「だっはぁ〜……」
会場の裏から出たロイナは服が汚れるのも構わず倒れ込んだ。
全身にどっと疲れがのしかかってきて、すぐには動けそうもない。
「ソウソウ〜」
「タイッ!」
「タイレッ!」
同じく疲れた様子のフシギソウと、はしゃいで楽しそうなタイレーツ。
寂しがりな割に、意外な部分で神経が太かったりするのかもしれない。
全員で楽しく動き回ったから、という部分も大きそうだが。
「ロイナっちお疲れ〜、超すごかったじゃん」
「ありがとうございます……でも、ちょっとしばらく、動けそうに……」
「あー、いいよいいよ、ここ大して人通らないし」
息を切らすロイナに一応周りを見ながらそのままでいいと手で制すネリア。
「ね、ね、ロイナっち。アレはいつ思い付いたの? ボールとかは借り物だと思うけど」
やはり誰も通りそうにないので、ちょうどいいから質問を飛ばす。
ロイナも少し息が整ってきたのか、少しずつ質問に答え始める。
「えっと、とりあえず、思い付いたのはフシギソウの『つるのムチ』で……」
「うんうん」
「本番までに何十分か、あったので、何回か練習、したら、割と問題なかったので……」
「うん?」
返答の途中で、ちょっと流れが変わる。
「あとは、段取りとフィニッシュの、形だけ打ち合わせて……」
「んんん?」
「なんとか、成功して、良かったです……」
待て待て待て。
とりあえずネリアは一度自分を落ち着ける。
「えっと……ロイナっち、いくつか確認」
「……はい」
ようやく息が整ったのか、上体を起こすロイナ。
とりあえずネリアは1番気になるところをズドン、と聞く。
「ロイナっち、ポケモンコンテスト、初めて?」
「? そうですよ?」
ロイナの返答には何故そんなことを聞くのか、というニュアンスが含まれているのを分かった上で、ネリアは更に続ける。
「あのジャグリング、技の鍛錬とかで仕込んでたわけでもなく?」
「ええ、フシギソウの『つるのムチ』の練度と真面目さがあればいけるかなって」
「サッカーボールを割る演出はぶっつけ?」
「はい、流れはイメージを共有してましたが、思ったよりイメージ通りにいって良かったです」
「え〜、ロイナっち、元々参加するつもりあった?」
「いえ、飛び入り参加OKのポケモンコンテストがあるのも、お祭りの準備中に聞きましたよ」
「あー……そう、オッケ、分かった」
こめかみを押さえながらどういうことかをどうにかこうにか飲み込むネリア。
つまりだ。
目の前の少年は、手持ちを自慢するアピールに焦点を絞った途端、少しの時間と練習で、会場をしっかり沸かせたと言うのだ。
心配が杞憂だったとか、そんなん普通できるわけないだろとか、これじゃ逆に穴埋めされた方が大変だとか、そういった色々を飲み込んで、1つ結論が出る。
(うん、この子バトルよりよっぽどこっちで食べてく才能あるわ)
総評、ロイナはヤバい。
「とりあえずロイナっち、興味があるならコーディネーター方面の伝手、探したげる」
「いや、なんでですか?」
「はぁ〜〜〜……」
それはこっちが聞きたい、というセリフを飲み込んで、ため息1つ。
「ってことがあったんですよ……」
「はっはっは、中々刺激的に祭りを楽しんでるじゃないか」
時間が経って、歩けるまでに回復したロイナは、とりあえずミツタの屋台まで行ってご飯──山菜たっぷり辛渋焼きそばを食べながら今日あったことをミツタに伝える。
ノノクラゲのヒレやリククラゲのヒレを始めとした山菜をふんだんに使い、この前取ってきた『ズリのみ』もバランスよく投入されていて味の要を担う。
まろやかだが確かに感じる辛さと全体を引き締める渋みが、焼きそばという料理の中で調和している。
モチモチの焼きそばと合わせて、シャキシャキの具材と絶妙な加減の味付けによって箸が止まらない。
あまりに美味しくて、ポケモンたちの分も含めて3〜4人前注文して食べつつ報告しながら嘆息するロイナ。
「んー、美味しい」
「ははは、ありがとうね」
「それで、コーディネーター関係の伝手が必要ならって何度も言うんですよ? 変な話ですよ」
「くっくっくっ、いいじゃないか、やってみれば」
「ミツタさんも言うんですか〜?」
焼きそばに舌鼓を打ちながら、よく分からない意見に眉をひそめる。
ミツタは客を捌きながら、ロイナとの会話を楽しむ。
