イルバース邸に到着したクロフは急ぎ、ブロスの元へと向かった。
建物の外壁には目立った傷や損傷はなく、昨日と何ら変わらぬ様子で堂々と建っていた。
建物の中も何者かが侵入した形跡も酷く暴れた様子などは全くなく、逆にそれが不気味に感じられた。
相当の使い手か、それとも証拠隠滅に長けた達人か。
使用人に尋ねると、ブロスは部屋にいるらしい。
「ブロスさん!」
クロフがブロスの部屋の扉を乱暴に開け放つとヘッドホンを装備しながらピコピコと胡座をかきながらゲームをしているブロスがクロフに背を向けテレビに顔を向けていた。
テレビ画面にはブロスがよくやっているゲームである「テクノロジー・ファンタジー5」というタイトルの大ヒット作品のワンシーンが映っていた。
ちなみにブロスはクロフがやって来ていることに気がついていない。
「.........」
ぷるぷるぷるぷる、とクロフの拳は意味もなく震え始める。
ズカズカと問答無用で部屋に上がり込みヘッドホンを奪い取る。
「あんたは、この非常事態に何しとんじゃボケーーーー!!」
「おぉ!ク、クロフ、痛い!頭と耳が痛、ギャーーー!」
※
「で、朝起きたらこの紙があってイリアさんの姿が見当たらなかったと」
「はい、そうです」
数分後、頭に無数のタンコブができたブロスがヒリヒリ痛む両耳を抑えながら正座させられていた。
「で、何でゲームしてたんですか?」
「い、いやぁ、何もするなと言われてて待ってるのも暇だし、時間潰しに」
「状況をしっかり考えてからにしろや、クソガキ」
「クロフ!?お前までも我をクソガキ呼ばわりするつもりかー!」
うがー!と叫んでいるブロスを無視して、クロフはブロスから受け取った紙を黙読する。
『御宅の秘書は預かった、返して欲しければ本日の夕刻までに一人で南イルバースの旧大倉庫にまでやって来ること。護衛を付けてはならない、必ず一人で来るように』
中々達筆な字でそう書かれていた。
ご丁寧に場所まで提示してくれているところを見ると、この旧大倉庫という場所がゴルドス率いるランダリーファミリーの活動拠点なのかもしれないが、罠という可能性も大いにあり得る。
クロフは携帯を取り出してハルクに連絡した。
『もしもし?』
「ハルクか、俺だ」
『クロフさん?どうしたんですか?』
「実は、奴らの活動拠点かもしれない可能性のある場所がわかった」
『本当か!?』
「あぁ、旧大倉庫って場所なんだが、わかるか?」
『旧、大倉庫か』
電話越しにでもハルクが煙草を吸っているのが息遣いでわかった。
『あそこは昔閉鎖された場所だから隠れ家にするには丁度いいかもしれねぇな』
ハルクが言うには数年前に原因不明の大爆発が発生し、有害物質が漂ったまま浄化する手段もなく、封鎖されてしまった場所らしい。
元々飢餓を乗り越えるために作られた食料庫だったのだが、時代が進むにつれてイルバースが豊かになってきたことに伴い他国からの物資を保管する倉庫として使われていたそうだ。
「だが、そうなると有害物質は既に浄化されていることになるぞ」
『そうなんだよ、こっちで確認取ってみる。また連絡する』
「ちょっと待て、まさか乗り込む気じゃないだろうな!」
『まさか、ここから動かなくても確認できるよ』
「.....無理だけはするなよ」
『ったりめーよ』
プツン、と通話は途切れた。
「とりあえずブロスさん、一応軍隊をいつでも動かせるようにしといてもらえます?」
「そ、それは構わんが、奴らはそこまでの強敵なのか?」
「わかりません。ですが、ゴルドスという男は相当の実力者だと判明したんでね。奴一人ならまだしも、人質も取られていて敵の数がわからないので、こちらの増援は多い方が助かります」
「そ、そうかわかった」
ブロスは部屋を飛び出して準備を進めに行った。
(パックの治療も終わればメンバーは揃う。昨日会った甲冑の奴も現れるはずだ、できることから進めておかなければ)
ブロスが思考に耽っていると携帯が振動し始めた。
「もしもし?」
『クロフさん、ビンゴだ!そこに若の携帯から発せられた電波反応があった、旧大倉庫は奴らが拠点として使ってる!』
※
イムが目を覚ますと、そこは知らない場所だった。
薄暗く床も冷たく、何より吐き気を誘うくらいの汚れた空気が漂っていた。
立ち上がろうとするも、両手には手錠が嵌められており上手くバランスを取れなかった。
「ここは?」
意識をハッキリとさせて改めて周囲を確認する。
後ろ手に回された両手以外に身体を拘束しているモノはないが、ポケットに入れておいたはずの携帯がなくなっていることに気がつく。
どこかで落としたのかもしれない、そもそも何故こんなところにいるのかがわからなかった。
(たしか、僕アジトを飛び出してそこから刺青を入れた男に連れられて...)
