青空の下でファンファーレが響く。
綺麗な花火が舞い踊り、これから始まる盛大な戦いの前哨を奏でる歓声が轟く。
遂に始まるフットボールフロンティア全国大会。
入場ゲートに集まっているのはこれからの戦いに挑む八つの学校。
四国ブロック代表、法令館中。
中部ブロック代表、英愛学園。
中国ブロック代表、偉仁銘文堂。
九州ブロック代表の南雲原中。
東北・北海道ブロック、白恋中。
関東ブロック代表、雷門中。
抽選枠代表、帝国学園。
そして前回優勝の特別出場枠にして近畿ブロック代表、京前嵐山中。
入場ゲートからやってくる選手の顔は様々だ。
武者震いによって手足を震わす者。
緊張で腹部を抑える者。
強者との邂逅を望み、好戦的に構える者。
頂点を目指し、ひたすらに邁進せんとする者。
一度奪われた王座を奪還するために執念を燃やす者。
二度目の優勝をもぎ取り、全てを見下ろさんとする者。
心模様は多種多様。
しかし全員に共通していることもある。
予選から続いてきた、敗けたら終わりのトーナメント。
並みいる猛者を押しのけてここまでたどり着いた彼等の中に、記念に来た者など一人としてど存在しない。
秘める情熱が目指す先はただ一つ、勝利のみ。
『南雲原中vs京前嵐山中の試合開始はもうまもなくです!』
『京前嵐山中は前大会で奇跡の逆転劇を演出した嗚昇鎌瀬がキャプテンに就任し、卒業した三年生に代わって新たな化身使いが二名加入しています。嗚昇は化身使いではありませんが、去年の決勝大会で見せた未知の力がありますからね~』
実況の声がスタジアム全体に響く。
京前嵐山の化身戦術は有名だ。視覚的にわかりやすい化身の出現はエンターテインメントという観点においては実にわかりやすいファクターと言える。
加えて新たな力の出現。十五年前にこの場所で行われた世界大会予選決勝にて松風天馬が発した青い光に似ていることもあり、鎌瀬は現在松風天馬の再来とも囁かされている。
「茉莉さんの言っていた『ソウル』……。そんなもの、調べても出てこなかったけど……」
「アレに関しては僕もイマイチわかりません。確かなことは化身以上に強力なオーラの塊で、化身よりも消耗が激しいであろうということ。そして化身との併用はできない」
「どうしてわかるの?」
「京前嵐山は地区予選では一度もソウルを使っていない。化身は使っているのにね。きっと後に引くほど消耗が激しいんから使いたくない……そういう予想を立てました。半ば祈りみたいなものですけど」
「一回戦から、しかもぽっと出のウチとの戦いでは使いたがらないかもしれない、ということね」
「そうです。ただ、相手の監督や他の選手はともかく、嗚昇鎌瀬が楽観的に構えてくれるかどうかはわかりません」
「少なくとも、南雲原のデータは叩きこませているみたいですからね」
試合直前。ベンチに座る雲明達は未知の力を持つ相手への警戒心を高める。
この場に座っている者は皆データを重視する。未知を可能な限り既知に変え、万全の準備をした上で戦いに望む。
だからこそ、わからないというものへの恐怖は大きい。
「だからこそ、せめて化身共鳴は攻略しないといけない。ソウルを軸にした一本に絞れるなら、それはそれでやりようはありますから」
結局の所、当初の作戦通りということだ。
鍵は木曽路と茉莉。しかし二人の化身は未だ未完成。
彼等の背には緊張が走り、重く冷たい責任が圧し掛かっている。
「俺に、俺達にかかってる……」
「やらなきゃ、私達が……」
闘志を燃やす南雲原面子の中で浮き上がる二色の不安。
