数分後、大部屋で眠っていた面々は次々に目を覚まし、乱れた服を整え始める。
ミスティは自分の下着姿に赤面しながら、逃げるように大部屋から出て行き、ヨルダンはリリーを引き剥がして部屋を出た後で盛大にゲロっていた。
改めて冷静になり、メイド服が恥ずかしくなってきたリリーも部屋から飛び出して行った。
二日酔いで頭痛を訴える者や吐き気を我慢できずにトイレで行列を作る者達もいた。
ランダリーファミリーの面々が大部屋を後にした直後にレッドはピクピクと僅かに体を震わせた状態で発見された、やはり下敷きになっていたようだ。
そこからライム達とランダリーファミリーの幹部達がロブの部屋に集まっていた。
「いやぁ、昨日は途中参加だったけど騒いだなぁー!」
「ていうか、まだ敵と戦う前なのに大丈夫なのか?」
「あんま難しく考えんじゃねぇよ、ていうかお前喋れるんだな。見世物小屋にでも売ったら高く売れそうだな」
「だから何でそう俺を売りたがるんだ、お前らは!」
ヨルダンが両目を金のマークに変えて豪快に笑いながらレッドをからかっていた。
彼も昨日随分飲んだ(強制)はずなのだが、そこまで体調が悪いようには見えなかった。
一度ゲロっていたが、それで解消されたのだろうか。
「ヨルダン兄は昔から痩せ我慢が得意なんだ」
「.....あれ、我慢なんだ」
後で治してやろう、とライムは心の中で思う。
たしかによく見れば額に汗を垂らしており、片手で腹を抑えているのがわかる。
今でも吐き気を我慢しているに違いない。
イムはライムの隣に座っている。
「で、おやっさんは一体何の用事があるんだ?」
「そりゃ、今後のことじゃないかしら?」
「お前らまで呼ばれてんのに?」
「そこは知らないわよ、イム君が私たちと貴方たちを呼んでこいって伝言預かってたみたいだし」
「なるほどね」
胡座をかきながら煙草を吸うハルクの疑問に落ち着いた様子のミスティが応える。
(.....あのことを言うのかもしれないしな)
ハルクは心中でそんなことを考える、早朝にハルクにだけ告げられた敵の可能性と真実。
ゴルドス・アム、かつてランダリーファミリーの幹部で過激派の中心人物だった男。
彼の性格からしても、あり得ないことではなかった。
「でも、頭領遅いね。一体どうしたのかな?」
昨日、この面子の中で一番飲んだにも関わらずケロっとしているリリーが小首を傾げる。
もしかしたら酒に強い体質なのかもしれない。
「さぁな、でもよリリー。お前のこともこいつらには知ってもらう必要があるんじゃねぇか?」
「.....ヨルダンさん」
リリーは不安そうな表情でヨルダンを見た。
ライムはヨルダンとリリーの会話の意図が読み取れなかった。
「少なくとも俺はこいつらを信用するつもりだ。今までの行動や態度から敵対する意思はなさそうだし、仮に敵に回ったとしても俺が潰すからよ」
「さらっと物騒なこと言うなよ」
ヨルダンはニヤリと笑みを浮かべながら拳を鳴らす。
リリーは顔を俯かせて悩んでいる様子だった、何か思いつめたような表情をしているようにも伺える。
「リリー、無理はするなよ。もし辛いんなら俺たちが」
「ハルクさん、それは駄目だよ。これは僕が言わなきゃいけないことだ、いつまでも甘えてられない」
ハルクの言葉を遮り、リリーはゆっくりと立ち上がる。
イムもどこか心配そうな表情をしながらリリーを見守っている様子だった。
そんなイムの頭にポン、とハルクは手を乗せた。
「大丈夫だ若、こいつらならな」
「そうだな、リリー。こいつらならきっと受け入れてくれるさ」
ヨルダンもリリーの手をギュッと握りしめて笑顔を向ける。
リリーは思わず頬を赤く染めるが、フルフルと頭を横に振りながらヨルダンの手を振り払った。
「ありがとう、もう大丈夫」
ライム達は先ほどから会話についていけずに頭にクエスチョンマークを浮かべている。
リリーは覚悟を決めて長袖のジッパーを開く。
