メデル・プルーフ   作:Cr.M=かにかま

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39.豹変

「ぷっ」

 

「ぁ、ナ、にィ....!」

 

ドサ、とジンは脇腹から大量の血を流しながら倒れた。

カランカランカラン、と手放された剣が音を立てて転がる。

 

「ぷっ、くく」

 

ドクドクドク、と綺麗に抉られた脇腹から血は止まる気配はない。

ピクピクと僅かに体を痙攣させながら意識を手放そうとしていた。

 

「ジン、しっかりしろ!」

 

「あ、ぁあ」

 

ダッ、と一瞬何が起こったのか理解できずに動けなかったライムが金縛りから解けたようにジンに駆け寄る。

イムは後手に拘束されながら、目の前の光景にショックを受けてしまい必死に目を逸らしていた。

 

「しっかりしろ!すぐに治してやるから!」

 

「ぅ、く、あーはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」

 

ライムはジンの脇腹に手を当てて治療魔法を発動させながら、目の前で高笑いしているイムと共に拘束されていた女性、イリアを睨みつける。

 

「イ.....リ、アさん?」

 

「あー、ダメだ、我慢できなかった。せっかく今の今まで我慢してたのに!」

 

「あんた、一体!」

 

イリアはニヤリと笑みを浮かべて、一つに纏めてあった深緑の髪をはらり、と下ろす。

 

「私はイリア・メルポーズ、表向きは現イルバース最高権力者であるブロス・イルバースの秘書にして補佐官」

 

「表向き?」

 

「そう、私があのクソガキの面倒を見てるのはあいつの権力を上手いこと利用するため。ゴルドスの為にね」

 

ヒュルル、とイリアが振り上げた右腕に風が纏わりつく。

ビュ、と空を切るとライムに向かって暴風が吹き荒れ壁に吹き飛ばされる。

 

「が、ッは!」

 

「私はランダリーファミリーの幹部よ。クソガキもバーカイフの連中も誰一人私がスパイだってことに気づかないんだから、ホント、笑いが止まらないわ!」

 

壁に叩きつけられたライムは体に鞭を打って立ち上がろうとする。

ジンは気絶してしまっており、傷もまだ完全には塞がっていない危険な状態だ。

後手に回され腕の自由を奪われたイムは壁に叩きつけられた衝撃に耐え切れず起き上がれそうにはなかった。

 

「ま、さか、誘拐されたって聞いてたが、あんた自身が!」

 

「そうよ、私自身が誘拐犯と囚われの姫君の二役を演じさせてもらったわ。複製人形で、もう一人の私を一時的に作ってね」

 

そう、考えてみれば不思議なことではなかった。

南イルバースから北イルバースへ入るには厳しいチェックや審査を受けなければならない。

よほどのコネでもない限りゴルドス一派の者たちが入ろうとすれば壁前での審査の時点で止められてしまうだろう。

 

ならば、最初から北イルバースにゴルドス一派の者がいるとするならば話は別である。

尚且つ、南イルバースに用のある者など一握りである。

 

「一石二鳥だったのよ。私が誘拐されたと知ればバーカイフも動くからね。イム・ランダリーも手に入れることができたのは運が良かったわ、そこで同じ牢に入っておけば、万一助けが来ても不意打ちがしやすくなるからね」

 

「.....さっきから随分丁寧にペラペラと喋るんだな」

 

「今は気分がいいのよ、これでもうあのクソガキの面倒を見ることをないと思うとね、清々するね。久々に魔力も全力で振えるし、ねェ!!」

 

イリアが左腕を振るうと再び暴風が吹き荒れる。

 

(風の魔法、しかも相当な力!)

 

ライムは風の衝撃により傷ついた壁を見ながら冷静に分析する。

全身を魔力で覆い、風による衝撃を少しでも軽減させる状態にする。

倒れたジンと未だに立ち上がることのできないイムの盾になるように二人の前に立つ。

 

「ふぅん」

 

「ラ、ライムさん!」

 

「俺は大丈夫、ジンの止血をしといてくれ!」

 

「で、でも、僕は」

 

「いいから急げ!服で傷口を塞ぐなりやろうと思えば手錠ありでもいけるだろ、命かかってるんだ!」

 

「は、はい!」

 

イムはこの時、自分はどれだけ無力で頼りないのかを身に染みて実感させられていた。

 

『そういう面においてお前はまだ子供だ』

 

頭の中に父であるロブの言葉が痛いほどに突き刺さる。

戦闘は遊びではない、何の能力も力もないイムが行っても邪魔になるだけ。

 

(父さん、ごめん)

 

イムは己の無力さを歯に噛み締めて涙を流した。

 

 

 

「うぁ、が」

 

