グラッダの町の最西端にぽつんとそびえ立つ、小さな灯台にまでやって来たハルクは手慣れた動作でポケットに忍ばせておいたストックの煙草を取り出して、静かに吸い始める。
彼はいつも何か嫌なことや面倒なことなど厄介ごとを抱えるとここにやってくる習慣があった。
水平線の見える海からは海風が吹いており、ハルクの黒みを帯びた青い髪を靡かせる。
上空には海鳥が飛んでおり、いつ来ても景色が変わることはなかった。
この景色がハルクの好きな景色であり、彼の心を落ち着かせてくれる。
(ルナ)
ルナ、三年前突如オーガの森に降ってきた一人の少女との出会いを思い出す。
雨と共に降ってきた黒髪の少女は美しかった。
もし、ハルクがオーガの森にいなかったら、彼女はオーガによって殺されていたかもしれない。
彼女がくれたバンダナを静かに外し、右手で握りしめ、もう一度水平線に目を向けた。
※
三年前、ちょうど雨季の訪れたグラッダではいつもは多くの行商人が訪れる町中も、八百屋と魚屋がドンパチやっている中央広場もシン、と静まり返っており、皆が皆家の中で裁縫をしたり商品の状態や在庫数を確認するなどして退屈を紛らわしていた。
年に二回訪れる雨季は最低でも6日、最も長くて10日は続く。
そのグラッダの外れの一軒家、ハルクは鍵の掛けられた家の前で見ず知らずの少女を背負って扉を必死に叩いていた。
「姉貴!俺だ、急いでここを開けてくれ!」
ドンドンドン、と普段のハルクからは想像できないほど焦りが見え、必死に姉であるハルキに呼びかける。
姉であるハルキはランダリーファミリーを脱退することとなった原因の一つとして人付き合いがうまくいかなかったことにある。
そこに追い打ちを掛けるようにして人のどす黒い心の闇を知ってしまい、ランダリーファミリーのメンバーも幹部と弟であるハルク以外には心を閉ざしてしまったのだ。
なので。
イルバースで仕事をしていたハルクを呼び出したにも関わらず、物理的に鍵を掛けている姉が鍵を解鍵し、扉が開くまでハルクは雨に打たれないといけない。
背中の少女に上着を羽織らせているため、上半身裸の状態なので雨が直に肌に当たってるのだ。
「姉貴ィィィィィィィィィィ!!!出ないくらいなら呼び出してんじゃねェェェェェェェェ!!!」
割と本気で冗談では済ますことができそうになかったので、ハルクは喉が潰れそうな勢いで必死に叫んだ。
それから待つこと約二分、やっとのことでハルキはその扉を開けてくれた。
後から判明したことなのだが、どうやらシャワーに行っており、出られない状態だったらしい。
ハルキは頭と体にタオルを巻いた状態でハルクの前、彼を見上げる態勢で現れた。
「はいはいはいはいはい、そんなに呼ばなくても出ますよー。ハルキさんちゃんといますか、って愚弟!?」
「遅いな、寒いんだ!早く中に入れてくれ!」
「は、はいぃ!!」
普段とは違う気迫のハルクに思わず圧倒されてしまい、ハルキは後ずさってしまう。
ビチャビチャ、と濡らした体を家の中に足から順番に入れていく。
ハルクが入り、彼の背中に乗る少女がハルキの目に映る。
「.....ちょいちょい、その背中のは一体何?」
「話は後だ!とりあえず二階に行って寝かせるからタオル用意してくれ!」
「とりあえず、あんたが体を拭きな!」
何故かハルクは姉から腹にグーパンチを貰った。
※
「.....なるほどね、ちょっと信じ難いけど、あんたが言うんならそうなんでしょうね。愚弟が言ってんだし」
「.....それは信じてるってことでいいんだよな?」
数分後、事情を説明したハルクはベッドの上で静かに寝息を立てる少女の顔をチラリ、と改めて見る。
この辺りでは珍しい腰辺りまで伸びた長い黒髪に健康そうな白い肌、目を閉じていても彼女の魅力に吸い込まれそうだった。
こんな気持ちになったのは初めてかもしれない、ハルクは胸の高鳴りを必死に抑える。
「それにしても、この辺じゃ見ない服着てたわね」
