【イチのない町。ゼロのある町。】
そんな紹介をされるほどの田舎であるマルクェットタウンにあるマルクェット研究所。
広大な土地を所有し、多くのスタッフとポケモンを抱えて、その生態を研究している。
研究所自体も大きく、研究のためのあらゆる機械や施設がそこにあり、門構えも入り口も立派である。
ぐったりして意識のない小さなポケモンを抱え、ロイナはその扉を叩く。
「博士! ルベリー博士! 開けてください! 緊急事態なんです!!」
最早壊すのではないかというほど強く拳で扉を叩くロイナ。
その音で起きたのか、珍しく大人の女性らしい寝巻きに白衣だけを羽織った博士が眠そうに出てきた。
「ふぁ……なんだいロイナくん、珍しいね、君が一番乗りとは……てっきりコギノリくんが最初かと」
「そんなことはどうでもいいんです! 助けてください! このポケモン、ぐったりしてて意識がなくて……」
「なんだと?」
ポケモンの危機であるとロイナの言葉で察したルベリー博士が意識を切り替える。
そのポケモンの様子が気になったが、まずは治療が最優先だ。
「よし、すぐに入りたまえ。まずはそこの部屋の治療台に!」
「はい!」
「私はこの子の様子を見る、君はナンシーくんを呼んできてくれ! 場所は」
「分かってます! この時間なら餌の調理場ですね!」
「頼んだ!」
指示を出しながら聴診器や機械をそのポケモンに当てつつ、診察を開始。
ロイナは研究所を全力でダッシュ。
数年前にマルクェットタウンに越してきてから何年も通い続けたマルクェット研究所だ。
ロイナにとってはどのスタッフがどの時間帯におおよそどの辺りにいるのかなど、家の家具の配置と同じくらい当たり前に理解している。
走って研究員のナンシーを調理場に呼びに行く。
「ナンシーさん!」
「うぉぅ!!? ろ、ロイナくん? どうしたのよ、そんなに慌てて」
調理場で大量のポケモンフーズを用意してるナンシーの元へ突撃したロイナ。
いつも通りの準備をしていたナンシーは肩を跳ねさせるほど驚いた様子でロイナの方を向く。
「緊急事態です! 見慣れない小さなポケモンが意識不明の重体です!」
「何ですって?」
だが、そこは1人の研究員。
ポケモンの危機に冷静さを取り戻す。
「そのポケモンの名前は分からない?」
「すみません……この辺では一度も見たことなくて」
「それなら良いわ、わたしを呼んだ理由も分かる。すぐ行くから、博士を手伝いに行ってくれる?」
「はい!」
返事して即座に踵を返すロイナを、そうだ、と言ってナンシーが呼び止める。
「このアンプルを持って行って、ポケモン回復用のビタミン剤が入ってるから、博士に渡して」
「分かりました!!」
指示を受け、大事そうに試験管を持ちながら急いで博士の元に戻る。
戻った時の博士は、まだそのポケモンを診察していた。
「博士! ナンシーさんから回復用のビタミン剤を受け取りました」
「よし、そこの机に置いて!」
「はい!」
「次はそっちでお湯沸かしてるから、適温に!」
そこからルベリーはロイナに指示を出しながらポケモンを診察する。
ロイナは指示に従い、お湯の元へ行きつつ複数枚タオルを用意。
体温計の場所も覚えているので、そちらも用意。
沸かしたお湯の温度を調整してから博士の元へ。
「博士!」
「タオル……も体温計も持ってきてるね、流石」
「はい!」
それから博士はそのポケモンの身体を拭いたり、アンプルの薬液を注射したりと的確に処置していく。
その間、ロイナは博士の結果を聞いてメモを取ったり、ゴミを回収。
ルベリーからテキパキと出される指示に、ロイナもまたテキパキと従う。
手伝っていると、ナンシーとコギノリが同時に博士の元へ到着した。
