『おいおいおい! 見たかよアリス! 今のやつ、超やべぇぞ!』
「うん、見てたさブラザー。とんでもない突風だった。あれはもう災害だ」
稲妻KFCvs稲妻EFC。
町内の名門クラブ同士の試合を観戦する観衆の中で佇んでいる一人の少年。
小学生でありながら女性的なナチュラルメイクを施し、手につけているウサギのパペットと腹話術のような会話を行っている彼は同年代では一際浮いた存在だった。
彼は、何時如何なる時もブラザーなるパペットを手放さない。ランドセルを背負っている時も、授業を受けている時も、給食を食べている時も、就寝時さえも。
まるでぬいぐるみから離れられない幼児のような行動とその恵まれた体格はミスマッチもいいところだ。
しかし、あるいは故にと言うべきか。
彼からは摩訶不思議なオーラが滲み出ていた。
彼の趣味は、こうして休日にサッカーの試合を観戦することだった。
同年代あるいは年上の戦略を観察することは、彼にとっては作家が他者の作品を見て刺激を受けようとするようなものだ。
素晴らしいものには滅多に出会えない。しかしだからこそ、出会えた時の感動はひとしおだ。
赤袖茉莉という少女はアリスにとって正しくその類のものだった。
求めていた色彩とは違っていても刺激であることに違いはない。
その雷鳴の如き衝撃に溜息を漏らすのは必然だ。
『えげつなかったなぁオイ! アレは絶対、俺等の世代を荒らしやがるぜ!』
「そうだね。俺が少年サッカーの舞台に上がる時、彼女は間違いなく大きな脅威になるだろうさ」
アリスは自身の数年後を思い描く。
データによれば、赤袖茉莉は自分と同い年だとか。
であれば進学して以降の三年間、大きな大会では確実に相まみえることとなるだろう。
「既に雷門のスカウトが彼女に目をつけている。今から身震いがしてくるよ」
『おいおい! アリス、お前まさかアイツを雷門にくれてやる気か!? 冗談だろ? あの人に言って、帝国にスカウトするべきだろ!?』
「それは違うぜブラザー。俺がスカウトなら、少なくとも今の彼女を帝国に迎え入れるなんてことは絶対にしない」
アリスはブラザーの言葉をバッサリと切り捨てる。
ブラザーの言葉はアリスの思考と同義だ。
彼はブラザーを己の分身と定義し、対話を行う。
己の中の修正すべき点を洗い出すため、そして思考をより絶対的なものへと研ぎ澄ますために。
この行いは必要不可欠なものだった。
『どーいう見解だよ! アイツの強さ見ただろ!?』
「確かに赤袖茉莉の強さは凄まじい。……凄まじすぎるくらいだ。それこそ、チームの輪を乱しかねないくらいにね」
アリスの瞳に映る試合という名の蹂躙撃。
嗚昇鎌瀬を除いたEFCのメンバーは軒並み戦意を失っている。
そしてそれはKFCのメンバーも同じだった。
『おいおい、KFCでまともに動いてんの赤袖茉莉と水色頭だけじゃねぇか! やる気あんのか?』
「無いだろうさ。折れてしまっているんだよ」
『折れてる? 味方なのにか?』
「味方だからこそ、さ。ゲームで一体だけ突出しているユニットがいたなら迷いなくパーティーに組み込んで頼るだろう? あれと同じさ」
『ああ、ソシャゲのフレンド機能みたいなもんか!』
「そうさ。確かに頼りにはなるが、それに頼って思考を停止すれば、スキルの向上は望めない」
アリスの表現は実に的確にこの試合の状況を表していると言える。
稲妻KFCの面々は茉莉が敵からボールを奪う様子を見ているだけか、あるいは良きところでパスを出すだけ。
戦術はおろか一片の思考さえも感じない、botのような動きだ。
『成程なぁ。確かにそうかもな。けどよアリス! 帝国に来るような奴はそんな腑抜けじゃないと思うぜ?』
「その通りだブラザー。帝国や雷門を始めとした多くの才能が集う学校ならば、彼女一人に任せっきりするだなんてことはプライドが許さないだろうね」
『だろぉ? だったらさ――――』
「だが彼女はどうにも組織行動に向いていないように見える」
『はぁ?』
「見てみなブラザー。彼女のプレイを」
アリスの視界で茉莉は駆ける。
星村ナオを除いて、誰かにパスを出すことはない。
それどころか一瞥をくれることもない。まるでナオと自分以外はフィールドに存在していないかのような様子を隠す素振りも見せていない。
にも関わらず観衆に対しては目を向ける。一瞬、アリスと視線が交錯した。
「何に対してもどこ吹く風に見える彼女だけど、その実自己顕示欲の塊だ。エゴイストと言っても良い」
『それって悪いことなのか?』
「まさか。そんなことは無いさ。エゴイズムはサッカーにおいて極めて重要なファクターだ。それが無ければあらゆるモチベーションが成立しない」
『だったらどうして駄目なんだよ!』
「落ち着けブラザー。エゴイズムってのは剥き出しにしすぎれば周囲を簡単に傷つける。さっきの災害のようにね」
『――――成程な!』
それきり、ブラザーが語り掛けてくることはもう無かった。
アリスは静かに試合を見届ける。
KFCのスコアは既に二桁に達している。
赤袖茉莉はペナルティエリアから自陣に戻る。
その周囲で、自身の竜巻に巻き込まれて倒れているチームメイトのことなど、気にもかけない。
その様子を見て、アリスは己の考えは誤りではないという確信と僅かな修正点を得る。
「組織戦術において、彼女はノイズだ。ジョーカーにもならない。…………
もう見るべきことはない。
赤袖茉莉は頑丈なケース越しに楽しむ刀剣と同じだ。
安易に触れてみようなどとは思わない。
ただ――――。
敵として刃を交えるならば、話は別だ。
自分が思い描いたシナリオを荒らす
不破アリスはそういう人間だった。
「…………いずれ戦えることを楽しみにしているよ。赤袖茉莉」
アリスは笑みを浮かべて去っていく。
決勝点の15点目が決まったのは、この直後だった。