転生者 赤袖茉莉のヴィクトリーロード   作:中二階

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この回が書きたかった。


そして少女は、雲明と出会う

 南雲原に編入して、約半年が経過しただろうか。

 ここでの日々は実に穏やかなものだ。

 南雲原にはサッカー部が無い。それどころか、今日日珍しいくらい、サッカーの話題を出す人がいなかった。

 どうにもこの学校ではサッカーが禁止されているらしい。

 それに加えてなるだけ目立たないようにしているだけあって『あの』赤袖茉莉だということにも気づかれにくい。

 気づかれたとしても、サッカー禁止の件もあって話しかけられない。

 要するに、私にとってはこれ以上無い程に都合が良い環境ということだ。

 

 ただ、一つだけ不満があるとすれば。

 二年生に進級してからは野球部の面々が不愉快なパフォーマンスをすることくらいだろうか。

 ボロボロになったサッカーボールを使ったボール遊び。

 それだけはどうにも見てられなかった。

 

 だけど。

 

(今の私に、とやかく言う資格なんて無いし……)

 

 雷門を王座から陥落させ、無責任に逃げ出した私には何も言えない。

 それにあの決勝戦以降はボールに触れたすらない。徹底してサッカーを避けてきたのだ。

 

「さあ、柳生(やぎゅう)ファンの皆様! 放課後のショーの時間でーすっ!」

 

 ドゴッ! という音と共にボールが宙を舞うのが見える。

 そしてその直後に響く声。それに続く黄色い歓声。

 ……また、あのショーが始まった。

 

 ――――野球部。

 雷門におけるサッカー部に相当する、南雲原の花形。

 そこの主将である柳生駿河(するが)は学園内では一目を置かれる存在だ。

 

「必殺! 天空サンダー!」

 

「あ~っ! 痛いぃ~~~!」

 

「…………っ」

 

 本当に、見るに堪えない。

 サッカーを捨てた身である私がこんな感想を抱くこと自体が間違っている、その自覚はある。

 だけど嫌なものは嫌だ。その感情を先走らせた結果、雷門を王座から陥落させてしまったのだとしても。

 どうしようもなく、嫌だった。

 

 こういう時は、場を離れるに限る。

 海に行こう。サッカーに変わる新しい趣味を探す一環で見つけた、お気に入りスポット。

 あそこに行けば大抵のことは忘れられる。サッカーのことも、一時的には。

 そう思って教室を出る。その時だった。

 

「先輩は許せるんですか! こんなこと!!」

 

「!」

 

 その言葉は、私の耳に突き刺さってきた。

 動きが止まる。振り向かずにはいられない。

 教室に戻った私は、窓を外へと視線を向ける。

 

 そこには大柄な野球部に対して気然として向かい合う、二人の男子がいた。

 

「あれは……」

 

 一人は有名だ。

 ただし柳生君とは真逆。毎日毎日喧嘩をして、授業にも出ていない札付きの不良、桜咲(さくらざき)丈二(じょうじ)

 もう一人は知らない子だった。遠目からではよくわからないが、髪色は濃い緑色だ。

 一見ひ弱そうだが、彼が一番強気に出ているように見える。

 

「野球部の先輩方。サッカーで僕らと勝負しませんか?」

 

「は?」

 

 つい声が出てしまった。彼は何を言っている?

 この学校でサッカーは禁止されているはずだ。

 しかしその場にいない私の疑問に答える者はいない。話はどんどんと進んでいく。

 

「ここって皆の校庭ですよね? 先輩方が独占しているのって、なんか違うと思うんです」

 

「勝負して僕達が勝ったら、校庭をこんなことに使うのは止めて貰います」

 

 この学校、いや、この街において。

 野球部に楯突くことは許されない。これは冗談でもなんでもない。

 あの二人は本気で街全体を敵に回しかねないことをやっている。

 

(……あんなことでマジになるなんて)

 

 野球部のパフォーマンスは不愉快ではあれ、あくまでも単なるおふざけだ。

 本気で怒るなんて馬鹿馬鹿しい。

 そんなのはよっぽどのサッカー愛好家だけだろう。

 そう、よっぽどの……。

 

