――――才能の差というものがある。
それは生まれながらにして存在する絶対的な格差。
ある程度までは努力、あるいは工夫で誤魔化せる。
だが行きつく先には必ずそれが待っている。
決して越えられない、超えることさえ許されないと思ってしまうような、絶望的なまでの壁が。
「……あれは」
後輩開始直前。
私は遠く離れた場所に見知った顔がいることに気が付いた。
見知ったと言って、仲が良いというわけじゃない。
互いの所属先が近かったことから、合同練習や練習試合を度々していたというだけの関係。
中学生になってからは一度も顔を合わせたことがなく、また取るに足らない存在だったため、今に至るまで思い出しすらしなかった顔。
稲妻EFCの嗚昇鎌瀬がそこにはいた。
(……京前嵐山に入ってたんだ)
雷門には遠く及ばないとはいえ、京前嵐山だって強豪だろうに。
よくもまあ、あんな奴がベンチに座れたものだ。
ましてや試合に出てくるなんて。しかも決勝。似つかわしくないことこの上ない。
少年サッカーがプロにも劣らない一大エンターテインメントとして受け入れられている今、勝負を投げたと同等の意味を持つ記念出場はSNSで叩かれる一番の原因になる。
自分達の化身がまるで通じなくて自棄を起こしたのか。
それが私の見解だった。
「ん、まあ良いか。どうせ勝つし、叩かれるのは私じゃないし」
わざわざ気にかけるまでもない。
いつも通りやって勝つだけだ。
『京前嵐山は阿諭に変わって一年生の嗚昇鎌瀬が出場です!』
『聞いたことない選手ですね……』
『もしや京前嵐山の切り札なのか!? それでは試合再開です!』
(そんなわけないでしょ)
アイツは切り札なんかじゃない。
どれだけ才能の差を見せつけても馬鹿みたいに向かってくるだけのプレイヤーだ。
陸の上で泥まみれになりながらビチビチと跳ねることしかできない、取柄と言えば生命力が精々の惨めな雑魚。
実る保証も無い癖に、無駄に必死に練習するような実にみっともない人間だ。
父親に見放されるのも当然と言える。
「ボールをくれ!」
「は?」
鎌瀬にボールが渡った。
その光景が信じられない。本当に自棄を起こしたのだろうか?
「うおおおおおおおお!!!!!!」
『嗚昇、勢いよくゴールまで突き進んでいく!』
『凄まじい気迫ですね。雷門相手に全く物怖じしていない』
「いや、馬鹿でしょ」
実況は何やら讃えるような発言をしているが、全く以て馬鹿馬鹿しい。
ああいうのは無策の突貫というのだ。
現にほら、遠野先輩に止められているじゃないか。
「クソッ! 待ちやがれ!」
「しまったっ!」
遠野先輩にあっさりと止められ、バランスを崩した鎌瀬。
しかしすぐに立ち上がり、パスを出そうとした遠野先輩からボールを奪う。
「何してるんですか」
呆れの感情が零れ出る。
油断し過ぎだ。仕方ないからフォローしてあげよう。
「よっ!」
「……な! 赤袖っ!」
「いちいち名前呼ばないで。”スプリントワープ”!」
シュートモーションに入ろうしていたところを刈り取り、足元にボールを収める。
そのまま加速して一気にゴールまで突き進む。
このままゴールを決めてやろう。五点目を奪えば、あの無駄に熱い闘志も少しは冷めるだろうから。
そう思って、シュートの体勢に入った瞬間。
「これ以上はやらさせるか!」
京前嵐山のディフェンス陣が立ちはだかる。
私一人に四人もの圧がかけられている。
「させない……潰す……今度こそ……!」
「こっちだ赤袖!」
髪の長い陰気な人が圧を出しながらも一歩を踏み出したところで、後ろから野神先輩の声が聞こえてくる。
確かにパスを出せば確実に一点が奪える場面。
だが私はまだこの試合で一点しか決めていない。
ハットトリックを決めなきゃ私じゃない。
「大丈夫です、この程度なら私の化身で……」
「違うそうじゃない! 後ろから来てるぞ!」
「え?」
先輩の声に違和感を感じた瞬間。
私の足元からボールが消えた。
