旅人は悩んでいた。ナド・クライに来てからも様々な事件に巻き込まれているが、今回は旅人だけの問題ではないために殊更悩んでいた。
というのも、ドゥリンがウーレアに会いたがっているのだ──以前ニコがうっかり口を滑らせたことでウーレアの正体が露呈した。ウーレアが龍であることを知り、トワリン以外にも龍の友達ができるかもしれないと会いたがっている。
しかし、事はそう単純ではない。この前ニコと揉めて以来、ウーレアの状態が少し不安定なのだ。自身に宿る龍の遺志に引っ張られており、もう一度龍として琴線に引っ掛かる出来事が起きたらどうなるか分からない。そして、何が琴線に引っ掛かるのかは事件が起きるまで分からない。現代において龍に纏わる出来事を正確に把握できる資料はほとんどないからだ。それこそ天の使いであっても龍について知っていることはあまりないだろう。
考えれば考えるほど心配で仕方ない。ウーレアとドゥリンの問題なのだから、一旦ウーレアに話してみて当事者が「会ってみたい」というのならそれでいいのかもしれない。だが、ウーレア自身も何が切っ掛けで自我が混乱するか分かっていないのだ。もしこの先も引っ張られ続け、天理を酷く憎むようになったら──いや、もしかすると龍王としてはその方が自然なのかもしれない。ヌヴィレットも最初から天理を憎んでいたのだから。
けれど、たとえエゴだとしてもウーレアに幸せでいてほしい。何かを憎んで過ごすことはあまり幸福だとは思えない。特に、天理を憎みながらも大権を持たなかったために人に溶け込むしかなく、結果としてそれが穏やかな生活に繋がったヌヴィレットと違い、ウーレアは先に大権を取り戻している。おまけに竜として生まれたからか、巨龍の姿になることもできるのだ。この状態で後から天理への憎悪を抱いたとして、果たして今のテイワットでまともに暮らしていけるのかは分からない。
(……でも、この先もナド・クライにいるならドゥリンと鉢合わせる可能性はあるし、知らないところで事件が起きるよりは準備してから会う状況を作る方がマシかもしれない)
不安は残るが、結局のところはこれに尽きる。偶発的に遭ってしまうよりは、心構えをしてから会う方がいいだろう。そう思って覚悟を決め、旅人はまずドゥリンと話すことにした。
「ドゥリン、この前の話……ウーレアに会いたいってことなんだけど」
「会えるの!?」
「その、会う前にいくつか伝えておきたいことがあって……」
旅人はできる限りのことを伝えた。ウーレアはナタで生まれた龍だが、特殊な経緯で生まれたために状態が不安定であること。ウーレアはたまに『ウーレア』としてではない考えを持ってしまうこと、そのせいで会ったとしても嫌な思いをしてしまうかもしれないこと。何より、トワリンのように上手くはいかない可能性もあるということ。ドゥリンは意外にも静かにそれらを聞いた後、それでも構わないと頷いた。
「正直、今の話だけで旅人が心配していることを全部理解できたわけじゃないと思う……でも、やっぱり会ってみたいよ。だって、失敗するかもしれないからってそこで立ち止まるような“龍”だったら、僕は今頃ここにいないでしょ?」
「……ドゥリン、あの件からちょっと頼もしくなったね」
「ちょっとだけ?」
朗らかに笑ったドゥリンと一旦別れ、今度はウーレアに会いに行った。
最近、ウーレアは一人でいることが多い──いや、ナド・クライに来てからは一人でいることの方が多い。意識的に一人でいるようになったのは前回暴走しかけたことを気に病んでいるからだが、その前は色々と忙しくて傍にいられなかったからだ。もしかするとそれもウーレアの状態が不安定になりやすくなった一因かもしれないと思うと胸が締め付けられた。危険を承知で連れていくべきだったのだろうか。
「……ウーレア、少しいい?」
「空?」
ウーレアは旅人が来たことに気付くと、嬉しそうに微笑んだ。思えばウーレアは出会った時から旅人には一等懐いていた。名前を貰ったからか、あるいはこれもまたククルカンの思惑が絡んでいるのかは分からないが、できることならこの信頼を損ないたくない。けど、ウーレアが旅人にだけ依存している状況も正しいとは言い難い。旅人は覚悟を決め、ウーレアにドゥリンのことを伝えた。
500年前、モンドを襲った魔龍ドゥリンのこと。そして、魔女の願いによって生まれたシムランカという童話の世界と、そこで育った小さなもうひとつのドゥリンのこと。複雑な経緯を経て、二つは一つになったということ──そして、ドゥリンがウーレアと友達になりたがっているということ。
「──色々と話したけど、どうしても会いたくなければ無理しなくてもいいんだ。ただ、この先もナド・クライにいるなら鉢合わせることがあるかもしれないし、それなら最初にちゃんと会う機会があったかもしれない方がいいと思って」