「…………」

 

 ……やめよう。

 私はもうサッカーをしない。するべきじゃない。

 前世でも、今世でも、結局駄目だったんだから。

 

「……帰って勉強しよう」

 

 南雲原は進学校だ。勉強して良い成績を取れば将来の選択肢は各段に増える。

 二度目の人生、まだまだ若い。色々探して自分を見つめ直して。

 そうしていけば、きっとサッカーなんてすぐに忘れる。

 

 無駄な時間を過ごした。さあ、もう帰ろう。

 海には、いかなくて良いや。

 

 

 学校のアイドル忍原(しのはら)来夏(らいか)のサッカー部への電撃加入は学校中をざわつかせた。

 忍原と言えば私も知っている、ダンスの全国大会優勝者。

 日本の頂点に輝いた逸材がどうしてサッカー部に入ったのか。彼女の加入をきっかけにして、校内はサッカーの話題で持ち切りだった。

 更にサッカー禁止令が解除され、生徒会の副会長まで入部したらしい。

 今日は対決当日とのこともあって、いよいとサッカー部は学校注目の的となっている。

 

 だが私にとっては本当に迷惑な話だった。

 

「ねえねえ赤袖さん」

 

「な、なに……?」

 

「赤袖さんって凄いサッカー選手だったってホント?」

 

「サッカー部に入るのか? 絶対神って呼ばれてんだろ?」

 

「やばっ! 最強ってこと!?」

 

「え、えっと……」

 

 捨てたはずのサッカーが、忘れようと努めているはずのサッカーがまたしても私の前に転がってくるようになった。

 中にはSNSで拾った映像を見せつけてくる人もいる。

 あの頃から大きく雰囲気を変えているとはいえ、赤袖という中々に珍しい苗字であることもあってか全く誤魔化しが効かない。

 

「ご、ごめん。ちょっと私、先生に呼ばれてるから……」

 

「あっ、ちょっと待ってよ!」

 

 おかげで教室での居心地が一気に悪くなり、校舎裏やトイレで過ごすことが増えた。

 下手に動き回ると、時折啖呵を切ったあの一年生、笹波(ささなみ)雲明(うんめい)に遭遇してしまうかもしれない。

 サッカー部は少しでも戦力が欲しいはずで、 そのために積極的に動いているのが笹波雲明だ。

 正直彼には絶対に会いたくない。

 

「はぁ……」

 

 これでサッカー部が敗けてくれれば、話題は沈静化するだろうか。

 

(……最低なこと考えてるな、私……)

 

 正直戦いの行方は読めない。

 ほとんど素人同然のサッカー部と、スポーツマンではあっても門外漢の野球部。

 試合内容は精々体育の授業レベル。となれば現役運動部の方が有利かもしれない。

 

(副会長は運動部じゃないって話だし、なんか駄目そうな太ってる子もいるし、戦えそうなのは桜咲君と忍原さんくらいかな……)

 

 うーん、やっぱり判断に困る。

 サッカー部の方にも勝ち目が一切無いわけじゃない。実際、前半四点ビハインドから逆転を決めたチームも、あるわけだし。

 自分勝手に行くような人が野球部にいるのなら、野球部は敗けるかも……。

 

「ああもう、最悪……」

 

 ここ最近はいつもあの日のことを思い出してしまう。

 本当に、迷惑な話だ。

 

(どうしよう……。対決、見に行こうかな……)

 

 敗ける場面を直接見れば、もう思い出すこともないかもしれない。

 同じクラスの生徒会長、千乃さんはサッカー部を良く思っていないみたいだし廃部にしてくれるかも。

 

「……よし」

 

 見に行こう。今日の戦いの行く末を。

 

 

 

 サッカー部vs野球部。

 現在のスコアは0-1。柳生君が太っちょのディフェンダーを躱して、中々に強烈なシュートで得点を挙げた。

 

(……もしかして野球部、全員経験者?)

