夜が明けて、目を覚ましたロイナとミツタはキャンプ道具を片付ける。
ロイナも2度目ともなれば慣れたもの。
テキパキと片付けて移動の準備を整える。
「やー、思いがけず楽しい日を過ごせたよ」
「いえ、こちらこそありがとうございます」
お互いに良い出会いをしたとお礼を言い合う。
そこへ、ノノクラゲたちと共に大きな陰も顔を出して来た。
現れたのは、ノノクラゲの進化系であるリククラゲが2匹。
リククラゲたちは触手に何かを抱えていて、ロイナたちに渡してきた。
「ロイナくんこれは珍しいぞ、リククラゲのヒレだ」
「これ、香りがかなり強いですね」
珍味として人気の高いリククラゲのヒレを両手に抱えきれないほど受け取ってミツタのテンションが爆上がりする。
リククラゲのヒレはノノクラゲのそれと比べると歯応えと香りが強まるが、その分癖が強いので珍味として扱われるんだそうだ。
だが、ノノクラゲのものより貴重らしく料理人としてはとても調理しがいのある食材とのこと。
質によっては高級食材として扱われるらしい。
それであれば、と大体8:2くらいの割合でミツタに渡してしまうロイナ。
ミツタとしては、こんな良いものを沢山渡されても感謝より困惑の方が勝ってしまうが、ロイナとしても考えあってのことだ。
そんな癖の強い食材を扱えるほど調理技術はない上に美味しく食べてもらった方が良いだろうと判断してのことだった。
そう説明されてしまっては受け取りを拒否するのも躊躇われてしまう。
そして、渡して満足したのかこのまま別れる雰囲気だ。
それは流石に! と、ミツタは慌てて引き止める。
「ロイナくん、スマホ、出してもらえるかな?」
「え、はい?」
言われるがまま出されたスマホへ──スマホロトムではないのをミツタは少し珍しく感じながらも──ポケジョブアプリを開かせて取引を行う。
ポケジョブとは、その名の通りポケモンが行う仕事のことだ。
ゴーリキーなどの格闘ポケモンに工事現場の人間が捕まえて手伝ってもらうなどの協力関係は昔から行われてきた。
ポケジョブは、それをもう少し気楽にアルバイトとして受けられる様にした制度である。
特定の仕事や役割を求める雇い主の元へ、ポケモンを派遣して仕事を行い、給料をもらう。
ミツタもキノコ集めを依頼した時には、ポケジョブとして報酬を支払うつもりではいたのだ。
もっとも、予想の5〜10倍は収穫があったが。
スマホを操作して報酬の受け渡しを行う。
「え、こんな受け取れませんよ!」
「ロイナくん、そうなると私もこれは受け取れなくなってしまうんだよ」
そこには相場より大分ずっしりした金額が振り込まれていた。
渡されたリククラゲのヒレの市場価格を考えるともっと包んでも良かったが、高すぎて受け取らないと突っぱねられてもミツタこそ困ってしまうため、ある程度は抑えめである。
それでもポケジョブ一回で支払われる平均からはかなり大きく上回っていたが。
「ですが、こんなに……」
「なに、調味料を始めとした手持ちの食糧も使ってしまったんだ」
「でも、僕も結構食材をいただいたのに……」
キノコやきのみもある程度分けてもらってるロイナからすればこれはもらいすぎだったが、ミツタからしたらそんなことはないと首を横に振られる。
これを仕事扱いにさせてもらえなければ、自分の方が大人として恥をかいてしまう、と雑な理論で強引に押し付ける。
まだ納得いってなさそうなロイナだったが、これ以上ごねるのは明らかにミツタに迷惑をかけてしまうのを理解して飲み込んだ。
そんなこんなで色々あったが、話してるうちに2人は森の出口に到着した。
「イェシードシティでお祭りをする時には屋台を出すから、是非遊びに来たまえ」
「はい、ありがとうございました」
お互いに握手して別れる。
また会う日まで。
2番道路。
イェシード遺跡の森とイェシードシティを結ぶ道だ。
森から伸びる川が街まで続いており、その横を歩いていく。
道の脇に伸びる草むらには、コラッタやポチエナがエサを求めて森と道路を往復していたり、それらを狙うスバメやイキリンコが空を飛んでいる。
川を見ればニョロモやコダック、ルリリといった水辺のポケモンが住む。
他にもヘイガニの赤いボディやそれを手で持ち上げるルベリー博士の姿もあって、正に長閑な自然の風景だ。
「…………ん?」
何か変なものが目に映った気がして川を二度見する。
ニョロモ、コダック、ルリリ、ヘイガニ、ずぶ濡れのルベリー博士。
「ほぅほぅ、ここに棲むヘイガニは普通の個体よりハサミが小さいな。小回りを重視しているのかな? 水質としては充分栄養がありそうだが……」
見間違いではなかった。知り合いだった。
「ルベリー博士、何やってるんですか!?」
「おや、ロイナくん、君たちが旅を始めてまだ数日なのに、なんだか久しぶりだねぇ」
「いや、そんなことより服! 風邪引いちゃいますよ!」
「はっはっは、水質が気になってしまってついね……っくしょん!」
「ああもう言わんこっちゃない! 博士、とりあえず川から上がってください、タオル用意しますから!」
「やー、すまないね」
