ちび竜、炎の龍王になる   作:華歳ムツキ

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空月の歌第3~4幕の話。


秘して燃ゆる

ネフェルの助けもあり、レリルの情報収集も終えた後のこと。ネフェルの貴重なゲームボックスを犠牲に二日の猶予を稼いだのもあり、一時休憩を挟んでから本格的に動こうという話になったのだが──

 

 

「空! パイモン!」

「あっ、ウーレア!」

 

 

宿屋に戻った二人の元に、ここしばらくひとりで過ごしていたウーレアが駆け寄ってきた。元から単独行動をすることが多いとはいえ、強制的にひとりで留守番というのはあまり心地よくなかったらしい。旅人とパイモンに駆け寄ってくるウーレアの表情は晴れ晴れとしている。その表情を前にすると、まだもう少し留守にするというのが些か心苦しくなってしまう。が、きちんと伝えておかなければならない。

 

 

「ただいま、ウーレア。でも、今回は一旦戻ってきただけでまた色々としにいかなきゃいけないんだ」

「そうなんだ……」

 

 

案の定ウーレアは面白くなさそうに項垂れたが、気を取り直した様子で旅人の腕を引っ張った。ナタにいた頃も危険な場面では留守番することがあったため、留守番自体は慣れっこだ。仔竜の体だった頃と違い、人間にしか見えない今は留守番中もやれることがたくさんあるので退屈は紛れる。ただ寂しいだけだ。その寂しさを紛らわせるように、ウーレアはほんの少しだけ一緒にいれることになった旅人の手を引いた。

 

 

「なら、お部屋でいいからお喋りしたい!」

「あっ、ウーレア、空は今ちゃんと休まなきゃいけないんだから──」

「大丈夫だよ、パイモン」

 

 

できることは増えたが、寂しさはナタにいた頃より色濃くなっているだろう。何せウーレアは人型になったというだけで、感覚としては未だ龍に近い。留守番していても他のテペトル仔竜と遊べたナタと違い、人間ばかりのナド・クライではどうしても物足りなさが残るだろう。それを理解していたからこそ、旅人は無邪気に手を引くウーレアを止めなかった。

そうして引っ張られていく旅人を見送る者が二人。旅人と一緒に宿に足を運んだアルベドとドゥリンだ。二人は歩きながら振り返って手を振った旅人に手を振り返した後、顔を見合わせた。

 

 

「旅人が誰かを待たせてまで一緒に旅をしているのは少し珍しいね。成り行きで誰かと一緒に行動しているのはよく見かけるけど」

「うん……」

 

 

アルベドが着目したのは普段とは異なる旅人の行動パターンだったが、ドゥリンの方は何か違うことを考えているらしい。落ち着かない様子で胸の辺りを押さえたことから、アルベドはドゥリンが何かを本能的に感じたことを察した。

 

 

「何か感じたのかい?」

「……分からない。ただ、あの子を前にしたら……少し心臓が震えた」

 

 

アルベドは考え込んだ。ドゥリンの心臓は雪山のドゥリンが持っていたものだ。そして、雪山のドゥリンはかつてレインドットが龍を模して作った存在──それが強く反応を示すとしたら、順当に考えれば龍に所縁のあるものだろう。そうでなくともドゥリンは元素龍トワリンに一度殺された経緯があるため、生まれた理由としても経緯としても龍とは縁深い。

 

 

「心臓が反応した後、何か影響は?」

「体調は問題ないよ。でも、なんていったらいいのか……落ち着かない感じがする。嫌な感じじゃなくて、ドキドキするんだ。あの子が、キラキラして見えて……」

 

 

かつてのドゥリンも、討伐される時にトワリンを美しい龍だと感じたそうだ。それがトワリンという個体に対する感想なのか、龍であれと望まれたルーツから本能的に龍を羨んだためなのかは分からない。しかし、もし後者なのだとすれば──

 

 

「……いや、止めておこうか」

「アルベド?」

「紹介を受けてもいない相手をあれこれと詮索するのは良くないからね。気になるにしても、旅人が紹介してくれたらその時に改めて聞けばいいことさ」

「そう、だよね……」

 

 

全くの他人、しかも友人の関係者をあれこれと詮索するのはよろしくない。アルベドは旅人との友好関係も考慮して好奇心をしまい込んだが、ドゥリンの方は未だそわそわとする気持ちを抑えられないようだった。

 

 