「ボーッとしてんな馬鹿デカ女!」
鎌瀬だ。相変わらず暑苦しいオーラを撒き散らしながら、生意気にも私から奪い取ってきた。
「拝崎さん!」
「っし攻めるぞ!」
すぐさま味方にパスを出し、自身も駆けあがっていく。
ハーフタイムには折れてた癖に、今の彼は少し活気が戻っているように見えた。
「馬鹿じゃないの?」
気合。根性。
そんなもので勝負が覆ると思っているのならお笑いだ。
雷門魂とでも言うつもりか。あんなもの私達子供を焚きつけるために大人が用意した物に過ぎないというのに。
私はちゃんとわかってる。この世は才能が全てなんだってこと。
「行かせるわけない」
「ぐあああ!」
力の無い人が練習をするのは当たり前。だから雷門にも『練習こそが力』という部訓がある。
だが、本当に才能のある人間は泥水を啜るような特訓なんて必要無い。
あんな部訓、たった今私にボールをカットされて倒れた鎌瀬のような凡人にしか当て嵌まらないものだ。
「ハァ、ハァ、ハァ……。まだだ、もう一度……!」
(諦めないなぁ……。子供みたい)
まあ中学生だから実際に子供なんだけど。
それにしたって痛々しい。見ていて不愉快になってくる。
直射日光を汗が反射して、無駄に青春感を出しているのも癪に障る。
青白く光って見えるのがそれに拍車をかけていた。
「……――――?」
…………あれ? でも、なんで青白く……?
もしかしたら必殺技の予兆なのか? ……なら別に問題は無いか。
スローインから試合再開。
私にボールを渡すまいと、鎌瀬は全力で距離を詰めている。
「お前にだけは渡さねぇ!」
「いい加減鬱陶しいんだけど……!」
チビの癖に体幹は鍛えているらしい。押しのけようにも上手くいかない。
結局私にボールは渡らず、投げられたボールは弧を描いて伊那森先輩へと渡った。
「”イナビカリ”――――」
「させねぇ!」
「なっ!? 拝崎クン……!」
まさかの化身を出してのディフェンス。
ただでさえ体力を消耗しているというのに、それはどう考えても愚策だ。
「あっ!」
鎌瀬を相手にすることは止めて、拝崎さんを相手取るべく彼のもとへと向かう。
化身はすぐに引っ込んだ。やはり体力は残っていない。それどころかガス欠寸前だ。
「……馬鹿が」
「!?」
拝崎さんは私が来るよりも早くボールを浮かせる。
しまった、ハメられた。
この人、最初から鎌瀬にパスを出す気だったんだ。
「うっし! 今度こそ!」
また青白いオーラを纏い始めた。
やはり新必殺技か。しかもゴールからは離れたその位置シュートを打つつもりとは。
……やっぱり馬鹿だ。私以外にも沢山の選手が集まっている密集地帯でそんなことをするなんて。
「”スピニングカット”!」
「あめぇ!」
「コイツ!」
先輩は技を打った直後ということもあって鎌瀬の突破に対応できない。
私達も完全に出遅れた!
「やるんだな! でも、ここまでなんだな! ”ビバ! 万里の長城”!」
「やってみろよ! おぉおおおおお!」
鎌瀬のやつ、オーラを纏って突撃するつもりなの?
そんなの……。
「うぐっ!」
無理に決まってる。巨大な壁に突撃したって人間一人の力で壊せるはずがない。
少し考えればわかるだろうに。
「ナイスだ
「当然なんだな!」
ちょっとヤバい感じだったけど、杞憂だったか。またしても鎌瀬は倒れている。
少ない体力を削った拝崎さんの努力を無駄にしている。
『ああーっと! 嗚昇、三度倒れるーーーー!』
『諦めないガッツは素晴らしいですが……、流石に実力差がありすぎますかね……』
『後半開始早々、既にボロボロになっています!』
「まだだ、まだ……! もう少し、もう少しなんだ……! 俺の中の野獣が、もうそこまで……!」
…………ああ。
元々高くなかった鎌瀬への評価がどんどん下がっていくのがわかる。
野獣って。化身でも出すつもりか?
まあ確かにオーラを纏ってはいるけれど――――。
(――――あれ?)
