「ロイナくん!?」
「ミツタさーん! これ何ですかー!?」
ミツタの視界に映ったのは、ロイナを頭に乗せて持ち上げ、住処の方へ向かうノノクラゲの群れだった。
止まる間もなく声が遠のいていく。
残されたのは大量のノノクラゲのヒレと足跡。
(えぇー、何それ……どうなってるのロイナくん?)
ノノクラゲとはそれなりに交流しているミツタだが、こんな光景は初めて見た。
慌ててるタイレーツと妙に落ち着いているフシギダネを相変わらず引き連れてノノクラゲの後を追う。
ノノクラゲは特に凶暴というわけでもなく、歓迎する時は住処へ連れて行くことも珍しくないことをミツタは知っている。
その住処はこの森へ通う様になってからそれなりに時間が経って、少しずつこちらに慣れたノノクラゲが付かず離れずの距離を保ちながら何度か案内してもらった程度だ。
何が起こったのか、目の前で見たのに半信半疑になりそうだ、とミツタは困惑する。
妙と言えばフシギダネの様子もだ。
慌てるタイレーツの反応が普通だろうに、やれやれ仕方ないとでも言いたげな様子で、共に向かいながら落ちたヒレやキノコ、きのみをつるを器用に使ってカゴに入れてくれている。
場慣れしているというか、よくある光景を見たというか、そんな落ち着きをこのフシギダネからは感じる。
(これは、思ったより面白い子と知り合ったんじゃないかな?)
ちょっと楽しくなりながらも、ノノクラゲの住処に到着する。
連れて行かれた先でロイナは。
「分かった分かった、順番だからねー」
ノノクラゲに囲まれながら、軍手を付けた手でノノクラゲを撫でる、いや擦ってヒレを落としていた。
「……ロイナくん、何をしてるのかな?」
「それが聞いてくださいよ、ミツタさん」
擦る手は止めずに何があったのかをロイナは話し始める。
何でも、ロイナはノノクラゲのヒレを集めてるうちにノノクラゲを見つけたらしい。
その様子が少し変で、木に身体を擦り付けていたが納得がいってないのか何度も擦り付けているのだった。
驚かさない様にゆっくり近付いて、ノノクラゲに声をかける。
「えっと、そこのノノクラゲ?」
「ノノッ!!?」
最初こそ警戒されたものの、ヒレを持って集めているのが分かったので、敵対モードは解いた様だ。
それでもまだ木に身体を擦り付けていると、ヒレが落ちた。
だが、その時ロイナが拾ったものより明らかに小さく、うまく落ちていない様で。
それでやりたいことを察したロイナが更にノノクラゲに近付く。
「ノク!?」
「大丈夫、大丈夫だよ」
流石に再び警戒を強めたノノクラゲだが、あくまでゆっくり笑顔のまま、目線を合わせて近付くロイナに攻撃まではしなかった。
ロイナはヒレや手を振りながらやりたいことを伝える。
「僕はヒレが欲しいんだ、良ければ取ってあげるけど、どうかな?」
「ノー?」
ゆっくりヒレを見せたり、落ちた小さいヒレを指差したりしながら何度か伝えると、やがて言いたいことが届いたのかゆっくりノノクラゲが近付いて来た。
「ノノー?」
「大丈夫、ゆっくりやるからね」
怯えさせない様にゆっくりと手を動かしながら、強めに押し付けてノノクラゲの頭を擦っていく。
やはり上手く剥がれなかったのか頭の皮膚が凸凹していた。
古い角質を削る要領で、ノノクラゲを擦る。
生地の粗めな軍手は上手いこと削っていけた様で、一際大きくヒレが落ちた。
「ノノ!」
「うん、良かったね」
さぁ、このちょっとボロボロだけど大きいヒレをミツタの所に持って行こうとしたロイナを、別のノノクラゲがじっと見ていた。
「えっと、どうしたのかな?」
「ノノ?」
「ノー! ノクラ!」
「ノ? ノク、ノクラ!」
ヒレを剥がしてあげたノノクラゲと何度かやり取りすると、新しいノノクラゲが近付いて来て、じっと頭を差し出した。