 

 想像以上に野球部が強いし、サッカーのやり方をわかっているように見える。

 単純な運動神経でゴリ押している感じじゃない。ある程度のセオリーの中、戦っている。

 これなら野球部が勝つ。そう思いたいところだったが、私には彼等の動きからくる確信があった。

 同時に酷く胸が痛む。柳生君が一人で突っ走るようなプレーは、あの日の私に重なるものがあるから。

 

 そんなことを考えていると、コート外から試合を見ていた笹波雲明が動いた。

 

「皆! 始めますよ!」

 

「……! これは」

 

 ボールを持ち、攻め上がる柳生君。

 その周囲をキーパーを除いたサッカー部のメンバー全員が囲んでしまった。

 

(もしかして柳生君を機能させないつもり? それは確かに良いと思うけど、でも、まさかここまで……?)

 

 エースを封じる。確かにそれは有効な一手だろう。

 だけどここまで割り切ったものは初めて見る。普通はある程度他の選手も気にかけるものだ。

 しかしこれは、徹底的に柳生君を孤立させている。これでは他の選手に簡単に点を取られてしまう。

 

「俺は、サッカーだって、野球だって、イケてるんだ……! 何でも良い! 俺にパスを回せ!」

 

 それでも、対野球部においては極めて有効な戦術らしい。

 柳生君は両手を広げてパスを求めている。

 学校のカリスマにそんなことを言われては、無視出来ないだろう。

 

「無駄ですよ。タクティクス”ブロック・ザ・キーマン”は徹底した一人潰しですから」

 

「テメェ、そこまで俺を根に持っているのか!?」

 

 柳生君と笹波雲明が話し始めた。幾ら囲まれているとはいえ悠長過ぎるようにも思うけど……、私の足は自然と前に出ていた。

 聞いておかなきゃいけない。そう直感したから。

 

「野球部は柳生先輩への接待プレイに徹する。それができなくなればどうなるでしょうか」

 

「何だと!? 卑怯な……!」

 

 接待プレイ……? どういうこと?

 

「笹波……! お前、何が狙いだ……!?」

 

 私の疑問を代弁するかのように、柳生君が笹波雲明に問を投げた。

 それに対する笹波雲明の答えは。

 

「一人の人間が……どれだけ無力かを思い知らす……」

 

「「!!」」

 

 この時、私と柳生君の感情はシンクロしていたと思う。

 痛いところを突かれ、でもそれを認めたくない。

 酷く幼稚で低次元な、矛盾の正当化。

 だけど正当化なんてできないから、こんな風に睨みつけるしかない。

 

「柳生先輩は気づいているんじゃないですか? チャンスを常に貰える人間が、どれだけ実力以上の働きができるのか」

 

「――――――何だと?」

 

 …………ああ。

 

「偉大な親の存在がいつだって先輩にチャンスを回す。だから結果で応えるしかなくなった。チャンスは滅多に来ないからこそ嬉しいんです」

 

 …………………………ああ、私は。

 

「常に目の前に応えて結果を出すしかない先輩は、拷問のようなスポーツをさせられていたんじゃないですか?」

 

 …………………………私は、なんて恥ずかしい勘違いをしていたんだろう。

 柳生君と私が、同じ? 全然違うじゃないか。

 

 柳生君の実績は知っている。彼は応えている。周囲からの期待、重圧。

 それら全てに結果で以て応えている。確かに辛かったのかもしれない。

 だけど彼は、()()()()()()

 全てを放り出して逃げ出すなんてこと、していない。

 自棄になってチームメイトに迷惑をかけているわけでもない。

 

 私とは何一つとして同じじゃない。

 それが親の威光によるものだったとしても。与えられたチャンスだったとしても。

 それを潰すことなく、逃げることなく、常に応え続けた柳生君は。

 とても強い人間だ。私とは、まるで違う。

 

「――――っ!」

 

 気づけば、私はその場から逃げ出していた。

 そして一度振り返る。

 もう二人の会話は終わったらしい。

 柳生君はどこか生き生きとした様子で、ボールを蹴っている。

 

「俺だって、俺だって――――!」

 

 そこに桜咲君が走ってきた。

 高い。柳生君にも敗けていない。

 

