出場枠の彼等は王者に相応しい、威風堂々とした立ち振る舞いを見せている。
そして私達の視線に気づいたのだろう。
皆一様に視線を向けてくる。
「あれ? 南雲原じゃん。ぽっと出の」
真っ先に口を開いたのは背が小さく、目つきの鋭い男子だ。
西條リル。京前嵐山に入学して早々にレギュラーを勝ち取った彼は私達への明確な見下しを孕んだ様子でこっちに近づいてくる。
「つーか、なんか知ってる奴いるし」
「…………」
一瞬私かと思って身を振るわせるが、違った。
西條リルが顔を近づけたのは木曽路君だ。
「ソジじゃん! なんでお前がここにいんの?」
「……それは」
「決勝まで来たからに決まってんだろ」
どうにも因縁がありそうで、しかも明確な有利不利が形成されている二人。
言葉を詰まらせる木曽路君をフォローする形で桜咲君は口を挟む。
しかし西條リルには怒った様子は見受けられない。
寧ろそうなることがわかっているかのような、どこか軽蔑を含んだ様子で会話を続ける。
だが視線を向けているのはあくまでも木曽路君に対してであり、それ以外の面々には見向きもしない。
「そういうことじゃなくってさ。お前、こういうとこに来るキャラじゃないじゃん。存在感出したらお前じゃねーだろ」
「……どういうキャラなんだよ」
呆れた様子でツッコミを入れるのは
それに対し、西條リルは待ってましたとばかりに口を開いた。
「『繋ぎ』のソジ……。主役と主役の間を繋ぐ脇役」
「……」
脇役。そう呼ばれたことに対し、木曽路君が反論を見せる様子は無い。
「ここは全員主役の奴が来る舞台だぜ? お前の出る幕なんか無いっつの」
「どっちが主役はどうかは試合をしてみればわかることじゃないですか?」
言われっぱなしの木曽路君を見かねたのか、笹波君が反論する。
語気の強い発現。明確な自信が伴っているそれを、しかし西條リルは鼻で笑う。
「はあ? お前等のデータくらいこっちは叩きこんでんだよ。つかアンタもデータキャラならわかってんだろ? そっちに勝ち目なんざ百パー無いってことをさ!」
「データは常に更新していくものですよ。そんなこともわからないんですか?」
「はあ? 何だって?」
西條リルの表情がようやく歪んだ。
すかさず忍原さんが追撃する。
「なーんか、がっつり小物って感じの発言だね」
「んだと!?」
「よせ西條……。これ以上は嗚昇が怒るぞ……」
「……ちっ。つーかあの人はどこ行ったんだよ」
「さあ……。けど、携帯鳴ってたから多分電話だろ」
噛みつこうとする西條リルを屋城統が諫め、口上戦は沈静化する。
そう思われたのだが。
「……それに、こんな所でマウントを取らなくても俺達の勝ちは決まってる」
「あ?」
こちらを侮るでもなく、軽蔑するでもなく、ただ確信するような言い方。
そんな物言いに柳生君と桜咲君が反応を見せた。
しかし彼が見つめるのは二人ではない。
…………私だ。
「何せ、雷門から逃げ出したような奴もいる……」
「…………」
前髪から覗くハイライトの無い不気味な瞳。
鉢合わせてからずっと、彼は私を見つめていた。
「俺はお前と同じになった。だからわかる。……お前、化身使えなくなってるだろ?」
「……!」
「化身も使えないお前に敗けることなんてありえない……。こっちには化身と、もう一つの切り札があるんだからな……」
その発言に反論することはできなかった。
屋城統の言い分は間違っていない。
ただでさえ化身を使って惨敗を喫した私が化身を使えなくなっているのに対し、彼等は大幅なパワーアップを遂げている。
新たな化身使い、化身を越えるソウル。この二種を擁する京前嵐山が敗北する可能性なんて、それこそ万が一だ。
「……は。んだよ、コイツもか?」
「……? なんの話だ?」
「別に。……じゃーなソジ。そっちのセンパイと同じく、精々恥かかないようにしとけよ」
そう言い捨てて、京前嵐山は去っていく。
敗けることなんてありえない。その確信を深めたような雰囲気を纏い、私達を笑い飛ばしていった。
「ちょっと! 言われっぱなしで悔しくないの! 木曽路! 茉莉ちゃんも!」
「……しょうがないですよ! ホントのことですし!」
俯く私。誤魔化すように笑う木曽路君。
初の全国。初の東京。私達の行く先には早速暗雲が立ち込めていた。
「ほらほら! そんなことより、ササッと施設見て回っちゃいましょ! 赤袖先輩! 案内よろしく!」
「え、私?」
「もう、全く!」
◆
「――――だから、好きにしろよ。下らねぇことで電話してきやがって。もう切るぞ」
プッ、ツー――――、ツー――――、ツー――――。
通話終了の表示が出ているスマートフォンをポケットへと乱暴に放り込み、嗚昇鎌瀬は舌打ちを鳴らす。
通話相手は母親だ。内容は全国に出たことへの祝辞と、応援に行くことの報告。
普通ならば素直に了承してしかるべきものであるが、彼にとっては煩わしいことこの上ないものだった。
「ふぅ……――――」
雑念を吐き出すように呼吸を整え、定めたターゲット目掛けて足を振り抜く。
蹴り飛ばされたボールは美しい放物線を描き、吊り下げられたタイヤを貫通した後、ゴールネットを揺らす。
「うっし」
想定とは寸分の狂いも無かった。
そのことに満足するとすぐに別のボールを手に取り、放り投げる。
少し荒い回転がかかったそのボールは先程と全く同じ軌道を描いてネットに吸い込まれていった。
(円堂ハルは欠場……。スプリング杯で持ち越した決着はお預けか)
不満はある。予選決勝での対戦相手の辞退。
それによって空いた枠には抽選で帝国が入ることに決まった。
雷門は辛くも帝国に勝利したが、万全とは言い難い状況だ。
チームを率いる身として、自身に課せられた使命はただ一つ。
「……全員だ」
雷門も、帝国も、白恋も、英愛も、法令館も、偉仁銘文堂も。
そして無論、南雲原も。
誰が対戦相手であっても関係無い。
「全員ぶっ倒して、踏みつけて。負け犬が絶望した面をこの目で拝んでやる」
かつて藻掻くだけの魚であった少年は獰猛に嗤う。
四川堂先輩の活躍はまだお預け。特訓を挟んだ後、いよいよ京前嵐山との戦いです。
ここだけの話、三回くらい書き直しました。
因みにこの話で出てきた抽選枠は各ブロックの決勝戦で敗けたチームからランダムに、という感じです。
ぶっちゃけそこまで気にしなくていいやつです。原作と同じになっただけです。