明日を越えた未来の日常   作:まな板とベーコン

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#6 灰は巡らず、憎悪を燃やす

今回は基本的には三人称かと思われます。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「さて、最後の相手は.......って、皆?」

 

仄暗い空間にただ一人立つ白髪の青年。視界いっぱいに広がる何もない空間。先ほどとはうって変わって、敵を含めた、生命体の発する音が一切聞こえない。万が一を常に想定しておかなければならない場に何年も身を置いてきた彼は無意識に剣の柄に手をかける。

 

「おーい、ヘルタさーん!皆はどこですかー!」

 

この空間を作り出した創造主である人物の名前を叫ぶ。今までさも当然かのように彼らの側にいた彼女ならば、例え自分が仲間から離れた場所にいても気づいてくれるはず。そんな考えを持って呼ぶが、

 

「クソッ、やっぱり駄目か。」

 

世の中うまくいくことの方が少ないという事実を、世負いの青年はよく知っている。

 

「立ち止まって待つべきか、先に進んで出口を見つけるべきか。」

 

そんな事を口ずさむも、彼の中で答えはとうに決まっている。言葉は要らない。すでに彼の足は動いていて、先の見えない暗闇へと、その歩を進めていた。

 

 

っはぁ、はぁ、はぁ

 

何もない空間に、息を継ぐ音だけが聞こえる。彼の腕は何度も顎下を撫で、時々服をつまみ服の中に風を送っていた。走ってもいないのに息は上がっていく。周りは静かなのに、自分の呼吸音が耳に入ってくるだけで虫唾が走る。

 

「.......クソッ」

 

誰に対して言った言葉か。ファイノンがついたどこへ向けて出したか分からない悪態は、誰の元へとも届かず闇に溶けていく。自分から出した言葉が自分へと返ってくる。そしてその言葉が足を進める気力を着実に削いでいく。最初のころよりも頭は下がっており、姿勢も悪くなり今にも倒れそうだった。

 

「皆........」

 

だが、心をすり減らされても、これまでの戦いで得たかけがえのない者たちの存在が彼を支えた。そして、彼女らを思い出すたびに、彼は己を叱咤激励する。

 

「皆に、会うんだ。」

 

 

仄と砂の世界はどこまで行っても暗いままで、心をすり減らしていくファイノンは今にも砂に足を取られそうになっていた。

 

「くっ、邪魔だ!」

 

掲げた剣を振るった剣圧で足元の砂を振り払う。何の抵抗もなしに散っていく砂だったが、周りに積み上がった途端山が崩れ、またもファイノンの足を飲み込もうとする。

 

「なんなんだ、一体........なんで僕をここに残らせようとする!」

 

焦り、不安、苛立ち

 

砂と同様に積もっていくそれらが、青年の思考を鈍らせ、激化させる。数時間か、はたまた数日か、それよりももっと長い期間か、ファイノンの体感で過ぎる途方もない時間が、彼の中の仲間たちの思い出を奪い去った。

 

 

「っ、なんだ?」

 

心臓の鼓動が激しく、強くなり、視界が明滅し、立つ力を失って座り込む。手は自然と痛む.......否、灼けるような熱さを感じる胸へと置かれていた。彼の胸、正確には胸の奥に脈打つナニカが突如沸き立ち、熱くなる。

 

幻覚ではない。

 

証拠に、ファイノンが目を向けた先、己の胸部の上部分からは赤、赤橙、黄色をこえ白にまで変色した炎の如き光が発せられていた。

 

ファイノンの脳裏に、とある叫びが響き渡る。頭痛を引き起こすものではないが、その叫びに反射的に耳を覆う。激しく鳴り続ける鼓動と叫び声。

 

「こ、れは....カスライナの、」

 

あの時、キャストリスを筆頭とした彼らが花を手向けた、数千万回もの旅路を歩み続けた最初の世負いが、その胸のなかで叫んでいた。全てを受け継いでから、星たちが鉄墓を討つそのときまで共にあったものだが、最後までこのような反応を示したことはなかった。

 

「..............そうか。()()そうなのか。」

 

声のない叫び。おそらく世負いの青年でしか聞こえないそれが、彼の本能に直接訴える。その衝動は脳裏を灼き、苦痛の一色で顔を染めさせながら、彼を支配していく。

 

 

破壊しろ、破滅をもたらせ

 

破壊しろ、破滅をもたらせ、破壊しろ、破滅をもたらせ、破壊しろ、破滅をもたらせ、破壊しろ、破滅をもたらせ、破壊しろ、破滅をもたらせ、破壊しろ、破滅をもた―

 

 

バァン!