「そうだな。もしかしたらこの大陸の人間じゃないのかもな」
「ま、この娘が何者かは知らないけど、目覚めたら出て行ってもらうからね」
「な、なんでだよ!?」
「何言ってんのよ、見ず知らずの他人を置いておけるほどの広さじゃないし、そこまで面倒を見てやる義理もない。それに面倒事にでも絡まれたりしたらどうするの?」
ハルキの意見は正論であった。
彼女にも本来生きるべき場所があり、家族がいて、ハルク達と関わりを持つ理由はない。
見ず知らずの他人を養えるほど、この家に余裕があるわけでもないのだ。
何より身分や身元がわからない以上、故郷を追われ亡命してきた可能性も捨てきれない。
そうなった場合、もうハルク達だけの問題ではなくなってしまうのだ。
彼女がどこかの国の重要人物だったり、令嬢だったりしたら尚更面倒なことに巻き込まれかねない。
「あんたの気持ちもわからなくもないけどね、現実を見ないと。あんたはね、優しすぎるんだよ」
「.....そんなんじゃねぇよ」
「いいや、そうなんだよ。昔からあんたは変わらない。現実を見ずに都合のいい理想ばかり思い描いている。だからゴルドスの奴にも半殺しにされたんだ」
キッとハルキに向ける視線が強いものとなる。
構図的にはハルクがハルキを見下ろすようになっているが、年の功が違いすぎる。
六つも歳の差があるため、ハルキの言葉には現実味と重みがある。
ピリピリとした空気が部屋を包み込んだ時、ベッドから「ん、んぅ」と第三者の声が二人の耳に入ってきた。
どうやら少女が目を覚ましたようである。
少女はポケー、とした表情でキョロキョロと辺りを見渡す。
どうやら混乱しているようで、見知らぬ場所にいると警戒を強めているのが目に見えてわかった。
少女の黒い双眸はやがてハルクとハルキの二人に向けられた。
「ま、聞きたいこともいくつかあるでしょうけど、まずはうちの愚弟に感謝しなよ。こいつがいなきゃあんたがベッドの上で寝てるなんて幸せイベント起きなかったから」
ハルキがやれやれ、といった様子で説明するもハルクよりも身長の低いハルキが言ってもイマイチ説得力がないようで、少女はキョトンとしている。
「とりあえず、あなたがどこから来て何で空から降ってきたのか。そこんとこ説明してもらうわよ」
「空、から?」
少女はようやく口を動かした。
それも消えそうなほど小さな声のため、衰弱しているのがわかる。
どうやら余程遠方の地からやって来たということが考えられる。
「あぁ、あんたはオーガの森の上空からどこからか落ちてきたんだ。下手したらオーガの群れに餌にされてたかもしれなかったんだ」
「オーガ、餌!?」
ゾクッ、と少女はどうやらようやく身の危険を感じたようで背筋を凍らせていた。
少女はガバッと毛布を蹴り飛ばして起き上がった。
「それよりもここは!?私一体、早く帰らないと!」
「あ、あー、その前にだな」
「な、何?」
ハルクは目を逸らして気まずそうに、ハルキはその様子を見てニヤニヤしていた。
少女は訳がわからないようで小首を傾げている。
「し、しばらく寝ててくれないか?服は雨に濡れてたから姉貴が脱がしたんだが、サイズに合うやつがなかったから今乾かしてんだけど」
「..........」
そこで少女は初めて自分が全裸であることに気がついた。
そこそこ育った豊富なボインに少し赤みを帯びた白い肌が露わになってしまっている。
もちろん、本来隠れるべき所も隠れておらず、しっかりと露出されていた。
少女はみるみる内に顔を真っ赤にし、即座に両手と毛布で体を覆いながら、少し遅れて口が動き、雨音をも掻き消すほどの大きな叫び声を上げた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!?」
ハルクの右頬に綺麗な紅葉が一つ出来上がった。
雨は未だに降り続いていた。
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