ちび竜、炎の龍王になる   作:華歳ムツキ

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追憶と旧縁

「あ、フリンズだ」

「おや、旅人さんにウーレアさん。こんばんは」

「こんばんは」

 

 

雨降る坂道で知った姿を見つけ、旅人とウーレアは揃って手を上げた。ぼんやりと道端に佇んでいたのはフリンズだ。ランプ片手に歩いて巡回中といった様子でもなければ、槍を携えてワイルドハントを始末中といった様子でもない。一体こんなところで突っ立って何をしているのかと首を傾げたウーレアとは裏腹に、旅人は何やら合点がいった様子で苦笑を漏らした。

 

 

「もしかして修理が必要な街灯が見つかったの?」

「ええ」

 

 

旅人の発言で初めて気付いたが、確かにフリンズの傍には街灯がある。照明がついていないせいで存在感がないが、どうやらエネルギー不足で今は動かないようだ。

 

 

「イネファを呼びに行かないの?」

「そうしたいのは山々なのですが、この状況で顔を合わせれば確実にまた勉強会の話題になってしまいます。以前はヤフォダさんを連れて行きましたが、今度会えばそれについても封じられてしまうでしょうし……不用意に言質を取られないためにも、今回は何か対策を思いついてからイネファさんを呼びたいと思いまして」

「何が何でも勉強はしたくないんだね……」

「したくないわけではありませんよ。ただ、アイノさんがもたらす知識の洗礼は、僕には些か荷が重いというだけです」

 

 

ウーレアからは状況が呑み込めないが、察するに以前旅人を交えてフリンズやイネファとの間に何かトラブルがあったらしい。紳士的に見えてその実マイペースな男なので、その性格のせいで生真面目なロボットを困らせているのかもしれない。ウーレアは肩を竦めると、フリンズの傍にある街灯をまじまじと見つめた。

 

 

「うん? ウーレア、どうかした? 街灯が気になる?」

「おや、ウーレアさんはこういったものがお好きなんでしょうか? なら、今度勉強会にウーレアさんを連れていく手も……」

「フリンズ、駄目だからね。ウーレアはまだ人付き合いが苦手な節があるから、アイノと上手くやり取りできるか分からないし……」

「ご安心を。僕がきちんと隣で助け船を出しますよ」

「勉強会が絡んでいなければ信用できたんだけど……」

 

 

妙な画策をしているフリンズを余所に、ウーレアは徐に街灯の根元近くにある小さな扉を開いた。そこにはいろんな配線やらパーツやらがぎっしりと詰まっており、素人が下手に弄ってはならないと一目で分かる──が、ウーレアは何の躊躇いもなくそこにある部品類を弄り始めた。

 

 

「ちょっ、ウーレア!? 壊しちゃ駄目だよ!」

「壊さないよ。僕、これ直せると思う」

「え!?」

 

 

いつの間にそんな技術を?と疑問が渦巻いたが、そんなことを考えている間にもウーレアの手は淀みなく動き──

 

 

「よし、直った!」

 

 

パタンと扉を閉める音と共に、チカチカと瞬いた街灯に再び明かりが点いた。まさか本当に直せるとは。

 

 

「驚いた……いつの間に電機修理のやり方なんて覚えたの?」

「覚えたというか、ナタやナド・クライの機械は秘源装置と似た部分があるから」

 

 

言われてみればその通りだ。イネファを動かすコアは古龍文明が生んだものだが、そのコアを搭載したロボットを作れる程度には、現代の機械技術は秘源技術との類似点を持っている。であれば、秘源装置を生んだ龍自身なら自ずと理解できるのも当然なのかもしれない。

それに、炎龍は知恵を司る龍だったと言われている。旅人は当初その意味を今ひとつ理解できていなかったが、ウーレアを暮らすようになってから何となく理解した。

ウーレアは時折、誰からも教わっていないことを本能的に理解することがあるのだ。龍王は本来なら大権を持って生まれるのだから、ウーレアを突き動かす本能とはすなわち源火のことである。

何故源火を継承したら知らないことを理解できるようになるのか、その理由ははっきりとは分からない。ただ、若陀龍王が大地の記憶を読み取れたように、あるいはヌヴィレットが水の記憶を読み取れたように、ウーレアはこの世に満ちる光や熱から記憶を読み取ることができるのかもしれない。