 

「はぁ、はぁ、はぁ、うるさい!」

 

巻き上がり視界いっぱいを埋め尽くす砂。ファイノンが殴りつけた地面には亀裂が走り、風圧で足元の砂が丸ごと消し飛んだ。ひびの入った地面からは、水面のような青が滲み出る。そこには、

 

 

「やっぱり、そうだったんだな。あの時、ヘルタさんが話してた内容が嫌でも耳に入ったんだ.........お前を、お前とのあの出来事を思い出すのに、予期するのには十分だったよ。」

 

できれば、会いたくはなかった。

 

ファイノンのかすれるような呟きは、自分の耳にやけに残った。

 

あくまでこの世界は虚構(データ)である。この世界に星神(タイタン)はいれど、オンパロスの外(現実)とは違う世界で作られたその存在は、いくら再現された存在だとしても、所詮は偽物。しかし、いくら複製された虚像(データ)であれど、必ず本物に通ずるもの、いわば芯がある。そして、彼奴の芯となる部分が世の破滅、破壊の欲望あるいは本能だとすれば、おのずとこの世界の壊滅も、ファイノンに目を向けるのは不思議ではない。

 

滲み出る青は灰の空を映し出す。そこには、ファイノンからは見ることのできない鮮やかな星々の光、そして、空間に亀裂を生み出し、その奥から黄金の瞳を明け青越しにファイノンを見つめ続けるかの存在がはっきりと見えた。

 

「ははっ、そうか。どこに行っても、僕は逃れられないわけだ。」

 

途方もない程の時間を歩き続けたファイノンの身体はすでに悲鳴を上げており、本人でさえ気づいてしまうほど、その足は笑っていた。力の焦点が合わず、立ち上がることができない。しかし、青年のその目は、かの存在を射殺さんばかりの憎悪が宿っていた。

 

「お前がそのつもりなら、僕は何度だって立ち向かおう。お前が存在する限り、僕はお前に牙を向け続ける!もう、お前の好きにはさせない。星たちとようやく明日の向こうへと飛び立てたんだ。お前ごときに.......全てを壊させてたまるかぁ!」

 

青年の咆哮が世界を揺らす。

 

たちまち世界を覆う灰の霧が晴れ、隠された空が映し出される。そこは、星が始めて星神に出会った時に立ち入った空間であり、この模擬宇宙において、最も星神に近づける空間でもある。その空間に、黄金の亀裂が走っていた。

 

「あの時と同じか...........どうやら、お前は上から人間を見下ろすのがよほど好きらしいな。」

 

一方的に言葉を放つファイノンではあるが、それは単にかの存在を罵倒したいからではない。星神の一瞥は、常人には耐えることのできない膨大なエネルギーを対象に押し付ける。星は体内にある星核もあり、一瞥を受けることによって様々な運命に足を入れるが、そもそも一瞥に耐える事が出来る時点で奇跡なのだ。

 

身体にかかる重圧。決して悟られぬよう威勢を張るも、滝のように流れる汗は止められない。黄金裔としての道のりをまっとうし軽くなった背中がまた重くなる感覚を覚える。

 

「さぁ、もう一度、お前という存在に壊滅をくれてやろう、ナヌーク!」

 

胸部に開いた黄金の傷。純白の髪に黄金の瞳を持つ、人をかたどる其。壊滅の星神、ナヌーク。過去に封印された鉄墓を含む各運命を壊滅へと導く使令を率いる存在。

 

己が運命をただ歩み続ける壊滅の其は、その表情を一切変えず、ただファイノンに目を向けるのみ。

 

だが、分かるだろう。己の運命を歩み続けることにのみ執着する星神が、たった一人の人間を見続けているという異常性に。かのザンダーですら止められなかった、数千万回ものループを打ち破るために動き続けた変数のうちの1つ。その小さな身に壊滅を宿す青年の異常性と壊滅の素質は、かの星神をも魅了する。