「……ドゥリン、駄目だよ」

「……どうしても駄目? ちゃんと挨拶して、自己紹介して、仲良くなったら──」

「あの子が目の前にいない今ですら衝動が抑え切れないのに、いざ対面して不自然にならないよう振る舞えるかい?」

「う……」

「旅人が一緒にいれば多少おかしなことをしても彼が助け船を出してくれるだろうし、紹介してもらえるまで待った方がいい。面識ができたはいいけど、初対面で嫌われてそれ以降会話すらできなくなったりしたら嫌だろう?」

「うん……」

 

 

言葉を重ねて諭されても尚あの子のことが気になって仕方なく、ドゥリンは胸を抑えたまま視線を落とした。どうしてこんなにも落ち着かない気持ちになるのだろうか?

 


 

アシュルはただの子猫ではない。厳密に言えば、普段は本当に何も変わったところのない子猫だ。敢えていうなら、子猫にしては賢いところだろうか。しかし、それもあくまで子猫の中では賢いというだけだ。

だが、ネフェルは常日頃からアシュルの様子を細かく観察し、何か異変があればそれを決して見逃さないように気をつけていた。それはトートが再びアシュルを依代に使う機会を逃さないためだが、アシュルが時折子猫にしては妙な挙動を取るためでもあった。

それが何故なのかはネフェルにも分からない。トートが入っていない時のアシュルは普通の子猫と大差ないはずだが、ひょっとするとトートが憑依した影響が微かに残っているのだろうか。真相は分からないままだが、一つ確かなのはそういった兆候をあまり軽視しない方がいいということだけだ。

 

 

「アシュル?」

「……ニャ」

 

 

その日、アシュルの様子はどこか妙だった。人間からすれば何かと目立つ旅人を見た時も、どういった生物なのか分からないパイモンを見た時も落ち着いていたのに──あの二人を迎えに迎えに来た少年を見た途端、酷く落ち着かない様子でうろうろし始めたのだ。よく見れば尻尾もいつもより少し大きい。怒りというほど強い感情を抱いているわけではないにせよ、何かしら警戒心を抱いている状態ということだ。

 

(あの少年……そういえば素性が分からないんだったね)

 

各国で武勇伝を築いてきた英雄が引き連れている子供だ。ネフェルは前々からウーレアの存在を認識していたし、旅人やパイモン同様に多少は下調べもしていた。が、残念ながら特に何も分からなかったのだ。

フォンテーヌまでの話に存在が出てきていないことから、旅人とはナタで知り合ったであろうことは察せる。しかし、ウーレアの出で立ちや名前はナタ人らしくない。単に装いを変えただけ、偽名を名乗っているだけという可能性もあるが、それを確かめる手段がない。

北の大陸情報網は璃月以外の全ての地に広く伸びているが、土地柄の都合上得られる情報には斑がある。スメールやフォンテーヌといったある程度情勢が安定している国ならば情報収集も容易いが、ナタはついこの間までアビスと熾烈な戦争を繰り広げていた国だ。半端な人員を送り込んだところで生きて帰れないし、そもそもナタは部族社会なので余所者が目立たずに歩き回るのはとても難しい。砂漠の部族ほど排他的ではないにせよ、部族ごとに小さくまとまった社会というのは下手な行動をすれば一瞬でバレてしまう。

 

(素性が分からないのは旅人やパイモンも同じだ。だから、あまり気にしていなかったけど……)

 

ネフェルは自身の情報収集能力に自信があったが、それはトートからの贈り物も込みで本腰を入れた場合の話だ。そこまでしない場合、分からないことがあるのも無理からぬことだと割り切っている。

普通に調べた限りでは旅人やパイモンもモンドで突然降って湧いた存在だ。それ以前に二人がどこで何をしていたのか、そもそもどこの生まれなのかすら分からない。しかし、明確に敵対しているわけでもなし、現状は分からなくても問題ないので気にしていなかった。

 

(アシュル以外の猫がウーレアに反応しているのは見たことがない。なら、これはアシュルだけの問題だ。となればトート絡みの可能性が高いが……今は封印されているとはいえ、曲がりなりにも神として君臨していた奴が毛を逆立ててまで警戒するような相手?)

