「うわーーーっ!?」
早朝の爽やかな空気の中、突如として響き渡った悲鳴で旅人は飛び起きた。目覚めて数秒もしない内に、ここが懸木の民の集落内であること、なので危険はないはずであること、それはそれとして今の悲鳴はパイモンの声であることを理解する。
諸々のことを踏まえてベッド傍にあった剣を取りつつも、必要以上に警戒しないまま声がした方へ目を向けた。そして、旅人自身の目も見開かれる。
「誰!?」
パイモンほどの大声ではないものの、旅人の声も驚きですっかり裏返っていた。それぐらい驚いた──起き抜けに見知らぬ第三者が部屋の中にいたら驚きもするだろう。
何なら盗人かと疑い、即刻武器を突き付けてもおかしくない状況だ。それでも咄嗟にそうしなかったのは、本能的に何かを感じ取っていたからかもしれない。
「……空? パイモン? どうしたの?」
「どうしたのって……いや、なんでおまえオイラ達の名前を知ってるんだ!?」
「え?」
そこにいたのは寝惚け眼を擦る子供だった。子供といってもそこまで幼いわけではなく、体格的には旅人と然程変わらない。しかし、ぽやっとした表情からはどこかあどけなさを感じる。
少年は茶色の髪を揺らしながら、橙色の目に困惑の気配を漂わせていた。不安げな様子は到底盗人のような悪者には見えない。
「僕のこと、分からないの……?」
「分からないのって……」
「あれ? 待って、僕の体……?」
少年は不意に立ち上がると、さらに困惑を深めた様子で自身の体を見下ろした。まるで初めて自分の体を見たような挙動に、驚いていた二人も反応に困ってしまう。
しかし、二人の反応を余所に少年が全身の状態を確認している最中、旅人の目に『あるもの』が飛び込んできた。ベルトに結ばれた赤いスカーフ──それはナタに入った直後、不思議な場所で出会ったテペトル竜に贈ったものだった。
「……ウーレア?」
「え? 空、何言ってんだよ。ウーレアはテペトル竜──」
「そ、そうだよ! 僕がウーレア!」
「え……ええええ!?」
再びパイモンの大声が響き渡る。さすがにそろそろ近隣住民に怒られないか心配になってきたため、旅人は素早くパイモンを小突いた。
「い、いやいや! どういうことだよ!? ウーレアが人間になったのか!?」
「うーん……」
ウーレア。これまで一緒にナタの地を旅してきた小さなテペトル竜につけた名前だ。しかし、竜が人になるなど聞いたことがない。
一方で、竜ではなく龍ならば一応前例がある。
「まさかとは思うけど、ウーレアは龍王だった……とか?」
「ええ? でも、昨日まで普通のテペトル竜だっただろ?」
「ウーレアは元から他のテペトル竜とはちょっと違ったけどね……」
元々ウーレアを連れて危ない場所まで旅をしたのは、この子が焔の主の祝福を受けた子供だったからだ。曰く、額に浮かんだ赤い印こそが焔の主の祝福であり、それを持って生まれれば強い力に恵まれるものの、代償として長生きはできなくなるという。
それは決して逃れ得ない因果だと言われたが、過去には巡礼を果たすことで生き永らえた竜もいたそうだ。その不確かな情報を信じ、危険を承知でウーレアをあちこちへ連れて行った。天空に浮かんだ舟から、何千年も閉じられていた聖山の中まで──本当に様々な場所を巡ったものだ。
聖山の中ではウーレアが突如成体になったりと奇妙なこともあったが、旅人にとって重要なのはウーレアが短命をもたらす祝福から解放されたということだけだ。それがちょうど昨日のことであり、すっかり安心して一晩ぐっすり眠ったのだが──
「あの、あのね……信じてもらえないかもしれないけど、喋れるようになったから話したくて。あ、いや、何から話せばいいんだろう? 聖山の中で起きたこと、空は知っているんだっけ?」
