サッカーの頂点に君臨する『サッカーモンスター』、円堂ハル。
サッカーを齧る人間ならば誰もが知っている、あのイナズマイレブンを率いた伝説のキャプテンの息子だ。
本来ならば彼は雷門中、東京にいるはずなのだが何故か長崎にいた。
彼が今ここに立っている理由は、西ノ宮中からの帰属依頼によるものだ。
帰属校同士は選手の貸し借りが可能となる。
南雲原が西ノ宮に敗けるわけにはいかない。生徒会長である千乃妃花が告げたことであるが、それは西ノ宮中にとっても同じこと。
彼等にとっても敗けられない試合。勝たなければならない試合。
故に彼等は怪物とその一派に縋ることを決断した。
「蓮さん」
「…………」
「蓮さん?」
「……あ、ああ。どうしたんだハル?」
「いや蓮さんこそ……。ずっと南雲原の方見てますけど、どうかしたんですか?」
大型大会の初戦、その直前。どの学校においても大事であるが、ハルにとっては何ということはない。
相手は出来たばかりの無名。普通にやれば敗ける通りが無い。
そんなことよりも普段から気にかけてくれる先輩の動揺の原因を探ることの方が、ハルにとっては余程重要なことだった。
「……知り合いがいるんだ」
「知り合い? 蓮さんって長崎の出身でしたっけ?」
「いや、違うんだが……。あそこにいる奴、見えるか? 白い髪の毛の……」
「……あの泡を噴いてる?」
「………………ああ、そうだ。彼女は去年まで雷門のレギュラーだったん、だが……」
月影蓮は混乱していた。
昨年王者の座から降ろされて以降、雷門の空気はピリピリとしていた。
そんな現状を見かねた理事長から下された出向命令。
向かう先は強化されたらしいとはいえ、未だ無名の弱小校。それは対戦相手も同じはずだった。
だがそんな場所にかつて絶対神とまで称された元チームメイトがいたのだから、混乱するのは当然だ。
しかもなんかキャラが変わってる。
傲慢で自己中、他者からの贔屓を受けてほくそ笑むような人間と再開したと思えば、当人は試合前に震えて泡を噴いているときた。
何から何まで自分の知っている茉莉ではない。
蓮の混乱は加速するばかりだ。
「なんか、そうは見えないんですけど」
「そう、だな……。だが事実なんだ……」
(ふーん……。聞いたことないけど)
ハルはどこか冷めた目で茉莉を見つめる。
もしかしてあの人が時々噂に聞く、だけど誰も教えてくれない先輩のことなのかな? と少しばかり考える。
そしてそれもすぐに終わった。
「まあ良いんじゃないですか? 強いって言ってもその人だけですよね」
「……油断するなよハル。雷門は去年、それで足を掬われている」
「はい」
もうまもなく試合が始まる。
今年度からキャプテンに使命された蓮は自身の中に渦巻く疑問を一時的に鎮静化させ、立ち上がる。
不満げに自分達を見つめてくる西ノ宮の選手さえも片隅に追いやり、ピッチの上に立つ。
『南雲原』
桜咲-忍原
赤袖-柳生-木曽路-雨道
弁天-幕下-古道飼-小手打
四川堂
『西ノ宮』
月影-円堂
元部鳴-糸居-真地米-駆乗-金星
丸目-寺路-白石
好街
笛が響いた。先攻は西ノ宮中。
蓮はハルにボールを渡し、ただ一言指示を飛ばす。
「速攻だ!」
「はい、蓮さん」
それだけで、円堂ハルには十分だった。
ただのドリブル。複雑な技巧などはなく、ただただ普通に進んでいるだけ。
たったそれだけで、南雲原の面々は圧倒されていく。
「速いっ!」
「止めろーっ!」
突破された忍原が驚嘆し、追いつけない柳生が叫ぶ。
南雲原中盤はもう追いつけない。
ゴール前を固めていたディフェンス陣が立ちはだかる。
特に真っ先に追い縋ってきたのは
「……へえ、アンタか」
「……行かせない」
赤袖茉莉。南雲原の中盤の、少し引き際にいた彼女のまた、ハルに追いついていた。
速い。意外性という意味では古道飼に軍配が上がるが、より強いと感じるのは茉莉の方だ。
「悪いけど、抜かせてもらうよ」
「っ!」
「ああっ!」
震えるほどの緊張を湛え、前のめりのなった二人を嘲笑うかのようなヒールリフト。
ハルはそのまま飛び上がる。
しかし、それにすら、茉莉は追いついてきた。
「!」
「撃たせない……!」
高い。ハルは素直にそう思った。
滞空時間も頭抜けている。成程、雷門のレギュラーに選ばれるだけの実力はありそうだ。
何故あそこまで緊張していたのかが理解できない。
「――――だけど、軽いですね」
しかし怪物を相手にするには、余りにも覇気が欠けている。
「ひとつ」
撃つ直前に呟くハル。
凡人が言えば単なる皮算用。しかし怪物が口にしたそれは。
「ぐぁっ!」
一足先に事実を宣告したに過ぎない。
『ゴール! 初得点は西ノ宮! 助っ人の円堂ハルが先制点を挙げたァ!』
圧巻。スタジアムに来ている人々はサッカーを好みはしていても、必ずしも詳しいというわけではない。
そんな彼等でさえ、圧倒されてしまうほどに、一連のプレーは凄まじかった。
「よくやった、ハル」
「軽すぎませんか?」
「だからと言って手を緩めるなよ」
「大丈夫です」
怪物は自陣に戻る。
蓮に告げたのは軽蔑ではなく、ただ彼が感じた感想に過ぎない。
一切の悪意がないその言葉が、南雲原の選手達に深く突き刺さる。
特に彼女、赤袖茉莉には、より一層深く。
◆
怪物。