「うん……」
何かを考え込み、ウーレアはじっと旅人を見つめていた。その眼差しを見て、ふとウーレアの顔つきが以前よりも大人びているように思えた。無邪気に喜ぶ姿はナタで最初に見た時から変わらないが、静かな佇まいでいると見たこともないほど落ち着いているように感じられる。
「……会ってみる」
「本当に? 大丈夫そう……?」
「うん……今の話を聞いて、少し尋ねてみたいこともできたから」
約束をして誰かと会う時、人間同士ならばどこかの店で食事でも取りながら、というのが無難だろう。しかし、ウーレアが暴走する可能性を考えると人里で会うのはよろしくない。そのため、三人はスターダストビーチで落ち合うことになった。味気ないかもしれないが、ここなら人通りも少ないため安全だ。
「えっと、はじめまして……旅人から聞いてるかもしれないけど、ボクはドゥリン」
「うん。僕はウーレア」
心配のあまり同席しているものの、旅人は極力気配を消して二人のやり取りを見守っていた。ウーレアが自分なりに考えて会ってみたいと決めたからには、なるべく口出しすべきではないと思ったからだ。
「ねえねえ、君は龍なんだよね?」
「う、うん……その、キミから見たらちょっと違うかもしれないけど……」
ドゥリンは周りから龍として扱われているが、実際のところ本物の龍ではない。アルベドが“人間”ではなく“人間を模した人造人間”であるように、ドゥリンは“龍”ではなく“龍を模した人造龍”だ。どれだけ似ていてもここには明確な隔たりがある。
しかし、ウーレアが気にしているのは本物と偽物の違いではないらしい。
「モンドの人達は君が龍だって知っているんだよね?」
「騎士団の人達が事情を伝えてくれたから、少なくとも城下にいる人はほとんど知ってると思う」
「なのに人間と仲良くできるの?」
「え?」
「……龍は人間とは仲良くできないんだと思ってた」
ふと、ドゥリンはこの前のことを思い出した。お母さんがかけてくれた魔法が解けかけ、皆から忘れられそうになった時のことだ。あの時、皆はドゥリンを恐ろしい魔龍の延長線だと認識していて──ドゥリンを見る目には恐怖と猜疑心が満ちていた。あの目を思い出す度、今でも足元が崩れていくような不安感に苛まれる。しかし、魔龍ドゥリンがモンドに負わせた傷を思えば、皆の恐れは当然のものだ。結果として元通りになったお陰でまた仲良くできるようになったが、この状況自体がそもそも奇跡に近いのかもしれない。
「その、今でも……魔龍ドゥリンの名前を聞くと身構える人はいるよ。伝説を知る人なら、魔龍が不死身だったことも知っていることが多いから。いつか蘇るんじゃないかって不安になるみたいで……でも、ちゃんと話せば今の僕が魔龍とは違うことも分かってもらえるから」
「ふーん……モンドの人達は優しいんだね」
「ナタの人達は違うの?」
「違うと思う……ナタの人達は今でも龍を恐れてるから」
話したことはない。しかし、話してみれば何とかなると楽観視するのは難しかった。ナタの人々と接してきた旅人が誰にも言わずウーレアを連れ出すことを選んだ時点で、今でもナタ人にとって龍は受け入れ難い存在であると推測するのは簡単だ。
ウーレアは知らないが、旅人がそう判断した理由はイネファの件も絡んでいる。イネファがかつて領主から分かたれた存在だと分かった時、少なからず警戒した人間もいた。たとえ龍としての体はすでに失い、龍から掛け離れた存在になっていてもだ。新しく生まれた存在とはいえ、より純粋な古龍に近いウーレアは尚更警戒されてもおかしくない。
「なら、ボクと一緒にモンドに──」
ぱっと顔を上げて言いかけた言葉は、ウーレアの目を見た瞬間に喉の奥へ消えてしまった。怒りや憎悪ほど強い感情ではないが、決して好意的ではない感情──燻るような鈍い熱はあまり見覚えがないもので、ドゥリンは戸惑った。
「……君が羨ましい」
ぽつりと落ちた一言。ドゥリンはまだ他者の機微に疎いが、そこでようやく瞳の奥に渦巻く感情を理解した。嫉妬だ。
何なのか理解してしまえば、その気持ちは何となく分かる気がした。ドゥリンもかつてシムランカの高塔で暮らしていた頃、幾度となく他の住民達を羨んだ。お母さんはドゥリンを一番に愛していると言ってくれたけど、それならどうして自分だけ皆と一緒に外で遊べないのかと──どうして自分だけ皆から訳もなく嫌われるのかと。
その日々を終わらせてくれたのは、勇気を出して外に行こうと誘ってくれた皆がいたからだった。これはあくまでドゥリンの時に上手くいっただけで、このやり方が必ずしもウーレアの心を軽くしてくれるかは分からない。それでも、ドゥリンはあの時にかけられた言葉を思い出していた。
「なら、僕と一緒にいろんなところを見に行かない?」
