ちび竜、炎の龍王になる   作:華歳ムツキ

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空月の歌第8幕中~その後の話。


月光に輝く散り敷ける落葉の上に

クーヴァキを含んだ雨が時折天へ“戻る”ように、月の関わる出来事はいつだっておかしくなってしまう。あべこべで、ちぐはぐで。

 

(……目が合った?)

 

コロンビーナはまた奇妙な錯覚を抱いた。

二度目となる過去への遡行──鏡の中に広がる不思議な世界は美しくて残酷だ。本当に全てがそこにあるかと思うほど生々しいのに、今のコロンビーナはどれにも触れることができない。以前も実体を失って誰からも気付かれない状態に陥ったことはあったが、その時よりもさらに孤独だ。

だって、あの時はひとりだけ気付いてくれたけど、今は彼──ウーレアさえコロンビーナに気付かない。当然と言えば当然だろう。今は存在が希薄になっているというだけの単純な問題ではなく、存在している軸自体が異なる。未来の存在が過去にいるのだから、その過去こそが現在に当たる存在が気付くわけが──

 

 

「……?」

 

 

目が合った。あの太陽のような目がひたとこちらを見た気がした。

いや、気のせいかもしれない。あの時、ウーレアは状態が薄れたコロンビーナを直視していたが、先程目が合った時はすぐにまた視線を動かしてしまった。ただ、あちこちを見回す内にたまたまコロンビーナと目が合ったように“錯覚”したのかもしれない。

けど、何かが妙だ。一度誰にも気づかれずに街を彷徨った経験があるからこそ、ウーレアの視線の動きが何かおかしいことに気付いた。あの時、ウーレア以外にもコロンビーナに気付いてくれたのではないかと期待するような出来事はあったが、蓋を開けてみればどれも別の人や物に気を取られているだけだった。しかし、今コロンビーナがいる辺りにそこまで視線を彷徨わせなければいけない出来事は起きていない──なら、ウーレアはどうしてああも怪訝な顔で視線を彷徨わせているのだろうか。

 

(詳しくは知らないけど、龍だから人間とは違うものを感じられるのかも……ウーレアに何か伝えたら、過去を変えられる? でも、ウーレアはクーヴァキの流れには敏感だったけど、クーヴァキそのものに敏感なわけじゃない……何か痕跡を残しても気付いてもらえるとは限らない……)

 


 

「ちょっと待って……龍? 龍ってあの龍?」

「どの龍か知らないけど、ウーレアは炎の龍王だって聞いたよ」

 

 

沈黙。コロンビーナはいつも瞼を閉じているが、それでもあまり問題を感じたことはなかった。誰かと接するにしても、音や気配があれば相手の考えは何となく伝わるからだ。その感覚でいえば、目の前にいる姉達からは強い緊張を感じた。

 

 

「……姉さま達は龍が苦手?」

「苦手っていうか……」

「……私達は結果としてニーベルンゲンを裏切った。けれど、龍達は最後まで生みの親であるニーベルンゲンを信じた。だから……あまり良い関係とは言えないでしょうね」

 

 

勿論、三月の女神にも言い分はある。ニーベルンゲンが不在の中、世界の管理を代行していた月神達が戦いによって命を落とすのはテイワットにとって良いこととは言えない。実際、七王が斃れたことでテイワットは原初の姿を完全に失った。龍も神も、死んだ時の影響が大きすぎるのだ。勝てる保証がないのなら、天理に下って世界の秩序を優先するのも一つの手だろう。決して率先してニーベルンゲンを裏切りたいわけではなかったが、最盛期の天理の強大さを考えれば進める道は限られた。

しかし、難しい局面だったとはいえ対処が遅れ、結果として龍を見捨てる形になったのは言い訳のしようもない。世界の秩序のためというのはあくまで月神視点で行動を正当化するための方便で、龍達から見れば月神は間違いなく裏切り者だ。