「落ち着いて、ウーレア。ゆっくりでいいんだよ」
目の前にいる少年はテペトル竜とは似ても似つかない。しかし、不思議ともう疑う気持ちはなくなっていた。古代の痕跡を辿る旅路で培った絆が、確かにこの子はウーレアだと告げているのだ。
なら、旅人が今すべきことは落ち着いてウーレアの話を聞くことだけだった。
「えっと、聖山の中で空とはぐれたことがあったでしょ。空が秘源装置に襲われて、閉じ込められて……」
「ああ! あの時、急に大人になったウーレアが助けに来てくれたんだよな。すぐに元に戻っちゃったし、何があったのか聞けなかったけど……あの時何かあったってことなのか?」
「うん。僕、ククルカンに会って──」
ウーレアはたどたどしく、必死に『あの時』起きたことについて語った。
旅人がこれまで度々聞いていた声はククルカンのものであったこと。盗炎の賢者とはククルカンだったこと。焔の主の祝福を治すために通牒の金盤を集めさせられたのも、本当は源火の大権を引き継げる個体を探していたククルカンの差し金であったこと。
シウコアトルはアビスに侵食されて衰えていく龍の未来を憂い、ウィツィロポチトリという装置でテイワットそのものを焼き尽くそうとしていたこと。当然そうなれば龍も滅ぶが、炎の龍王がいれば源火の大権で龍を新たな燃素生命体として存続させられること──だから問題ないのだと。
しかし、ウーレアは大切な『仲間』が助からないことを嫌がり、引き留めようとするククルカンの声を振り払って旅人達の元へ戻ったこと。秘源装置から助けた後のことは、旅人達も知っている通りだ。
「き、急に情報が詰め込まれて混乱してきたぞ……えっと、つまり、ウーレアは本当に龍王だったのか!?」
「今の話を聞く限り、厳密には焔の主の祝福を持った竜が新たな龍王になる資格を得るんだろうね。実際に龍王になれるのは通牒を集め、聖山に入れた個体だけなんだと思う」
「じゃあ、助けに来てくれた時にはすでに二代目の龍王になってたのか!?」
「えっと……分からない。僕、断った時にもう龍王にならないと思ったし、ククルカンの言っていた大権も聖山に残っているはずだから、なんで今更体が変わったのか……分からないよ」
ウーレアも自身に起きた変化に戸惑い、怯えているのだろう。体を縮こまらせ、項垂れる姿はどうしても龍王には見えない。しかし、龍王になったと仮定しなければウーレアに起きた変化に説明がつかない。たった今打ち明けられた背景事情からしても、龍王になったと考えるのが自然だ。
「……大丈夫だよ、ウーレア。とりあえず落ち着こう。体が変わっても、君は君だ。俺の大切な仲間、そうでしょ?」
「……うん」
「戸惑うことも多いかもしれないけど、だからといって悪いことばかりじゃないよ。例えば……人間の姿になれたなら、俺達と同じご飯を食べられる」
「ご飯!」
目を輝かせて飛び跳ねる姿は、元々の小さなテペトル竜の頃を思い出させる。旅人はその様に柔らかく笑うと、部屋で待っているように告げてドアから滑り出た。そして、慌てた様子でついてきたパイモンと顔を見合わせる。
「な、なあ……これからどうするんだ?」
「ナタの外へ連れていこう」
「即答かよ! でも、それでいいのかな……龍王が生まれるって、多分一大事だよな?」
「だろうね。だからこそ、誰にもバレない内にウーレアを外へ連れ出してあげたい」
本当ならマーヴィカ辺りに情報を共有すべきなのだろう。龍王は魔神と比べ物にならないほど強靭な存在であり、その代替わりはかつて龍と長く戦ってきたナタ人にとっては特に大きな意味を持つはずだ。
だからこそ、旅人は誰にも知らさずウーレアをナタの外へ連れ出してやりたかった。ナタの歴史を考えれば、最悪まだ幼い内に新たな龍王を亡き者にした方がいいのではと、そういう極端な意見が出る可能性は否定し切れない。