 

人は神を恐れるが、神は神を恐れない。これは当然だろう。神の中にも力の差はあるが、それでも人が神に挑むよりかは神同士の方がまだ勝機がある。人であれ神であれ、戦って勝てる可能性がある相手を極端に恐れる必要はない。

では、神が一方的に恐れる存在はいるのだろうか──真っ先に考えられるのは天理だろう。花神ナブ・マリカッタはかつて天空に住んでいた過去から、尽きぬ野望を持つキングデシェレトにその恐ろしさを説いたと言われている。尤も、その説得が報われることはなかったようだが。

 

(あるいは……龍? 馬鹿げた空想だと思っていたけれど……)

 

砂漠の果てには今でも龍が眠っているという噂がある。その龍はかつてキングデシェレトを唆し、彼を破滅へと導いたそうだ。しかし、その噂の真偽を確かめた者はいない。砂漠の果ては黄砂に慣れた部族の人間ですら行き交うことが敵わないほどの砂嵐に覆われ、キングデシェレトの加護を受けた者であってもその先を見ることはできないとされている。実際、いつの間にやらキングデシェレトの霊廟を覆っていた砂嵐はなくなったが、砂漠の果ては今も尚その先を人間の目には晒していない。

 

(……まさかね)

 

ネフェルはふっと息を吐いた。レリルに襲われ、貴重なゲームボックスも失う瀬戸際に立ち、柄にもなく気が立っているのかもしれない。だから、こんなあり得ない空想を捏ね回してしまうのだ。

確かに現代にも龍は残っている。モンドの風魔龍の話は有名だ。しかし、騎士団はいざとなればトワリンを討伐して事を収めるつもりだったと聞く。人が倒せる程度の相手を神が恐れるはずもない。確かに過去には神をも脅かすほどの龍はいたのかもしれないが、現代にはもういないはずだ。もし強大な龍が未だ残っているのなら、何故何の痕跡も残さず大人しくしているはずがない。

何より、ウーレアはどこからどう見てもただの“人間”だ。かつていた龍がどんな生き物だったのかはもう知る由もないが、少なくとも人型をしているなんてことはないだろう。

 

 

「ま、アシュルが反応したってことは何かしら隠された秘密があるのかもしれないし、一応気をつけておくとしようかね」

 


 

部屋の中に穏やかな寝息が響いている。すぅ、すぅ──規則正しく響く音に微笑み、ウーレアは目の前のベッドで眠る二人を静かに見つめた。

一度帰ってきた二人だが、まだすべきことがあって休んだ後また出かけなければいけないらしい。それを聞いた時、ウーレアは「自分もついていく」と言いかけたが──迷った末にどうにか言葉を呑み込んだ。

 

ウーレアは孵化してからまだ数年しか経っていないが、源火を受け継いでから以前よりいろんなことが分かるようになった。前は“白いふわふわ”としか覚えられなかったパイモンを今はちゃんと名前で覚えているように。

だから、本当はもう留守番しなくてもいいことだって分かっている。かつて黄金王獣と戦った時に湧いてきた力──焔の主が残した祝福がきちんと自分のものになったのだ。人間には負けないし、アビスだってもう怖くない。あの時虚界の障壁を割ってみせたように、受け継いだ光界の力はあれに対抗できると知っている。

 

もう守られるだけの仔龍じゃない。巡礼に出るためパカルに認めてもらおうと、大人のテペトル竜であるウチュに立ち向かった時のように、魔物相手だろうと空と並んで戦えるのだ──もうただの“ちび”じゃない。

 

でも、今でもウーレアはなるべく戦わずに過ごしている。空がそう望んでいるから。

最初は人の形になった困惑と、旅人とこれからも一緒に旅ができるという喜びで気付いていなかったが、ナド・クライという土地で少しずつ人と関わることが増えてから理解した。竜から龍に変わったことで隠さなければいけない秘密が増えたのだ。

人は竜とは友達になれるけど、龍とも友達になれるかは分からない。人の傍で暮らす龍もいるが、人とは相容れない龍もいる。正体を明かした上で友達になれるかは分からないし、一度友達に慣れてもその後離れなければいけなくなるかもしれない。龍になった後、人の傍にいるのは難しい柵が付き纏うのだと気付いた。

 

だから、空はいつもウーレアを安全な場所に置いていく。空もウーレアが戦えることは分かっているけど、戦う姿を誰かに見られたら良くないから。神の目を持った子供なんだと誤魔化せる程度ならいいが、明らかに人間には発揮できない力を出すところを見られたらいけないから。

それが分かっているから、ウーレアは寂しいのを我慢して町にいることにした。これからもずっと旅がしたいから──ウーレアにとってはアビスだけではなく、人の目も危険なものだから。

 

 

「龍になるって、難しいんだな……」

 

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