 

「皆、待っていてくれ。今度は、僕も皆と一緒に......」

 

自身の正面に剣を構える。儀礼剣と対を成す形をした剣、ヘリオス。その剣に込められた思い、力、願いを感じながらファイノンは精神を研ぎ澄ませていく。

 

一度経験し、敗北した(死んだ)戦い。

 

己の身を燃やし与えた全霊の攻撃も、ナヌークに傷をつけるのみに終わった。

 

圧倒的実力差、圧倒的無謀。

 

しかし、ファイノンは止まらない。ただ皆と一緒にいたいから、この平和を守るために剣を握る。

 

「覚悟はできたさ。」

 

願いを見つけた青年が、宇宙を駆ける。

 

無尽蔵に生み出されていく壊滅の造物。破壊の限りを尽くすことしかできない創造物たちに向かって、ファイノンは単身で突入する。

 

銃の照準を合わせ、ビームのエネルギーを集め、剣を構える敵たちの合間を縫うようにして駆け抜けるファイノン。凄まじい切れ味を持つヘリオスと鍛えて上げた肉体から繰り出される斬撃は、敵が攻撃する暇をも与えず真っ二つに斬り刻んでいく。

 

前から、横から、後ろから、上から、壊滅の大群が自分を殺そうと襲い来る。

 

圧倒的人数不利にも関わらず、ファイノンは動じない。数では埋めきれない隙間を見つけ、そこに向かって走りながら確実に敵を両断する。その顔に笑みは浮かばない。壊滅の狂気に落ちることも、己の中にある怒りを爆発させることもなく、ただ静かに、憎悪の炎を燃やし続ける。

 

「これは、オンパロスの明日のための戦いじゃない。僕が、僕自身が、過去の呪縛から抜け出すための戦いだ。」

 

最初の世負い、カスライナが守り続けた怒りの炎。その力は皮肉にも元凶の力に酷似したものであった。オンパロスで繰り返される悲惨な運命を打ち破るために取り込んだ火種が、壊滅の力を成した。

 

壊滅に壊滅で立ち向かう。

 

これは、ファイノンが過去の世負い(カスライナ)から続く壊滅との因果を元から断ち切り、新たな世界へと旅立つためのスタートライン。

 

だから、負けられない。

 

斬って、斬って、斬って、斬って、斬って

 

飛び散る血飛沫が剣を、頬を染めてもなお立ち止まることはない。皆の元に、笑って戻れるように、あの存在を完膚なきまでに叩く。

 

だが、足りない。

 

「ぐぁっ!?」

 

立ちはだかる精鋭。いないはずであるのに脳裏によぎる漆黒の剣士。傷をつけることさえできず、腹を貫かれ、己を燃やすことで振り払ったかの敵の姿が邪魔をする。

 

度重なる斬撃の疲労が、ファイノンの剣筋を鈍らせ、思考能力を落とす。最善の手を考える余力が無くなり、力任せの一撃が増えていく。

 

それでも、足りない。

 

「ぅ”あ”っ」

 

地面を転がり、止まる。敵の方向を見れば、命を狙うおびただしい数の敵が迫る光景があった。

 

ヘリオスを握る手に力がはいらない。立ち上がるために足に力を入れても膝が曲がらない。生きるために状況を把握しないといけないのに、視界がぼやけて見えない。

 

だんだんと思考が暗闇のなかに落ちていく。立ち向かう苦痛から逃れるように、気絶するという楽な方向へと向かっていく。鉛のように重い瞼が閉じないよう抗うのをやめ、ゆっくりと、世界から意識を離していく。次に目を覚ましたら、故郷に戻っているのだろうか?