その揺らぎを京前嵐山は見逃さない。
「相変わらずウジウジしやがって。……ソジ、目障りだ」
小学校の同級生である西條リルと木曽路兵太。かつて不和を起こした彼等は静かに互いを睨み合う。
「ようやくアイツを化身で潰せる……」
昨年には手も足も出なかった相手との決着を望む屋城統は右サイドに立つ茉莉を不気味に見つめる。
「今のアイツに潰す必要があると良いけどね。まあとはいえ、サボらず特訓はしてたみたいだな。ちゃんと警戒しとけよ」
かつての仇敵。その腑抜けた様子に苛立ちを隠さない嗚昇鎌瀬は吐き捨て、倒すべき相手を冷静に見据える。
『南雲原』
桜咲-空宮-忍原
柳生-木曽路-品乃-赤袖
古道飼-騎士部-幕下
陣内
『京前嵐山』
倉敷-西條-内成
氏家-嗚昇-連山-五重寺
鈴村-屋城-花丸屋
新黒
敗けられない戦い。因縁が交錯する戦い。
その開始を告げる笛が、今鳴り響いた。
「行くぜ、見てろよソジ!」
キックオフ。
倉敷からパスを受けた西條が一気にゴールへと駆け上がる。
スピーディーかつ小回りの利いたドリブルで南雲原の守備を掻い潜っていく。
「来い! ”魔槍剣聖クララバニー”!」
背中からオーラが溢れ出し、出現するのは槍を持った漆黒の
刃の如き鋭さを秘めたその化身は長槍を振り回し、ディフェンス陣を蹴散らしていく。
「まずは一点! 格の違いを見せてやるよ! ”エンプレス・シャドウ”!」
体力の消耗が激しい化身を序盤から切るというその行為は一見愚行にも見える。
しかし試合の流れを一気に引き寄せるという点において、化身というのは非常に効果的な手段であった。
「”グラビティデザート”――――! グゥ……!」
威力と速度。その全てが最高峰にして究極。並大抵の必殺技など障害にもなれない。
開始早々ゴールネットを揺らしたのは京前嵐山だ。
「どうだ見たかソジ! 俺の”クララバニー”は誰にも止められない! お前等じゃ勝ち目なんか無いってことだ!」
キーパーに背を向け、木曽路に向かってそう宣言する西條。
かつてのチームメイトは大きく力をつけている。対して自分はどうだ?
振り切らねばならないはずの自己嫌悪が湧いてくることを自覚し、彼が静かに汗を流す。
「……やるんだ、俺が!」
試合が再開され、次は南雲原が攻め上がる番だ。
「タクティクス――――”トライダイブ”!」
「ちっ!」
空宮を中心に一直線の攻撃を展開する南雲原。パーフェクトサッカーの北陽が最も得意とする陣形に対し、京前嵐山の守備も突破されていく。
俊敏さを活かして化身を掻い潜る作戦だ。しかし屋城は不敵に笑う。この程度で自分達を攻略しようだなんて甘すぎる。
鎌瀬からの指示を受け、彼は完璧なタイミングで空宮の前に立ちはだかる。
「むうぅ――――”城壁巨兵ウォーボーグ”!」
”クララバニー”とは大きく毛色の異なる白亜の門番。
怪物としか形容できないその風貌を以て、南雲原の前に堂々と立ちはだかる。
「”ディスペア・フォートレス”!」
禍々しいエネルギーを纏った壁が聳え立ち、空宮の前に立ちはだかる。
まだ高く分厚いだけではない。前方から発せられるエネルギーもまた強力で、空宮の一点突破は容易くへし折れてしまう。
「やってやる!」
「行け、木曽路!」
木曽路が走り込む。渋谷での特訓、尾刈斗とも練習試合。
その二つで得た感覚を想起し、自分達の魔人を顕現させるべくオーラを解き放とうとする。
(俺なんかが試合に出された意味を考えろ……! 他人の取り入ることしかできない俺にできることなんて、繋ぐしかない! 皆のために、勝利を――――!)