そこまでされればロイナにも言いたいことが分かる。
そのノノクラゲも頭を擦ってあげて、ヒレを剥がしていく。
「ノノ!」
「ノノノ!」
「ノ?」
「ノノ! ノクラ!」
「ノクラ!」
2匹のノノクラゲが盛り上がった様子を見せ、満足してくれたかとロイナも笑顔になる。
さて、そろそろミツタさんと合流、と立とうとした所、いつの間にかノノクラゲに囲まれていた。
「ノノ!」
「え、もしかして君たち全員──」
全員分やるの? と聞こうとしたロイナの足が掬われた。
うわー! と声を出せば囲んでいたノノクラゲが自分を持ち上げてどこかへ連れて行こうとしていた。
そこからはミツタも見た通り。
「それで住処に来たら、上手くヒレが剥がれないノノクラゲたちがこう、ずらっとね、いたんですよ」
「いや、なんか、うん」
君って大分面白い生態してるな? という言葉を大人のミツタはギリギリ飲み込んだ。
中々剥がれなかったヒレが綺麗に取れて嬉しそうなノノクラゲと、それを優しく見守るロイナを見たら、どうでもよくなってきた。
「やれやれ、ではこの辺に落ちたヒレは持ち帰らせてもらおう」
「大量ですね」
「全くだよ」
カゴいっぱいというのは時折とはいえ珍しくないが、溢れんばかりというのはミツタとしても初めてだった。
予備で持って来たバッグに入れても結構パンパンだ。
「ありがとうね、ロイナくん」
「いえいえ、ノノクラゲたちのお陰ですよ」
そこまで行くと謙遜を超えた何かだろうと思いつつ、辺りも暗くなって来たので、ノノクラゲの住処の近くでキャンプをすることになった。
自分のキャンプセットなので、自分で料理を作ろうとしたが、大量のお礼だとミツタが包丁を握った。
もちろん今日のメニューは山菜をふんだんに使った料理だ。
調理の手を進めながらも話を弾ませる2人。
「へぇ、マルクェットから来たんだ」
「はい、旅立ちの日までは研究所でずっと手伝いをしてました」
「もしかして、今日みたいなことって慣れっこ?」
「いや、そんな流石に……」
「そうだよね、流石に」
「住処にあんな風に連れて行かれたのは初めてでしたよ」
「ああ、そういうこと……」
つまりはあんな風にお世話をしたりするのは慣れているということなのだろう。
その辺のエピソードを色々聞いてみたいが、その前に料理が出来そうだ。
「よし、ノノクラゲのヒレをたっぷり使ったキノコ炊き込みご飯と、色んなキノコと『オレンのみ』や『クラボのみ』なんかのきのみを使った炒めものだ、山菜尽くしだぞー!」
「うわぁ! いい匂いですね! お腹空きます!」
無邪気に喜ぶロイナに年相応のものを感じつつ、褒めてくれたことに破顔する。
実際、ノノクラゲの新鮮かつ大きいヒレがいい香りの中軸になってくれているのだ。
フシギダネとタイレーツも一緒に並んでいただきます。
「うわ! すっごく美味しい!」
「ダネ! ダネ!」
「「タイレ!」」
「うんうん、そう言ってくれてコチラも嬉しいよ」
とにかく香りが良い。
そして食感が楽しい。特にノノクラゲのヒレがコリコリとした食感があり、存在を主張してくる。
箸が止まらず頬は落ちそうだ。
「すごいです、香りが良くて食感が良くて……」
「ふふふ、コツは香りの成分を油に溶かすことさ」
食べる手と共に褒める言葉も止まらない。
あっという間に全員で
その後は食後にコーヒーを淹れてもらい、焚き火を囲いながら寝るまでおしゃべりする。
ポケモンたちは疲れと満腹で既に夢の中。
「私はね、10年前まで料理人をしていたんだよ」
「納得です、ものすごく美味しかったですから」
「ふふふ、ありがとう」
ミツタの話は続く。
料理人をしていたミツタは、たまたまイェシード遺跡の探検ツアーをくじ引きで引き当てたのだという。
