隙を見て屋敷から脱出したライムとレッドはなるべく人目のつかない道を選び、ギース家へと向かっていた。
馬鹿正直に出入り口から出れば簡単に捕まってしまう。
しかし、屋敷には多くの部屋があったため偶然扉が開けっぱなしになっていた部屋に転がり込み、窓から外に出れば見つかる確率は少なくなる。
おそらく、エイラが皿洗いをしていた部屋だったと思われる。
扉は開かれており、床に皿の残骸が落ちていたことから間違いないはずである。
他にもシャチが放った攻撃の衝撃で扉が半開きになったであろう部屋もいくつかあった。
「クソ、何でこんなことに!」
「俺に聞くな!いいから走るぞ!」
ライムは現在全力で林の中を疾走していた。
足に魔力を集中させて、一秒でも早く一ミリでも先に進むために、決して後ろを振り返ることをせずに。
背後から迫り来るカラスに追いつかれないために!
「おいおい小僧、逃げんなよ。面倒なことはしたくねぇんだよ」
−−−などという考えは全て無駄に終わり、あっさり見つかり追いかけられる羽目になったライムである。
カラスは両手をポケットに突っ込みながらスキップをするような軽い足取りでライムを追いかけていた。
背中からは一本の赤黒い触手が尻尾のように蠢いていた。
「レッド!お前はこのことを先に行って伝えといてくれ!」
「お前はどうするつもりだ!?まさか、戦うつもりじゃ...」
「アホかァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!俺があんな化け物みたいなのとまともに対峙できるとでも思ってんのか!?無理だよ、戦闘は俺の専門分野じゃないんだよ!!」
「じゃ、じゃあ」
ライムは息を整えなおして、レッドに小声で要件を短く伝える。
「奴らの狙いはルナさんだ、俺が奴を適当に引きつけるからハルキさんにこのことを伝えて欲しいんだ」
「....わかった、無理はするなよ」
ライムはギギギギィ、と急ブレーキをかけて左折する。
そして、木が死角となりカラスの視点からライムが消えたと判断したところでレッドはギース家にまで飛び出す。
一分もしないうちに再び彼の背後から凄まじい速度で迫るカラスが視界に映る。
「手間かけさせんじゃ、ねぇ!」
痺れを切らしたカラスはウネウネと動く赤黒い触手に魔力を集中させると軽く振るうと、林の木が数本触れた箇所からバッサリと綺麗に切断された。
「ちくしょう、あれは一体なんなんだ!?」
それでも、ライムのすべきことは何も変わらない。
ただ、ひたすら走る!
グラッダの町からなるべく離れ、ルナに近づけさせないように。
考えれる最適で逃げ回れるルートを考えながら、ライムはまだグラッダにやってきて日が浅いため地の利ではかなり不利である。
それでも、ライムの体力が残る限り、限界まで走り続ける。
願うことならば、カラスの体力が尽きてくれるのならばありがたいが、あの様子ではとても体力切れなんて見せる様子もない。
フラ、と少し魔力配分をミスしライムは重心が右に傾いてしまう。
次の瞬間、何の前触れもなく赤黒い触手がライムの左側を通過した。
「チッ、運のいいガキだ」
「.....!」
体中から嫌な汗が流れる、同時にライムの考えが盲点であり前提条件が違うことに気がつかされた。
ライムはカラスが追ってきてるのはルナのことを知っているか尋問しようか捕らえよう、という精々人質程度の扱いを予想していたが現実は違う。
カラスは本気でライムを殺すつもりだった。
今の一撃でライムはそのことを瞬時に理解した。
これが命を賭けた追いかけっこだということも身に染みて思わされた。
時間稼ぎ、などという生温い考えでは殺されかねない。
感覚を全開に、危険信号は常に赤に、魔力供給は決して途切れることなく、スタミナが切れることを恐れずに、背後からは死神が追いかけてきていることを前提にライムはしっかりと足に魔力を集中させる。
ライムは一瞬だけ片足に魔力を集中させ、片足を背後に向かって全力で地面を蹴った。
「うぉ!?」
止まることなく全速力で走ってきていたカラスは不意をつかれたのか、触手では反応しきれずにポケットに突っ込んだ片手で頭部にまで飛んできた土や砂埃を防ぐ。
その隙にライムは進行方向を変更し、近くの陰に身を隠す。
魔力で感知される可能性もあるため、最小限にまで魔力を抑えて乱れた息を必死になって整える。
「中々やるな、あのガキ。こいつは面白くなってきたぜ」
その頃、カラスは面白いおもちゃを見つけたような子供が歓喜するような声色で独り言を洩らす。
ニィィィ、と怪しく笑みを浮かべるとカラスの体から背筋が凍るような禍々しい魔力が漏れ出し始めていた。
※
「−−−ッ、こ、これは!?」
「何て禍々しい魔力なの、しかもここから近い位置よ!」
「?」