長袖のジッパーの中から出てきたのは人間の腕に鳥の羽毛が集まり翼となったとても人とは言い難いない腕だった。
「ライム、ミスティさん、レッド、僕は亜人なんだ」
今にも泣きそうな声でリリーは真実を打ち明ける。
一時的な共闘とは言え、仲間内に隠し事はいけない。
リリーは今回自分自身の意思でこのことを告げると事前にヨルダンに伝えていたのだ。
亜人、昔から差別の対象として扱われてきた悲劇の種族。
今では人と共存する者も少なくないが、未だに敵視している者も少ないわけではない。
ランダリーファミリーでは受けれられたリリーだが、街では決してこのことは言っていなかった。
あくまでもランダリーファミリーを一つの世界として捉えており、それより外は彼女が受け入れられ難い世界。
だからこそリリーは打ち明けることに抵抗を覚えていた。
ライム達は一瞬驚いた表情をするが、すぐに表情を戻した。
「そうだったのか」
「へ〜」
「俺と近いシンパシーを感じるな」
ライムは少々驚いた様子で、ミスティはどこか興味がなさそうだが懐かしいモノを見るような目で、レッドは一気に親近感が湧いたのか小さく微笑んでいた。
一番驚いたのはリリーだった。
「こ、怖くないの?」
「怖いもなにもな、こっちは既に魔物一羽連れてるし」
ライムはハハハ、と笑いながらレッドの頭をぺしぺしと叩いた。
「私は昔亜人に会ったことあるし、そんなに珍しくもないわ。むしろあなたを少し知れてよかったとも思ってる」
ミスティは母親のような優しい表情でリリーに声をかけた。
「改めてよろしくな、リリー」
「.....うん、うん!」
レッドの言葉にリリーは本当に嬉しそうな笑みを浮かべながらレッドの頭をぺしぺしと叩いた。
今にも泣き出しそうな表情のリリーをイムが微笑みかける。
ハルクとヨルダンはその様子を見ながら小さく笑い合い、互いに拳をコツンと軽くぶつけ合った。
※
そこからしばらく親交を深めるために会話を続けて、ロブが二本の刀を腰に差してやって来た。
「おやっさん」
「ハルク、ヨルダン、リリー。そしてライムにミスティ、レッドよ。よくぞ集まってくれた」
「僕は?」
スルーされたイムはロブに不満そうな顔を向ける。
「.....すまんなイム、今回は留守番しといてくれ」
「それって僕が足手まといになるから?」
ロブはイムの両目を見据えて、ハッキリと応える。
「そうだ」
イムはロブの言葉を聞いて悔しそうに歯を噛み締めた。
キッとロブのことを睨みつけながらイムは反論する。
「だったら、訓練させてくれてもよかったんじゃないの?父さんはいっつもいっつも、危ないからとか怪我をするとか言って僕に戦い方を教えてくれなかったよね?」
「.....」
「それでいつも留守番させられてる僕の気持ち考えたことあるの?皆戦ってるのに自分だけが何もできない気持ちを理解したことあるの!?」
「.....」
「父さんが僕の年の頃にはもう戦ってたんだろ!?じゃあ、何で僕には教えてくれなかったのさ!生まれた時女と思ったから?父さんが追い抜かれるのが怖かったから?僕がランダリーファミリーを継ぎたくないことを知っていたから?どうなんたよ!」
イムは心に溜めていた思いを吐き出すようにしてロブを責めた。
ライム達はその様子を静かに見守っていた。
ハルクが思わず意見しようとするが、ヨルダンによって止められた。
「これは若と頭の問題だ、俺たちにできるのは見守ることだけだ」
「.....ッ!」
ヨルダンはハルクに小声で告げる。
ハルクはヨルダンの手を振り払って小さく舌打ちをした。
ロブは何も言わずにイムの言葉を静かに受け止めていた。
「いつまでもガキ扱いしないでよ!僕だって男なんだ!」
イムが息を整えながら泣きそうな表情でロブを睨みつけていた。
ロブは微動だにすることなく、言葉を発する。
「言いたいことはそれだけか?」
「.....ッ!」