勿論、マーヴィカの性格的にそんなことは許さないだろう。だが、マーヴィカとて全ての人々を完全に統制できるわけではない。今でもオシカ・ナタを恐れる人々がいるように、龍王の出現で民が恐慌状態に陥ればマーヴィカにも抑え切れない可能性もある。
龍王が強靭といっても、生まれたばかりでまだ不安定なウーレアが現状どのぐらい戦えるかも分からないのだ。マーヴィカの目を盗み、ウーレアに凶刃を向ける輩が現れたら──考えるだけで恐ろしい未来を脳裏から振り払い、旅人は軽く頭を振った。
「ヌヴィレットも璃月に来ていたことがあるし、龍王であっても土地を離れること自体は問題ないはずだ。どうしても問題があるなら、その時また考えればいい。幸い、次に向かうのはナタから近いナド・クライだし、何か起きたらすぐに帰ってこれるよ」
「う、うん……そうだよな」
思い切りが良く頭も良い旅人に比べると、パイモンには少し躊躇いがあった。ナタの人々にはたくさん良くしてもらったのだから、龍王の代替わりという一大事は告げるべきではないかという気持ちはある。
だが、旅人の懸念も理解できる。そもそも旅人自身、璃月やスメールでは恐慌状態に陥った人々に翻弄されたことがあるのだ。傍で旅人が襲われる様を見ていたパイモンとて、あの時は本当に肝を冷やした。それと同じようなことがウーレアの身に起こるかもしれないと思うと、旅人の時以上に心配になる。旅人が強いのはよく知っているが、ウーレアはまだほんの子供なのだ。龍王になったからといって、その権能をどの程度使いこなせるのかも分からない。秘源装置から助けてくれた時は異様に強かったが、もし今はもうその力が残っていなかったらただのテペトル竜程度に戻っているかもしれないのだ。そうなったら戦士達に囲まれた時、ウーレアが自分の身を完璧に守り切るのは難しいだろう。
「よし! なら、善は急げだ! イネファの支度が出来次第、早速ナド・クライに出立する予定だったよな? 早いところイネファの予定を聞いておこうぜ!」
「そうだね。でも、その前に……ウーレアのご飯を持っていってあげないと」
夢を見た。
それが自分の記憶から生まれた夢でないことはすぐに分かった。それは源火に残った残滓のようなものだった。
「兄上、私はウィツィロポチトリ計画には賛同できません」
アビスの侵食で酷く痛む体に鞭打ち、朧げに開いた眼で弟の顔を見下ろした。
可愛い弟。どうしようもない弟。未熟な弟。
眦を吊り上げ、怒りを顕に必死に訴えるククルカンを見つめ、細く息を吐いた。それは溜息のようでもであり、笑い声のようでもあった。
「確かに源火を以てしてこの星を焼き尽くせば、アビスの侵食も止まるでしょう。しかし、そこまでして生き残ることに何の意味があるのです? 燃素生命体へと変じ、これまで龍として培った全てを放棄してまで生き残ることが……果たして本当に正しいとお考えなのですか?」
愚かな弟。ニーベルンゲンですら御し切れなかったものに対して、未だに手段を選んで対抗できると思っているのか。
「どうか考え直してください。領主達はあなたを妄信し、計画の末に何が起こるのか正確に思い描くことすらできていないのです」
憐れな弟。お前の密かな企みを知っている。龍の文明を保つと謳いながら、人間の因子を組み込んだ半端者に龍王の座を奪わせることが真に正しいと信じて疑わない。消えるか混ざるか、どちらが良いかと吟味することすらしない。
「……ククルカン」
久方ぶりに直接喉を震わせれば、その声は己が思う以上に掠れていた。みっともないと笑う声すら、がらごろと耳障りな音を立てる。こうして衰えを突き付けられる度に、意志は頑なになっていくのだ。
