「初戦の相手は前大会優勝校である京前嵐山。その最大の特徴は、『化身』を始めとしたオーラ戦術です」
化身。それは自分の中で気を練り上げ、魔人として顕現させた存在のこと。
十五年前の少年サッカー大会において猛威を振るい、それから暫くの間は化身使いを擁することが強豪の条件とされていたほどの時代を築いた、正に究極の個人技。
「知ってるぜ。けど最近は体力の消耗が激しくて使われなくなったって聞いてるけどな」
「はい。柳生先輩の言う通り、近年はデメリットの方を重く見られて使われなくなった化身ですが……京前嵐山にはそれをある程度カバーするための手段があるんです」
「化身共鳴……」
「はい」
私が呟いた言葉に笹波君が同意する。
化身共鳴。それは化身同士でホットラインを繋ぐことによって、オーラエネルギーを循環させ、化身の強化と体力消費の削減を同時にこなすというものだ。
最低でも二人以上の化身使いは必要になるというハードルの高さこそあるものの、決まった時の効果は絶大だ。
京前嵐山が近畿ブロックで無双とも言える活躍を見せたのも、全てはこの戦術あってこそ。
無論これは全国常連の強豪が相手であっても十分に通用する。
逆に言えば、初出場の私達が止めることは難しい。
加えて今年の京前には化身に加えて『ソウル』もある。アニメだったら主人公を張っているかもしれない、そんなチームだ。
「オーラ戦術は確かに強力です。赤袖先輩の言うソウルも厄介ですが、一番に対策しなければならないの化身共鳴。だけどこれには明確な対処法がある」
「対処法? どんなのだ?」
「簡単だよ。京前嵐山の化身を南雲原の化身で迎え撃つ!」
笹波君が出した答えは私にとっては予想できていたものだった。
化身使いに化身無しで対抗するには圧倒的な実力差が無いといけない。
そして今の南雲原にそこまでの実力を持つ選手がいるかと聞かれると……沈黙せざるを得ない。
だからこそ、化身が必須。
そして今この中で最も化身を出せる可能性が高いのは。
「鍵は赤袖先輩。そして木曽路です」
「…………」
「うぇーーーーーーー!? 俺も!? 何で!?」
木曽路君は目を見開いて自分を指差している。
正直、私としても意外だった。どうして彼が化身使い候補なのか。
しかしそれが一番気になるのは木曽路君自身なようで、掴みかからんばかりに笹波君に食って掛かる。
「そんな、俺なんかじゃ無理だろ!?」
「いいや。僕の分析では、このメンバーの中で新しく化身使いになれるとすれば木曽路なんだ」
「いやいやいや!」
木曽路君の抗議をさらりと受け流す笹波君。
他のメンバーも特に不満な様子を見せず、あっさりと決まった。
「赤袖先輩! 先輩からも何か言ってくださいよ~!」
「え? ……ええと、頑張って?」
「そんなご無体な~!」
がっくりと膝を折って崩れ落ちる木曽路君。
その様子を見てあわあわとしている私に対し、笹波君はやや冷めた視線を向けてくる。
「なに他人事みたいに言ってるんですか。京前嵐山には二人の化身使いがいるんです。先輩にも化身を再習得してもらいますからね」
「あ、はい……」
そんな感じでミーティングは終了した。
残されたのは私と木曽路君、そして笹波君の三人だけ。
「……なあ、雲明。本気で俺を化身使いにするつもり?」
「うん。相手はマイノリティな戦術の強みを最大限発揮してくる。最悪一人でも良いけど、できれば僕達も化身共鳴で対抗したい。木曽路にはやってもらうよ」
「………………」
こうなった笹波君が意見を曲げることはない。
そもそも化身使いというのはとても希少な存在だ。
毎年メイン戦術に組み込んでくる京前嵐山がおかしいと言えるくらいには少ない。それこそ都市伝説のような扱いをされるくらいなのだから、他に適正のあるメンバーはいないと考えた方が自然だ。
「……わかったよぉ。覚悟決めるよ……。それで、何をすればいいんだ? 先輩と一緒に特訓とか?」
「それも良いけど、まずは二人で他のメンバーを存分にストーキングしてきてほしい」
「「は?」」
笹波君に言い渡されたのは指定されたメンバーをつけまわして、その行動を写真に残すこと。
言い訳の余地もないマジのストーカー行為だった。
「……これ、通報されたりしないですよね」
「見つからないようにすれば、何とか……」
「当たり前の話じゃないですか……」
二人でカメラを持たされる私達。
今からストーカーをするんだと思うと、途端に周囲の視線が気になってくる。