円堂ハルのプレーを見て、私はただそう形容するしかなかった。
速い。高い。威力が高い。
サッカー選手として、ストライカーとして、強いと称されるための必須事項を全て注ぎ込んだかのようなプレー。
言葉の意味を、文字ではなく体に染み込まされたかのような、正しく圧巻。
私はごくりと生唾を飲み込むしかなかった。
「あれがサッカーモンスター……、凄い……」
古堂飼君の呟きが聞こえる。
彼を始めとして、仲間のほとんどは初心者だ。この場合、私がフォローしなければいけなかったのに。
「……ごめんなさい」
罪悪感で胸が締め付けられる。
この中でほぼ唯一の経験者だっていうのに、まるで役に立たなかった。
「あれ……?」
「? どうしたの……?」
「雲明君が、何か言ってる……?」
古堂飼君の言葉を聞いて、私もベンチに目を向ける。
笹波君のハンドサイン。その内容は。
「――――『技を使うな』?」
「えぇ、僕等にも!? それって、点を取らせろってことですかぁ!?」
「どういうつもりだ、笹波君……?」
わからない。意味がわからない。
だけど以前、笹波君はこう言った。
突発的な指示には従ってもらいます、と。
ハンドサインを出してきたということは作戦の一環、ということなのだろうか。
「……よくわからないけど、従うしかないんじゃないかな……」
「そうですよね……」
「彼にはきっと、狙いがあるんだろうさ」
よくわからない。わからないなら、信じるしかない。
ただ余りにも多く点を取られるわけにはいかない。
どこかで反撃に転じるとして、逆転が可能な点差は、果たしてどのくらいか。
「『三点』……。うん、了解……」
リスタート。再び円堂ハルがやってくる。
最早西ノ宮の正規メンバーは蚊帳の外と言った感じだ。
「止めるよ、今度こそ」
あっという間に皆を抜き去り、ゴール前。
私と円堂ハルの一対一。
どの程度まで緩めれば良いのか、そんなことを考えているとあっさり抜かれた。
「ふたつ」
再び放たれるシュート。必殺技ですらないそれに、四川堂君はどうにか手を伸ばすもあっさりと弾かれてしまう。
多分彼は今本気だった。百人一首で鍛えたらしいその反射神経は決して悪いものじゃない。
だけどそんなものでは止められない。宣告通り、二点目が入った。
前半の残り時間は、まだまだある。
こっちのボールで試合が再開するも、すぐに月影君がボールを奪った。
ここは行かなきゃいけない。
「……古堂飼君、弁天君、円堂君のマークお願い!」
「!」
円堂ハルにボールを渡してはすぐに失点する。
だったらせめて、月影君がボールを持っているうちに時間を稼がないと。
「……久しぶりだね、赤袖さん」
「……うん」
「色々と聞きたいことはあるが、今は試合に集中させて貰うよ」
マッチアップ。
月影君の実力は大体わかってる。勿論成長はしているけれど、それでもある程度の抵抗を見極めることは、円堂ハルに比べれば簡単だ。
そう、思ってた。
「少し衰えたんじゃないか? 以前の君には、追いつくことさえイメージできなかったんだが」
「……少し、サボってた」
「そうか。だがそれなら、……勝てる!」
華麗なステップから逆をつかれる。
だが私も追い縋る。
一進一退に見える攻防。だけど、直感する。
これは、本気を出しても勝てないかもしれない。
「こっちです蓮さん!」
「頼むぞハル!」
「させません!」
走り込んだ私がコースを切り、雨道さんがカットする。
ボールは弾け、コートの外へと零れ出た。
「……まさかとは思うが、手を抜いているのか?」
「……そんなことない。私はキャプテンの指示に従ってるだけだし、ちゃんと本気」
正確には本気を出さざるを得なかった、だけど。
月影君は真面目な性格だ。私がサボっている間にも実直に特訓をしていたんだろう。
それによる差が生じているということを、たった今実感させられた。
今の私じゃ、雷門のレギュラーは取れないかもしれない。
「………………」
マズい。こんなこと、試合中に考えることじゃないのに。
勝つための指示を実行しないといけないのに。
「大丈夫ですか、茉莉さん」
「雨道さん……。ごめんなさい、私……」
「大丈夫です。ちゃんと止められましたよ、茉莉さんのおかげで」
「…………うん。ありがとう」
雨道さんのおかげで少し気持ちが楽になった。
だけど依然劣勢。もう少し、相手の猛攻を凌がなくちゃ。
「……今度は、止める!」
「無駄だ、今の僕は君より強い!」
「だとしても止める!」
”アクロバットキープ”。
空中でアクロバットを決めることで敵を抜き去るドリブル技。月影君の得意技だ。
このままじゃ決められる。彼か、あるいは円堂ハルか。
(落ちるタイミング……!)
見極めろ。雷門での練習を思い出せ。
確かに速くはなっているが、それでも!
「ここっ!」
「なっ!?」
「行って! カウンター!」
最前線にパスを出す。
それを受け取ったのは木曽路君。そして即座に忍原さんへ。
彼女が放つのは美しく曲がるシュート。
しかしまだまだ速度は不十分。
「”スウェットスティルネス”!!」
加えて通常シュートでは、必殺技を越えることはできない。
結局このままジリ貧で戦い、前半終了直前に、円堂ハルが三点目を決め、前半が終わった。
「……だけど、ミッション達成」
笹波君も頷いている。
さあ、反撃だ。