ククルカン、お前もまた龍王に頼らねば生きていけぬ存在だ。お前が用意した次善策とやらも、結局は龍王の座を奪うことに帰結した。それが間違っているとは思わない。龍とは元々そういう生き物だ。だからこそ、王が皆を守らねばならぬ──故にこそ、星の外に憧れるのを止めた。
ニーベルンゲンから授かった星外の知識。こうも衰える前ならば、あの御方と同じように翔んでいけるのではないかと、そう思ったことがないと言えば嘘になる。龍はあらゆる知識を求め、適応する存在だ。必要となる知識はすでに持っているのだから、後に続く者は最初よりも簡単に羽ばたけるだろう。
けれど、そうはしなかった。そうして翔べるのは龍王のような強い個体だけ。もし星から飛び出すなら、ここにいる全ての命を置いていくしかないだろう──それは駄目だ。たとえ星を焼き尽くし、お前達が龍とは呼べぬ形になったとしても、置き去りにするよりはずっとマシだ。
「お前もいつか私の考えを真に理解し、そして私と同じ道を選ぶだろう……」
お前は生存さえするなら文明などどうでもいいのかと怒る。そうやって生き残る道が必ず互いにあるのだと信じる様が、どうしようもなく愚かで愛しいのだ。本当に私が生存だけを考えるのなら、とっくに全てを捨てていただろうに。
私はそうしない。私を信じるお前達に最期まで報いよう。それが愚かな道だと嗤われようと、それが王として生まれた者の役目だ。そして、お前達を愛した者として最後にしてやれる唯一のことだ。
己が願いが結実する日が来なくとも、私はお前達を決して見捨てはしない。ククルカン、私達は見ているものが違うだけで、抱いた願いはきっと近しいものなのだ。
「すごい……どこもかしこも真っ白!」
「ウーレア、この辺りは傾斜がきついから走ると転ぶぞ!」
ころころと鈴のような笑い声を弾ませながら、あどけない面立ちの少年が駆け回っている。その様子を少し後ろから見守りつつ、旅人もまた穏やかに微笑んだ。
ウーレアをナド・クライに連れてきてからしばらく経つが、現状ナタで何か起きたとは聞かない。ナタを離れたことでウーレアの体調に変化が生じたということもない。とりあえず一安心だ。
「空! 空! これ綺麗!」
「月落銀だね。いっぱいあるし、持って帰っても問題ないと思うよ」
今度は嬉しそうに真珠色のような結晶を拾い始めたのを眺め、おそらくウーレアにとっては寧ろ良いことだったのだろうと考えた。というのも、ナド・クライに来てから人間と触れ合う機会が増え、ウーレアの知能は急速に上がっている。龍は適応に長けた種族だとは聞いていたが、その意味を初めて実感した。
また、ウーレアが本当に龍王になったらしいというのも実感した。これに関しては少し心配ではある。ウーレアが操る力は炎に見せかけた燃素であり、その威力は一般的な元素とは比べ物にならない。少しでも力加減を誤れば人間ぐらい簡単に殺せてしまうため、まだ未熟なウーレアが何か無用なトラブルに巻き込まれないかが心配だ。むやみやたらと手を上げるような性格ではないが、襲われたらさすがのウーレアも反撃せざるを得ないだろう。そして、どんな悪人相手といえど殺せば咎になり得る。
特に、ナド・クライは無政府状態だというのもあって治安が悪い。実はすでにウーレアがチンピラに絡まれたことがあり、その時はあわやチンピラが原型の留めない炭になるかと思われたが──
「空……僕、ここ好き」
「ヒーシ島が気に入った?」
一通り駆け回り、綺麗な結晶を拾って満足したのか、旅人の元へ戻ってきたウーレアの頭を撫でた。そうすれば嬉しそうに目を細めるところは、ただのテペトル竜だった頃から変わらない。
「うん。何だかここ、懐かしい気分になる」
「……懐かしい?」