その頃、左腕をダランと垂らしながら強靭な脚力を誇る怪鳥の脚でパックの頭をメリメリミシミシと握っているリリーはそのままの状態でパックの頭を壁に叩きつける。

 

「お前は僕を二回も怒らせた、仏の顔も三度までって言うけど生憎僕は仏じゃない」

 

乾ききった涙の跡が残る彼女の顔は酷く歪んでいた。

それでいて表情と瞳は恐ろしいほどに静かに冷たく感じられた。

 

「クズ野郎、生きていることが地獄と思うほどにしてやるよ」

 

「あ、は、がぁ、がっ!?」

 

リリーは脚に更に力を込める、パックの頭が鳴ってはならない音を立て塞がったはずの傷口から再び血が流れ始めた。

 

立場を言えばリリーとパックは味方同士だ。

共通の敵を討つために一時的に協定しているだけだが、それでも味方に変わりはない。

しかし、致命的なのは全員にそのことが正確に伝わっていなかったことだ。

 

リリーはクロフとパックが仲間だということを知らなかった、パックは後から知ったがランダリーファミリーと手を結ぶ瞬間現場に居合わせておらず仲間であるクロフに伝えられた。

だからこそ、パックは不本意ながらも味方を助けることにした。

 

敵であるマグラターゼを討ち、味方であるリリーを助けたつもりだった。

 

しかし、リリーとマグラターゼが交戦している間、パックは気を失っていたせいで事情を読めていなかった。

いや、たとえ彼が事情を知っていたとしても結果的に変わらなかったのかもしれない。

 

「今度は二度と動けないように、その醜い頭、グチャグチャにしてやるよ」

 

リリーが更に脚に力を込める。

パックは既に意識を失っており抵抗する気配すらなかった。

 

「そこまでだ、リリー!」

 

そこで一人の男の声を聞き、リリーの脚に入る力が僅かに緩んだ。

リリーは歪んだ恍惚の表情を浮かべゆっくりと振り返った。

 

「あ、ヨルダンさん♡」

 

「何、してんだ、お前は!」

 

 

 

時間にして数分、ライムはジンとイムの盾になりながらイリアの放つ風を受け止めていた。

しかし、あまりにも範囲が広かったので完全には防ぎきれず、ジンの傷口にも響いてしまっているはずである。

 

「うぅ、ら、い」

 

「イム?」

 

背後から荒い息を吐く音がして振り返ってみると、イムが頬を赤らめながら目を虚ろにしていた。

まるで熱にでも発症したかのような症状である。

 

「ふふふ」

 

「まさか、この風!」

 

ライムは試しに風に向かって手のひらに魔力を集中させ、解毒魔法を発動させる。

すると、風の中の何かが浄化されていくのが目に見えた。

 

「やっぱり、そうか。あんた、この風に毒を!」

 

「ふふふ、ご明察。でも満点ではないわね、私の魔法は風ではなく『風邪』。元から風と毒の複合魔法よ」

 

クイ、とイリアが風を一箇所に集中させると風は球体になり、中心には別の魔力が蔓延していた。

おそらく毒の魔力の部分だろう。

 

「あなたにはどういう訳か毒の回りが遅いようね、でも、この量の毒を受けても同じように立ってられるかしら?」

 

ゴォォ!と凄まじい風が吹き荒れると同時に目に見えるほど大量の毒素がライムに向かって一直線になり飛来する。

ライムは手のひらを目の前に広げて解毒魔法を発動させる。

さっきのように浄化させることができるならば同じ方法でも問題ないはず。

 

しかし、ライムの足に風が勢いよく吹き態勢を崩されてしまう。

 

「な.....」

 

毒素はライムに向かってくる。

治療魔法は基本的に手のひらからしか発動させることができない。

自分以外の治療をする時などは特にだ。

毒素は凄まじい速度で迫ってきた。

 

が、毒素がライムにぶつかることはなかった。

代わりに何か冷たい鋼の壁にコツンと頭をぶつけてしまう。

 

「な!?」

 

「一体何が」

 

「全く、私なしでもイム君救出なんてやるじゃない。って思ったけどやっぱり戦闘になるとダメね」

 

カツン、カツン、と鋼の杖を持って黒いローブを纏った女性だった。

薄紫の髪を靡かせてライムの目の前に現れた鉄の塊を消失させる。

 

「一言余計だよ、まったく。でも助かった」

 

「どういたしまして、急いだ甲斐があったよ」

 

「じゃあ、後は任せていいのか?ミスティ」

 

「もちのろんよ。戦闘は私の担当分野だからねん」

 

鋼の女魔術師、ミスティ・オーランドがべ、と舌を軽く出してライムに向かってウィンクする。

 

「私に構わず先に行け、一度言ってみたかったのよね」

 

女の戦いが始まろうとしていた。

 




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