「たしかにお前は男だ、儂が戦闘手段を教えなかったのもまた事実だ。だが、お前は自分から教えを乞おうとしたことがあったか?今みたいに一度でも儂に自分の気持ちを正直に話したことがあったか?」
イムはロブの言葉にハッとする。
たしかに今までイム自身がロブのことを避けていた。
母親のいない寂しさを紛らわせるために忙しい父に甘えることもできずに何度もアジトを抜け出したこともあった。
鍛錬にしてもそうだ、時間が経って年をとれば自然に教えてもらえるものだと思っていたのはイムだけだった。
ランダリーファミリーの面々から甘やかされていると勝手に勘違いしていただけだった。
「戦闘は遊びじゃねぇんだ。生半可な気持ちで突っ込んでいい領域じゃないんだよ」
「.....」
「わかったか?そういう面においてお前はまだ子供だ」
「けど!」
「厳しいことを言うようだが、今回の敵はゴルドスとゲルさんが絡んでいる以上、力のないお前を前線に立たせるわけにはいかない」
ロブは真剣な表情でイムに告げる。
ヨルダンとリリーはゴルドスの名が出てきたことに驚いていた。
「.....でも、僕だって、皆の役に立ちたいです」
「イム、今宵の戦でお前が活躍できる場はない」
ロブの言葉にイムは堪えていた涙を我慢できずに流してしまう。
ハルクも我慢できずに立ち上がる。
「おやっさん!ちょっと言い過ぎだろ、若の気持ちも少しは」
「気持ちを考えれば戦局は変わるのか?慰めれば強くなるのか?そういう考えが隙を作るんだ」
「だけど」
「お前もゲルさんと一戦交えたのならわかるだろ?それにゴルドスもいるんだ。今回ばかりは敵の種類が違いすぎる」
ロブによって言いくるめられてしまったハルクはぐっと押し黙る。
イムはその場にいること自体が辛くなり、部屋を飛び出してしまう。
「若!」
「追うなハルク!」
飛び出したイムを追おうとするハルクを言葉で止める。
ロブは頭を抱えながら溜息を吐く。
「聞いた通りだ、ヨルダン、リリー。今回の敵はこちらの情報を持っている、八年前とは大きく変わったが根本的な所は変わってない」
「まさか、ゴルドスさんが」
「奴ならばやりかねないことだがな」
ヨルダンがゴクリと唾を飲む、その隣でリリーが体を小刻みに震わしながらヨルダンの服をギュッと掴んだ。
「あの、そのゴルドスって何者なんでしょうか?」
ミスティがおずおずと質問する。
「元ランダリーファミリー幹部で八年前に破門になった人だ。過激な考えを持ち合わせ実力も信じられないくらいある」
ミスティの質問にハルクが早口に応えた。
落ち着きがないのは、おそらく今すぐにでもイムを追いかけたい気持ちで一杯なのだろう。
「ハルク、ハルキは呼べるか?」
「姉貴は無理だ、来るとしても三日はかかっちまう」
「そうか」
ハルクは申し訳ない表情でロブの質問に応える。
「頭領!」
ドタドタドタドタ、と廊下を走る音が聞こえたと思えば部屋の扉を一人の長身男が勢いよく開いた。
「ゾブ」
「何事だ」
「じ、実は入り口に」
ゾブはあたふたしながら落ち着きのない声で言葉を何とか繋げようとしているが、呂律が回ってない。
「いいから落ち着けゾブ。何言ってるかわからねぇ」
「あ、あの!実は、一昨日襲撃してきた一人のクロフって奴が、頭領に会わせろって!」
場はざわめいた、先ほどまでの静かな空気が嘘のように変貌した。
「クロフ?」
ライムはどこかで聞いた名前に顎に手を当てていた。
「おい、それは本当なのか!?」
「えぇ、ヨルダンさん!自分からここを襲撃したと言っていたので」
「ゾブ、その男の特徴は?」
ロブは一人冷静に対処する。
「えー、と。筋肉質で全身に傷がありましたね、肌も黒くて」
「すぐに行く、儂が行くまで下手なことをさせるなよ」
ロブはゆっくりと立ち上がり、部屋を静かに出て行った。
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