妙な話だ。基本的にナタの竜は国の外に出ない。もし出ることがあれば、それは密猟者に捕まった場合ぐらいだ。当然、ウーレアもナド・クライを訪れるのはこれが初めてだろう。そんなウーレアがナド・クライを懐かしいと感じるとしたら──
「この島、あの山にいっぱいあった機械と同じのがあるから」
「あの山って……もしかして聖山か? つまり、機械って……秘源装置!?」
「うん。あれ」
ウーレアが指差す方へ視線を動かせば、そこにあったのはヒーシ島上空に浮かぶ巨大な石柱だった。あれは確か霜月の子達にとって特別な場所、初諭の庭上空に浮かぶものだ。初代詠月使が封印して以来、あそこに辿り着けた者は誰もいないという。
「な、なあ、そういえばイネファを襲った領主が月の輪を見て、龍を裏切った神とか何とか……」
「しっ!」
「空?」
「ごほん……ウーレア、それは他の人に言っちゃ駄目だからね。色々と問題になるかもしれないから」
「? 分かった」
霜月の子はこの地に残る多くのものを月神の恩恵だと信じている。しかし、あの石柱は明らかに人類の技術を超えたものだと思わせる何かがあるのも事実だ。そして、龍の技術力を以てすればあれだけ巨大な代物を宙に固定するのも容易だったであろうことは想像に難くない。
実際に初諭の庭に入ってみなければ真相は分からないとはいえ、仮に分かったとしても本当のことを明かすのが良いことかは分からない。ただでさえ今の霜月の子は長年の信仰に誤りがあったと知り、動揺しているのだ。そこへさらに彼らの聖地が龍の遺産だったと知ったら、どれほどショックを受けるか分かったものではない。
「……儘ならないものだなぁ」
龍の痕跡が色濃く残るナタで暮らすのは今のウーレアにとって良くないと思い、心機一転ナド・クライで暮らせばいいと考えた。しかし、龍という種族が残した影響は兎角幅広い。結局ナド・クライでも龍王が身バレする可能性を危惧しつつ、旅人は深く溜息を吐いた。
「空ーーーっ!」
「ウーレア!?」
ナシャタウンで食料品の買い出しをしていた時のこと。退屈だから散歩してくる!と言って颯爽と駆け出していったウーレアが叫びながら戻ってきたものだから、旅人は危うく買い物袋を取り落としかけた。
ナド・クライに来てからしばらく経ち、目立つ風貌のウーレアの背後に現地の有力者の影がいくつもあることはすでに知れ渡っている。そのため、今となっては余程の馬鹿でもない限り白昼堂々手出ししてくることはないだろうと思っていたのだが、もしやまだそんな馬鹿がいたのだろうか──と警戒心も顕に武器を取りかけたその時、ウーレアが来た方向から見慣れた姿が現れた。
「フリンズ?」
「おや……こんにちは。買い物中ですか?」
「そうだけど……」
「空、こいつと知り合い!?」
「ふむ。そちらの少年と旅人さんはお知り合いでしたか」
「空、こいつ変なんだよ……!」
「???」
背後にウーレア、前方にフリンズという立ち位置で挟まれ、旅人は困惑しながら前後に視線を走らせた。
「えっと……二人とも落ち着いて。いや、フリンズは落ち着いてそうだけど……」
「さっきは落ち着いてなかったよ!」
「それは大変失礼しました。非常に貴重な宝石を身に着けているのを見かけ、居ても立ってもいられなくなってしまい……勢い余って怖がらせてしまったようですね」
「宝石?」
何となく話が見えてきた。
フリンズには古物を集める趣味があり、特に古銭や宝飾品といった光物を好む傾向が強い。夜明かしの墓には彼が長い生涯の中で集めたコレクションがしまわれており、それらについて語る時の熱といったら──まだ人間社会に慣れていないウーレアが怯えるのも無理からぬことだろう。実のところ、今回の問題に関わる両者どちらもが人間ではないという不思議な状況なわけだが。
「ウーレアの着けているアクセサリーっていうと……」