「はぁ……はぁ……あれ、もう終わった感じか?」
「博士、準備出来ました。ポケモンの意識は?」
「ありがとうコギノリくん、それもこのポケモンのものだよ。ほら、水を飲みたまえ」
息を荒げるコギノリに、丸板の様なものを持って来たことに礼を言いつつ水を渡しながら、博士が説明を始める。
「とりあえず、呼吸は最初より落ち着いたよ、命に別条はない。この子の体力次第だが、少しすれば目を覚ますだろう」
それを聞いて全員の緊張が緩む。
ポケモンの寝息も聞こえてきてようやく助けられたという実感が湧く。
安心感が場を包んだ。
「さて、落ち着いた所で確認なのだが……」
博士はロイナたちに改めて視線を飛ばして質問を続ける。
「ロイナくん、このポケモンはこの1匹で倒れていたんだね?」
「? はい、そうです」
「そっすね、周りに他のポケモンはいなかったです」
「ああ、なるほど……」
ロイナが回答し、コギノリが補足する。
博士の質問の意図が分からずに2人は疑問符を浮かべるが、ナンシーはその質問で理解した。
「このポケモンはね、名をタイレーツと言う。生まれながらに6匹で一体分として数えられるポケモンさ」
「え、6匹で!?」
驚くロイナにルベリーは更に説明する。
「特徴として、隊長であり司令塔でもある盾持ちのリーダー、ヘイチョーと呼ばれる個体と、そのヘイチョーの指示に従うヘイと呼ばれる5体の個体からなる群にして1のじんけいポケモンだ」
「おいおい、それじゃあ……」
この個体はそこの丸板の様な盾を持ち、ツノが長いからヘイチョー個体だね、と告げるルベリー。
コギノリもルベリーの言いたいことを理解する。
「そう、ヘイたちが足りないのさ」
「っ!!」
「待ちなさい!」
研究所から飛び出そうとするロイナを咄嗟に止めるルベリー。
こういう時のロイナは迷わず、行動力の塊になるのは今までの付き合いでルベリーも理解している。
恐らく、いや間違いなくロイナはこれからマルクェットタウンと研究所の全てを走り回ってヘイたちを探すだろう。
「まったく……それは君の美徳だが、少し落ち着きたまえ」
何故止めるのかと言いたげなロイナだが、理由もなくそんなことをする博士ではないと知っているため、従う。
ため息一つ吐いてからルベリーは説明を始める。
「まず大前提として、タイレーツはこの辺に生息するポケモンじゃない」
現に今までその姿を見たことはないだろう? という問い掛けに、真実なのでロイナは頷くしかない。
「そして二つ目、昨日の超大型台風だ」
「それって……」
「うむ、他のヘイたちは各地に点在している可能性が高いだろう、ということだ」
もちろん、可能性がない訳でもないからコチラでも探すがね、と補足するも、予想以上の事態に冷や汗を流すロイナたち。
そこまで言われるとようやくロイナも止めた理由を察した。
走り回っても空振りになる可能性が高いためだ。
「とりあえず、あのタイレーツが起きたらスマホロトムで状況を通訳してもらおう」
『オッケーロト!』
博士のスマホロトムが出てきて了承する。
とりあえず、他のスタッフも呼んで研究所内のカメラで探してみるから少し休んでなさい、とロイナにも水を差し出した。
「ロイナ……その、きっと大丈夫だって、元気出せよ」
「うん……」
玄関近くに置いてある来客者の待機用の長椅子にそれぞれ座りつつ、少し力ない様子のロイナを元気付けるコギノリ。
「運が良ければマルクェットタウンに来てっかもしれねぇし、そうでなくても確かタイレーツって格闘タイプだろ? なら身体は丈夫なはずだ、大丈夫だって」
「ありがとう、コギノリ……」
顔を下げて返してくるロイナに、コギノリは博士に最初受け取った水を飲みつつ、やれやれと内心ため息を吐く。