イェシード遺跡には強いポケモンが多いので、強いポケモンを従えたトレーナーが護衛に着かなくてはならない。
そういった場所へのツアーはかなりレアだったのもあり、ミツタはこれ幸いと参加した。
そこで初めてイェシード遺跡へ来たミツタの目を引いたのは、ポケモントレーナーではない自身が滅多に見られない遺跡ではなかった。
森に広がる自然の恵みだったのである。
常に当たるわけではない日の光を一生懸命に浴びて、競争している様で共生していて。
無造作に広がっていて、しかし住処や縄張りはきっちりしている森の秩序があり。
何よりそこらに転がるきのみやキノコといった食材たちが輝いて見えたのだ。
それまでの仕事をスパッと辞めて、イェシード遺跡の森の近くに引っ越してきたミツタ。
それからは週に一度持ち帰った山菜に舌鼓を打ちつつ、イェシードシティの市で食材として森の恵みを売り、お祭りの時には屋台を開くなどして過ごし始めたのだという。
「それはまた、すごい転換ですね」
「はっはっは! よく言われるがね、人間、変わろうと思えば1秒後には変われるんだ、大したことじゃないさ」
「それは……そうかもしれませんね」
豪快に笑うミツタの意見に心当たりのあるロイナは同意する。
人は変われる。
自分もそれは理解している。
「それにしても君も立派じゃないか」
「?」
「たまたま出会ったポケモンに付き合って旅をして、普通はそこまで出来ないさ。それにノノクラゲたちがあんなに懐いた人間を私は知らん」
「あれは……ノノクラゲたちが気の良い子たちだっただけですよ」
どうあれ素直に受け取る気はないらしい。
「それに、タンジが先に行って置いてかれまいとはしましたが、もう少しポケモンレンジャーの人たちを手伝っても良かったんじゃないかって思います……」
「いや、いやいや、それは違うぞロイナくん」
「違う、ですか?」
首を傾げるロイナにそうとも、と頷くミツタ。
そもそも悪いのはそのなんちゃら団とか言うのだろう? とミツタは理屈を続ける。
森のために悪いやつを追い払い、虫ポケモンや周囲の環境のためにポケモンレンジャーを呼んだ。
通りすがりの旅人が行うには充分行動している。
「そうですかね、もう少し何かできたんじゃないかって引っかかってしまって……」
「おいおい、君はここの自然が元に戻るまで居座る気か? そいつはちょっと舐めすぎだ」
「え?」
そんなことを言われると思ってなかったロイナは少し驚いてミツタの方を見る。
ミツタの顔は真剣そのものだ。
「このイェシード遺跡の森も、ポケモンたちも、たかだかこんな程度でどうにかなるほど、弱くないよ」
「弱く、ない……」
「そうだとも」
ミツタは続ける。
自然というものは、とてもとても強いのだと。
例え害意に晒されようと、例え少しの命が失われることになろうと、自然が負けることはそうそうないのだ。
あらゆるポケモンや植物が懸命に生きてる。
そのおこぼれに預かりながら人間は生きている。
そうやって生きている命たちは、放っておいても立ち上がるのだ。
だからなる様になる。
ポケモンレンジャーも、自然がある程度立て直す協力をしたらそれ以上手は出さない。
それは、下手な介入が良くないということ以上に、自然というものが強いから必要以上のお節介はいらないことを知っているからだ。
それらの意見を聞いた時、なんだかロイナは世界が少し広く感じた気がした。
「そうか、みんな生きてるんですね」
「懸命にな」
「僕は……ちっちゃいですね」
「なぁに、世界というのが大きいだけさ」
話が一区切りついたところで、さぁもう寝ようと火を消してキャンプへ入る。
明日にはいよいよこの森を出て、イェシードシティへ向かう。
ロイナの初めてのジム戦まで、もう少しだ。