 

 

 

 

 

 

次の瞬間には、ファイノンは立ち上がっていた。

 

擦りむいた肌からは引っ張られるような痛みが、切傷からは灼けるような痛みが、打ち付けられた体の奥からは内側に響く鈍痛が、意識を朦朧とさせる。

 

傷を伝って落ちていく赤黒い雫が透明な地面に小さな血溜まりをつくった。

 

肩で息をする彼の姿に一切の余裕は見られない。それでも、彼の目だけは、死んでいない。前髪のすき間から除く蒼い双眼は、有象無象ではなく、ただ真っすぐナヌークを見ていた。

 

「あの時は、あの世界での悲劇を生み出すライコス、そして、全てを破壊していく壊滅(お前)への怒りが、僕の原動力だった。正直、お前が居なければって、何回も思っていたよ。でも、お前がいなければ、おそらく僕たちは生まれていなかった。例えデータとして、鉄墓復活のための供物として作られた存在だったとしても、生まれることができたから、僕たちは彼女たちに会うことができたし、本当の世界(天外)という、未知の世界に思いを馳せる事ができたんだ。」

 

きっとライコスの手によって生まれてなかったら、僕たちの明日に対する思いは、変わってたかもしれない。

 

ポツリポツリと、この世界にやってきた時に思ったこと、戦いのさなか考えていたことを吐き出していく。無論ナヌークにその言葉は届かず、代わりに壊滅の軍勢を生み出しただ進軍させるのみ。それでも、彼は思いを吐き出していく。

 

「ずっと、自分の願いがなんなのか、考えもしなかった。皆の願いを叶えること.........ははっ、今考えてみれば、ちょっと幼稚すぎたかな。願いが、願いを叶えること、か。僕は、どんなに努力をしてもカミサマみたいになれる器じゃないのにね。でも、僕はその願いのおかげで、英雄になろうと誓うことができた。黄金裔として、皆と一緒に明日へとたどり着くことができた。あの時は結果的にだったけど、嬉しかったな。」

 

なら、今はどうか?

 

「英雄である必要がなくなって、過去の、()()()()()()()と語り合った時のことを思い出して、そして、自分がこれからなにになるべきなのか、分からなかった。でも、まだ一日も経ってないけど、黄金裔の皆、それに相棒たちを見て、この平和を守りたいなって、そう思ったんだ。」

 

カミサマにはなれない。願いをかなえるような力もない。でも、全てを犠牲にして英雄になる必要はなくなった。これからは自分の好きなように生きていい。明日は..........皆が笑って過ごせる明日は、平和が続く限り必ずやってくる。なら、

 

「僕は、皆が笑っていられる平和なこの瞬間を守りたい。そして、皆と一緒に過ごしたい!」

 

口にするのは、その部分だけを見れば、皆の願いを叶えるという願いと同等なほど幼稚な願い。だが、数千万回もの間、世負いの運命をたどり、その一身に膨大な火種を灯し燃やし続けたカスライナ、そしてその記憶を継承した同じ道を辿ったファイノンが自ら出したたった1つの自分の意思(本当の願い)

 

「明日に託しても、これからは明日が来るから、後回しにするってだけだしね。」

 

胸に手を当てる。あぁ、なんて温かいのだろうか。相棒たちの笑顔が、先ほどまで灼熱であった胸の奥を、じんわりとした優しい温かさで上書きしていく。

 

もう、迷いなんてない。

 

自己犠牲で平和が訪れるとはもう思っていない。そんな事をしても星たちがただ悲しむだけだ。だが、自分を含めた彼女たちとの平和な日常を守るために、

 

「くぅぅぅぅぅぁぁぁああああ!」

 

胸の奥にあるカスライナの残滓と火種の篝火、壊滅の運命との同調、そして、怒りではなく、守るという強い意志を燃料とし、己の中の()を燃え上がらせる。迸る光をその身から発しながら、ファイノンは胸に傷をつけた。

 

バックリと割れた胸からは、赤黒い血が濁流の如く流れるが、次の瞬間、その流出は止まる。

 

地面に溜まっていた血液は蒸発し、金色の霧となって空中へ霧散していく。

 

蒼の双眼はゆっくりとその色を薄め、金色に輝く。

 

上半身の服は焼け、その背からは非対称な翼膜のない翼が生えていた。

 

壊滅を一身に浴びたファイノンの秘めたる力。その姿は皮肉にもかのナヌークに瓜二つであった。

 

黄金の血は、その胸の中で煮えている。

 

 

「この身を焚べよう!」

 

壊滅を屠る炎は、憎悪とは違う熱を帯び、再びナヌークに向けられる。

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