ポケットモンスター〜キセキ〜   作:龍崎悠司

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〜悔恨〜

 

 気を失ったロイナは夢を見ていた。

 嫌な気分のまま眠りに付くと、今でもありありと思い出す。

 きっとこの記憶は一生付いて回るのだろうとロイナは確信している。

 この日のことを2度と繰り返さないために、自分はこの記憶と向き合い続けていくしかないのだ。

 思い出しの最初はいつも、泣いてる自分とそれを見て笑ってるいじめっ子たちの姿。

 セキミラ地方に来る前、シンオウ地方はソノオタウンでロイナは、気弱ないじめられっ子だった。

 

「うぇ……ひっぐ、やめてよぉ」

「やーい泣き虫ロイナがまた泣いたー」

「だっせーの」

 

 今でもそこまで高いわけではない身長は、昔は余計に小さかった。

 身体も小さく、気も弱く、反撃もしてこない。

 格好の獲物だ。

 だがそこへ保護者が現れる。

 

「ガウッ!!」

「ルカリオ〜」

「あ、またずっけぇぞ!」

 

 年老いたルカリオだ。

 亡くなったおばあちゃんのポケモンだったルカリオは家族の手持ちポケモンになるでもなく、家族として過ごしている。

 ロイナが泣くとその波動を感知して守りに来るのだ。

 

「グルルルル……」

「うっ……」

「ちっ、行こうぜ」

 

 そのルカリオが手を出して来ないのはいじめっ子たちも理解してる。

 しかし、両手いっぱいに広げてロイナを守りながら、『にらみつける』で威嚇してくるルカリオは怖いのだ。

 だからルカリオが出てきたらそそくさと退散しているのである。

 これがいつもの日常だった。

 ロイナがいじめられて泣き、ルカリオが身体を張って守りに来て、いじめっ子たちはつまらなそうに帰る。

 

「ぐす……ルカリオ、ありがとう」

「ガウ」

 

 ロイナが礼を言うと穏やかな笑顔で振り返ってくれるのだ。

 ロイナはルカリオを信頼し、その背中を見る度に安心していた。

 そんな日々がずっと続いていた。

 ロイナの遊び場はいじめっ子たちの来る花畑だけではない。

 ポケモンの出てくる草むらを避けつつ、谷間の発電所まで遊びに行くことはしょっちゅうだった。

 いじめっ子たちも来なくて、発電所に行けば職員のおじさんたちが可愛がってくれる。

 おばあちゃんからの言い付けである、発電所近くの風船の様なポケモンにだけは近付かない様に気を付けて。

 両親が共働きしていたのもあり、そうやって遊びに行って、たまに泣いて、ルカリオと共にソノオタウンの周辺を歩く。

 いじめっ子たちは嫌だけど、ルカリオが付いてくれてるから安心。

 それが当時のロイナの世界の全てだった。

 そんな当たり前が崩れたのはとある嵐の日だった。

 雨風は強いが、両親がいない家にいるのはなんだか寂しい。

 だから雨ガッパを着て、その日も発電所に遊びに行こうと出かけたのだ。

 ソノオタウンから谷間の発電所までにある205番道路は水辺ということもあり、カラナクシやブイゼルが多く生息している。

 川の方にはメノクラゲやペリッパーが見え、釣竿を使えばコイキングやケイコウオが釣れる。

 時折ハネッコが風に流れてやってくる。

 そんな場所だ。

 稀にドククラゲやギャラドスなどが縄張りを主張して周りのポケモンと争ったりするが、概ね平和な場所である。

 その日、ロイナが発電所のすぐ側まで来た時に川から現れたのは、それまで見た事がない程大きなギャラドスだった。

 遠目に見た事がある程度ではあったが、それでも普段は身体の大半が水面下にあるから2メートルから3メートルくらいの大きさに見えていた(それでも充分大きいが)。

 それが、その時に見たギャラドスは普通の倍近くに見える、オヤブンとでも言えそうな巨大な個体だった。

 きょうぼうポケモンとして街を破壊し尽くした伝説すらもつポケモンがすぐそこにいきなり現れたのだ。

 しかも、進化したばかりで制御が効かないのか暴れ狂っている。

 ロイナは子供なりに理屈は分からなかったが、それに襲われたら終わりである事は理解していた。

 恐怖で泣き叫ぶ事も出来ず、腰を抜かして見上げていると。

 ギロリ! とその怒れる眼がロイナをついに捉えた。

 矮小な子供といえど、自分の縄張りに勝手に入る様な不埒な輩──たまたま通りかかっただけの子供だが──は攻撃して排除せねばと襲いかかる。

 声すら出せないまま身体を震わせるロイナ。

 あわや噛みつかれる、というところで急にギャラドスの顔が横に吹っ飛んだ。

 