野獣。笑い飛ばそうと思ったけど、何か妙に引っ掛かる。
原作のイナズマイレブンにも、そんなこと言っているキャラがいたような……。
いや、きっと関係無い。ネームドならともかく、相手は鎌瀬だ。アイツにそんな大層なことができるはずない。
「おい赤袖、何をぬぼーっとしてるんだ」
「……あ、すみません」
「ったく、まだ試合は終わってないんだ。今回の試合も0点で締めるんだからな」
「わかってますよ」
無駄なことを考えた。私が敗けるわけなんてないのに。
笛が鳴る。さっきと似たような位置から試合が再開した。
「今度こそ!」
『おおっと嗚昇! なおも諦めない姿勢でボールを奪う!』
(また……!)
ああもうっ! そろそろ諦めれば良いのに!
苛立ちが溜まって仕方ない。今度こそ、完膚無きまでに潰す!
「”大空の神ムスビ”!」
「なっ、化身!?」
多少体力を使うけど、関係無い。
完全に心をへし折ることにおいて、化身はかなり有効な手段だ。
「ハァ、ハァ、ハァ……まだだ――――」
「アンタのこと、昔から嫌いだった。才能も何も無い癖に、泣きながら特訓までして……! 無駄だってことがわからないの?」
同じ街だから嫌でも知っている。
夜遅くまでグラウンドで居残り特訓をしていたこと。コーチも仲間もいない中、ただ一人下手糞なサッカーを恥ずかしげもなく見せつけていたこと。
「ほんっと馬鹿みたい。恥ずかしいとか思わないの?」
「まだだ、まだ――――」
もう目の焦点さえ合っていない。ダランと腕は垂れさがって、気力だけで立っていることが丸わかりだ。
もう良い。潰してしまおう。
「もう終わり。無駄な努力ご苦労様」
ムスビが鎌瀬に迫る。
終わった。私を含め、誰もがそう思った瞬間。
「――――終わって、ねェ!!!!!!」
一瞬、何が起こったのかわからなかった。だが直後に理解する。私のムスビが、押し戻された。
その光は青くて白くて美しい。だけどその中にあるのは、あまりにも獰猛な何か。
私の脳内に一つの単語が浮かび上がった。
「……ソウル?」
実況が叫んでいる。だが内容な耳に入ってこない。
ありえない。私の頭の中は、そのことでいっぱいだった。
「ボールを、寄越せェ!」
「っ!」
鎌瀬が来る。
いや、アレはもう鎌瀬じゃない! アレは――――。
「ウオオオオオオオオ!!!!!!」
――――野獣だ!
「なっ、そんなっ!」
青白いオーラが鎌瀬を包む。
そして出てきたのは見上げる程に巨大な鯉。
だが、池の中で優雅に泳いでいるそれとはまるで違う。
荒々しい滝を命を削ってでも昇らんとする、爆発力を秘めた獣だった。
「っきゃあああああああ!!!!!!」
ムスビが迫りくる獣を迎撃しようとする。
だがまるで通じない。私が生み出した魔人を物ともせずに押し流し。
私は、大きく吹き飛ばされた。
地面に背中を強く打ち付ける。初めての痛みが全身を襲った。
「ウオオオオオオオオ!!!!!!」
「”無頼ハンド”!! ……うわああああああ!!!!!!」
静寂。その後に歓声。
顔をあげなくても、何が起きたのかがわかる。
視線をズラすと、京前嵐山のスコアボードが『1』に変わっていた。
…………嘘。
決まった? 雷門のゴールが奪われた? あの鎌瀬相手に?
……………………私の化身が、私が、敗けた?
「……………………………………………………うそ」
うそだ。うそだよ。ありえない。
痛い。
だって、私は、今まで一度だって敗けたことがないのに。
空が青い。
プロと同じ技だって使える。化身だって出せる。これからはアームドだって、ソウルだって使えるようになるはずだった。
せなかが、いたい。
そうやってプロになって、いっぱいお金を稼いで、沢山の人に褒められて。
そらが、あおい。
セナカ、イタイ。
転生っていうのは、そういうもののはずで。
ソラガ、アオイ。
「――お――――で――!」
「――な――っ――! ――い!」
視界がグニャリと曲がっていく。
今にも倒れそうになる。周囲の声は聞こえない。
ただ、事実が受け入れられなくて。
気づけば、走っていた。
「…………いかせない」
「いや、後四点貰うぜ!」
目の前には鎌瀬がいる。いつの間にかボールを奪っていたらしい。
大丈夫、勝てる相手だ。今まで相手にすらならなかった奴だ。絶対、絶対、絶対、大丈夫――――!