「来い! 俺の化身!」
背中からオーラが溢れ出す。しかしそれは魔人の形を成すことなく、霧散してしまった。
「そんな……!」
「ハッ、んだよお前、化身を出すつもりなのか?」
「うあっ!」
木曽路は止まってしまったところを西條に刈り取られてしまった。
「無理に決まってんだろ! 化身は選ばれた主役の特権だぜ? 脇役のお前なんかに出せるわけねぇ!」
そう言い捨て、西條は大きくボールを蹴りだす。
それを受け取るのは鎌瀬だ。
「上がれお前等!」
鎌瀬は細かく首を振り、逐一周囲の状況を確認する。
サッカーにおいてフィールドの情報は常に変動し続ける。絶えずインプットを繰り返し、少ない手数で最善の結果を打ち出す。
それがよりシビアなスタミナ管理を求められる京前嵐山にて彼が体得した新しい技術だ。
(今来てるのは柳生か……)
柳生との一対一。野球で鍛えられた短距離スプリントの力は侮れない。加えて強靭なフィジカル。
当たれば敗ける。であれば当たらないように動くだけ。
「”夜桜の舞いV2”!」
「ぐあ!?」
桜の花弁を巻きこむ突風を纏い、鎌瀬は俊敏に駆け抜ける。
彼の視界に映る目ぼしい敵は、後二人。古道飼亀雄、そして。
「お前が来るかよ」
「……!」
赤袖茉莉。
かつて自身に何度も屈辱を味合わせた憎むべき相手。しかし現在の彼女にはあの頃のような圧は無い。
自信無さげな表情で何とか足を立たせているような状態だ。
「舐めんな」
そんな状態で自分に勝てると思っているのか。ならばわからせてやろう。
脳内にあったパスという選択肢を打ち消し、鎌瀬はあえて茉莉と向かい合う。
「なあ赤袖。勝負における大前提って何かわかるか?」
「……? 何の話?」
「勝負ってのはさ、勝つか負けるかだろ? ならせめてどっちかに感情がよってなきゃ駄目だと思うんだよ。じゃなきゃ状況が成立しない」
鎌瀬は極めて冷徹な目で茉莉を射抜く。
そして告げる。今のお前では相手にならないと。
「敗けたくはない。だけど勝つ自身はありません。何だそりゃ、ふざけてんのか?」
鎌瀬は一気に茉莉に体を寄せる。それは現在の彼らしからぬ肉弾戦。
彼の体格は決して大きくない。対して茉莉は女子とは思えないほどに身長が高い。
しかしそれでも、圧しているのは鎌瀬だった。
「俺等と戦うって言うならさ――――」
(な……! 小さいのに、重いし、固い!)
ユニフォーム越しに触れてわかる、鍛え上げられた肉体。
大きくはないが弱くもない。それは鎌瀬が勝つために磨き上げてきた努力の結晶。
その背後には野獣が見えた。
「せめてどう
「うあ……!」
一気に駆け抜ける鎌瀬に敵わず、茉莉は化身を出す間もなく倒される。
視界に青い空が広がる。
(――――っ!)
立ち上がり、振り返れば既に彼はシュートモーションに入っていた。
「ぶちかましてやるぜ……! ”上昇起龍 改”!」
龍は地を這いながら突き進む。そして天を貫くように飛び上がり、そのままゴールへと急転直下。
「”シュートポケットV2”!」
”グラビティデザート”では対処できないと判断した陣内はより広い範囲をカバーできる”シュートポケット”を選択。
しかし迫りくる龍を相手にするにはその守りは余りに薄い。
「ぐああああ!」
『ゴール! 京前嵐山、王者の威光を見せつけるかのような追加点!』
0-2。早くも南雲原は突き放される。
「”大空の神ムスビ”、だったか? 幾ら神サマでも羽が無きゃ飛べやしねぇ。天翔ける龍には触れることすらできねえってこと、骨の髄まで刻んでやるよ」
「…………くそ」
茉莉は芝を掴み、地面を叩く。木曽路もまた無力さを噛み締め俯く。
まだ試合は始まったばかり。相手はまだ力の半分も出していない。
対して自分達は力そのものを完成させられていない。その事実が重く圧し掛かる。
「せめて、せめて一人だけでも……」
試合再開。南雲原は諦めずに攻め上がっていく。
「行くぞ! ”シナノフォーム”!」
”トライダイブ”は破られた。ならば複数人を展開するタクティクスで隙をつくという判断で南雲原は駆けていく。
「ちっ! 面倒な!」
三名のストライカーが一気に駆け上がってくる。
従来ならば品乃もその中に加わっていたはずだが、今の彼は後方に控えている。
代わりに上がっているのは、忍原来夏だ。
「”パトリオットシュート”!」
推進力によって乱れた軌道で飛んでいくシュート。それを読み切ることは鎌瀬や雲明であっても難しい。
それを忍原は完璧に予測し。
「はいっと!」
見事な回転をかけて蹴り上げる。そこに走り込むは桜咲。
「「”春雷 改”!」」
炸裂するは進化を遂げた青電の一撃。
化身には劣るものの確かな威力を秘めたそれが新黒に迫る。
「ちょっ! 見えないんだけど!?」
砂塵を巻き上げキーパーの意識の外からゴールネットを揺らす”春雷”。
化身に頼らずとも点を取り返した南雲原に会場の一気に湧き立っていく。
「やったぁ!」
「ナイスシュートだ二人共!」
「おうよ!」
三人はハイタッチを交わす。
それを木曽路と茉莉は静かに見つめるしかない。
「あ、はは……。やっぱり、俺なんかいなくても……」
「……私じゃ、無理なんだ」
味方の活躍さえ喜べない。そんな自分に嫌気が指して。
ただじっと、汚れた地面を見つめるしかなかった。