特に、月神の絶大とも言える権能はニーベルンゲンが留守を任せるために与えたものである。それを使うことすらなく、ずるずるとなし崩しに裏切ることになったのだから龍達の恨みは尤もだ。城を守る衛兵がほいほいと敵を素通りさせたのなら、城内に住まう者は決して衛兵を許さないだろう。龍から謗られたところで、月神達はその憎悪に文句をつけることはできない。

 

 

「龍王の代替わりは私達にとっても経験のない出来事だ。だから、あなたのように新しく生まれた龍王は過去の確執を覚えておらず、それで月とも親しく接してくれたのかもしれないが……」

「そうじゃないと思う……さっき話した──友達になった天の使いがニーベルンゲンの話をした時、ウーレアは月を裏切り者だって言ってたから」

 

 

さざ波のように動揺が広がった。恨まれているだろうと自覚はしていても、改めて突き付けられるとやはり動揺するらしい。

 

 

「でも、月を裏切り者だって怒ってた時のウーレアはちょっと変だった。あの後、皆のお陰で元に戻れてからはすぐにお祭りが始まって、ウーレアとは話せなかったけど……旅人から少しだけ教えてもらったんだ。ウーレアが持つ大権は過去の出来事から問題が生じていて、そのせいで受け継いだウーレアもたまに状態が不安定になるんだって」

「その話だけだと、新たな龍王がどういった状態なのか判断しかねるわね……」

「でも、私達を裏切り者だと認識しているのは事実なんでしょ? あなたはその子の傍にいて大丈夫なの?」

 

 

コロンビーナは考え込んだ。大丈夫かどうかはっきりと答えられるほど、ウーレアとの付き合いは深くない。実体を失っている間、ほんの少し傍にいただけだ。傍にいてくれたのも、旅人が頼んだからだと分かっている。あの時、コロンビーナはたったひとりでも自分を認識してくれる相手が傍にいるという事実に救われたが。ウーレアがコロンビーナをどう思っていたかは分からない。

コロンビーナには分からないことだらけだ。龍と月の確執についても今ひとつぴんとこない。月神という立場は受け継いだとしても、龍のように記憶が引き継がれるわけではないのだ。原初の時代から存在する神だと言われても、コロンビーナ自身に古代の記憶はない。分からなければ無意識に相手の神経を逆撫でしてしまうかもしれないため、ソネットが案じる通り危険なのかもしれない。

 

 

「……分からない。でも、現実に戻れたらもう一度ちゃんと会って話してみたい。もし本当にウーレアが私のことを嫌いになってしまっていても、あの時私を見てくれて嬉しかった気持ちはなくならないから。直接お礼を伝えたい」

「でも!」

「……落ち着いて、ソネット。きちんと知るべきことを知り、考えた上で会ってみたいというのなら、私達が無理に口出しすべきじゃないわ」

「……そうだな。現実問題として龍が今も地上に存在する以上、避けては通れない問題でもある」

「けど……たとえ三月の力が揃ったとしても、龍王と衝突したらどうなるか分からないんだよ!? もし仲良くなれなくて、争うことになったら大変なことになるかもしれないのに……!」

 

 

ニーベルンゲンはテイワットを空ける間、自身の権威を代行する存在として三月を浮かべた。しかし、これは七王の上に三月を据えたという意味ではない。

そもそも三月はニーベルンゲンの代行者なのだから、彼女達の権能は元々ニーベルンゲン自身が持っていたものである。しかし、七王が生まれた時代は時間や生死の境目が曖昧だった。他ならぬニーベルンゲンが七王にそうした概念の枷をはめなかったということもである。だからこそ、命は一度切りという生死の区切りを超え、龍王という個体は大権が存在する限り復活するのだ。

それに、もし七王に時間と生死時空の権能が及ぶなら葬火の戦いはあそこまで悲惨なものにはならなかっただろう。葬火の戦いにおける最も苛烈な衝突はニーベルンゲンと天理の対峙だったが、より大規模になったのはニーベルンゲンが配下の七王を起こしたからだ。七王に生死の枷さえはめられるのなら、ロノヴァが死を宣言するだけで七王を止められた。そうなれば対処するのはニーベルンゲンだけで良かったのだから、葬火の戦いによる被害はもっと抑えられていただろう。だが、実際にはそうならなかった。