ウーレアの姿形はあの日自然とこうなったものなので、服飾品などもほとんどは勝手に形成されている。しかし、唯一ウーレアが気に入り、聖山から持ち出した石があった。それを出立前に旅人経由でこだまの子に持っていき、アクセサリーとして加工してもらったのだ。その時もこだまの子の職人には酷く驚かれたのを覚えている。曰く──
「耳飾り、髪留め、首飾り……全て同じ琉鱗石から彫り出したものでしょう? 元々どれだけ大きい琉鱗石だったかが窺えます。琉鱗石はナタ特有の宝石で、燃素密度の高い土地でのみ長い時間をかけて形成されるそうですが……そういった生まれから一つ一つが色合いも異なり、装具一式を全く同じ色の琉鱗石で揃えられるなど極めて稀なことです」
すごい、なんでナタ人でもないフリンズの評価がこだまの子の職人と全く同じなんだ。
「ああ、勿論売ってほしいというわけではありません。持ち主が諸事情から売りに出す気がある場合を除き、欲しいからといって無理に売ってほしいと交渉するのは不躾ですから。ただ、その石はどんな経緯であなたの持ち物になったのか聞いたり、叶うならば少しだけでも触れてみたいと思っただけなのです」
「……なるほど? まあ、それぐらいならウーレアも納得するんじゃ──」
「やだ」
「ウーレア?」
いつになく頑なな態度に困惑し、未だ背後に隠れているウーレアの顔を覗き込もうと振り返った。すると、怯えというよりは混乱が色濃く浮かんだ表情が目に入った。
「空、こいつ……なんか変……」
「変、って……あ」
てっきりフリンズの勢いが凄すぎて変質者に間違われたのかと思ったが、もしかすると全く違ったのかもしれない。そして、二人の様子を観察していたフリンズも何かしら気付いたのだろう。フリンズは旅人の肩越しに少しだけ見えるウーレアの姿をまじまじと見つめ、考え込むように小さく首を傾げた。
「もしやウーレアさんは人間ではない『何か』なのでしょうか……僕と同じように」
「えっ」
「違ったらすみません。ただ、長年人間以外の視点で人間を見てきた身として、ふとそう思ったのです。尤も、それが果たして仙人なのか、はたまた精霊なのか、あるいは妖怪なのかまでは分かりませんが……少なくとも、気配からして同族ではないようですね」
やはり人外同士何か感じるものがあるのか。しかし、正体が厳密にバレたわけではないようだ。それなら一安心──とも思ったが、そこで旅人の中に少しだけ迷いが生じた。
たとえ全く異なる種族であっても、フェイならば人間よりは龍に対して寛容かもしれない。フリンズは変わり者だが意外と気さくな性格をしているため、もし正体を知れば今後ウーレアに何かあった時は力になってくれるかもしれない。特に、旅人はいつまでテイワットにいるか分からないのだ。先々のことを考えたらウーレアに自身の正体を知る友人がいる方が望ましいかもしれない。
「ああ、安心してください。そう身構えずとも、無理に訊き出したりはしませんよ」
「フリンズ……」
「でも、やはりそちらの琉鱗石の宝飾品一式は無理にでも触らせていただきたいのですが……あなたからも説得していただけないでしょうか?」
「フリンズ……!」
旅人は寸前で迷いを捨てて思い留まった。やはり衝動的にウーレアの正体を明かすのはよろしくない。
別にフリンズのことを信用していないわけではないのだが、この勢いを前にすると、旅人の介入なしにフリンズとウーレアが二人で仲良くしているところを想像できない。やはり最も重視すべき点はウーレアが懐くかどうかだろうと考えながら、旅人はこの場をどう切り抜けるべきか悩んだ。
元々pixivに載せていたものをこちらに移しました。マルチ投稿ではないため、すでにpixivからは下げています。