「本当はサッカーが、やりたかったんだ――――!」

 

 シュートとシュートのぶつかり合い。風圧によって砂塵が舞う。

 柳生君の目尻には涙が浮かんでいて、しかしそれはすぐに消える。

 

 ああ、何だかとっても。

 

「――――楽しそう……」

 

 私は再び走り出す。

 あの煌びやかなステージに背を向ける。

 気づけば私の目尻には、涙が浮かんでいた。

 

 

 空は曇天。

 さっきまでは青が綺麗な快晴だったのに、今ではすっかり雨模様だ。

 ゴロゴロ、と遠くで雷鳴が聞こえる。私のお気に入りスポットも、今日は少々荒れている。

 危ないから少し離れよう。

 

「……ぁ、サッカー……ボール……」

 

 風が吹いて、私の足に転がってくるサッカーボール。

 そう言えばここは子供達が練習している場所だったか。

 使い古されたサッカーボールは久々に見る。私に与えられているのはいつも新品でピカピカだったな。

 

 近くに的がある。懐かしい。すぐに飽きて止めちゃったけど、KFCでよくやる特訓だったっけ。

 

 風が吹いている。少し塩辛い潮風。古びた的がギシギシと揺れている。

 

「…………よっ」

 

 気まぐれに、一発蹴ってみる。

 ボールにかかっている回転が酷く乱れていることはすぐにわかった。

 当然、的には当たらない。

 

「外れちゃった……」

 

 まあ、ローファーだし。

 仕方ない、仕方ない。

 少し調整すれば、今度は。

 

「…………また、外しちゃったか」

 

 まあ蹴った瞬間にわかったことだけど。

 

「…………!」

 

 もう一発。外れた。

 もう一発。外れた。

 外れた。外れた。

 外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。外れた。

 

「こん、どこそ……!」

 

 ボールを設置して、撃つ。

 必殺技を打つような感覚で、的を破壊するつもりの、渾身を。

 

 だけど風が吹いてきて。ボールはシュートの軌道から逸れてしまって。

 勢い余った私は、盛大にバランスを崩してしまった。

 どちゃり。倒れたと同時に粘度の高い水音が響く。

 

 いつの間にか、雨が降ってきたらしい。

 泥が撥ねて靴やスカートは汚れてしまっている。

 

 それでも、ボールを蹴ることを止められなかった。

 

(あと少し、あと少しで的にボールが当たるはず)

 

「あっ――――」

 

 またボールがズレて、足が滑った。バランスを崩して、前のめりに倒れてしまう。

 もう全身泥まみれだ。

 

「……なんっ、で……どう、して……!」

 

 今世の私は、天才だったはずだ。

 プロと同じ技さえ使えて、化身だって出せる。そんな選手だったはず。

 なのに今じゃ化身はおろか、必殺技だって出やしない。

 

 まるでサッカーボールに嫌われてしまったみたいに、何一つうまくいかない。

 これじゃあ前世の方が、まだマシじゃないか。

 

「……こんなところにいたら風邪を引きますよ」

 

 唐突に、傘がかかる。

 

「……ぇ?」

 

「どうも、赤袖茉莉先輩。野球部との試合、見に来てましたよね?」

 

 笹波雲明。

 どうして彼がここにいるのか。どうして私のこんな姿を、見ているのか。

 

「……見ないで」

 

「すみません。つい気になって。いつもここにいるみたいなので」

 

 ……最悪だ。最悪のタイミングで、彼に出会ってしまった。

 

「どうしてここにいるの……? 探しに来たってこと?」

 

「はい」

 

「サッカー部に勧誘するため……?」

 

「そうですね」

 

 ……はっ。

 成程、確かにサッカー部は人手不足だ。

 柳生君が加入しても六人。どうも彼はプレイする気が無いみたいだし、最低でもあと五人は必要になる。

 

「……止めておいた方がいいよ。どうせ私なんて、役に立たないから」

 

「先輩に才能が無いとは思いません。そのザマなのは、単純に先輩が練習をサボってたからです」

 

「折角復活したサッカー部に傷がついちゃう。私の評判、多分酷いから」

 