イムがアジトを飛び出してから近寄ってきた刺青をした男に迷子かを聞かれた。
イムが違うと応えると、男はニヤリと笑みを浮かべていた。
そこからはよく思い出せなかった。
「ん、ぅう」
「え?」
背後からイム以外の声が聞こえた、深緑の髪を一つに纏めスーツを着た真面目そうな女性だった。
彼女にもイムと同じように両手を背中に回されており、手首には手錠が嵌められていた。
「.....あなたは?」
「.....そういう君は?そしてここはどこなのですか?」
「さ、さぁ?」
イムは女性の質問には応えられなかった。
何故なら彼女の質問はイム自身も知りたいことなのだから。
少しだけ慌てた様子を見せる女性はゆっくりと壁を伝って座り込む態勢になった。
「でも、一つわかるとすれば、僕たちは閉じ込められている。何者かの手によって」
「.....誘拐、かしら?」
「可能性は十分にありますね、部屋の天井の四隅にはカメラみたいなモノもありますし」
「君、こんな状況なのによく落ち着いてるね。私なんて意味がわからなくて足震えちゃってるんだけど」
「ある意味慣れっこだからね、何度か同じようなことあったし」
その度に父であるロブが犯人を惨殺し、大事件を引き起こしたことは割愛しておこう。
女性は唇を震わしながら尋ねる。
「君、名前は?」
「僕はイム、あなたは?」
「私は、イリア。イリア・メルポーズよ」
イムとイリアは自己紹介を済ませて、互いに状況を整理した。
「イリアさんはどうしてここに?」
「私は雑務をこなしていたら、突然何かで口を抑えられて、意識を失って気がついたらここに」
「.....それ、普通に誘拐だよね?イリアさんって何してるの?」
「秘書をしております」
何故かドヤ顔で応えた。
「イム君は何か誘拐されるようなことに心当たりは?」
「.....ありすぎるっていうか、何ていうか」
ここでランダリーファミリーがどうこうと言ってしまえば、イム自身の今後にも関わる気がしたので伏せておく方がいいと判断した。
「.....借金が多いから、借金取りに捕まったの、かな?」
とりあえず、そういう設定にしておいた。
※
イルバース南部、路地裏にて。
「ジーーーーン!いつまで怪我人を歩かせるつもりですか!」
「うるさいな、ダイエットがてらだと思えば十分だろう。俺っちなりの気遣いだ」
「お前からの気遣いなんていらんわ!」
ゼェ、ハァ、ゼェ、ハァ、と激しく息を切らずパックを最後尾にしてなるべく人目のつかない場所まで移動していた。
ライム自身はどちらでも良かったのだが、ジンの判断である。
二年前、いなくなったと思われた治療魔術師が突然現れたとなれば世界中のあらゆる勢力が黙っていない。
今までライムがボランティアで治療してきた地域とは違い、イルバースは大都市である。
情報はすぐに行き渡るし、政府に存在がバレてしまえば本気で面倒なこと限りないだろう。
「よし、ここらでいいだろう。ライム、あいつに治療魔法をかけてやってくれ」
「お、おう」
ライムは荒い息を吐きながら大の字で倒れているパックのぷよぷよした脂肪に手を当てる。
ダメージの酷い頭に魔力が多く流れるように魔力操作しながらパックの傷を癒していく。
「お前、治療魔術師だったのですか」
「一応な」
「なるほど、初めて治療されましたが凄いものだな」
パックはゆっくりと立ち上がり、全身の傷が塞がっていることを確認した。
「でも、体力までは回復できない。あくまでも傷の治療だけだ」
「それでも十分ですよ、ありがとうございます」
ガシ、とライムとパックは握手を交わす。
脂汗がねっとりとしていたのは内緒である。
「よぉ、元気そうだな」
「クロちゃん!」
そこにクロフが合流した。
バーカイフのメンバーが全員揃ったことになる。
「パックには色々説明は省かせてもらうが、敵のアジトがわかった」
「え!?」
「それって」
「ってー!何で省くの!?」
憤慨しているパックを抑えつけながらクロフはニヤリと笑みを浮かべる。
「旧大倉庫だ。そこにイムもイリアさんも、ゴルドスもいる」
反撃の準備は整った。
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