「こっちはさっきのゴールでイメージ湧いてんだ! このまま逆転してやらァ!」
馬鹿なことを言うな。アンタなんかにできるはずがない。
その一心で、私は必殺技を発動する。
「”ディープミスト”!」
「それはもう知ってる! ハアァ!」
鎌瀬は突っ込んできた。さっきと何ら変わらない動き……いや、違う!
「”夜桜の舞い”!」
まるで風丸選手の”風神の舞”、あるいはキーパー技のはずの”はなふぶき”を纏っているかのような。
薄桃色の桜の花弁が美しく、しかし荒々しく舞い踊り、霧と共に私を吹き飛ばす。
「キャァッ!」
また敗けた。追加点が入った。4-2。点差が縮まっていく。
「クソ、クソ、クソ……!」
焦りの感情が溢れてくる。マズい、また私のせいで失点した。
これ以上はやらせない…………!
「前に出過ぎだ赤袖! 今のそいつはヤバい! 連携して……!」
「うるさい!」
最初のはただの偶然だ。ソウルが出るなんて予想してなかった。
さっきのだってそうだ。技のチョイスを間違えただけ。”ディープミスト”じゃなくて他の技なら絶対に止められた!
「いける、いけるぞ! 雷門に勝てる!」
京前嵐山が活気づく。正に死力。渾身の力で、ボールを奪っている。
そして攻めてきた。何度目かのカウンター。
いけるわけがない。絶対にいかせない!
「”スパイラルドロー”!」
「なっ! ちょっ、赤袖! それ俺もまきこま――うわぁ!?」
「アホが!」
あぁクソ! パスを出された、先輩が邪魔したから間に合わなかった!
「よっし! あと三点、絶対取るぞ京前嵐山!」
『おう!』
京前嵐山はパスワークで繋いでいく。
もう化身を出せる体力が無いからこその苦し紛れ。
だけど最後に来るのは絶対鎌瀬だ。それなら……!
「”大空の神ムスビ”!」
私の化身なら簡単に崩せる!
「崩させねぇよ! 来い! 俺の中の野獣!」
「……! ソウルがなんだ! そんな大きいだけの鯉なんて!」
「無駄だァ!」
「っアァ!」
また吹き飛ばされた。いや、違う。
今度は近づくことさえ出来なかった…………!
「ぶちかますぜ、俺の必殺シュート! 起きろォ! ”上昇起龍”!」
それはまるで雲を突き抜ける、天翔ける龍。
例えるならば染岡選手の”ドラゴンクラッシュ”。しかしその圧力は進化技である”バハムートクラッシュ”にも劣らない。
「”フェンス・オブ・ガイア”! ……くそおおおおおお!!!!!!」
入った。入ってしまった。4-3。後一点で、同点……?
『決まったああああああぁ! 嗚昇鎌瀬! ここにきて覚醒! ハットトリックだァ!』
『いやこれは、圧巻ですね!』
うそ、うそ、嘘嘘嘘嘘嘘!
また、また、また、私のせいで……?
「ハァ……ハァ……ハァ……!」
足元から力が抜けていく。思考がうまくまとまらない。
今こそ勝つための戦略を練らないといけないはずなのに。
頭に浮かぶのは『否定』と『逃避』、そして僅かに芽生え始めた『縋り』だけだ。
「おい、赤袖! お前いい加減にするんだな!」
「足を引っ張りすぎだ! さっきのは言い訳きかねぇぞ!」
「……ていうか、交代でしょこれ」
交代。その言葉を聞いて、私は反射的にベンチを見る。
乙女監督と目が合った。いつも通りの薄い笑み。ただ今に限っては、その中に、嘲りの感情が含まれている気がしてならない。
ほら見ろ、失敗した。
今世じゃもう、縁が無いと思っていた視線。
自分の行動を縛り、未来を溶かしていくような、そんな視線。
「頼むからこっちと連携してくれ! そうすれば止めらない相手じゃないはずだ!」
「……違う」
「は?」
「私は赤袖茉莉……! 天才で、神童で、カッコよくて、美人で! もう誰にも
「お、おい……」
「ど、どうしたんだな……?」
そうだ。私は転生したんだ。
誰よりも恵まれた環境で、誰よりも優れた才能を持って!
もう晴れない闇の中に囚われるような練習なんてしなくて良い!
報われる保証の無い努力なんてしなくて良い!
足掻いて、藻掻いて、なのに全然結果はついてこなくて、家族からも縁を切られて、挙句の果てに怪我なんてさせられて……!