「マスクにサングラスは必須……。持ってきて良かった……」
「それ逆に不審者感増してません?」
「木曽路君もつける? 後ジャージ脱いで」
「えぇ!? ガチじゃないですか……」
何を驚いているのか。当たり前の話だろうに。
私服に着替えた私達は外に出て、早速ストーキングを開始する。
特訓を免除された私達以外の南雲原の面々は思い思いに過ごしていた。
柳生君はここでも女性に囲まれていた。
桜咲君は真面目に特訓。
忍原さんは日課のSNS更新。
……古道飼君はそのストーカー。
四川堂君はおばあちゃんを助けた後、陣内君と一緒に特訓。少し余裕が無さそうだ。
空宮君と品乃君は前述の打ち合わせ。
「……改めて見ると、皆『気』の感じが全然違うね」
「え? 『気』? 先輩そんなの見えるんですか?」
「化身は気を束ねるものだから。見えるっていうか、感じ取れる……木曽路君はどう?」
「言われてみれば、そんな感覚は昔からあったような――――」
やっぱり笹波君の見る目は正しかったみたいだ。
気を感じ取れるなら間違いなく化身を使える才能がある。
後はそれを顕現まで持って行くだけだ。
「――――っと、連絡? どれどれ?」
「『宿舎コテージに戻れ』?」
「もしかして、化身を出すヒントでも見つかったとか!?」
「そうかも」
私達がコテージに戻ると、そこには笹波君の他に百道さんと千乃さんがいた。
「お、マネージャー二人と監督一人!」
「一応、今回は生徒会として集まっているんだけどね」
「四川堂君は特訓中なので来てませんけどね」
私達が集められた理由はやはり化身を出すヒントについての話だった。
どうやら十年以上も昔に南雲原サッカー部が化身を出していた記録が見つかったらしい。
千乃さんの鶴の一声によって送ってもらったそれを、今から私達で見ることになる。
「……これは」
「そんなことが……」
……正直言って、私もかなり驚いている。
今の今まで化身は一人だけの力で生み出すものだと思っていた。
だけど過去の南雲原はフォワード三人の気を融合して化身を出している。
個人能力ではなく、結束力によって生み出す化身。今回は味方選手全員の気を束ね、魔人の形に収束させる。それを行う担当が木曽路君だ。
夜にはチームメンバー全員にそのことを話し、彼は明日から本格的な特訓を行うことが決まった。
内容は人間観察によって複数人の気を読む特訓。記録に残っている先輩の特訓方法に倣い、渋谷のスクランブル交差点で同じ内容のものを行うことになる、と思っていたけれど。
「その特訓には赤袖先輩の同行してもらいます」
「え?」
「ただし、内容は違います。先輩には特訓をする木曽路を観察しつつ、木曽路とエアサッカーをするんです」
「え、エアサッカー……?」
「それって、偶にお前がやってる奴?」
そう言えば笹波君は時折何も無い場所を蹴っていることがある。
彼の心臓の話を聞いてからは未練によるものだと理解はしたけれど、それを私達にもやれとはどういうことだろうか。
「これは赤袖先輩が化身を出すため、そして二人の化身を共鳴させるために必要なことです」
化身共鳴にてホットラインを形成するにあたっては通常肉眼では捉えることのできないオーラをやり取りすることになる。そのためには十分なイメージが不可欠。イメージ元は何でも良いらしいが、私達はサッカープレイヤー。互いにパスを出し合う感覚が最も適しているのではないかというのが笹波君の意見だった。
「まあ……」
「それは確かに……」
正直私達に幻覚を見てしまうほどに未練を抱えている人と同じレベルのイメージが共有できるかという不安はある。
しかし笹波君はそれができるようになるための特訓です、としか言ってくれなかった。相変わらず鬼のように厳しいキャプテンだ。
「てなわけで、やることになっちゃいましたね」
「……うん。正直、できる気がしない」
「先輩はできますよ。……けど俺には無理です。俺自身が雑魚だってことは、俺が一番良く知ってますから」
「……どうして? 笹波君も言ってたけど、十一人分の気を纏め上げる調整力を持つ人なんて、あなたしかいないと思う」
「そんなわけないじゃないですか。…………本当は俺、仲間とうまくやるなんてこと得意じゃないんです」
「え?」
意外な言葉だ。木曽路君はチーム内でも屈指のムードメーカーだ。
喧嘩を諫めるだったり、話題を振るだけなら雨道さんや騎士部さんなんかもやってくれている。
だけど皆と幅広く交流して、誰とでも話している人なんて木曽路君くらいしかいない。