(全く、本当に背負い込む奴なんだからコイツは……)
なにせ、ロイナが悪く思う必要性は皆無なのだ。
むしろタイレーツの恩人と言ってもいい。
どうにもこのライバルは自分の力が事態解決のために全く及ばないことに無力感を覚える様で、それを嫌うのだ。
だが、今はそれを嘆いていても仕方ない。
だからとりあえず励ましながら、話を続けるコギノリ。
命に別条がなくて良かったとか。
タイレーツの盾が意外と重かったとか。
ヘイチョーも実は結構重かったとか。
話してる内に気が紛れて来たのかロイナが顔を上げる。
そんな時、ルベリーが2人の元へタイレーツが目を覚ましたことを告げるために呼びに来た。
先ほどの触診台の上にいるタイレーツは弱りつつも意識ははっきりしてる様だ。
それを見たロイナたちはホッと一安心。
2人が落ち着いたのを見計らってルベリーが口を開く。
「さて、スマホロトムの通訳で確認した所、やはり昨日の台風で飛ばされてしまったらしい」
「それで……タイレーツの仲間のことは?」
ロイナの疑問に首を横に振って返すルベリー。
「具体的なことは分からず、どれくらいの距離の所で逸れたのかも分からないそうだ」
「そうですか……」
「だが、1つ分かったのはこのヘイチョーは自分1匹で町に落ちたという事だ」
「ってぇことは……」
コギノリもそのハードな状況を理解した様だ。
ルベリーもまた、その理解を首肯する。
「このタイレーツの仲間は各地へ散ってしまっているということだ」
「…………ちなみに、バラバラになったタイレーツってぇのは……」
「
コギノリの新たな疑問に、ルベリーは難しい顔をして断言する。
(だろうな……)
その言葉に内心同意しかないコギノリ。理由は明白だ。
なにせタイレーツは6匹で一体と数えられるポケモン。その力が6分の1になったら、それだけ弱体化するのは自然なことだ。
弱いポケモンは強く巨大なポケモンに出会ったらその時点で命の危機。
そこでその生が終了することも自然界では普通のことである。
だからこそ住処を変えたり、共生という方向へシフトしたり、強いポケモンに進化したりと生き残る方法を模索するものだ。
それを、住処で仲間と協力して力を発揮するのが通常のタイレーツがバラバラになり、見ず知らずの土地に散っている現状。
生き残る可能性は非常に低いだろうことは予想するに難くない。
誰もがその可能性を前に口を紡ぐ中。
「なら、早く助けないとですね」
唯一、ロイナが確固たる意思を持って発言した。
力の籠ったその眼を見れば、既にタイレーツのために動くことが決定していることは一片の疑い様もない。
「ロイナくん、君それは……」
「くはは、あはは、あっはっはっはっは!!」
「……コギノリくん?」
その難しさに苦言を呈しようとしたルベリーの言葉をコギノリの笑い声が遮る。
(ああ、そうだよ、これなんだよ)
これがコギノリも尊敬するロイナの強さとすごさだ。
こと、助ける、支える、寄り添うことに関して、これと決めたら誰よりも大人よりも真っ直ぐ。
そして譲らないと決めたことは身体を張っても譲らない。
ロイナがいじめられてるポケモンの前に身体を出して守る光景もコギノリは何度も見た。
優しくて、強くて、そしてすごい。
それがロイナ。
(だから俺はこいつには負けたくねぇんだ、俺とは違う強さを持つロイナに)
「あー、ほんっと流石だわ、ロイナ。お前ほんと、だからお前は俺のライバルなんだよ」
「コギノリも手伝ってね」
「ったりめぇだろ? 旅は別々でも協力するに決まってんだろ」
拳を合わせて約束する2人。
やる気に満ちた2人に、ルベリーとナンシーはお互いに視線を合わせて肩を竦め、何を言っても無駄なのだと悟った。