今日で会うのは3度目だが、ミツタも流石にロイナという少年のことがそれなりに分かってきた。
「セフィルードが終わるまでは他を見てる余裕はないですよ」
「そうかな?」
「そうかなってミツタさん……」
「セフィルードリーグを目指し、タイレーツを探しながら、コンテストに挑戦、まだまだ他にもいっぱいアレもコレも、な」
「そんな無茶な……」
ロイナは否定気味だが、ミツタからしたらとんでもない。
この中々面白い生態をした少年が、道を狭めようとすることのなんと勿体無い。
もちろん、ミツタだって、何も第一目標に支障が出るほどの別の道を体験してみろ、などと無茶苦茶は言う気はない。
だが、せっかく予想だにしていなかった道の一歩を踏み出してみたのだ。
旅のついでにもう二、三歩だけ進んでみることは決して損にならないはずだ。
何より、そんなつまらない視野で道を真っ直ぐ歩こうとするのはロイナには無理だろう。
「ロイナくん、祭りはどうだった? 準備も含めて」
「まだ途中ですけど……楽しかったですよ、やって良かった」
「ほら、
「え?」
イェシードフェスなんて、ロイナの旅の目標達成にはあってもなくてもいいものだ。
ましてや旅費に余裕ができたからと、あれだけあちこちの手伝いをする必要まではなかった。
なんだかんだ、ロイナは楽しんでいたのだ。
目的や目標を忘れないままロイナは、その無駄なはずのことをやって良かったと言い切った。
既に糧にしているのだ。
今行っている旅を良きものにする思い出として、これからの旅をもっと良くするための経験として。
「だったら、それこそあらゆる景色を見に行ったってバチは当たらんさ」
「そう、でしょうか?」
「人と自然の時も話しただろう? 要はバランスだよ」
「バランス……」
言われたロイナが、考え込みながら、料理と共に意見を咀嚼する。
それまでのミツタに言われたものを含めた過去から、思い出し、飲み込もうとしているのだ。
──パパ、ママ……僕、引っ越した先で、頑張ってみる。
やがて納得したのか、焼きそばと共に飲み込んで告げる。
「……そうですね、頑張ってみるなら、とことんやった方が悔いがない……うん、やってみます、色々」
「うん? まぁ、納得できたなら良かったよ、応援しているからね」
和やかな食事会で、ロイナはまた前へ進んだ。
食べ終わって、またかちわりの屋台のところにでも行こうか、と挨拶しようとしたロイナの視界に、走る女性が目に入った。
その女性に見覚えがあったロイナは嫌な予感がして、ミツタへの挨拶もそこそこに声をかける。
「あの、もしかしてあなた……」
「あぁ! あなたは、この前アイサを助けてくれた!」
息を切らせて明らかに全力疾走していたその女性は、あわやフワンテに娘を連れて行かれそうになった女性だった。
その人が、焦って走り回っている。
まさか、とロイナは冷や汗を流す。
「あの……」
「お願いです! また、アイサを探してくれませんか!?」
「また迷子に?」
「はい! でもそれだけじゃなくて!」
ロイナに縋るように服を掴む女性の言葉に最悪の予想が現実になるのを確信する。
「まさか……」
「そうです、あの紫の風船のポケモンが、また! この街で姿を見かけたんです!」
「──!」
最悪の事態だ。
猶予はない。
「分かりました、僕も街を探してみます。ママさんはポケモンレンジャーへ連絡してください」
「は、はい……」
「では、行きます!」
とりあえず落ち着かせつつ、ポケモンレンジャーへの連絡と、迷子の心当たりについて聞くと、ロイナは街を駆け始める。
この楽しいお祭りを、準備を手伝って、パフォーマンスも経て成功の手助けもした。
美味しいジュースや料理を味わって、最高の思い出になりそうなイベントを。
そんな最悪な失敗と結末で終わらせられない!
「どこだ、アイサちゃんとフワンテ……!」
この厄介な状況には歯噛みするしかない。
日も落ちてきて空はかなり暗くなってきている。
しかも、お祭り中なのが最悪に噛み合わせが悪い。
何せ、空を見回すと、紫の風船があちこちにあるのだ。
もちろんそれらはフワンテとは関係のない屋台で売っている風船だ。
だが、売り物ということは買った人もいるわけで。
その人たちが浮かべている風船が景色に入り混じり、フワンテかどうか判別が非常にしにくい。
(どうする! どうする!?)
