誤字修正しました。
れいがさん、ゲーマーNさん、誤字報告ありがとうございます。
ベル・クラネルは迷宮の五階層を全力で走っていた。自身の後ろに大量の魔物を惹きつけながら。
ベルは走りながら後悔していた。エイナ・チュールに言われた言葉を無視して五階層まで降りたことを。魔物にあって逃げなかったことを。無茶をしたことを。
しかし後悔は先に立たず、取り敢えず逃げることを最優先にベルは奥深くへと続く道を走る。
ここで上への道を選んで誰かに魔物を擦りつけるという選択肢を取らない点はベルの美徳だったが、生き残るという点では弱点でもあった。
魔物よりベルの方が足が速いため、今のところ追いつかれてはいないが疲れ知らずの魔物と違い、ベルは人間で体力も有限。追いつかれるのは時間の問題であった。
しかも運の悪いことにベルは行き止まりの道に入ってしまった。
それに気づいた時はもう遅い。前方は壁、後方は魔物の大群。
はっきり言って生き残れる確率はゼロに近かった。
しかし、そんな状況でもベルは諦めなかった。生きて帰るため、何より
ベルは行き止まりの壁を背に、迫る大群に向き合う。
そう、ベルは迎撃する道を選んだ。
ベルのレベルは1、勝てる見込みは薄く、そもそも生きて帰れるかどうかもわからない。
心が折れそうな状況の中、ベルは咆哮する。一見叫び声のようにも聞こえるがそれには確かに死地へと向かう戦士の決意が宿っていた。
そして大軍がすぐそこまでやってきて、ベルも短剣を構え、突っ込むために足に力を入れた時。
ベルのすぐ横、左側の壁を粉砕しながら何かが出てきた。
へ?と間抜けな声がベルの口から溢れる。
土煙が晴れ、壁を破壊した仕立て人の姿が露になった瞬間。ベルはそちらに反射的に武器を構えていた。
まず目につくのはベルの2倍はあろうかというその身長、次に岩のように黒い肌に筋骨隆々の肉体、腕輪に足輪、金属板で補強された腰巻き、手に持った岩から削り出したかのような黒い斧剣、無造作に伸ばされた髪、そしてこちらを見つめる赤く光る目。
人間ではあるのだろう。しかしその体から放たれる覇気はとてもじゃないが人間のものとは思えなかった。
言うならば怪物。黒竜にも匹敵するのではないかという怪物。
ベルはガチガチと歯を鳴らす。まだ、魔物の大群相手ならいくらでもやりようはあった。しかし、目の前の存在が敵対してきた場合、ベルには生き残れるビジョンが見えなかった。
絶望。そんな感情がベルの心の中を支配していく。
普通の人間ならここで心が折れ、生を諦めるだろう。
しかし、そんな状況の中、それでもベルはまだ立っていた。足に力を入れ、震える手で短剣を握り締め、迎撃の構えをしていた。
何故立てているのか、何故立ち向かおうとできるのかベル自身にもわからなかった。
怪物が動く。ベルは更に体に力を入れた。
しかし、ベルの絶望感を裏切り、怪物はベルに背を向けた。
ベルが訝しむのも束の間、怪物は魔物の大群に向かって咆哮した。
「◾️◾️◾️◾️◾️ーーーッ!」
空気が、空間が震えた。
凄まじいほどの声、込められた濃い覇気。
後ろにいてもわかるほどのそれに、ベルは腰が抜けた。
後ろにいたベルですらそうだったのだ。
その咆哮を直接くらった魔物たちはーーー逃げ出した。
脇目も振らずただただ一目散に。他の魔物を下敷きにしようが、轢き殺そうが関係なく。
やがて魔物は一匹残らずいなくなり、後に残ったのは踏み潰されて消えた魔物の魔石のみ。
怪物がこちらを向く。
ベルにはもう抵抗する気力が残っていなかった。
怪物がベルに近づいてくる。
ベルはせめてもの抵抗として怪物の目を見て死ぬことにした。
怪物の目を見る。すると怪物の目はさっきと違い赤くなく、黒い理性の灯った目をしていた。
しかも先程の威圧感も何処かにいき、今はただ大きく強そうな人にしか見えない。
ベルは先ほどとのギャップで頭が混乱した。
そんな中、怪物が手を差し出してくる。
ベルは混乱しながらもその手を取り、立ち上がる。
そして助けられたのだと気づくと、混乱はひとまず置いておいて、感謝した。
「助けていただいて、ありがとうございました!」
体を直角に曲げ、お礼の気持ちを伝える。
その言葉に大きな人は無表情のままであったが、優しそうな目をしていて気にすんなと言うようにジェスチャーをした。
しかし、いい子なベルには気にするなと言われても気にしないことなどできない。
何かお礼できることはないかと考えているうちに大きい人は背を向けて去って行こうとする。
引き止めようとしたその瞬間、洞窟内に大きな腹の音が響いた。
大きな人の動きが止まり、少しの間だけ場を沈黙が支配した。
その沈黙を破ったのはベルからだった。
「・・・・・・お腹、減ってるんですか?」
ベルが聞くと、大きな人は背を向けたまま、小さくコクリと首を縦に振った。
「食事、奢ります!」
ベルは恩を返すにはこれしかないと思った。
大きな人はいいのか、と聞くようにこちら見てきた。
ベルはそれに大きく頷いた。
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