「お、ォ!」
「くどい!」
ハルクの振り下ろした剣はシャチの呪臓を纏わせた左手によって容易く受け止められる。
ズキズキ、と痛む胸を気にしながらシャチは表情を怒りに染める。
鋼鉄製の豊胸パッドを胸に入れていたから大事には至らなかったものの、これ以上ない胸を削られるのはシャチにとって我慢ならなかった。
シャチが軽く左手を振るい、ハルク本人ごと剣を吹き飛ばす。
空中でハルクは体勢を整え、そのまま強烈な蹴りを放つ。
シャチは迎え撃つようにして右脚を振り上げる。
「ぐっ」
「死ね」
シャチが右手をハルクの胸元へ突き出しビキビキビキ、と呪臓が音を立て始める。
「させるか!」
「いっ!?」
−−−しかし、間一髪のところでライムがシャチの足を払いシャチの体勢を崩すことにより右手は天に向けられ勢いよく赤黒い銃弾のようなモノは放たれた。
ライムとレッドは一度見たから知っていた、あの一撃がティロスを殺し頭を貫くのではなく消し飛ばすほどの威力を秘めていることを。
ハルクは一回転しながら後退しライムと一度合流し、背中を合わせる。
「すまねぇ、助かった!」
「気にするな!」
互いに声を掛け合い、ハルクは煙草を咥え直す。
ライムはさり気なくハルクの体に片手を当てて治療魔法を使ってほんの少しだけだが、ハルクの傷を治療する。
もちろん先ほどの攻撃では何の足止めもできないため、瞬時に行う必要があった。
シャチは何事もなかったようにその場で棒立ちの状態で二人を睨みつけていた。
「全く、本当に人間は意味のない小細工が好きだな」
「何とでも言いやがれ!」
ハルクは再び剣を構えて走り始める。
百器のハルクの異名はあるものの今ハルクが持っているのは、この剣一つである。
少しでも身軽にし、速度を上げるために武器は最小限にしてきた。
そのことが仇となり、本来は何通りにもある戦闘方法が剣術と体術だけに制限されてしまっている。
バキィ、と何度目かのぶつかり合いでシャチはハルクを吹き飛ばす。
「ハルク!大丈夫か!?」
「ゲホ、ゲホ、中々しつこい人だぜ。ライム、頼みがある!」
「頼み?」
「あぁ」
ゴキゴキ、と首を鳴らしながらシャチはつまらなさそうな様子で二人をゴミでも見るような目で見る。
.....実際魔族からしたら人間はゴミのような存在なので仕方ないのだが。
「つまらんな。私に一度一撃をくわえたのは偶然だったのか、私が一度でも危機を覚えたのは気のせいだったようだな」
−−−主に、胸の。
そのことは決して口には出さずに、シャチの両手の呪臓はピキピキと音を立てている。
ハルクはさっきの一撃がまた来る、と瞬時に察し剣を構えた。
「頼んだぜライム!こんなことになるんなら最初に頼んどくべきだったよ、チキショー!」
「いいさ、どうせ俺がここにいたところで足手まといになるだけだ!」
ダッ、とライムは背を向けて走り始めた。
シャチはどことなく敵前逃亡する姿勢が気に障ったらしく、照準をライムに向ける。
−−−その一瞬の隙に剣を持ち煙草を咥えたハルクが彼女の目の前にまで急接近する。
煙草の煙がシャチの目線にまで昇ってきていた。
「貴様...!」
「あんたの相手は俺だ、余所見してんじゃねぇよ!」
※
暫しの間痛みに悶えていたカラスはゆっくりと体を起こす。
息を荒げながらビキビキビキ、と顔に青筋を浮かべ忌々しげに倒れているミスティを睨みつける。
「下等でクズの人間がァ、やってくれやがったなァ!」
ビキビキビキ、と呪臓に力を込めるも魔力と血液がガス状になり漏れ出し異臭が放たれるだけだった。
(な、何でこんなときに...!)
ミスティはカラスの逆鱗に触れてしまったこととは別のことに焦りを感じていた。
いつもの症状、魔力を使いすぎて疲労が増し風邪に似た症状になる持病。
いつもはライムにケアしてもらっているが、今はハルクと共に行動してしまっているためここにはいない。
魔力以外にも体に受けたダメージと少し無茶をしてしまったため今はとてもまともに動けそうになかった。
しかし、カラスは歩みを止めない。
「簡単には死なせねぇぞ!」
ヒュ、とカラスが蹴りを放つ。
ミスティが先ほどカラスの呪臓による攻撃を受け止めた左の脇腹に。
もちろんミスティはとても魔法を使える状態ではない。
「が、−−−ァあ!!?」
「テメェだけは簡単には殺さねェ、俺の満足いくまで痛ぶってやる、よォ!」
「ぎ、ぃ−−−ぁ!!!!」
声にならない痛みがミスティを襲う。
ズドム、と力強く放たれた蹴りはミスティの体を宙に浮かし、側にある木へと激突した。
ズルズルズル、とミスティはそのまま力なく項垂れる。
カラスは血が出るほど拳を握りしめてギリリ、と歯を噛みしめている。
「人間ごときが...」
カラスは全身から禍々しい魔力を放出させる。
「人間、ごとき、がァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
カラスは叫ぶ。
ミスティとの距離を一気に詰めて彼女の脇腹を正確に狙い、ミスティの体と背もたれになっている木ごと蹴り飛ばす。
−−−この時、既にミスティの意識はなかった。
「脆弱な種族が、ザマァねぇなァ!」
カラスは忌々しげにミスティ、いや、人間を睨みつける。
もはやミスティのことなど見ていなかった。
目の前にいるのは忌々しい人間、かつてカラスが彼らから受けてきた仕打ちをそのまま返すように。
カラスはそのままミスティという人間の命を奪い血肉としよう、と彼女の首を刎ねようと左手でミスティの首を押さえつけ右手で手刀の構えを取った時だった。
−−−何者かによってカラスの右手は押さえつけられていた。
「何だ、来てたのか」
カラスは不機嫌そうに振り返らず誰かに話しかけるように口を動かした。
※
−−−その時はまだ誰も気がついていない。
戦闘の最中、小規模な地響きがグラッダに近づいていることを。
その地響きはもう既にかなり大きなものとなってしまっていることも。
「あちゃー。ちょっと見てみてー気もするんだけどなー、残念☆」
「面倒ごとは避けるべきだ。我々には行くべき場所がある。彼らと同じようにな」
「相変わらずオロチは固いなぁ、もっと自由になーれーよん☆」
「.....君が軟派すぎるだけだ」
グラッダの外れでオロチとカグヤは眼下に広がる光景を嘲笑うようにして見下ろす。
そのまま今度こそ二人はグラッダから去って行ったのだった。
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