闇雲に探しても見つからない。
時間をかけると少女の命が危ない。
迷子センターにもおらず、近くのレンジャーに聞いても情報はなし。
焦りだけが募っていく。
(いや、こういう時こそ!)
スマホを取り出し、アプリを開く。
ポケモンのことならポケモン図鑑で。
フワンテ。
ふうせんポケモン。
紫の空中に浮く軽い身体と、ヒモのような腕を持つポケモン。
風船と間違えてフワンテを持って行った子供が消えてしまう事態が記録に残されている。
ゴーストタイプと飛行タイプの複合タイプ持ち。
「飛行タイプ……?」
ロイナの脳裏に何かアイディアが過ぎる。
だが、形にならずにもやもやしてしまう。
(くそ、何か思い付きそうなのに!)
アイディアが固まらないなら他にも方法を、というところでロイナに声がかかる。
「あ、ロイナさん、昼間はありがとうございました」
「あ、ジム、トレーナーさん?」
昼間、ロイナに
(あ!)
そこで、ロイナのアイディアが形を持つ。
一か八か、やってみる価値はあるかもしれない。
「あの!」
「は、はい!?」
「イェシードジムの人とポケモンを集められるだけ集めてください!」
「はい……はい!?」
無理矢理かもしれないが、作戦開始だ。
事情を話した後、集められ、現在は街中に散らばったジムトレーナーたちとポケモンたち。
そこにいるのは沢山の
「お願いします」
「はい、やってみましょう。全員お願い!」
ジムトレーナーの合図と共に、街中の人々の頭上に薄く広く、電気が走る。
お祭りを楽しむ人たちは演出か何かかと思うが、そこまで気にする人はいなかった。
見晴らしの良さげな場所から電気が走った場所を広く注視する。
わずかなヒントを見逃さないように。
何度か電気が走った後、視界の端に揺れるものを捉えた。
その風船は、明らかに電気から逃れる動きをしていて、高度を意図的に落とした。
「いました!」
「はい! 全員、一旦ストップ」
ジムトレーナーの再びの合図で電気を止めるジムトレーナーたち。
そしてロイナは風船が逃げて行った方向へ遮二無二走って向かう。
「すいません! 通してください!」
歩く人たちを押し退けるのを申し訳なく思いながら、とにかく真っ直ぐ目指す。
移動していることも考慮するが、それでも人混みに紛れたのであれば余計に身動きは自由に取れないと当たりを付けて走る。
大まかな目標地点へ着いた所で、人気の少ない屋台の裏側へ出る。
「フシギソウ、タイレーツ、お願い!」
「フシェッソウ!」
「「タイレッ!」」
見渡して、それらしき影がないか目を凝らす。
大きく移動しないように注意しながら、慎重に探していく。
「フシェッ!」
「あれは!」
そこに、ふわふわ浮かぶフワンテがいた。
しかも、側にいるのは。
「アイサちゃん!」
「あ、お兄ちゃん!」
迷子になってたママさんの娘──アイサちゃんも一緒だ。
「アイサちゃん、その風船から離れて!」
「フシェエエ!!」
忠告を飛ばし、フシギソウが威嚇する。
その後ろではいつでも『じごくづき』を放つ準備を整えたタイレーツが構える。
じりじりと距離を詰めるロイナたちに、一度負けたからか後ずさるフワンテ。
しかし、それをアイサが止める。
「まってお兄ちゃん! この子、あそびにきただけなの!」
「え?」
アイサ曰く。
ママと逸れて迷子になったアイサは、再びフワンテと出会った。
最初は怖くて泣いていたアイサだが、それを見たフワンテは慌てていたと言う。
今度はアイサと仲良くなりたいと近寄ってきたらしく、本当か尋ねるアイサに対し、今回は手をバンザイして決してフワンテからは触れなかったそうだ。
前回は無理矢理フワンテ側から絡ませた腕を、アイサを怖がらせないために、ずっと上にあげたままお祭り会場を歩いていたらしい。
それからアイサはフワンテはこれ以上悪いことをしないと判断。
遊んでいたところ、いきなり空が光ったと思ったらフワンテが逃げ出したので追いかけて話していたら、ロイナが合流した、ということらしい。
一連の話を聞いたロイナはため息を吐きたいのを我慢して1人と1匹を見る。
(不安は拭えないけど……)
アイサとフワンテの眼は真剣そのものなのが、容易に見て取れる。
ロイナは改めてフワンテに向き直る。