そんな未来、もう沢山!
「アアアアアアァァァァァアアアア!!!!!!」
「ちょっ、勝手に……!」
先輩の持ったボールを取りに行く。だけど失敗した。
ボールが宙を舞う。そして鎌瀬の足元に収まった。
「ははっ、ラッキー」
止める! 奪う! 今度こそ!
私の未来を、奪わないでよ!
「……速えぇな、相変わらず!」
「こっちだ嗚昇!」
「はいよ!」
またパスワーク! だけど今度は鎌瀬はボールを持ってない。
あんなガス欠同然の奴からなら絶対に奪える!
「させない!!」
「待て赤袖! 拝崎はアイツ等に任せるべきだ!」
「うるさい黙って!」
私が取り返さなきゃいけないんだ! じゃないとまた、また……!
『結果を出せない
また、また………………!
『もう当クラブにあなたは必要無い。今日付けで解雇とさせていただきます』
輝かなきゃいけないんだ……! 誰かの成果を奪ってでも!
『負傷? 知りませんよ。無茶な練習をして、あなたが自分の管理を怠っただけでしょう?』
努力なんて無くたって、結果さえ出せれば、きっと肯定され――――。
「一年坊にばっか任せてらんねぇ! このチームのエースは俺なんだ! 根性見せてやる! 来ォい”レイブン”!」
「ぇ?」
「”レイジングッ! クロウッ”!」
「させるかああああアァァァ!!!!!!!」
私は化身を出して対抗する。
もう出し惜しみなんてしている余裕は無い。だけど化身技を出している余裕も無くて。
化身は心を映す鏡のようなものだと言う。
だとしたら、私のムスビはボロボロで。相手のレイブンは屈強なはずで。
私が敗けるのは、当然だったのかもしれない。
「あ、あ、アァ――――」
『決まったーーーーーー!!!!!!! 拝崎! エースの意地を見せつけましたァーーーーーー!』
「ハァ、ハァ、おっしゃぁ! 見たかァ!」
盛り上がる京前嵐山とは裏腹に、雷門は静かだった。
急上昇していく会場のボルテージと反するように、私を取り巻く空気だけが、ただ冷たい。
「……頼むから、大人しくしてくれないか?」
ただ一言声をかけられる。それは紛れも無い戦力外通告。
直前まで火照っていた体の熱が、急速に消えていくのがわかった。
「――――――」
そこから先のことは、もう覚えてない。
言われた通り、立っていただけだったから。
ただ、私の顔の横を過ぎ去るシュートが起こした風圧で、私の体が力無く倒れたことは覚えている。
そしてその直後、試合が終了したことも。
空が青い。雲一つない快晴だ。
そう言えば私って全体的に白かったなと思い出す。
白の無い、真っ青な空。
それはまるで、世界が私を必要としていないかのようで。
輝いていたと思った私の世界は、たった一日で、急速に色褪せていった。
◆
決勝戦が終わって以降、私はサッカー部は勿論、学校にさえ行かなかった。
合わせる顔が無い。罪悪感によるものもあったが、何より私が嫌だった。
父も母も私を心配してくれている。扉越しに話しかけてくれることもあった。申し訳ないと思う。
転生者という二度目の人生を歩んでいる身でありながら、引きこもるという選択をした自分が情けないとも思う。
だけど嫌だった。外の世界も、雷門中も、サッカーボールだって、今は見たくない。
心配したナオが時々自宅を訪ねていることもわかっていたけど、無視を続けた。
そんな生活が一月ほど続いた頃。
「ねえ茉莉。環境を変えてみない?」
「……え?」
母が一冊のパンフレットと共に、そんな話を持ってきた。
長崎にある南雲原中というところだ。聞いたことがない。私が知っている知識の中に、こんな学校は出ていなかった。
表紙と裏表紙には海と豊かな自然が写っている。綺麗なところだと思った。
「……サッカー部は、無いんだ」
「そうみたいね。……私もお父さんも、あなたに重圧を背負わせすぎていたみたいね。子供の才能に目が眩んで……ごめんね」
「…………」
「だから一度サッカーから離れてみたらどうかって思ったの。ここなら、サッカー部は無いみたいだし、そこまでサッカーに注目が集まっているわけでもないみたいだから」
母の提案は凄く魅力的なもので。
私が頷くまで、そう時間はかからなかった。