翌朝。
長閑な様子のマルクェットタウン。元々ガヤガヤとした都会の喧騒とは無縁の町ではあるが、そろそろ寝起きのいい人か、早くから用事や仕事のある人が目を覚ます時間帯のこと。
ロイナを起こしたのは何故か今日に限って鳴らなかった目覚まし時計の音でも、カーテンから漏れて顔面を照らす太陽の光でもなかった。
「ロイナ〜、コギノリくん来てるわよー」
「ローイーナー! 研究所、早く一緒に行こうぜ!!」
ママと親友が己を呼ぶ声で、ロイナは目覚めた。
「ふわぁ……今日は特に早いね、コギノリ……」
「ったりまえだろ? なんたって今日は待ちに待ったあの日なんだからよ!」
「朝ごはんくらいは食べようよ……」
「もち、食べ終わってるぜ!」
行動力のあるコギノリのことだ。昨夜あの後、別れてからたっぷり寝て、恐らく朝食も旅の用意も完璧に準備した上でここにいるのだろう。
見ればキチンとコギノリなりの旅装に身を包んでいる。
新品の青と白のウィンドブレーカーを着込んで、お気に入りのランニングシューズを履き、穴空き指出しの茶色いレザーグローブをはめている。
今日のために用意したと豪語していたコギノリらしい動きやすそうな格好で、目を輝かせて手招きしている。
ロイナは諦めて出掛ける準備を早々に整えた。
「じゃあお母さん、もう出るね」
「そう言うと思ってたわ」
ロイナのママもコギノリとの付き合いはそれなりに長い、それに付き合ってきた息子のことはもちろんそれ以上。
だからこうなることは最初から予測済みだったのだろう。
ことり、とおにぎりと水筒が机の上に置かれた。
「ちゃんと食べないと旅なんて出来ないわよ。どこかで食べなさい」
「うん、ありがとう」
それらをきちんと受け取って、この日のために両親に買ってもらった少し大きめのカバンに入れて、旅の装いに着替える。
この日のために用意していた青のズボン、白いシャツを着て赤いジャケットを羽織り、大容量のリュックを背負ってお気に入りの青いリストバンドを付ける。
そして最後はいつものお気に入りの羽飾りの着いた白いポークパイハットを被って準備万端だ。
「いってきます」
「……いってらっしゃい」
ロイナのママは一瞬、その姿に視界が思わず歪む程の感慨を覚えるも、すぐに笑顔を浮かべて、息子を送り出した。
願わくば、その道のりの中でも元気なままでいてくれることを。
扉の向こうに消えた息子を見送り、感動から抜け出してリビングに戻ると気が抜けてしまった。
「あの子が旅に出るなんて、本当に……良かった」
飾ってある写真を手に取る。
「ね、ルカリオ……」
その目元に雫を溜めつつも、感無量の笑みを浮かべていた。
マルクェットタウンは農地であり、今は朝早い。
平らな大地には田園や農園が見え、遠くまで見渡せる広々とした道には、通行人は早くから仕事へ向かう社会人か、農業に勤しむ農家がポツポツ見えるくらいだ。
その中でロイナたちはウキウキしながらマルクェット研究所へ向かっていた。
話題は必然、これから受け取る初めてのパートナーポケモンについてだ。
「コギノリは最初のポケモンって決まってるの?」
「あぁ、決まってる! アチャモだ」
「なるほど、仲良いもんね君たち」
「へへっ、だろう? アイツとならチャンピオンにだって駆け上がれるって信じてんだ!」
余程の自信なのだろう。その目には確信が伺える。
「ロイナは誰か決めてるのか?」
「う〜ん……実はまだなんだよね」
「おいおい、そんなんで大丈夫かよ、俺とアマリにタンジが先に選んでもまだ候補は沢山残ってるんだぜ?」
「そうなんだよねぇ……」
ロイナが悩むのには理由があるのだ。
なにせセキミラ地方では他の数多ある地方の初心者用ポケモン
カントー地方のフシギダネ、ヒトカゲ、ゼニガメ。
ジョウト地方のチコリータ、ヒノアラシ、ワニノコ。
ホウエン地方のキモリ、アチャモ、ミズゴロウ。
シンオウ地方のナエトル、ヒコザル、ポッチャマ。