「フリがうまいだけなんですよ。そう見せかけているだけ。これまでの試合だって、結局は先輩達が決めてくれたから勝てただけです。下鶴監督のオーダーにも答えられなかった。正直、あの時点でもう試合には出られないと思ってましたよ。調整をするだけなら、品乃先輩だっているじゃないですか」
「そんなこと無い。東風異国館との試合だって、木曽路君が真っ先に中盤での繋ぎ役をやってくれたから勝てたんだよ」
「あの時は品乃先輩絶不調だったし……」
木曽路君の口からこんなにネガティブな言葉ばかりが出てくるなんて思いもしなかった。
普段は明るいように見えて、実際の所はかなり繊細なようだ。
「先輩の方が向いてますよ。化身も出せてたんでしょ? だったら、すぐにまた出せるようになりますって!」
「……それこそ、どうだろ。今までずっと出せたことないから」
出そうとしたことは何度もある。インパクトもあって強さも絶大な化身。存在を知っている選手なら一度は妄想したことがあるはずの化身。体力的な消耗によって実用性に難があったとしても、それを使えるということはそれだけで強者の証明のようなものだ。
だけどあの日の決勝戦以降、私の”ムスビ”は一切応えてくれていない。
「隠れて練習はしてたの。北陽と戦う前からずっと。化身があれば強豪にも対抗できるかもしれないと思って」
「え? そうなんですか? そんな話聞いたこと……」
「言ってなかったから。変に期待させてがっかりされちゃったら申し訳無いし……」
もしも化身を前提に作戦を立てられて、いざ本番に出せませんなんてことになったら失望なんてものじゃすまないはずだ。
また戦犯認定されて、いよいよ立ち直れなくなるかもしれない。それが怖かった。
「でも、いよいよその時が来ちゃった。京前嵐山とはいつか戦うことになるだろうとは思ってたんだけどね……。先送りにし続けて、今困ってる」
「あはは……。先輩にもそういうところあるんですね」
「そんなところばっかりだよ。昔からずっと」
この世界に転生して以降、やりたくないことからは徹底的に避けてきた。
やりたいことだけやって成功して……。それができるとわかってからはずっとそうしてきた。
才能に身を任せて流されるままに逃げ続けて。そうやって私は今ここにいる。
「それに嘘つきだし」
「嘘? 何がです?」
「……個人技選手権で品乃君に話したんだ。私がラフなプレイができない理由」
「ああ……」
空宮君にも突かれた私の弱点。
接触ができない。ラフなプレイができない。
臆病者とも揶揄されるような、サッカーにおいては致命的な弱み。
私はその理由を、「皆のことを舐めていたから」と答えた。本気を出してプレイすれば、怪我をさせてしまうと。
だけどそれは正確な理由じゃない。実際はもっと身勝手で、我儘なもの。
「……怖いんだ。敗けるのが」
「え?」
「もし勇気を出してぶつかっていって、立ち向かっていって、それでも勝てなかったら……。それを想像するだけで足が竦んじゃう。それは怖いから、そもそも立ち向かうってことをしたくないんだと思う」
我ながらなんて情けない理由だろうか。
空宮君に立ち向かえたのは、個人技選手権で頑張れたのは、結局のところ勝てる相手だからだ。
舐めてるから。私の方が才能があるから。
去年の敗戦から、私は何も学んでいない。歪んだプライドだけが残っていて、敗けたことで卑屈にもなって。そんな性格最悪な人間に次の試合の希望が託されているというのだから笑えてくる。
「……私じゃ無理。とても、皆の期待を背負いきれる人間じゃない」
「先輩……」
手が震える。南雲原の皆は大好きだ。あんな馬鹿な真似をした私を受け入れてくれた皆に報いたい。この気持ちは嘘じゃない。
だけど、だけど。今はただこの重圧がただ怖い。
頑張って立ち向かう。努力してぶつかっていく。それができる人間の、何と凄いことか。
「……なんか、意外でした。神って呼ばれてるくらいだし、もっと凄いのかと」
「……その呼び方止めて」
「あはは! すんません。でもちょっと嬉しいです。先輩と同じ悩みを共有できて」
「確かに。私もちょっと楽になった」
私達は笑い合う。
控え目な笑い声が夜の水平線へと溶けていく。互いに吐き出した弱みは、私達だけの秘密。
幾ら弱音を吐いても現実は変わらない。言い訳をしても変わらない。
それでも、同じ秘密を抱えてくれる相手がいるだけで、ほんの少しだけ活力が湧いてきていた。