 

 

「……うん、分かってる」

 

 

コロンビーナは龍の時代を知らない。しかし、龍の力の片鱗は目の当たりにしたことがある。他ならぬ月の話でウーレアの様子がおかしくなった時、コロンビーナは焼け付くような“熱”を感じた──あの時のコロンビーナは実体がなかったにも関わらず、だ。

おそらく、ウーレアが持つ龍の火は元素で出来た炎とは訳が違うのだろう。もっと本質的で、炎では焼けないようなもの──触れられないものすら焼く“光”だ。あれは神の体が頑丈にできているとか、そういった理屈で耐えられるようなものではないのだろう。そういった理屈を超えた力が七つ全て揃っていた時代を知っているのだから、ソネットが酷く警戒するのも理解できなくはない。

 

 

「それでも、私は──」

 


 

「──それで『私と話すの嫌じゃない?』って聞いてきたんだね……」

「うん」

 

 

以前は気付かなかったが、じっくり話してみると思ったより変わった子だ──人のことを言えた立場ではないけども。

ウーレアは反応に困り、気まずさを誤魔化すように手元のティーカップを弄った。全てが終わり、ようやく気楽に外を出歩けるようになったので散歩していたところ、コロンビーナに声をかけられたのだ。話したいことがあるからと言われ、一応知らない相手でもなし、断る理由もないからと銀月の庭までついていったのだが、まさかこんな話題になるとは。

 

 

「えっと、嫌ではないよ……」

「ほんと? よかった。でも、なんだか不思議な表情をしているね」

「うーん、ちょっと戸惑って……」

 

 

話を聞く限り、コロンビーナの先代達は龍を非常に警戒していたようだ。それを理解した上で二人きりの対話に及ぶなんて不用心に思えた。ただ、今のコロンビーナはかつての死にかけだった不完全な月神ではない。月の影に閉じ込められていた神格の分だけとはいえ、三月の力を併せ持った新月の女神だ。月が龍の上に立てるとは限らなくとも、まだ状態の不安定な未熟な龍によって一撃で仕留められることはないだろう。その前提があるのなら周囲に被害が及ばない場所、此処のような人里離れた場所を選ぶのは寧ろ自然なのかもしれない。

とはいえ、結果として和やかに会話できたのだから、もし戦っていたらどうなっていたかという推測について語るのは失礼だろう。ウーレアは喉まで出かかった素直な感想を呑み込み、代わりに「自分でも意外なほど落ち着いている」と返した。

正直なところ、ウーレア自身この話を聞いて落ち着いていられたのは意外だ。非常に気になる部分もあったのに、それでも以前のように感情が制御できなくなる感覚はなかった。ドゥリンと一緒に訓練に励んだお陰か、あるいはコロンビーナの口振りにあまりにも邪気がないから怒り損ねたのか──

 

 

「何に戸惑ったの?」

「三女神は天理……高天の主が最初は悪意を持っているようには見えなかったと言っていたよね? 平和に暮らせていたから、客人を迎えたような気持ちでいたと……」

「うん。でも、次第に様子が変わったみたい」

「そこが妙なんだ。龍の歴史上、高天の主と親しくできた時期なんてなかったはず……天理は降臨してすぐに七王と戦い、負かして封印した。だからこそ龍は天理を酷く嫌っていたし、統一文明時代の人々は龍について全く知らなかった」

「それは……」

 

 

最初に天理がテイワットに現れた時、ニーベルンゲンは星の外に出ていた。テイワットに迫る滅びの予言を知り、それを回避する術を求めて漆黒の空へ旅立ったのだ。その間に七王は封印され、ウーレアの先代であるシウコアトルも仮死状態に陥っていた。そこへニーベルンゲンが帰還し、シウコアトルをアビスの力で叩き起こしたのだ。つまり、龍視点の歴史では天理との衝突は二度起きている。龍と天理に穏やかな時間などなかったのだ──ならば、三月の女神のいう平和な時間とはどういうことなのか。