「フワンテ、君は本当にアイサちゃんと友達になりたいの?」
「フゥ! フワフワテ!」
「でも、君は最初、この子を攫おうとした、危害を加えようとした、それは分かるね?」
「フ、フゥワ……」
「お兄ちゃん……?」
怖い剣幕のロイナにアイサが心配そうな声を上げる。
新しい風船の友達にお説教している雰囲気はなんとなく感じているので、あまり強くは言わない。
「もう2度と、こんなことはしない?」
「フ、フワフゥ!」
「アイサちゃんだけじゃないよ?」
「フワワ!」
わかっているとでも言うように膨らむフワンテ。
圧を持って迫るロイナ相手に内心ビビりながらも、友達になりたい女の子の前だ。
精一杯虚勢を張りながら、悪いことは2度としないと誓う。
それが自分の生態だった、などと言い訳はしない。
自分は悪いことをしたのだ。
それをなんとなく自覚していたから、コソコソと隠れる様に少女に近付いた。
許されないかも、と不安に思いながら、居ても立っても居られなかったのだ。
だって、友達になりたいって思ってしまったから。
そう思ったら止められなくてここに来た。
だから、フワンテはどんなに怖い思いをしても、許されないとしても少女の前から去りたくない。
きっとこれは、自身にとっての運命の出会いだから。
そう思いながら、ロイナとにらめっこして数分。
フワンテには永遠にも感じられる数分が経ち、ロイナが雰囲気を和らげた。
「お兄ちゃん?」
「分かった、信じるよ」
「フゥワ!?」
本当に!? と驚く様子のフワンテに、本当だよ、と返してスマホで連絡を取る。
「ええ、はい……そういうことみたいで、はい。その辺は自分が保証します、このフワンテはもう大丈夫」
それなりに長い通話を終えると、ロイナはアイサとフワンテに向き直る。
「アイサちゃん、フワンテ」
「うん?」
「フゥ?」
「これからアイサちゃんのママがここに来る」
「ママが!?」
パッと顔を明るくするアイサににっこり笑う。
「君たちは、アイサちゃんのママにとても心配をかけた。だからまずはそれを謝りなさい」
「う……うん」
「フゥワ……」
「でも……」
「でも?」
落ち込むアイサとフワンテの頭を撫でて優しくロイナは告げる。
「その後2人が友達になることの説得は僕も手伝うよ」
「ほんと!?」
「フワフ!?」
本当だとも、と頷く頃にはジムトレーナーも連れたアイサのママがやってきた。
「アイサ!」
「ママ!」
「もう本当この子は! どうしていつも勝手にどっか行っちゃうの!」
「ママ、ごめんなさい」
「アイサ?」
アイサから、ここまで真剣に頭を下げたことは初めてなのか、アイサのママは突然のちゃんとした謝罪に目を白黒させた。
「しんぱい、かけてごめんなさい!」
「アイサ……」
「この子も、まえにわるいことしたの、ごめんなさいって」
「フゥワ、フワフワテ……」
「あなたが娘にしたことを、私は絶対忘れません」
「フワワ」
「ママ……」
鋭い視線をフワンテに飛ばすママを見て、どうやって説得するか、と内心慌てるアイサ。
「だから、今後2度としないと、ちゃんと誓えますか?」
「ママ?」
「フゥワ! フワワ!」
自身を睨む視線から目を逸らさず、真っ直ぐ見て返事するフワンテ。
じっと見合うこと数秒。
「分かりました」
「ママ?」
「帰りに『モンスターボール』を買って行きましょう」
「! ママ!」
ママが認めてくれたのが分かったアイサが破顔する。
一緒に喜ぶアイサとフワンテを見ながら、ロイナが確認する。
「いいんですか?」
「心配なのは変わりません、でも前に助けてくれたあなたが大丈夫と言うのであれば、信じてみようかと」
「きょ、恐縮です……」
まさか、自身を理由に認められるとは思わず、小さくなるロイナ。
「では、詳しい説明も含めてここからは代わりますね、ロイナさん」
「はい、よろしくお願いします」
ポケモンについてはジムトレーナーに任せればあとは大丈夫だろう。
ポケモンは怖い生き物。
だが、同時に素敵な隣人だ。
それを、今回のアイサとフワンテを見て改めて強く思ったロイナ。
「走り回って喉乾いちゃったから、あのかちわりの屋台に行こうか」
「ソウソウ」
「「レーツ!」」
その場を任せたロイナは、再び残り少ない祭りの時間を楽しむために戻るのだった。