「ルカリオ!」

「ガウッ!!」

 

 ロイナの恐怖を波動で感じて走って来たルカリオが、『はっけい』をかましたのだ。

 

「ギャォオオオオオ!!!」

「グルルルル……!」

 

 ロイナを抱えて逃げようとするも、すぐに復活したギャラドスはそれを許さない。

 威嚇してこちらを怯ませようとするもルカリオ自身も太い精神力の持ち主、怯まずに睨み返す。

 しかし、そのギャラドスは『にらみつける』1つで退散してくれた近所のいじめっ子たちとは訳が違う。

 暴力の塊として向かってくるギャラドスをどうにか対応していく。

 だが、それにも無理があった。

 どうしようもなく老いていたのだ。

 若く、強く、暴力の権化となったギャラドスに比べて。

 それは動きにも現れてくる。

 こちらの『はどうだん』では動きを止めてくれない。

『はっけい』は力が乗り切らない。

『にらみつける』では欠片も怯んでくれない。

 逆に相手の猛攻にはなす術がない。

 相手の鋭い『かみつく』を避けきれない。

 ただの『たいあたり』が10トントラックでも当たりに来たのかと錯覚する威力。

 攻撃を繰り出される度に確実にルカリオは削られて、息も荒く、膝を突いてしまう。

 途中『あばれる』でもしているのか混乱してるかの様に無茶苦茶な動きをするが、それさえも暴力の嵐だ。

 ルカリオの命がどんどんすり減って行っている。

 ポケモンバトルというものにてんで触れて来なかったロイナでも、それだけは分かった。

 このままではルカリオは死んでしまう。

 だが、今だに腰を抜かして膝は恐怖で震えて這う事すら出来ない。

 何とかしたい、しなきゃいけない、でも何も出来ない。

 涙をポロポロ流して、喉は震えず。

 無力な子供がそこにいるだけだった。

 ロイナが絶望してる間にもルカリオは攻撃を受け、あちこちから出血し、今にもその命の灯火が消えそうになっている。

 ふらつくルカリオだが、その目は死んでいなかった。

 当たり前だ。

 ルカリオにとって、何が何でも守りたい存在(ロイナ)が背中にいるのだ。

 自身のパートナーが死んだ時、とにかく悲しかった。

 パートナーの娘夫婦はパートナーが眠る地から移動しなくてはならなかった。

 この地に残るために野生に戻る事も考えた。

 それを引き止めたのは今よりももっと幼いロイナだった。

 その笑顔が彼のおばあちゃん(パートナー)と被って見えたのだ。

 だからずっと守ってきた。

 泣いた時、迷子になった時、いじめられた時。

 その手を握って、花に囲まれた町の家に帰る。

 今回も変わらない。

 たかが目の前の暴力装置(野生のギャラドス)に、くれてやるものなど何一つ無いのだ。

『じたばた』が直撃した時に潰れた目にはもう敵の姿は映ってない。

 だが問題はない。

 波動は感じる。

 敵の荒れ狂う波動を。

 自身に溜め込んだ波動を。

 そして、後ろで泣いて震える波動を。

 目の前に荒れ狂う波動が迫る。

 後ろの波動が震える。

 

 ──ああ、どうか泣かないでくれ。

 

 上がらない腕を反対の腕で支えて無理矢理構える。

 敵が迫る。

 迫る。

 きっともう、見れないけどその景色はずっと目に焼き付いている。

 

 ──どうか素敵な笑顔で笑っていてくれ。

 

 自身のエネルギーの全てを、波動の全てを込める。

 もう敵は目の前に。

 だが、ルカリオは引かない。

 守る。

 

 ──『きしかいせい』。

 

 何が起こったのか、理解するにはロイナはまだ幼かった。

 けれど、ビリビリと肌が痛くなるほどの轟音が通り過ぎて、1つの事実が目の前に存在することだけは分かった。

 ロイナの目の前から、脅威は消えていた。

 彼をずっと守ってくれた家族の命と共に。

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