「それはそうですね。去年のフットボールフロンティア決勝戦以降、暫くの間はSNSではボロカスに叩かれてました。王者雷門に傷をつけた戦犯として」

 

 そうだろうな。

 試合内容もそうだし、普段の態度だって決して良いものじゃなかった。

 大人達に持ち上げられて、贔屓されて。周りはさぞ振り回されただろう。

 そんな贔屓された才能も、今はこの通り腐り果てているわけだが。

 

「正直な話、僕は先輩のことが好きじゃありませんでした。僕は心臓のせいでサッカーができないのに、誰よりもサッカーができる先輩はあんな雑にサッカーを扱ってる。嫉妬で気が狂いそうになりましたよ」

 

「……そう、なんだ。だったら……」

 

「だけど、さっきの先輩を見て考えを改めました。だって先輩は、どうしようもなくサッカーが好きみたいだから」

 

 ……今の的当てのことを言っているなら的外れだ。

 私はただ、自分の惨めさに絶望してただけだ。

 どこをどう見たら、そんな感想が出てくるのか。

 そんな私の表情を見て、笹波雲明は答える。

 

「本気でサッカーをどうでも良いと思ってるなら、あんなに何度もボールを蹴ったりしません。泥まみれになって、みっともなく見られても、それでもボールを蹴ってしまうのは、サッカーが好きだからです」

 

 …………前世の記憶が蘇る。

 家族の反対を押し切ってまでプロになったのに、国内3部リーグの選手でしかなかった自分。

 どれだけ練習しても結果が実らず、無茶をして怪我をして、クラブを追放された自分。

 幼少期に見たイナズマイレブンの世界に来て、またサッカーを始めた自分。

 あれだけ惨めな目にあって、それでもサッカーを続けている自分。

 

 それはどうしてなのか。

 そんなの、決まってるじゃないか。

 

「……私は、サッカーが好き」

 

「はい」

 

「一度は逃げたけど、駄目だったけど、それでも、サッカーがしたい」

 

「はい」

 

「でも゛っ! み゛んなに迷惑をかけでっ、また白い目でみられるのがごわぐで! わだしにサッカーをやる資格なんて、もう無いからっ!」

 

 涙が溢れ出す。

 私はサッカーが好きだ。

 でもどうしようもなくサッカーが怖い。

 南雲原のサッカー部に入ったらどうなる? 大会に出たらどうなる? 雷門から逃げ出した挙句、のうのうと他のチームに入った裏切り者。

 そんな風に呼ばれることは間違いない。かと言って雷門に戻るようなこともしたくなくて。

 

 どうしたらいいのか、私にはもうわからなかった。

 

「……確かに、風当たりは強いかもしれません。僕には無理強いすることはできない。でも、忘れないでください。先輩のこと、待っている人がまだいるんだってこと。

 

 ――――僕たちと一緒に戦ってみませんか? ガチで、自分の境遇と」

 

 そう言って、笹波雲明は去って行った。

 傘を渡してはくれなかった。

 だって雨は止んだから。

 相変わらずの曇り空。分厚い雲は今でも陽を遮断している。

 

 だけど確かに、雨は止んでいて。

 雲の隙間から薄らと、か細い明が私を照らしているように思えた。

 

 

 

 その日の晩は眠れなかった。

 こっちに生まれて初めて、サッカーのことを真剣に考えた。

 一睡もせずに考えて、向き合って。

 

「……あれ? お前、赤袖か?」

 

「うん。柳生君、だよね? 君もサッカー部に入るんだ?」

 

「ああ。……やっぱり俺は、サッカーがしたい」

 

「…………私も」

 

 もう一度、サッカーを続けることにした。

 きっと茨の道だ。

 輝かしい未来がある保証なんて、どこにもない。

 

 でも、だとしても。

 私は私の道を、進んでみたいと思う。

 

「ようこそ。南雲原中サッカー部へ」




これにてプロローグ完結です。
私の拙い癖にクソ長い文章を読んでくれてありがとうございます。

転生者 赤袖茉莉のヴィクトリーロードは、今、ここから始まります。
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