 

 

「姉さま達は嘘を吐いてはいなかったと思う……そもそも私に嘘を吐く必要なんてないから」

「僕もそれは疑ってないよ。聞いた感じ、三女神はそれぞれ程度に差はあっても裏切ったことに対する負い目は感じていたみたいだし……大切な妹に嘘を吐いてまで、極端な形で裏切りを誤魔化すとは思えない」

 

 

月の三女神が結果として龍に背を向けたのは事実だ。しかし、七王が次々と倒れゆくのを見ながら「平和な時間もあった」というのはただの裏切りに留まらない。実在した犠牲をなかったことにするのは裏切りというより冒涜だ。さすがにそこまで非道なことをする神々だとも思えない。

 

 

「まあ、色々考えられるから……」

「例えば?」

「……記憶を改竄されてるとか?」

 

 

ぼんやりと、かつてククルカンと聖山の心を歩いた時のことを思い出した。あの時、ウーレアは気付かぬ間に記憶を弄られ、しばらくの間旅人やパイモンについて忘れていたのだ。もし覚えていれば閉じ込められて危険な状態だった二人を放り、長々とククルカンの話を聞いてはいなかっただろう。その経験があるからこそ、記憶を改竄されると当人は一切気付けないのだと知っている。それがどれだけ恐ろしい経験なのかも。

 

 

「考えたくないけど、否定はできないかも……姉さま達は立場上天理に従っていたけど、その行いに思うところはあったみたいだから」

 

 

天理は自身の影響下にある者達が過剰な力を持つことを恐れ、自身が生み出した配下ですら決まりを破れば苛烈な罰を与えていた。そんな存在がテイワットを掌握するためだったとはいえ、第三者が作った存在である三月を受け入れたのだ。記憶を改竄し、何らかの安全措置を講じていてもおかしくはない。

 

 

「姉さま……」

 

 

話している間にもう会えない姉を思い出して寂しくなったのか、はたまた話題が話題なので不安になったのか。いずれにせよ、表情が曇ったコロンビーナを前にウーレアは動揺していた。普段ならこういう時、旅人が上手い具合に助け舟を出してくれるのだが、今日この場にいるのはウーレアだけだ。

 

 

「あ、あの……」

「……ん? あ、お腹空いた? ごめんね、君と話したい気持ちが急いてお茶菓子を出し忘れてた」

「えっ?」

「違った? なんだか切羽詰まった顔をしてたからお腹空いたのかなって」

「あ、ああ……うん、空いた!」

 

 

食いしん坊のように思われるのは少しばかり不本意だが、今は話題を変えるのが優先だ──ちなみに、出してもらったフラワーベリーキャンディはとても美味しかった。

 




タイムリープ系の作品にあまり触れたことがなく、コロンビーナが助かった理由について困惑する今日この頃。
過去の自分が残した痕跡を辿って復活の材料を整えたとなると、一番最初のコロンビーナは一体何を頼りに時間遡行を……?
世界五分前仮説とかなんでしょうか。最初のコロンビーナは本当に時間を遡行したわけではなく『遡行して復活の準備を整えた』という情報を自身の物語に書き加えただけ。最初のコロンビーナにとってそれはただの設定の文字列に過ぎないけれど、それ以降のコロンビーナはその情報に従って遡行が可能になった……?
でも、降臨者である旅人は情報の書き換えに巻き込まれないはずで……?
思えば降臨者が抗える法則ってどこまでなんでしょうね。テイワット原初の法則も可?天理が新しく敷いたものまで?偽の空の外はテイワット内と言えるのか?
もしかしたら外側からの書き換えは普通に受けてしまうとかなら、本当に世界五分前仮説でコロンビーナの時間遡行が成立するのかもしれません。
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