 

 

「……良いことを思いつきました」

「え?」

「今度から壊れた街灯を見つけ次第、ウーレアさんに来ていただくのはどうでしょうか? そうすればイネファさんへの言い訳を考える頻度が減らせます」

「全然良いことじゃなくない?」

「そう仰らずに。勿論、タダ働きさせるようなことはありません。不定期の気楽な小遣い稼ぎとしてやってみるのはどうでしょうか?」

「お小遣い……」

 

 

金銭を稼ぐという行為にウーレアは心惹かれた。別にお金に困っているわけではない。極論、龍は体内のエネルギーを循環させておけば食事の必要がないため、人間のように生活費に悩むことはないのだ。

しかし、旅人と共に人間の振りをする上で食事をすることはある。その時は旅人が支払うのだが、ウーレアはそれがあまり良くないことなのではないかと感じていた。本来食事の必要がないのに物を食べ、余計な出費をさせているのではないかと。

ただの小さなテペトル竜だった頃は気にならなかったが、あの頃は人間と同じ食事はしておらず、その辺の石を食べていることも多かったのだ。間違いなく今の方が旅人の懐にかかる負担は増大しているだろう。旅人はあまり気にしていないようだが──

 

 

「……僕、フリンズに呼ばれたら行ってもいいよ」

「えっ、ウーレア? 本当に? 無理してない?」

「大丈夫」

 

 

旅人は心配そうに眉を顰めたが、結局それ以上は止めなかった。

冒険者というのはある程度時間に自由が利く仕事とはいえ、たまにどうしても外せない用事というのもある。もしそういう時にお呼びが掛かれば、ウーレアだけで街灯修理に向かわなければならないだろう。

勿論、今までにもウーレアが単独行動することはあった。龍というのは独立心が強く、どれだけ慕っている相手でも四六時中べったりと傍にいることはほとんどないからだ。それでもウーレアが怪我をして帰ってきたことなど一度もない。まだ大権の使い方が不安定とはいえ、龍王を害せる存在などそうはいないのだから。

それでも、旅人の胸中にはわずかな心配──いや、おそらくこれはほんの少しの寂しさなのだろう。小さなテペトル仔竜だった頃から、旅人はウーレアの保護者だった。それが急に一人で大人のように振る舞い始めたから、巣立ちを惜しむような心境に陥っているのだ。別にこれでお別れというわけでもないだろうに、大袈裟だというのは分かっているが──

 

 

「……分かったよ。確かに、社会勉強としては悪くないかもね。知らない相手じゃないんだし」

「ええ、お任せください。ウーレアさんのことは必ず無事にお返しすることをお約束します」

「うん、身の安全についてはいろんな意味で心配はしてないんだけどさ……本当にヤフォダの時みたいに、勉強会を躱す言い訳にウーレアを使わないでね? 絶対駄目だからね?」

「……お任せください」

「やっぱなんか心配かも……!」

 


 

イネファの行動範囲は意外と狭い。旅人と出会った時は海を越えた遠くの土地まで足を運んでいたわけだが、そういった例外を除けば工房とナシャタウン近辺──レンテ島から出ることすらほとんどない。アイノを長期間放っておくのは心配だからだ。

だが、他ならぬアイノから頼まれればその限りではない。その日、イネファはレンテ島北部を慎重な足取りで歩いていた。例のお転婆ロボットのアザザ・ランボロが再び脱走し、なんと今回は工房から遠く離れた島北端辺りまで行ってしまったのだ。アザザのコアは元々傀儡の部隊が所有していたものらしいが、それが関係しているのだろうか。偶然だと思いたいが、その足取りは明らかに北端からさらにその先のクーヴァキ実験設計局へと続いている。

ロボットであるアザザが海を越えるのは難しいと思うが、万が一ファデュイの船にでも密航して島から出てしまったら連れ戻すのは難しくなるだろう。そもそもアザザのコアが傀儡から盗まれたものだと発覚すれば、他ならぬファデュイがコアを取り出して持ち帰ってしまうだろう。そうなれば工房から仲間が減り、アイノは悲しむに違いない──そうなる前に何としてもアザザを捕まえなければ。