「……君と一緒に?」
「あ、えっと……ボ、ボクと一緒じゃなくてもいいけど……でも、外の世界を見ることで気の持ちようが変わることはあると思うんだ。ボクが抱えていた問題と、キミが抱えている問題はきっと全然違うし、絶対に上手くいくなんて言えないけど……それでも、まずは歩き出さないと何の物語も始まらないから」
どうなるか分からないけど一歩踏み出してみろと言われるのは、きっと悩んでいる者にとっては無責任な言葉に聞こえるだろう。ドゥリン自身、皆が手を差し伸べてくれた時にそう思ったし、だからこそ皆の親切を手酷く跳ね除けた。先行きが不安な者にとって一番欲しい言葉は「必ず大丈夫」という確証なのに、誰もそうは言ってくれなかったから。
勿論、今なら皆が何故そう言わなかったのか分かる。誰も未来のことなんて分からないし、分かったとして変わらない保証もない。なのに耳障りがいいだけの偽りを並べるのは寧ろ不誠実だ。皆はドゥリンに対して真摯に向き合ってくれたからこそ、適当なことは言わなかった。先のことは分からないけど、一緒に進んでみようと言ってくれた。
あの時、皆が諦めず手を差し伸べてくれたからドゥリンは今ここにいる。なら、今度は手を差し伸べる側でありたい。皆から貰った気持ちに恥じないためにも、ドゥリンはウーレアをまっすぐに見つめた。
「僕は──」
「オイラがアイノと遊んでいる間にそんなことになってたなんて……!」
いつものようにふわふわと揺れながら、パイモンは困惑を顕にした。言ってしまえばウーレアとドゥリンが面識を持っただけだが、その出会いがウーレアにもたらした変化は大きい。それはパイモンが帰ってきて真っ先に目にしたもの──目の前の光景が物語っていた。
「どう?」
「うーん……何だか変な感じ。人間の手足ってなんでこんなにひょろ長いんだろう? 絡まっちゃいそうだよ」
「槍とか弓とか手に持つ武器は慣れない?」
「多分……人型でいるのにはもう慣れたと思ってたけど、激しく動こうとすると上手く動けてるのか分からなくなる」
「なら、やっぱり法器にする? クレー……ボクの友達も法器を使ってるんだ。すっごく自由に戦うけど誰も何も言わないから、法器なら少しぐらい不自然でも怪しまれないと思う」
ドゥリンがウーレアにいろんなことを教えている。今は武器を紹介しているが、先程まではお互いに火を操って“どんな使い方なら人間っぽく見えるか”ということについて話していた。友人との語らいとしては奇妙な話題かもしれないが、微妙な状態から友人になった両者にとってはこれが現状で一番良い話題選択なのだろう。
「……あれを見る限り、結局あいつらは仲良くなれたんだよな?」
「仲良くなってる最中、かな……? ウーレアの方はちょっと思うところがあるみたいだし、まずは自分の目でドゥリンのことをよく知る期間ってところかな」
「そういうもんか……でも、ウーレアが誰かを羨むなんてちょっと意外だな。怪しい奴を警戒することはあるけど、誰とでも仲良くなれると思ってたぞ。ほら、前にテペトル竜の群れを見かけた時、いきなりだったけどすぐ一緒に遊んでただろ?」
「あれは同族だったからだと思うよ。それに、嫉妬……まではいかないかもだけど、張り合ってるのは前にも見たことあるでしょ?」
「えっ、いつだ?」
「ほら、ココウィクが活躍した時に……」
「あっ、言われてみれば……!」
オシカ・ナタで暴走したオチカンに襲われた時のことだ。ココウィクがビームを撃ってオチカンを追い払うという派手な活躍をした時、それを見ていることしかできなかったウーレアはかなり落ち込んだ様子だった。その後、遺跡を探索する時は誰よりも張り切り、ウーレアのお陰で地下へ向かう道が見つかったのだ。あの時のことを考えると、今回の反応はそこまで意外なものではないのかもしれない。
「うーん、そう考えるとウーレアって意外と好戦的なのか……? け、喧嘩になったりしないよな?」
「まあ……大丈夫じゃないかな」
「おい、適当に答えてないか?」
「そういうわけじゃないけど……」
旅人は少し離れたところでじゃれ合う龍達を見つめた。あれこれと武器を持ち換えて話し合う後姿はどこか楽し気だ。その姿を眺めていると、テペトル竜の群れに混ざっていたウーレアのことを思い出した。
ウーレアは人型になってからできることが増えたと喜んでいた。しかし同時に、龍としての立場や人に紛れることの難しさに悩んでいたのも事実だ。そして、その悩んでいる時に旅人はあまり傍にいてやれなかった──あれこれと悪い方へ考えて足踏みをするより、もっと早くこうしてやるべきだったのかもしれない。
「……喧嘩したり、仲直りしたりで友達になっていくものだから、きっと大丈夫だよ。それこそが今のウーレアにとって一番必要なものだと思うから」