その頃、レッドとは違う道でギース家を目指していた三人(気が付いたのは二人だが)もまた突如現れた魔力に警戒心を抱いていた。
「これは、人間じゃないわね。おそらくは魔族」
「魔族だと!?魔族って、あの!?」
「えぇ」
ミスティはゴクリ、と固唾を呑んで魔力の放出している方向に目を向ける。
「昔、魔術を使って人間たちを追い込んだ魔術や魔法の祖とも呼ばれる種族よ。でも、どちらかというと魔物に近い彼らは人間達から亜人以上の迫害を受けたわ。彼らがいたからこそ人間にも魔力が宿っていることがわかったわけだけど」
「亜人」
ハルクは仲間である一人の少女の姿を思い浮かべた。
彼女でさえもそれ相応の扱いを受けてきたというのに、それ以上の地獄を魔族達は見てきた種族となる。
「ダメよ。まだ敵か味方かもわからない状態で助けたい、何とかしてやりたいなんてこと考えたら」
「け、けど!」
「彼らは私たち人間とは感覚も常識も文化も違うの。下手なことして逆鱗に触れたりしたら私たちに勝ち目はないわ。私たちが助けたつもりでも彼らにとっては侮辱かもしれない、長寿な彼らなら迫害が最も酷かった時代を経験した人もいるかもしれない」
ミスティの言うことは最もであった。
人間の間でも住んでいる地域や生まれた場所によって文化も考え方も違う。
ならば、他種族ならば人間の常識そのものが通じない可能性も高い。
「ハ、ハルクさん。行かないの?」
「シャ、シャリーちゃん」
「この娘の言う通りね。いつまでもここにいて魔族と遭遇するのも厄介だわ、先を急ぎましょう」
「.....あぁ」
ハルクが顔を俯かせ、シャリーの手を引いて進み始める。
ミスティもハルクの後を追いかけた。
「−−−ティ!!ミスティ!!」
ガサガサガサ、と草むらからどこかで聞き覚えのある声がミスティとハルクの耳に入ってきた。
突如現れた知らない声にシャリーはビクゥッ!!!と肩を震わせてハルクを盾にするようにして身を隠す。
草むらからはミスティの旅仲間である治療魔術師の少年、ライムが必死の形相で走ってきた。
「ライム君!?」
「ライム、お前一体ここで何を−」
「いいから走れ!逃げるぞ!!」
「え、逃げ−」
ズバァァァァン!!とさっきまでライムがいた草むらが吹き飛んだと思えば、周囲の木々までも巻き込み真っ二つになった。
「待てよ、小僧ォ!!」
「な!?」
「ちょ、あんた何連れてきてんのよォォォォォ!!!」
「ち、違うんだァァァァァァァ!!!」
そこには赤黒い触手を生やしたカラスが怒りの形相で木々を蹴散らしながら迫ってきていた。
「ミスティ、さっきの話はなかったことで!」
「当たり前よ!何であんなのを哀れんでたの、よ!」
ミスティは少しでも足止めを、と考えた右指に魔力を集中させ天を突くような勢いで鋼の壁を生成した。
「はべ!?」
勢いを殺すことに失敗したカラスは壁に激突してしまう。
「皆、今のうちに進んで!」
「わかった!」
「ミスティちゃん!」
「大丈夫、私も後で追いつくから!」
ミスティはそのまま鋼の壁をぐにゃり、と歪ませカラスを包み込むように形状を変化させる。
「お、お、お?」
頭を抑えるカラスは困惑しながら鉄を眺めている。
ミスティがクイ、と指を動かすと魔力を帯びた鋼鉄はカラスを包み込みガッチリと固められ鋼のオブジェと化した。
−−−が、それも数秒のこと。
カラスを閉じ込めた鋼のオブジェは内部からヒビが入り、そのまま崩れ落ちてしまう。
中に閉じ込められていたカラスは無事で背骨から生えた赤黒い触手を身に巻きつけるようにして自身を盾にしていた。
「.....人間にしちゃいい魔法使うな、女。名前は?」
「ミスティ、ミスティ・オーランド」
「オーランド?そうか、お前が魔女狩りの生き残りか」
「.....ッ!?何で、そのことを」
「細かいことはいいんだよ。しかし、これほどの鉄の魔術師を消すことになるなんてな」
「.....もう、勝ったつもり?」
「そもそも勝負なんてする気はねぇよ」
ミスティはカラスの言葉にゴクリ、と固唾を呑む。
やはり、人間と魔族とではどこか感覚の違いと力の差が歴然としている。
ミスティは鋼の杖を取り出して戦闘態勢を整える。
その様子にカラスはニィィィ、と頬が裂けるような笑みを浮かべる。
「本気でやる気か。俺としては作戦を知られたあのガキの始末を急がないといけないからな、ゆっくり遊んでる暇もないんだ。悪いが手加減とかしないぞ?」
「あら、それは好都合ね。私はライム君達を守らないといけないからここを通すわけにもいかないの、手加減なんて出来ないわよ?」
「へェ、それは怖い怖い」
睨み合う二人が激突するのに長い時間は必要なかった。
激突の瞬間、魔力と魔力のぶつかり合いによる小規模な爆発が発生した。
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