イッシュ地方のツタージャ、ポカブ、ミジュマル。
カロス地方のハリマロン、フォッコ、ケロマツ。
アローラ地方のモクロー、ニャビー、アシマリ。
ガラル地方のサルノリ、ヒバニー、メッソン。
そして、パルデア地方のニャオハ、ホゲータ、クワッス。
実に27種のポケモンの中から1匹を選ぶのだ。
セキミラ地方各地では事前にポケモンを選んで最寄りのポケモンセンターに送ってもらったりするのだが、マルクェットタウンの町にはポケモンセンターはない。
代わりにマルクェット研究所がその役目を担っている。
ロイナたちは旅に出る前から研究所の手伝いという名目で研究所の初心者用ポケモン含めて色々なポケモンのお世話を日々行っていた。
つまり、本日もらう予定のポケモンたちと仲が良いのだ。
中々選ぶのが難しいというのも必定と呼べるものだろう。
「ん〜、本当にどうしようかなぁ……」
「特に気に入ってる奴とかいねぇの?」
コギノリの質問に眉間に更にシワを寄せて考えるロイナ。
色々なポケモンがロイナの中で浮かんでは消え、浮かんでは消えるも、ピンと来る様子ではないみたいだ。
「特に気に入ってたり、特別仲が良いって程の子は、ねぇ……」
「お前、初心者用ポケモンだけじゃなくて、気が合わない奴以外なら全員と仲良いもんな」
そりゃ悩むよなぁ、と気軽に言うコギノリだが、ロイナにとっては中々死活問題だ。
なにせ本当に大体のポケモンとは仲が良いのだ。
選ぶことのハードルは普通よりも高いかもしれない。
ロイナにとっては、どのポケモンも皆良い子だと感じているからこそ、人よりもその選択に悩んでいるのだろう。
「お前、すげー世話焼いてたもんな」
「慣れない事が多いから慌ててただけだよ」
自信なさげに笑うロイナだが、そんな事はないのはコギノリはよく知っている。
困ってる人やポケモンは放っておかず、自分に出来ることは全力でやるロイナが認められるのは当たり前なのだ。
そんな優しくもすごいロイナだからこそ、コギノリはライバルと認めたのだから。
「まぁ、こんだけ早くから向かってるんだから、じっくり悩めば良いだろうさ」
「早く着きすぎて迷惑じゃないかな?」
「大丈夫だろ、早すぎたら研究所のポケモンたちと遊んでりゃいいしな」
コギノリの意見に、それもそうか、と頷こうとしてロイナの視界の端に何かが引っかかった。
「? あれは……」
「お、おい、どこ行くんだよ? おーい、ロイナー?」
突然、別方向へ向かうロイナを追いかけると、その目標地点にいたのは小さな影。
「このポケモン……何だっけ?」
「何でもいいよ! 大変だ、ぐったりしてる!」
その黄色く丸いシルエットのポケモンはボロボロの姿で気絶していて、ぴくりとも動く様子がない。
まさか死んでいるのかと思ったが、どうやら呼吸はしている様で、ロイナたちは少しホッとした。
しかし、予断を許さない状況なのは変わらないだろう。
こんな時、ポケモンセンターのないマルクェットタウンで頼れる施設は一つしかない。
「待ってて、すぐに研究所に連れてくから! コギノリはその丸板みたいなの、どっちも持ってきて!! 早く!!」
「お、おう、分かった!」
即座に決断し、その小さなポケモンを抱えて、ポークパイハットがその勢いで落ちるのも構わず、全力でロイナは走る。
「あ、おいロイナ! お前帽子……」
「そんなのどうでもいいから! 早く行くよ!」
あっという間に遠くなるロイナに少し気圧されながらも指示に従うコギノリ。
その顔には笑顔と僅かな対抗心が垣間見える。
これだ。普段は弱気な所も多く見せるのに、いざ困ってる人やポケモンのためなら行動を迷わないのだ。
だが、感心してばかりでもいられない。今はともかく、ロイナを追い掛けなくては、とコギノリは丸板の様なものを持ち上げる。
「よっと、意外と重たいなこの丸板、木じゃねぇなこれ……」
ちょっと遅れながらコギノリはロイナを追いかけながら走り始めた。
向かう先はマルクェット研究所。