笑いながらくしゃみしながら川から上がるルベリー。
ありがとう、と礼を言いながら渡されたタオルで身体を拭くルベリーの姿を見て、改めてロイナは質問する。
「それで、何してたんですか?」
「水質調査、まぁちょっとしたフィールドワークさ」
「で、いつものやつですか……」
「そういうことさ、ヘイガニ!」
「ヘイ!」
ルベリーが呼びかけると、彼女の相棒のヘイガニがボールから出て来た。
「ヘイヘイ!」
「久しぶり、ヘイガニ」
ルベリーのヘイガニが元気に挨拶し、ロイナもそれに返す。
ヘイガニは研究所での手伝いをサポートもしてくれる頼れるポケモンだ。
敷地内に放たれているポケモンたちのまとめ役もやっていて、やんちゃなポケモンを抑える役も担っている。
「さて、挨拶も済んだところで──」
「博士?」
「火でも起こそうか、冷えてきてしまったよ」
「博士ぇ……」
色々と残念に思いながらも風邪を引かれても困るためロイナは動く。
日も高々だというのに近くから薪を拾ってきてキャンプセットから取り出した着火剤で
コーヒーを淹れて火に当たりながら、ポケモンを出して近況を報告する。
「そうか、タイレーツが1匹増えたんだね」
「はい、この調子で全員見つけます」
「フシギダネも元気そうで何よりだ」
「ダネ♪」
「研究所のみんなは元気ですか?」
「みんな元気にやってるよ、もっともロイナくんほど面倒見がいいお手伝いの子はいないから多少ドタバタしてるがね」
「元気にやってるなら良かったです」
一度話に花が咲けば話題は尽きない。
あの後研究所を出てすぐに、コギノリとバトルしたこと。
研究所に残ったポケモンたちがロイナたちがいなくなって寂しそうにしていること。
イェシード遺跡の森でタンジと再開してやっぱりバトルしたこと。
残ったポケモンたちの内、ナエトルやチコリータは日向ぼっこ仲間がいなくなって特に寂しそうにしていたこと。
セーブ団という許せない輩がいたこと。
他の近所の子供たちが手伝いに来ているが、まだまだで、しかし楽しそうなこと。
つい先ほどまでノノクラゲたちや知り合ったミツタと過ごしたこと。
ロイナが相変わらずの様で安心したこと。
朝だったお日様が真上を過ぎた頃まで会話を弾ませた。
「ふぅ、中々楽しい話が聞けたよ、ごちそうさま」
服が乾いてコーヒーを飲み干したルベリーが立ち上がり、礼を言う。
ロイナはマグカップを受け取って自分もコーヒーを飲み干した。
「もう下手に川に入らないでくださいよ?」
「はっはっは、まぁずぶ濡れにはならない様に気を付けるさ」
そらをとぶタクシーにも乗車を拒否されかねないしね、と笑うルベリーに、この人反省してないな、と息を吐くロイナ。
自分のことを信じられない行動力だなんだと言ったりするこのルベリーに、何度鏡を見せてやりたいと思ったか。
このルベリーはセキミラ地方における、リージョンフォーム研究を主に行っている。
リージョンフォームとは、通常種とは違う環境に置かれたポケモンが独自の変化を生態に起こし、その姿とタイプなどを変化させたものだ。
あくまで同じポケモンが違う姿を取っているものがリージョンフォームであって、姿の似ているメノクラゲとノノクラゲの様に別のポケモンとしてカウントするものとはまた異なるのである。
このセキミラ地方には、世界の様々な地方のポケモンが生息している。
伝説や幻のポケモンの話は聞かないが、通常種のみならず、リージョンフォームも──なんと、今の時代にはほとんど見かけない大昔のヒスイ地方のリージョンフォームすら──存在しているのだ。
セキミラ地方特有の様々な自然環境がそうさせるのだろう。
北は常に銀世界になるほどの雪山による厳しい寒さから、南は亜熱帯的気候によってスパイス栽培すら可能なほど環境に違いがある。
そういった幅広い環境が様々なポケモンが暮らせる所以なのだろう。
ルベリーはそういったセキミラ地方における環境の調査を含め、フィールドワークによるポケモンの観察を行う博士なのだ。
とはいえリージョンフォームと言えど、姿の違うポケモンについてだけを研究しているのではなく、逆にどの地方にいても姿を変えないポケモンも、ルベリーの研究対象となっている。
彼女が連れているヘイガニがそれだ。
ヘイガニとはあらゆる環境に適応し、水質が悪くても棲むことのできる生命力を持っているザリガニ型のごろつきポケモンである。
そして、どの環境や地方にいても姿が変わらない特徴を持つ。
とはいえ地方によって個体差や傾向はあるらしく、それらをルベリーは研究をしているというわけだ。
もっとも、だからといってわざわざいきなり川に飛び込んでずぶ濡れになる理由にはならないのだが。
「さて、調査の下見も出来たし、ロイナくんから話も色々聞けた」
「……サボって来たわけじゃないんですよね?」
「何のことやら!」
これは研究所から抜け出してきたな、と嘆息する。
まぁ、お開きの雰囲気だしこれで帰るならとロイナも焚き火やキャンプチェアを片付ける準備をする。
「せっかくだ、ロイナくん、バトルでもしようじゃないか!」
「……え?」