イネファは焦る気持ちを抑えつつ、人間とは異なる痕跡を追い続けていた。幸いレンテ島は湿度の高い土地柄故に、ぬかるんだ地面には時折ロボット特有の角ばった凹みが点々と落ちている。それが止まることなく北端へと近づいていき、いよいよ遠くの方に海が見え始めた辺りでイネファの緊張も最高潮に達したが、そこで意外な人物を見かけたことで平常心を取り戻した。

 

 

「フリンズさん? それと、そちらにいるのは……」

「おや、イネファさんじゃありませんか。このようなところでお会いするとは……珍しいこともありますね」

「……」

 

 

海を臨む崖の近くに青年と少年が立っていた。青年の方がイネファもよく知る相手、ライトキーパーのフリンズだ。勉強会から逃げ出したり、アイノを餌付けしたりと中々に困った御仁である。

少年の方は見覚えのない相手だった。燃えるような赤い髪に、太陽のような明るい黄金の目。目立つ色味の子供だからこそ、初めて見る人物であろうことは疑いようもなかった。一目見れば忘れられない姿だ。論理モジュールもそれを否定しなかったが、アイノが搭載した機械よりもさらに奥のところで違和感を覚えていた。どこかでこの目を、この目によく似たものを見たことが──

 

 

「イネファさん、こちらのロボットはもしや工房のものでしょうか? 実は先程この辺りに出たワイルドハントを追ってきたところ、戦闘に巻き込んでしまいまして……」

「……少し見てみますね」

 

 

少年のことは気にかかったが、今はアザザを無事見つけられたことを喜ぶべきだろう。いや、倒れ伏した姿を見るに無事かは怪しかったが──軽くスキャンした限り、致命的な損傷は見られなかった。筐体が少し凹んでいたが、コアを含め機体の重要パーツはどれも無事だ。おそらくは衝撃で一時的にショートしてしまっただけだろう。

 

 

「──問題ありません。こちらは私が連れ帰り、アイノの元に返します」

「それなら良かったです。では、僕らはこれで──」

「待ってください」

 

 

用事は済んだと立ち去りかけた二人を気付けば引き留めていた。論理的とは言えない行動だ。近辺にワイルドハントの影は見当たらないし、イネファは探していたアザザを回収できた。お互いもう用事がないのは事実なのに、イネファはどうしても目の前の少年が気になった。

 

 

「……そちらの方はフリンズさんのお知り合いですか?」

「ええ、最近できた友人なんです。旅人さんの友人でもあります」

「旅人さんの……」

 

 

元々幅広い交友関係を持つ旅人はともかく、一匹狼の傾向があるフリンズとも友人だとは驚きだ。年齢も違えば、雰囲気だってこれといって似ているとは感じない。共通点の見当たらない二人なのに──と、そこまで考えてイネファは再び困惑した。何故二人の関係性を詮索しているのだろうか。誰と誰が知り合いで、どんな付き合いをしていようとイネファに探る権利はない。

イネファは人間ではないが、アイノが作ってくれた優秀な論理モジュールのお陰で、こうした行動が不躾で礼に欠ける行いだという認識はあった。即刻止めるべきだ。モジュールがそう結論を出したなら、平時であればすぐそれに従うことができる。イネファは優秀なロボットなのだから。

しかし、どうしてもこの少年が気になって仕方ない。理屈ではなく心が──かつてリアンカが与えてくれた“心臓”が、無機質な石であることを忘れるほどに熱を帯びていた。

 

 

「……旅人さんのお知り合いであれば、今後私も会うことがあるかもしれませんね。私は万能型家庭用ロボット、イネファと申します」

「はじめまして、イネファ。僕はウーレア」

 

 

ウーレア。イネファはその名を噛み締め、小さく頷いた。やはり聞き覚えのない名前だったが、この名前を心に留めなければならないと強く感じたのだ。

 

 

「じゃあ、イネファ。僕達もう行くね」

「……はい。またいつか会いましょう」

 

 

軽く手を振って去っていったウーレアと、会釈したフリンズに頭を下げ、小さくなっていく背中を見つめる。結局妙な感覚の正体は分からないままだったが、ふと衝動に駆られるまま南の方に視線を向けた。何も感じるわけがないというのに、遥か彼方にある火山の景色を思い出すような心地だった。

 

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